おじさんとショタと、たまに女装


 自分でもなぜここまで元カノのことで、怒っているのか分からなかった。
 ひょっとして、まだ引きずっているから……。
 好きだから怒りを覚えているのか?

 いきなり自宅に誘われた航太は動揺していた。
 しかし俺はそんな彼を無視して、航太の腕を掴む。
 掴んで気がついたことだが、かなり細い。手のひらに収まりそうだ……。

「ちょっ、おっさん……悪かったって」
「いいや! とりあえず、あいつの写真集を見ていけ。そしたら俺の言っていることも分かる」

 自宅の扉を開くと、ゴミだらけの汚い部屋が見える。
 この前、航太に掃除してもらったというのに、3日で元に戻ってしまった。

「うわっ……なんでこんなに汚くしてんの?」

 ドン引きする航太を無視して、早く家に上がるよう促す。

「いいから、さっさと入れ。写真集を出してくるから……」

 俺がいつも作業したり、食事するちゃぶ台の前に航太を座らせると。
 押し入れの戸を開き、ダンボール箱を漁り始める。
 もう何年も見てないから、どこにあるか分からない。

 しびれを切らした航太がため息をつく。

「はぁ……もういいよ、おっさん」
「待て待て! この辺にあったから……お! これだ」

 ちょっと埃をかぶっているが、間違いない。
 昔、付き合っている時。未来からもらったコスプレ写真集。
 航太の言う通り、あいつは普段、地味な女の子だったけど。

 変わった趣味があって、一つはマンガを描くこと。
 もう一つは、好きなアニメやマンガのキャラクターになりきること。
 つまり、コスプレイヤーだ。

 コミケが開催された時、かなり際どいコスをするのが好きだった。
 その趣味のおかげで、よく写真集を自作しては俺にプレゼントしてくれた。

「ほぉれ、これでも地味だって言えるか?」

 ちゃぶ台の上にぶ厚い写真集を、何冊も載せてやる。
 自分のことのように、自慢気に。

「な、なにこれ……」
「俺の元カノ、未来のコスプレ写真集だ」
「こんなの別れても、ずっと持ってるとかキモい」
「……」

 確かにそう言われたら、そうか……。

 ~10分後~

 航太はあれから黙々と、未来の写真集を眺めている。
 一冊、読み終えるとすぐ次の写真集に手を出す。
 だが終始無言。

「……」

 眉間に皺を寄せて、未来のコスプレ写真を眺める航太。
 特に反応はない。
 それはそれで、寂しい。
 ここまで攻めたコスプレ写真を見せてやっているのに……。
 同じ男なら、興奮してもいいだろ。

「なあ、どうだ? こいつ、脱ぐとすごいだろ? 着やせするタイプでさ、胸もGカップあるらしいぜ」

 と写真の中の、胸を指差す。
 すると、航太は舌打ちをして苛立つ。

「ちっ、うるせぇな! おっさんが巨乳好きってだけじゃん! だいたい、うちの母ちゃんの方がデカいし……」

 なんか変な自慢大会になってしまった。

  ※

「それでどうだった? 俺の元カノ、全然地味じゃないだろ。趣味でコスプレする、エロいおねえちゃんじゃないか?」
「……」

 不満そうに胸の前で、腕を組む航太。

「お前も男だから、思うだろ? こんなエロいお姉さんを彼女にしたい、とか?」
「全然! むしろだらしない身体って思った! 見ていてイライラする!」
「え……」
「ていうかさ、思ったんだけど。この豚女って、あのエロマンガに出てくるモデル?」

 そう言って航太が指差すのは、部屋にある本棚だ。
 ずらっと横に並ぶエロマンガ雑誌。
 俺が原作を担当しているムチムチシリーズ。毎度、作品の中で集団に襲われている女子大生……。
 航太はそのヒロインが、元カノ。未来じゃないかと聞いているのだ。

 今まで指摘されたことは無かったので、心臓を掴まれるような思いに駆られた。

「その……うん。あいつをモデルに描いているよ」
「ふ~ん」

 汚物を見るかのような、冷たい目で俺を睨みつける。

「正直さ。このコスっていうの? オレが、着た方が似合うと思う」
「え?」

 一体、どうしたらそうなるんだ。

「今、なんて言った?」
「だ~から! オレの方が、この衣装。絶っ対似合うと思うって言ったの!」

 胸の前で腕を組み、自信たっぷりと言った顔で、俺を睨む航太。
 どうして、男の彼が女キャラのコスをしたがるんだ?

