人と希望を伝えて転生したのに竜人という最強種族だったんですが?〜世界はもう救われてるので美少女たちとのんびり旅をします〜

「よいしょ!」

 最後に地面が濡れても大丈夫なように魔法でさらに地面を固めて簡易浴室の完成である。
 天井はつけるか迷ったけれど湿気がこもりすぎてしまうし真っ暗になるので開けてある。

 翼でもなければお風呂を覗くことはできないだろう。
 一発で完璧にこの形を作れるように何回も練習した。

 おかげで多少魔力のコントロールは良くなったし無駄ではなかった。

「おお〜!」

 ルフォンが興奮して拍手する。
 一方エミナは魔法的にはすごいけど、これの何がすごいのかが分かっていなかった。

 浴槽の底には魔石が2つ転がっている。
 1つをシャワーにセットして、もう1つを浴槽にセットする。

 浴槽にセットした魔石に魔力を込めると魔石から水が溢れ出して浴槽に溜まっていく。
 そしてお風呂にお湯が溜まるまでの間に焚き火やテントなど野営の準備をする。

 お風呂にご機嫌のルフォンはちょっとばかり豪華な晩御飯を作り、お湯が溢れたりなんかしてたりして日が落ちてきた。

「俺が見てるから2人は入ってくるといいよ」

「み、見てるって何をですか!?」

「魔物とかが来ないように見張ってるって意味だ!」

 何を勘違いしているのか顔を真っ赤にして体を隠すエミナ。
 こっそり覗くならともかく堂々と見るぞなんて言うはずがない。

 お風呂に入るところ見てるから入ればいいなんてど変態ではないか。

「リュ、リューちゃんが見たいっていうなら……」

 エミナの勘違いに触発されたルフォンがまたとんでもないことを言う。

「えっ……あの、いや、リュードさんがどうしてもというなら…………私も……」

 これではリュードが裸を見せろと2人に迫っているよう。
 健全な男子としての胸の内は見たいっていう気持ちもあるのだけれどそんな欲望丸出しな竜人ではない。

 というかエミナまでどうしてしまったのだとリュードは少し呆れる。

「いいから、入ってこい……」

 ただ一度意識してしまうとダメだった。
 リュードの体は無駄に耳も良い。

 ルフォンほどではないにしても結構良く聞こえるのだ。
 滝の音に紛れるように聞こえる服を脱ぐ衣擦れの音。

 周りを警戒しなきゃいけないから離れるわけにもいかない。
 それなりに近くにいるので聞こえてしまう。
 
 音による警戒も当然しなければいけないのにお耳が勝手に一方向に集中する。

「クッ……しっかりしろ、しっかりするんだリュード!」

 胸がちょっとだけドキドキしてしまう自分が恨めしい。

「わぁ〜、ルフォンさんのって綺麗な形してますね〜」

 なんと定番な会話!
 どこかで見たようなありがちな女の子同士の会話。

 ちなみにルフォンの胸は大きめ寄りの普通サイズ。
 直接見たわけではないからなんとも言えないけれど鍛えたりするので比較的ぴっちりとした格好もするので多少は分かる。

 ルーミオラから産まれたにしては頑張った方だと思う。

「エミナちゃんは……うん」
 
 実はリュードやルフォンよりも1つ年上だったエミナは普段はゆったりとしたローブを着込んでいるために分かりにくいが幼児体型。
 結構食事の量は食べているのにどこへ行っているのだろうかと疑問に思う。

 そんなこともあってリュードはエミナのことを年下だと思っていたので年齢を聞いて驚いた。
 それでもエミナはリュードとルフォンをさん付けで呼び、リュードは呼び捨て、ルフォンはちゃん付けで呼んでいる。

