暑い。
カレンダーはもう9月だというのに、ここ東京はまだ蒸し暑い。

駅から徒歩15分ほどの坂道と、砂利の敷き詰められた道を黙々と歩いた。
会社帰りのシャツの内側に汗がいくつも伝っていたが、ネクタイをなぜか緩めてはいけない気がしていた。

「着いた」

寺の一角。ちょっとだけひんやりしている。
日陰の多いこの場所は、いつも絶えず線香の匂いがする。
そう。ここは、ハルカの今の住処である。

立ち止まって目を瞑ると、あの日の出来事がまた走馬灯の様によみがえる。

愛した彼女が息を引き取る3日前。
最後のデート。もう戻れない、遠い過去。

一度だけ深呼吸をする。口角をあげる。笑顔を作る。
目を細めて、その灰色の無機質な四角い石に向かって呟いた。

「ただいま」