 ~それから数日後~

 航太は一体、どうしてあんなことを言ったのだろう……。
 そんなに俺の元カノ、未来がエロくて羨ましかったのか?
 だからと言って、悔しくて自ら女のコスプレをしたいと思うかな。
 最近の若者はよく分からん。

 
 担当編集の高砂さんに言われた通り、初のロリものに挑戦しているが。
 思うように原稿が進まない。
 今まで書いていたムチムチシリーズは、元カノをモデルにしているから、書きやすい。
 航太に見せた未来のコスプレ写真集を、今でも大事に持っているのは、資料としても利用しているからだ。
 まあ、他にも使用用途が無いわけじゃない……。
 
 それに対して、今回のロリものはモデルがいない。
 インターネットでマンガや合法グラドルなどを参考に描いてみるが……難しい。
 キーボードを叩いてはいるが、ずっとエンターキーばかり。
 白紙のまま。
 今日は原稿を書くのを諦めて、コンビニへ酒でも買いに行くかと立ち上がった瞬間。

『ピンポーン』と玄関のチャイムが鳴った。

 ひょっとして、お隣りの美咲(みさき) (あや)さんか?
 いや、航太だったりして?
 相手が誰か確認もせずに、玄関のドアを勢い良く開いた。

「ちわっす、宅急便です。ここにサイン良いっすか?」
「……」

 一気に萎えてしまった。
 チャイムを鳴らしたのは、屈強な身体の宅配業者だったから。
 とりあえず、言われた通りにサインを書いて、荷物を受け取る。

「あざーす!」
「ど、どうもおつかれさま……」

 受け取った荷物は、大きなビニール袋だった。
 手に持つと随分、軽い。
 なんだろ? こんなの注文した覚えはないけど。
 玄関のドアを閉めて、送り主を確認する。

『博多社 “出ちゃった”編集部、高砂(たかさご) 美羽(みう)

「なんだ、高砂さんか……」

 でも、一体なにを送ってきたんだ?
 書類にしては軽いし……。
 とりあえず、ビニール袋を開けて中を確認してみる。

 すると中には、薄い透明のビニール袋が三つ入っていた。
 なんだろうと取り出してみたら……大人の俺が、持っていちゃいけないモノが混入している。

「セーラー服と体操服、それにスク水……」

 三つともビニール袋で梱包されているから、新品だと思うが。
 このご時世、こんなものを俺が所持していたら、変な人だと誤解されそう。

 なにかの間違いだと、スマホを取り出して高砂さんに電話をかけようと思ったら。
 一枚の用紙がひらりと、床に落ちた。
 便せんだ……高砂さんからのメッセージらしい。

『SYO先生、進捗いかがですか? これ資料として使ってください』

 彼女のメッセージを読んで、思わず吹き出してしまう。

「ブフッ!?」
 
『ムチムチシリーズより、リアルに描いて欲しいので。ロリっ子が着る制服を用意しました。たくさん妄想してください!』

 そういうことか……。
 しかしこの人、よく出版社に採用されたな。
 ん? まだメッセージには続きがあるみたいだ。

『追伸。その制服は全部、私のお古ですので。使用後は好きにしてください。捨てても売っても』

「……」

 捨てても逮捕、売っても逮捕になるんじゃないか。
 というか……この古着で一体、どう物語を想像すればいいんだ?
 
  ※
 
 ビニール袋から制服を取り出し、畳の上に広げてみる。
 確かに高砂さんが学生時代、使用していたもので間違いないようだ。
 だって、どの服にも彼女の名前が書いてあるから……。

『2-A 高砂 美羽』

 つまり彼女としては、中学2年生ぐらいのヒロインを書いて欲しいってことか?
 でもな、身近なところにそんな子供はいない……いや、いる。
 お隣りの美咲さん家。航太は確か中学2年生。

 って、俺は何を考えているんだ。あの子は男だ。
 こんな制服を着るわけないだろう。

「高砂さんも一体、何を考えているんだか……」

 近所のコンビニから出ると、駐車場にある喫煙所へ向かいタバコに火を点ける。
 
「はぁ~」

 夕陽でオレンジ色に染まった空へ、白い煙が漂う。
 煙が目に染みるから、自然と目を細めてしまう。
 半纏を着ているとはいえ、12月だ。
 外でタバコを吸うのもしんどい。

 この辺で喫煙できる場所も少ない。
 公園なんて無いし、居酒屋も店内での喫煙はダメ。
 唯一許されているのは、昔から利用している喫茶店のライムだけ。
 あとは、コンビニの駐車場ぐらい。
 価格だけ上げるくせに、喫煙者には厳しいんだもの……やってられないぜ。

 と心の中で、ぼやいていると。
 聞き覚えのある甲高い声が聞こえてきた。

「あんまり近づくなって! オレはお前のこと、何とも思ってないんだよっ!」

 視線を空から地上におろすと、コンビニの前を通る一人の中学生が目に入った。
 低身長で華奢な体型だから、学ラン姿が似合わない。
 かなりサイズが大きいようで、ぶかぶか。
 制服を着ているというよりも、制服に着られているという感じ。

「いいじゃん、航太くん。引っ越してきたばかりだから、この辺詳しくないでしょ?」

 一人の女子中学生が、少年の左腕に絡みつく。
 かなり積極的な女の子だ。
 嫌がる彼を無視して、自身の胸を肘に当てつけている。

「そんなの頼んでないって! オレ、女とは仲良くなりたくないから、早く帰れよ!」
「えぇ~ 航太くんさ、クラスの子と馴染めてないじゃん。だから私が一番目になりたいの」
「頼んでない!」