 今更呼び方を変えるのもおかしいのでそのまま呼ぶことになったのである。

「……エミナちゃんはもうちょっとだね」

「うっ!」

 グサリとルフォンの言葉が刺さる。
 ルフォンなりの優しさで言葉を濁したけれどかえって厳しい言葉になってしまった。

 ルフォンから見てもエミナは起伏に乏しい体に見えていた。

「うぅ……もう諦めているので大丈夫ですよぅ」

 とは口で言っても落ち込むエミナ。
 エミナはルフォンをチラリと見て自分の胸に視線を落とす。
 
 ルフォンは身長も高くプロポーションがいい。
 体のバランスが良くてとても綺麗に見える。
 
 それに引き換え自分はなんとお子ちゃま体型なのかとしみじみと思う。
 年は1つしか違わないのに何の差だろうかとしょんぼりする。

 濡れないように浴槽を入れていた袋に脱いだ服を入れて壁にかけておく。

「えいっ」

 ルフォンがシャワーに設置された魔石に魔力を込める。
 魔力コントロールが苦手なルフォンでもこれぐらい朝飯前である。

「ひゃあっ! 冷たいですよ!」

 シャワーの下にいたエミナが思いっきり冷水を浴びて悲鳴を上げる。

「へへっ、もうちょっと待ってね」

 分かったルフォンのちょっとしたイタズラ。
 魔力を込めてすぐお湯というわけにはいかない。
 
 1つの魔石でどうにかしようとしたヴェルデガーだがお湯を出すという魔法を新しく生み出すことはできなかった。

 まずは水を発生させる魔法、そして次にそれを温める魔法と二段回踏む必要があったのだ。
 同時に発動させてすぐに温かいお湯を出そうとも試行錯誤したのだけど上手くいかなかった。

 1つの魔石で2つの魔法を同時に発動させ始めるのは難しすぎた。
 なので時間差で魔法が発動するようにして問題を解決したのである。

 そのために最初は水で出てきてしまうのは仕方のないことなのである。

「あっ、あったかくなってきました!」

 そっと手を入れるとシャワーもちょっとずつ温かいお湯になってきた。

 簡易的なので角度は変えられないし手に取ることもできない。
 シャワーのお湯が出る穴のサイズも大きめで、前の世界のシャワーを知るリュードからするとまだ細かさが足りていない。
 
 不十分な出来なのでもっと完璧に作りたいものであるとリュードは思っているのだがエミナは感動していた。
 ルフォンを見るとこくりとうなずいたので思い切ってシャワーの中に身を投じる。

「ほわぁあ〜」

 熱すぎず冷たすぎず良い温度。
 魔石で温度はできないのでヴェルデガーはみんなの協力の下で最適な温度を探した。

 個別な希望もあったけれどみんながおおよそ満足する、そんな温度に仕上がっている。
 頭の先から心地よいお湯と共に埃っぽい汚れと疲れが流れ落ちていく。
 
 体を流したら今度はヴェルデガー特製石けんの登場。
 超がつくこだわり症のヴェルデガーに抜かりはなかったのである。

 2人で洗いっこなんかをしたりして、ようやく入浴タイムである。

「はあぁぁぁぁ〜」

 先に浸かったルフォンが気の抜けた声を出す。

「ほわぁぁぁぁ〜」

 お湯に浸かったことのないエミナもルフォンにならってそっとお湯に浸かると思わず声が出てしまう。

 お風呂はシャワーよりもちょっと熱め。
 こちらは水を入れるなど調整が出来るので高めの設定になっている。

 リュードが材料をもらって自分で作ったゆったりサイズの浴槽は2人で入るには少々狭いけど全然入ることはできる。

「お風呂、どう?」

「すっごく気持ちがいいです!」

「ふふ、エミナちゃんがお風呂好きになってくれてよかった」

「それにしてもすごいですね、これ。どうやって作ったんですか?」

 エミナが浴槽の縁を触る。
 見た目は大きな木をくり抜いたボートにも似ている形ををしている。

 触ってみてもささくれだったところはなく表面は何か塗ってあるのか滑らかで水は染みていない。
 それに魔法が刻まれた魔石。
 
 一体どうやって作ったものなのか、魔法使いのエミナにも分からない。
 持ち帰って研究したいぐらいである。

 よくよく見てみると簡単に使っている割に全く知らない凄い技術で作られている。
 のんびり使っている場合ではないのではないかと思うほどに凄いものであった。

「これはねぇ〜、リューちゃんのお父さんが作ったんだ。リューちゃんも作るの手伝ってたし、凄いでしょ?」

 肩までお湯に浸かってトロけるような表情のルフォン。

「…………確かに、凄いですね」

 今はそんなこと聞いているタイミングではない。
 まあいっかとエミナも浴槽に沈み込むように浸かって、難しいことを考えるのをやめた。
 ピクリとルフォンの耳が動く。
 静かな闇夜に相応しくない音をルフォンは感じ取っていた。

