解熱剤を入れて、30分が経った。
少しずつだが、航太の息づかいは軽くなっている気がする。
おでこに手を当てたらまだ熱いけど、だいぶ状態は良くなったようだ。
そう感じた俺は、彼に顔を近づける。
「なあ、航太。お前、なにも食べてないんじゃないのか?」
冷蔵庫の中を開けたら、缶ビールばかりだったからな。
子供に感心のない綾さんだ。
きっと食事も用意していないのではないか? と思ってしまう。
「う、うん……たまにゼリーとかなら、食べていたけど。ここ数日はスポーツドリンクぐらい……」
「そうか」
やはりな。
じゃあ、ここは俺が久しぶりに作ってみるとするか。
彼がこういう状況になったのも、俺のせいだし。
~10分後~
スマホでおかゆの作り方を検索したが、正直よくわからない。
仕方ないので、こういう時は妹に頼るとしよう。
久しぶりに葵へ電話をかけると、開口一番「未来さんとよりを戻したの?」と聞かれてしまった。
悪いが今は、あいつのことを考える余裕がない。
即座に「それはない」と否定する。
『ちぇっ、つまんな~い。ところで電話の要件はなんなの?』
「それなんだが……おかゆの作り方を教えてくれるか」
『え? 翔くんが突然、料理の質問!?』
驚く妹を無視して、説明を続ける。
以前、会った少年。航太が高熱だということ。
それでしばらく、何も食べていないから、俺がおかゆを作りたい……が、やり方がわからないと伝えた。
『へぇ~ それは大変だね、あの子。翔くんに懐いていたし、作ってあげた方がいいかもね』
「ああ、だから教えてくれるか?」
『もちろんだよ。でもさ、お隣りの息子さんに対して、そこまでする?』
「……」
そこは、答えないでおいた。
※
30年近く生きてきたが、自炊なんてほとんどしたことない。
元カノが一緒に住んでいたけど。彼女が体調を崩しても、何も出来ず。
精々がレトルトのおかゆを買ってくるぐらい……。
なのに俺は、今。航太のために生のお米からおかゆを作っている。
途中、何回もやり方を忘れて、スマホのスピーカー機能を使いながら、妹に教えてもらう。
どうにか、完成した。
勝手に人の家のキッチンを使ったけど、まあ良いだろう。
航太なんか、いつも俺ん家を自由に使ってるから。
まだ出来立てで熱々だから、小さな茶碗におかゆを入れて冷ます。
ビールばかりの冷蔵庫だったけど、梅干しのパックがあったから、一つ取ってみる。
それを茶碗の上にのせたら、完成だ。
「おっさん……なにしているの?」
後ろへ振り返ると、パジャマ姿の航太が立っていた。
「お前、起きて大丈夫なのか?」
「うん。薬が効いてきたみたい」
「そうか……なら、俺が作ったおかゆでも、食べるか?」
「え!? おっさんが?」
心底、驚いた様子でブラウンの瞳を丸くさせる。
俺ってよっぽど信頼されていないんだな……。
おかゆぐらい作れると、思うが。
「味の保証はできないけど……。良かったら食うか?」
すると、航太は満面の笑顔がこう答えた。
「うんっ!」
テーブルやちゃぶ台らしきものが、家に無かったので。航太に尋ねると。
綾さんの化粧台と壁の間に、折りたたんだローテーブルが立てかけてあるらしい。
病人の彼は、居間に座らせて俺はローテーブルを広げる。
ローテーブルの上に、おかゆの入った茶碗を置くと、航太はブラウンの瞳を輝かせる。
「うわっ! すごい、おっさんのくせに。ちゃんと作れてる!?」
「……くせにか」
しかし、解熱剤の効果は確かなようで、航太はおかゆをペロリと食べてみせた。
そしてお鍋に残っていたおかゆを指差して「おかわりをちょうだい!」と叫ぶ。
これには俺も嬉しくなって、急いでおかわりを用意する。
「おっさん。そう言えばさ、なんでうちに来たの?」
「ん? なんでって、綾さんに言われて……あっ!?」
航太に言われるまで忘れていた。
もともと、彼のクラスメイトにプリントを届けるよう、言われて来たんだった……。
高熱を出している航太を見たら、心配でそれどころではなくなった。
気がつけば、託されたプリントの束はくしゃくしゃに丸めて、ジーパンの後ろポケットへ突っ込んでいる。
「どうしたの? おっさん?」
ローテーブルの上で、首をかしげる航太を見て罪悪感が湧く。
「あのな……お前のクラスメイトの女子から、これを渡されたんだ」
そう言って、航太にプリントの束を渡す。
原形が無くなっているが。
「あっ! 学校のプリントじゃん! こんなにくしゃくしゃだったら、読めないぜ」
「わ、悪い……」
と頭を下げながら、おかわりのおかゆをテーブルの上に置く。
しばらく頬を膨らませていた航太だったが、途中で「プッ」と吹き出す。
「仕方ないなぁ~ おっさんだもん、許してやるよ」
「そうか……」
なんだか安心したら、俺も腹が減ってきたな。