 なんだ、青春している中学生カップルか……と思ったが。
 不機嫌そうに歩いている少年の横顔を見て、ドキッとした。
 航太が……女の子と歩いている。

 別におかしなことではない。
 彼も中学生だし、14歳だ。ルックスも良い方だし、女の子にモテるだろう。
 それなのに……なぜ俺の胸は痛みを訴えているんだ?
 ショックを受けているのか。
 子供だと思っていた彼が、急に大人の階段を上っているようで。

  ※

 気になった俺は、さっさとタバコを灰皿に投げ捨て、二人のあとをつけることにした。

「よう、航太!」と手を振ればいいのに、なぜかこの二人がどうなるか。とても気になる。
 堂々と背後に回るのは、気が引けるので。時々、電柱に隠れて監視している。
 どうやら、帰る方向が女の子と一緒のようだ。

「ねぇ、航太くんさ。料理とかする?」
「するけど」
「え!? すごい! 私とか全然作れなくてさぁ、ママにシチューを教えてもらったけど。焦がしちゃった」
「……まあ、いいんじゃない? 最初が肝心なんだし」
「嬉しい~ じゃあ今度、航太くん。レシピ教えてくれる?」
「別にいいよ……」

 遠目から見れば、中学生同士の愛らしい会話なのに。
 あの女の子が航太と仲良くなると思うと……胸が苦しい。
 別に悪いことじゃない。
 彼だって、友達がいないと嘆いていた。喜ぶべきだろう。
 俺みたいなアラサーといるより、ずっと。

  ※

 女子中学生は今度、航太からレシピを教えてもらえると聞いて、喜んでいた。
 俺の家でもあるアパートの前で、手を振る女の子。

「またね、航太くん!」
「うん……」

 ぎこちない顔で、一応手を振る航太。

 俺はと言えば、アパート近くの電柱から彼を監視中。
 このまま航太が階段をのぼって、自宅の扉を開けるのを待った方が良い……。
 そう考えていたのに、俺の脚は自然とアパートへ向かう。

 学ラン姿の航太へ声をかける。

「よう、航太! 見たぞ~ お前、モテるんだなぁ」

 動揺を隠すため、わざと年上の男を気取り、からかう。
 すると航太は顔を真っ赤にして、怒り始める。

「なっ! おっさん、見てたのかよ!?」
「ああ、コンビニで買い物してたら、二人が仲良く歩いてたからさ。可愛い子じゃないか?」

 と肩をすくめてみる。
 俺にからかわれて、航太はかなり苛立っているようだ。
 小さな肩を震わせて、俺を睨みつける。

「お、おっさんて……」
「へ?」
「おっさんは、あんなペチャパイの女子中学生が可愛いのかよっ!?」

 俺は耳を疑った。
 
「は?」
「見損なったぜ! このクソロリコン!」
「……」

 なんか色々と誤解されてしまった。

 航太と同じ中学に通っている、女子中学生のことだが。
 彼が言うには転校して以来、付きまとわれてうっとうしいと言っていた。
 それを聞いた俺は、なぜか安心する自分に気がつく。
 どうしてだろう……。

 しかし、俺が彼女を「可愛い子」だと表現したことで、航太の怒りを買ってしまった。
 どうやらあの女子中学生に気がある……と大きな誤解をしているらしい。
 参ったな。

  ※

 それから数日経ったが、彼の誤解は解けず。
 アパートの廊下で出会っても、無視されてしまう。
 嫌われたかと思ったころ。玄関のチャイムが鳴った。

 宅配便か? と思い、壁にかけている時計に目をやったが、もう夜の8時だ。
 一体誰だろう、とのぞき窓を確認したら、明るい緑のトレーナーワンピースを着た少年が立っている。
 航太だ。

 勢い良く扉を開くと、航太が少し驚いた顔をしていた。

「わっ! もうちょっとゆっくり開けろよ……」
「あ、すまん」

 最近話せなくて、寂しかったから……とは言えないしな。

「ところで、おっさん。おでんとか嫌い?」
「え、おでん? 好きだけど……」

 俺がそう答えると、航太はブラウンの瞳を輝かせる。

「ちょっと作りすぎたから、持って来たんだ!」

 と大きな圧力鍋を差し出す。
 鍋いっぱいになるまで、具が入っているようだ。
 蓋から、はみ出ている。
 作りすぎた……というより、最初から俺用に仕込んだのでは?

「あ、ありがとう」

 鍋を受けとろうとしたが、なぜか彼は拒む。

「おっさん、家に入れてよ。鍋を温めてあげるからさ」
「え? それは悪いよ……お母さんの綾さんにも、怒られそうだし」

 俺がそう指摘しても、航太は首を横に振る。
 黙って顎をクイっと横に向ける。隣りの家を見ろ、と言いたいようだ。
 玄関から顔を出して、右側を見ると。

『あははは! 嫌だ~』
『いいじゃん、綾さん綺麗だもん』

「……」

 また男を連れ込んでいるのか。
 そりゃ家に居たくないよな。
 年頃だし。
 
 相手は同性の子供だから、別に悪いことじゃないだろ。

「よし、入っていいよ。汚い部屋だけどな」
「やった! おっさんてさ、料理とかしないタイプでしょ?」
「まあ……昔はやっていたんだけどな。面倒くさくてな」
「そんなんだから、あの豚女に振られたんだよ」