「リューちゃん」

 物音を立てないようにリュードに近づいて起こす。

「どうした?」

 目を開けると辺りはまだ真っ暗。
 太陽が昇るよりも前の日の方が近いぐらいの時間帯だった。

 「何か近づいてきてるよ」

 ルフォンの耳が森の方を向いている。
 何かしらの音がルフォンには聞こえているのだ。

「魔物か?」

「うーん、多分違うかな。足音、気配を殺してこっちに来てる。んと……2人、かな?」

「分かった。俺がエミナを起こすからルフォンは闇に紛れて隠れるんだ。襲いかかってくるようなら1人拘束してくれ」

 ルフォンがうなずいて闇に消えていく。
 人狼族は闇を得意とする種族。
 
 ルフォンを闇に紛れさせたらリュードでも対応するのは難しくなる。

「エミナ、起きろ」

 リュードはテントの外からエミナに声をかける。
 反応はない。

 すっかり熟睡してしまっているようである。

「入るぞ」

 相手にバレてしまうかもしれないので大声を出して呼んで起こすわけにはいかない。
 仕方なくテントの中に入る。

「エミナ!」

 声を抑えつつも呼びかけて肩を揺すり起こす。
 エミナの神経は意外と図太く、外でも何なく熟睡してみせた。

 冒険者学校で雑魚寝をしていても問題なかったのではないかとリュードは思う。

「へえっ?! リュリュ、リュードさん? ど、どうしましたか。まさか夜這いでふか……」

「声が大きい。寝ぼけてないでさっさと目を覚ませ!」

 起きがけのエミナの声が大きくリュードは手でエミナの口を塞いだ。
 最近ちょくちょく変なことを口走り出すのでリュードも気が気でない。

 寝起きに元気なことはよろしいが今は静かに起きてほしい。

「何か怪しい奴が近づいてきてるようだ」

 分かったかと聞くとコクコクとうなずくので口から手を離してやる。

「ルフォンさんは?」

「大丈夫、奇襲に備えてる」

 と言っても奇襲されるのに備えているのではなく、奇襲することを備えているとでも言った方が正しい。

「私はどうしたらいいですか?」

「テントの中にいろ」

「ええっ!? 私も何か……」

「寝てろってわけじゃない。ちゃんと様子を見ていてもらうぞ。いざとなれば飛び出してきて魔法使ってもらうからな」

 こんな状況で起こしておいて寝ておけなんて言うわけもない。
 エミナはいざという時のバックアップ要員である。

「分かりました」

 リュードはいつも通りを装って焚き火のところまで戻ると何事もなかったかのように座り、枝を焚き火にくべる。
 見つめていると明るく見える焚き火でも少し離れただけであっという間に光は届かなくなる。

