あれから、一週間が経った。
 航太に元カノの未来と一緒にいたところを目撃され、復縁したと勘違いされた。
 別れ際に「おっさんの好きにすれば!」と叫ばれたのが辛かったようで、俺も心にダメージを負っている。

 しばらく、執筆作業もはかどらず、大好きな酒も飲まずに寝込む日々。
 編集部の高砂(たかさご)さんから「早く新しい原稿を送ってください」と言われているのに。
 身体が動いてくれない。
 よっぽど、航太に嫌われたのが辛かったのか。

 何日もろくに飯を食ってないので、そろそろ限界を感じ、久しぶりに外へ出ることにした。
 いつものように、カーテンレールにかけている半纏(はんてん)を着ると、素足のままサンダルを履く。
 もう外はオレンジ色の空だ。12月だから暗くなるのが早い。

 タバコをくわえながら、ひとりで歩道を歩いていると。
 何やら視線を感じる。
 俺の方を見てぎろりと睨みつけるのは、見覚えのある制服だ。

 地元の中学生?
 航太だと安心できたのだが、全然違う。
 セーラー服を着た、ポニーテールの女子中学生。

「あ、あのっ! 失礼ですけど、あなたは航太くんの何なんですか!?」
「え……?」

 この子、初対面だってのにズバズバ言うな。
 航太の名前を知っているということは……クラスメイト?
 あ、だいぶ前に航太と二人で帰っていた女の子だ。

「聞いてます!? あなた、見たところ。航太くんとは家族じゃないですよね?」
「ま、まあそうだけど……」
「ひょっとして、あなたのせいじゃないですか!? 航太くんがずっと学校を休んでいるの!」
「なっ!?」

 最初こそムカッときたが、彼女に言われたことは否定できない。
 俺のために、また女物のコスプレを着てくれたのに。
 元カノを家へ連れて込んでいたところを、見られたからな。
 あいつのことを豚女とか、散々言っていたけど。いざ実際に会ってみると、動揺したのだろう。

 俺が黙り込んでいると、しびれをきらしたのか。
 航太の女友達が「あ~ もう!」と苛立ちを露わにする。
 肩にかけていたスクールバッグから、数枚のプリントを取り出すと。
 強引に俺の腹へプリントを押しつける。
 
「やっぱり、あなたが関係しているんですね? 私、何度か二人がアパートで話しているところを見てましたから……」
「え、本当に?」
「はい。未成年の航太くんに何をさせようとしているか、知りませんが。彼が嫌がることをしたら、警察に通報しますよっ!」
「そ、そんなっ……」

 そんなことをしてないよ、と簡単には言えない。
 確かにあのコスプレごっこは、俺と航太の秘密で誰にも言えない。
 きっと、この女子中学生は航太に好意を寄せているのだろう。
 だから俺を敵視している気がする。

 ギロッと睨みをきかせて、プリントを押しつけてくるので。
 とりあえず、受け取ることに。

「俺がこのプリントを、航太に渡せばいいのかい?」
「正直言って、あなたに任せるのは嫌ですけど。毎日、航太くんの家に行っても出て来てくれないので」
「航太が? 家から出て来ないのかい?」
「そうです。数日前から学校でも、ずっと上の空で。連絡も無く連日休んでいます。こんなことは今までありませんでした!」
「……」

 日数的にも当てはまる。
 本当に俺のせいで、航太はショックを受けているのだろうか。

  ※

 航太のクラスメイトから受け取った、プリントの束を持ってアパートへ戻る。
 彼女が言うには、最近の彼の様子がおかしかったらしい。
 本当に俺のせいで航太は傷ついたのか?
 もし、そうなら謝りたい。


 アパートに着くと、二階から女性の声が聞こえてくる。

「航太ぁ~! ちゃんとお薬を飲むのよぉ~」

 この声……母親の綾さんか?

「じゃあね、お母さん。お仕事いってくるからぁ~」

 階段を上ろうとした時、ちょうど彼女と目が合う。
 いつもより、綺麗な格好をしている。
 ファーコートを羽織っているとはいえ、中はミニ丈のニットワンピースだ。
 彼女ひとりで立っていれば、シングルマザーには見えない。

「あ、黒崎さん。こんばんわぁ~」
「ちっす……」

 なんだか居心地が悪い。
 まだ確定してないけど、俺のせいで航太が寝込んでいるかもしれない。
 母親の綾さんに、どんな顔をすればいいんだ。

「そういえば、ごめんなさいねぇ。黒崎さん、うちの航太が迷惑をかけてません?」
「え?」
「なんか最近、あの子。おかしいんですよぉ。いきなり女の子の体操服を着て帰ってきたと思ったら……」
「!?」

 ヤバい! 母親の綾さんにコスプレがバレてしまった!
 どう弁解しよう。

「まあ、年頃だから……女の子の服にも興味出ますよねぇ~」
「あ……そうですね」

 綾さんが天然で良かった。
 
「でもですよ? 私が注意しても、ムキになって着替えないんです。だから、身体を冷やして風邪を引いちゃって……」

 その話を聞いた俺は、思わず綾さんの肩を強く掴む。

「綾さんっ! それって本当ですか!? あいつ、調子悪いんですか!?」
「ええ……ずっと高熱が続いてますよ」

 クソっ! やっぱり俺のせいか。