 と笑いながら、玄関で靴を脱ぐ航太。
 ていうか、俺の元カノ。豚女って名前にされたのか。
 
   ※

 温め直したおでんを、ちゃぶ台の上に置く航太。

「ほら、おっさん。熱いからちゃんと、ふぅ~ ふぅ~ しろよな」

 首からひよこ柄のエプロンをかけて、胸を張る。
 でも彼の言うように、おでんが入った皿から、湯気が立っている。
 美味そうだけど、熱そうだ。

「いただきます」
 
 ぶ厚い大根を箸で掴み、かじってみる。
 たったひと口だというのに、口の中が温かくなった。
 そして作ってくれた航太の優しさが、身体に伝わってくる。
 何年ぶりだろう……こんな手作りの料理は。

 気がつくと目頭が熱くなっていた。

「どう? おっさん?」
「ああ……すごくうまいよ」

 それ以外の表現方法を俺は知らない。
 だが航太には、俺の気持ちが伝わったようだ。
 手を叩いて喜んでいる。

「やった! オレの方が料理うまいだろ! あの豚女よりさ!」
「……」
 
 まだ元カノと張り合っているのか。
 確かに未来は、そこまで料理が上手じゃなかったな。
 お互い忙しかったし、喫茶店やコンビニ飯が多かった。

  ※

 おでんを全て食べ終えると、航太がちゃぶ台から皿を持ち上げる。
 そしてシンクの中で洗い始めた。
 もう同棲しているカップルのような関係だな……。

「ところで、おっさんさ」
「なんだ?」
「さっきから気になってんだけど……あのカーテンレールにかけている服ってなに?」
「いいっ!?」

 思わずアホな声が漏れてしまう。
 彼に言われるまで忘れていた。
 担当編集の高砂さんから、送られてきた資料……。
 セーラー服、ブルマにスク水。
 とりあえず服にしわが出来ないように、部屋のカーテンレールにかけていたんだ。
 
「まさか、元カノが置いていったの?」

 皿を洗っている航太の背中から、無言の圧力を感じる。

「いや……あれは編集部から送られてきた資料だ」
「ふぅん。そう言われたらサイズが小さいもんね。中学生ぐらい? おっさんは誰に着せたいの?」
「あ、あの……それは」

 どうする、俺。

「見た感じ、あれって中学生ぐらいだよね?」
 
 航太に指摘されたセーラー服やスク水。
 大人の女性が着るには、サイズが小さすぎると彼は言いたいのだ。
 
「その……あれは今度、書く新作用に編集部から送られてきただけで」
「てことは、エロマンガのモデル?」
「ああ、そうだ」

 皿を洗い終えた航太は、エプロンを脱ぎ、こちらへ振り返る。
 そして頬を赤くしたまま、俺の顔を黙って見つめる。

「……」

 沈黙が続く。気まずい。
 彼は一体、何を考えているのだろう?

「ねぇ、おっさん。その……元カノじゃ、あのセーラー服は無理だよね?」
「へ? ああ、編集からの依頼でな。ロリもの……つまり、未成年のヒロインが良いらしい」
「ふ~ん、じゃあおっさんの周りに、女子中学生はいるの?」
「いや……だから困っているんだ。勝手に送られてきたからな。今度、連絡を取ってちゃんと返却するさ」

 そう言って、カーテンレールからセーラー服を取ろうとした瞬間、航太が叫ぶ。

「待って!」
「え?」

 振り返ると、顔を真っ赤にさせた航太が、目の前に立っていた。
 どうやら緊張しているようで、肩を震わせている。

「お、オレが着たら……ど、どうかな?」
「は?」

 思わず耳を疑った。
 あのツンツンした航太が、これを着るだと?

「おっさんは元カノをモデルにしたんじゃん? なら今回はオレで良くない?」
「!?」

 ちょっと待て……航太は男だぞ。
 それに彼は、女装の趣味でもあるのか?
 航太の顔をまじまじと見つめていると、彼が何かを察したようで、顔を真っ赤にして怒り始める。

「ち、ちげーからな! オレはそんな女みたいな趣味ないぜ!?」
「……なら、どうして?」
「おっさんが困ってるように見えたから……オレと、いつも仲良くしてくれるからだよ」
「それだけで?」
「別に良いじゃん! 友達が困っていたら助けたいって思うのは、普通だろ!?」
「う、うん……?」

 彼の意見を否定はしないが、肯定も出来ない。
 男友達のために、そこまでする野郎は見たことない。
 最近の若い子なら、普通のことなのだろうか?

  ※

 「じゃあ、おっさん。ちょっと着替えてくるから、待ってて……」

 そう言うと航太は、セーラー服を持って、脱衣所に入る。
 脱衣所と言っても薄いカーテンで仕切りを作った簡易的なもの。
 我が家は玄関を開ければ、右手が脱衣所と洗面所だ。
 
 元々、学生時代に引っ越してきた時は、何もなかった。
 でも“あいつ”と付き合っている時「丸見えだから、何かで隠して欲しい」と設置したものだ。

 もし……俺がカーテンを設置してなければ、今ごろ丸見えだったな。
 って、何を考えているんだ。
 相手は男の子だぞ? 着替えているところを見たいなんて、俺はバカか。
 ちょっと待てよ。その考えなら、別に男同士だから見られても平気なのでは……。

 とひとりで考えている間に、カーテンが開いてしまう。

「ど、どうかな? やっぱりおかしい?」

 頬を赤くして、こちらを見つめる少年は……。
 いや、完璧な少女だ。
 髪がちょっと短いけど、ボーイッシュな女の子って感じ。

 紺色のセーラー服に、赤いスカーフ。
 スカートの丈は長めで、膝下まである。
 だがそこが真面目っぽくて、魅力を感じる。

 その姿を見た俺は、言葉を失っていた。

「……」
「ねぇ、おっさん? どうしたの?」

 距離を詰めて、下から俺を睨む航太。
 身長差があるから、どうしても上目遣いになる。
 大きなブラウンの瞳に吸い込まれそうだ。
 思わず、生唾を飲み込む。

 何を考えているんだ、俺は……。
 この子は航太。男の子だぞ?
 あれかな。もう何年もご無沙汰だから、感覚がおかしくなっているのか。

「ところで、どうなの? おっさん?」

 俺のことなぞ、お構いなしに下から覗き込む航太。

「ああ……すごく、可愛いよ」

 つい見惚れてしまい、本音がポロリとこぼれる。

「え?」

 俺の回答に航太まで驚き、固まってしまう。
 ヤバい、このままじゃ変に思われそうだ。

「いや、そういうんじゃなくてさ。久しぶりにセーラー服を見て、可愛いなって」

 かなり無理のある言い訳だった。
 しかし航太もなにかを感じ取ったようで、慌てて話を合わせる。
 
「そ、そうだよね! おっさんはもう30歳になるから、セーラー服とか見る機会ないもんね」
「うん。だから嬉しいというか……しばらく見てたいというか」
「え……?」
 
 また墓穴を掘ってしまった。

「おっさん。じゃあキッチンから掃除を始めるね」
「ああ、頼む……」

 せっかくセーラー服に着替えてもらったのに、なぜか家の掃除や片づけを頼んでしまった。
 航太自身も、ノリで着替えたは良いが。
 中身は14歳の男子だから、女の真似など出来ない。
 恥ずかしさから、その場で固まっていたので、俺が提案したのだ。

「その格好のまま、ちょっと掃除でもしてくれないか?」と。

 頬を赤くして、黙々とキッチンを綺麗に磨く航太。
 
「んしょっと……」

 洗ったボウルを上の戸棚に直そうとした、その時だった。
 身長が低いため、背伸びをしている……。
 
 こんな時、俺が彼氏だったら代わってあげるか?
 それとも彼の腰を両手で掴み、持ち上げるか。

「もうちょい……」

 背伸びをしたので自ずと、セーラー服が上にあがる。
 小麦色の肌が垣間見えるかと思ったが、ちゃんと中に下着を着ている。
 白いインナー。

 それが邪魔で、彼の素肌は見えないのだが。
 このシチュエーション……なんだかドキッとしてしまう。

 航太はまだ中学生。
 そんな幼い彼が一生懸命、俺のために家事を頑張っている。

「イケる」

 つい、本音を漏らしてしまう。
 確信したのだ。
 担当編集の高砂さんから提案された、ロリもの。
 
 航太にセーラー服を着せたことで、ようやくモデルが定まってきた。
 要は彼を、女の子に変えてしまえばいい。
 あくまでも作品のなかで。

  ※

 その後も航太は家中を掃除したり、片づけてくれた。
 俺は黙って、彼の後ろ姿を目で追う。
 たまに「ここだ」と思ったところは、航太にお願いして念入りに何度も掃除してもらう。

 布巾でちゃぶ台を拭いている彼を見て、使えると確信した。
 なぜなら、その後ろ姿がたまらないと思ったから。
 スカートの丈は長いが、中腰でこちらに尻を突き出している。
 見えるか見えないか……ぐらいのチラリズム。
 もちろん彼は男だから、女物の下着などは着ていない。
 
 デニムのショートパンツが少し見えるぐらい。
 しかし、これは作品に使えそうだ。

 ある日、うちの隣りに引っ越してきた、シングルマザーとその子供。
 綾さんをお父さんにして、航太を娘に変えてみよう。
 そして友人の少ない女子中学生が、主人公と仲良くなり……。
 いやいや、エロマンガなので。そこまで詳細に描く必要はないか。

 だが、航太のおかげで、どうにか形になりそうだ。
 ひとりで頷いていると、不審に思った航太が眉間に皺を寄せる。

「おっさん……なんかニヤついて、キモい」
「わ、悪い悪い。その辺でもう良いよ、おつかれさま」
「こんなんで本当に良かったの? マンガにできそう?」

 セーラー服姿のまま、首を傾げてみせる航太。
 上目遣いで距離を詰められるから、なんか変な気持ちになりそう。

「ああ、参考になったよ。現役の女子中学生になんて頼めないからな」
「そうだろ? 困ってるなら、オレに頼めばいいんだよ。友達だし」
「と、友達……か」

 普通、男友達にこんなことを頼むか?

  ※

 そろそろ、セーラー服を脱いだらどうだ? と彼に言おうとした瞬間だった。
 玄関からチャイムの音が鳴り響く。

 その音を聞いて、俺と航太は驚き、身体をビクッと震わせる。

『あの~ すみませぇ~ん、黒崎さん?』

 甲高い女の声……航太の母親、綾さんだ。
 これはまずいぞ。
 今、玄関の鍵は、開けたままだ。
 綾さんがドアノブを回せば、女装した航太の姿を目にしてしまう。

 そんなところを見られたら、警察に連れられていきそうだ……。
 どうしよう?
 慌てる俺はその場で、固まってしまう。

 その時、航太がヒソヒソ声でこう言った。

「おっさん。オレが着替えてる間に、母ちゃんの相手をしてよ」
「え? でも、玄関を開けたらお前も見られるぞ?」
「開けないまま、扉越しに話したらいいじゃん。オレはここで着替えるから」
「わかった」

 母親の綾さんになんて、ウソをつこう。

 とりあえず、彼の言う通り。扉の向こう側にいる綾さんと話をすることに。

「あ、あの……どうされました? 美咲さん」
『それがですね~ 航太がお鍋を持って出かけたみたいでぇ~ 私使いたいんですよぉ~』

 綾さんの言っている鍋とは、航太が持って来たおでんが入っていた物だろう。

「それでしたら、航太くんがうちに持って来てくれたんですよ。今返しますんで……」

 そう言って後ろに振り返ると、セーラー服を脱いだ航太が立っていた。
 しかしまだ着替えている最中で、トレーナーワンピースを頭から被ろうとしているが。
 慌てているのか、苦戦しているようだ。

 その時、俺は見てしまった……。
 小麦色に焼けた肌とは違う。ピンク色の小さな(つぼみ)を二つ。

「……」

 こんなに綺麗な形は、生まれて初めて見た。
 俺は人生で二人しか経験がないから、比較のしようがないけど。
 男のものとは思えないぐらい、可愛い……。

 気がつけば、我を忘れて自身の手を前に伸ばす。

 しかし、既に着替えが終わってしまったようで、トレーナーから航太の顔がぴょこんと飛び出る。

「ぷはっ! お待たせ、もういいよ。おっさん!」
「え?」
「着替え終わったから、母ちゃん呼んでいいよ」
「そうだったな……」

 なぜか落ち込んでいる自分に気がつく。
 俺ってヤバいのかな?
 長い間、女性と触れ合っていないから、航太に変な気持ちを抱くとか……。

  ※

「ここにいたんだぁ、航太。あのね、お鍋持ち出した?」

 綾さんが慌てていたのは、息子のことではなく。
 お鍋の方だった。
 航太はそんな母親の姿を見ても、至って冷静で。
 キッチンから鍋を持って、綾さんに手渡す。

「はい、これ。ちょっと、おっさんにおでんをおすそ分けしてたからさ」
「ふぅん、黒崎さんにね……」

 綾さんが俺に視線を向ける。
 顎に手をやり、不思議そうに見つめる。

 ヤバい。何か疑われていないか?
 セーラー服なら、洗濯機の中に放り込んでいるし……。

「ひょっとして……航太は、黒崎さんとお友達になったのかな?」

 と首を傾げる綾さん。
 天然だとは感じていたが、ここまでとはな。

「そ、そうなんですよ! 航太くんが色々としてくれて助かってます!」

 無理やり話を合わせる。
 もちろん、航太も。

「そうそう! おっさんは元カノに振られて、すごく引きずってんの。だからかわいそうで、オレが面倒みてやってるんだ」

 ひでぇ……勝手に話を作りやがって。
 俺が振られたことになってる。

「へぇ~ 黒崎さんって、彼女さんがいたんですねぇ……」
「まあ、3年も前の話なんですけどね。ははは」
「それは寂しいですよねぇ、うちの航太で良かったら、いつでも遊んでくださいな」

 話題を変えて、どうにかその場を凌げたようだ。
 
  ※

 綾さんは自宅で待っている男のために、鍋を使いたかったらしい。
 酒のつまみでも、作るのだろうか。
 息子の航太を残して、ひとりで帰ってしまった。
 結構、薄情な人だな……。

「お、おっさん……」
「ん? どうした?」
「さっきの母ちゃんと話してたこと、本当にいいの?」
「綾さんと話したこと? なんだっけ?」
「オレがこれからも、この家へ遊びに来ること!」
「はぁ……別に構わんが」
「約束な!」
「うん」
 
 なぜか嬉しそうに微笑む航太。
 彼が小指を差し出してきたので、俺は黙って指切りする。

「じゃあ、おっさん。今度はもっと美味しいもんを食べさせてあげるよっ!」
「いや……毎度悪いよ。別に俺ん家へ来るからって、何か持ってくる必要ないから」

 そう言って優しく断るつもりだったが。
 彼の意思は固いようで、眉間に皺を寄せる。

「オレが作りたいから、やってんの! 大体おっさんはすぐにキッチンを汚くするし、食べ物はバランス悪いし……」

 航太の死んだおばあちゃん仕込みってわけか。
 こりゃあ、どっちが年上なんだか、わからなくなってきたぞ。

「わかったよ……好きにしてくれ」
「やった! じゃあさ、キッチンのことで質問があるんだけど、聞いてもいいかな?」
「ん? なんだ?」
「おっさんてさ。料理しないんだよね? なのに……調理器具とか、お皿が可愛いキャラクターで揃えられているんだよ。どうして?」
「うっ……」

 元カノの未来が置いていった物だ。

「そ、それは“あいつ”が昔、買ってきて……そのまま残してたんだ」

 真実を伝えると、航太はにこりと微笑む。
 ただ眼だけは笑っていない。

「いらないよね? そんな前のもの」
「……」

 すぐに不燃ごみとして、処分された。

 その日は、季節外れの大雨で強い風が吹いていた。
 ボロい二階建てのアパート全体が、揺れている。
 まるで台風だ。

 一応、対策として窓の上に設置してある、シャッターを下しておく。
 ちょっと錆びているが、やらないよりマシだろう。
 しかし……それより気になることがある。

 航太のことだ。
 まさかと思うが、こんな日も家から出て、廊下に座り込んでいないよな?
 屋根があるとはいえ、この豪雨なら一瞬でずぶ濡れになるぞ。

 玄関に向かい、そっとドアを開けてみると……。

「あっ!?」

 思わず、大きな声を出してしまった。
 頭からずぶ濡れになった少年が、廊下に座り込んでいたから。

 ピンクのショートダウンを着ているとは言え、下は黒のショートパンツ。
 つまり素足だ。
 ダウンにはフードが付いているから、それで頭を守っているようだが……。
 叩きつけるような強い風が、顔面に襲い掛かる。大粒の雨と同時に。

「お、おい! 航太! なにしている?」

 傘立てから壊れた傘を取り出し、慌てて航太の元へ駆け寄る。

「あ、おっさん」

 振り返る彼の顔を見て、俺は胸に強い痛みを覚えた。
 びしょびしょに濡れた頬。小麦色の肌が青白くなっている。

「お前……なんでこんな日に限って、外にいるんだよっ!」

 思わず口調が荒くなってしまう。

「そんなに怒んないでよ……。だって母ちゃん、また家に男の人を連れ込んでいるからさ」
「くっ……」

 こんな時も男かよ。
 さすがに苛立ってきた。

「だからって、外にいることないだろ! 風邪引くし、この強風だ。コンビニとかあるだろ?」
「え? コンビニとか、面倒くさいよ。買い物しないで居座るの、悪いし」
「じゃあ、俺ん家に来い!」
「いいの?」
「ああ! さっさとここから離れるぞ」

 そう言って、航太の細い腕を掴んだ瞬間。
 彼の体温が冷え切っていることに気がつく。

「航太。お前、どれぐらいここにいた?」
「んと、2時間ぐらいかな?」
「バカっ! それなら、俺ん家のチャイムを鳴らせよ!」
「ごめん……」

  ※

 とりあえず、航太にタオルを3枚ほど渡して、濡れた身体を拭くように指示する。
 彼がタオルで身体を拭いてる間、俺は風呂場へ直行し、浴槽にお湯を溜め始めた。

「航太、いま風呂を沸かしているから、あとで入れ……って」

 と言いかけている途中で、俺は言葉を失ってしまう。
 脱衣所の前で、航太は着ていた服を全て、床に投げ捨てていた。
 つまり、素っ裸ということだ。

「あ、おっさん。この濡れた服なんだけどさ……洗濯させて、もらってもいいかな?」
「……」
「ん? どうしたの?」

 首を傾げ、上目遣いで俺を見つめる。

 男とは思えないような、華奢な体型。小麦色に焼けた美しい肌。
 小さな顔には納まりきれないぐらい、大きなブラウンの瞳。
 胸には、ピンク色の小さな(つぼみ)が二つ。
 上半身だけ見ていると、女の子と間違えてしまいそう。
 
 だが間違いなく、彼は男の子だ。
 その証拠に、男性としてのシンボルが股間にある。
 中学2年生にしては、随分と可愛らしいものだが。
 まだ毛も生えていないし……。

「ねぇ、おっさん! 聞いているの!?」

 航太に身体を揺さぶられるまで、我を失っていた。

「え……?」
「このロンTさ、乾燥機とかにかけないでほしいの!」
「ああ、そんなものは家にないから……とりあえず、風呂に入って身体を温めて来いよ」
「わかった! ごめんね、いきなり家に上がったのに、洗濯までしてもらってさ」
「構わんさ」

  ※

 シャワーから流れる水の音と、甲高い声が混ざって聞こえる。
 航太の鼻歌だ。

 俺はと言えば、洗濯機に彼の服を入れてスタートボタンを押してから、数分間固まっている。
 困惑しているからだ。

 自分が怖い。
 いくら何年もご無沙汰だからって、あんな少年の裸を見ただけで……。
 心臓の音がバクバクとうるさい。

 大丈夫、混乱しているだけだ。
 俺は元カノの未来と、付き合っていた時期もある。
 絶対に”ストレート”さ。

 と洗面台の鏡に映る、自身の顔を眺めながら、頬を叩く。
 しかし、次の瞬間。鏡に二つの蕾が映し出されると。
 身体が硬直してしまう。

「おっさん! あとでドライヤー貸してくれる?」
「……ああ」

 今晩はなるべく早めに帰そう。

 洗濯した航太の服をハンガーにかけて、カーテンレールで干す。
 外は嵐だから、家の中で乾かすしかない。
 エアコンの温風を使って……。
 一晩じゃ乾きそうにないな。

 風呂から出てきた航太に、俺の持っているスエットを手渡す。

「ほら、これ。着ておけよ」
「あ、うん」

 当然と言えば、当然のことなのだが。
 俺たちは男同士だから、恥ずかしがる素振りなど見せない。
 ずっとタオルで頭をごしごしと拭いている。

 どうしても、視線が彼の胸部に行きがちだ。
 ピンク色の(つぼみ)へ、目が行ってしまいそう。
 可愛い……と思う俺は、変態なのだろうか?

  ※

 『えぇ……現在、福岡市内には暴風、豪雨の警報が発表されております。外に出ることは極力、避けてください』

 二人して肩を並べ、テレビの画面を眺める。
 流れている映像は大きな川で、洪水を起こしていた。
 
「すごい雨だね、おっさん」
「ああ……」

 着替え終わった航太とテレビを見ているが、どうも頭に入って来ない。
 適当に相づちを打っているだけ。
 それもそのはず。

 彼の着ている、服装の刺激が強いからだ。
 俺が渡したのは上下のスエットなのだが、トップスしか着ていない。
 ボトムスはウエストが大きすぎて落ちてしまう、と返された。
 
 おまけに、彼の下着はずぶ濡れだから、現在はカーテンレールにかけてある。
 水色のカラーブリーフ。
 つまり今の彼は、ノーパン。
 一応、俺が持っているトランクスを渡してみたが、これも大きすぎて落ちてしまうそうだ。

 体育座りをしながら、航太がリモコンを手に取る。
 色々とチャンネルを変えるが、どこも同じような災害番組ばかり。
 
「はぁ~ つまんないなぁ」
「ところで航太。お前、綾さんに何も言わなくていいのか?」
「え、なんで?」
「だって……お隣りとは言え、一人息子のお前が、何時間も他人の家にいるなんてさ」
「なんだ、そんなことか。別に母ちゃんなら怒んないよ」

 どこまでも放任主義なんだな。
 なんだか、航太がかわいそうだ。

「ねぇ、おっさん」
「ん? どうした?」
「あのさ、今晩。泊めてくれない?」
「なっ!?」

 驚く俺を無視して、首をかしげる航太。
 
「いいでしょ? 外は嵐だし……」

 なんて、いっちょ前に上目遣いでおねだりしてきた。
 さっさと帰そうと思ったのに。

  ※

 航太は俺からスマホを借りると、母親の綾さんに電話をかけていた。
 どうやら二つ返事で、許可を得たようだ。
 しかし本当にあの母親は、我が子に無関心なんだな。
 今も隣りの部屋から、男との笑い声が聞こえてくるぐらい。

 とりあえず、布団はひとつしか無いから、航太へ譲ることにした。
 万が一……なんてことはないと思うが、間違いがあってはならない。

「航太、お前が布団を使え。俺は畳で寝られるから」

 そう言うと、彼は顔を真っ赤にして怒り始める。

「なんでだよ! 一緒に寝ろよ!」
「いや……男二人がくっついて寝るなんて、気持ち悪いだろ?」
「良いじゃん! オレとおっさんは、と、友達だろ!?」
「う、う~ん。そうだけど……」

 もう夜も遅いし、彼を興奮させてはいけないと思い。
 言われた通り、シングル布団の中に二人して入ってみる。
 思った以上に中は狭く、お互いの身体がぴったりとくっついてしまう。

「おやすみ、おっさん……」

 と耳元で囁く航太。
 ふと視線を右手にやると、嬉しそうに微笑む彼の横顔があった。
 安心しきっている。
 よっぽど、俺のことを信頼しているようだな。

 ~10分後~

「……」

 全然、眠れない。
 この布団へ誰かが入ることを、許したのは”あいつ”ぐらいだ。
 数年ぶりに人肌を感じた相手が男とはな……。

 でも、航太のやつ。
 起きている時は、つんけんしているくせに。寝ている時はえらく甘えん坊だ。
 今も俺の右腕に抱きついて、離さない。

「おっさん……オレと、ずっと一緒にいて」
「!?」

 その言葉に耳を疑ったが、すぐに寝言だと判明した。
 瞼を閉じているから。

 しかし、こいつも色々と苦労しているんだろう。
 友情に飢えているようだ。

「んん……」

 うなされていると思ったら、次の瞬間。思わぬ行動に走る。
 自身の右脚を、俺の腹の上にのせてきた。
 膝をすりすりと、こすり付けてくる。

「くっ!」

 堪えきれなくなった俺は、布団から飛び出す。

「はぁはぁ……どうかしている」

 こんな幼い少年に興奮するなんて……。