 当然近くにある森の中まで光は届かず闇の中は見通せない。

「あんたたち、何者だ」

 しかし何も目だけで物事を捉える必要はない。
 ルフォンのように耳で聞き取ることもできるし、鼻がきけば臭いでも分かることがある。

「なぜ分かった……」

 近くで殺気を放っている人がいればリュードでも気配を感じることが出来る。
 人の気配を感じ取ったリュードが闇に目を向けると2人の男が闇の中から現れた。
 
 焚き火の弱い光では顔までは分からないが友好的な目つきをしていないことは薄暗くても分かる。

「そんなことより何の用だ?」

「用か……申し訳ないがお前たちには消えてもらう。俺はあの角付きの男をやるからテントの中にいる女はお前に任せ……」

「グエッ!」

 男たちが剣を抜いた瞬間、ルフォンが木から降ってきて男の1人を制圧する。
 たとえ女性の体重でも上から落ちてきたら衝撃は大きい。

 落ちてきたルフォンは男の頭を地面に打ち付ける。

「な、なんだ!」

「こっちだ、バカ」

 ルフォンに気を取られた男は完全にリュードを視界から外した。
 ルフォンが動き出すのと同時に動いていたリュードは鞘に収めたままの剣を思いっきり横振りした。

 襲いかかってきた理由を聞き出したいので殺さないように頭は狙わない。
 胴体にクリーンヒットして鈍い音がして男がぶっ飛んでいく。

 男は起き上がってはこない。
 一切の回避動作も防御もできずにモロに食らったのだから当然である。

 リュードが近づいて確認すると男はしっかりと気を失っていた。
 死んだ方がマシなぐらいの痛みがあるはずなので気絶して助かったぐらいだろう。

「くそっ! 放しやがれ!」

 ルフォンが捕まえた方の男もいる。
 こちらも打ちどころが良かったのか気絶をしなかった。

 けれど抵抗らしい抵抗もできずに捕まったので元気いっぱいである。
 ルフォンが女なので振り解けるだろうと暴れようとするが、ルフォンの力が強く口先だけ一丁前になってしまっている。

「クソ獣人が汚ねえ手を放しやがれ!」

 汚いのはお前の言葉使いだ。
 リュードが気絶したやつを縄で縛ってルフォンの下で暴れる男に灸をすえようと思ったら動いたのはルフォンの方だった。

 脅しで当てていただけのナイフに力を込める。

「黙らないと、痛いことするよ?」

 ナイフの先が男に食い込み、血が滲んでくる。
 実力もないのに口先だけ大きな者に慈悲はない。

「うっ……覚えてろよ」

「殺される前にその口閉じておくんだな」

「な、何! まさか……アニキが」

 自分は奇襲されたから負けただけであって通常であればこんな若い女に負けるはずがないと男は思っていた。
 アニキと言われていた方が男の方を倒して助けに来てくれる、そう思って偉そうにしていたのに来たのはリュードだった。

 男の顔がサッと青くなる。
 男がルフォンに組み伏せられてからそれほど時間は経っていない。
 
 激しい戦闘の音も聞こえなかったのに余裕綽々でリュードが現れたことにその実力の高さを理解する。
 見た目に騙されて実力を見誤っていた。

 上に乗っかっているルフォンの実力も男には計り知れないほど。
 脅しのナイフを本当に刺す胆力だけでなく、木の上に隠れる能力も高くて全く気付かなかった。

 それどころか接近してくる前に気づいていて隠れていたという事実に男は完全に負けを悟った。
 先ほどまでの態度はどこへやら、男は口を閉じて黙り込んでしまった。

「自分が置かれている状況が分かったようだな」

 リュードは縄を取り出して男の手足を縛る。

「よし、俺たちを襲った目的を聞かせてもらおうか?」

「それは……」

 男が背中合わせに縛られたアニキの方を見る。
 アニキと呼ばれているだけあって力関係はアニキの方が上みたいである。

「言え。言えばお前は逃してやる」

「……言わなかったらどうするつもりだ?」

「何もしないさ」

「はぁ?」

「何もしない。俺たちはこのまま立ち去るだけだ。ここだっていつ魔物が出るのか分からないからな」

 所詮はガキ。何もしないなんて手を汚すのが怖いだけ。
 そう思ったのだがすぐに思い直した。

「まさかこのまま放っておくつもりじゃないだろうな」

「言ったろ? 何もしないって」

 リュードの目は冷たい。
 男は背中がぞわりとする感覚に襲われる。

 本気だ。
 本気でこの暗い森の中に置いていくつもりなのだと男は悟った。

 仮にこのまま放っておかれたらどうなるか。
 長いことこのままになれば餓死などするかもしれない。

 しかしその前に男たちは死ぬことになるだろう。
 人が多い場所を除けば大体のところに魔物がいる。

 ほとんどの魔物は人を襲って攻撃してくる。
 縛られて無抵抗の人がいたらどうなるか。

 魔物が助けてくれるはずもなく襲われて食い荒らされてしまうことだろう。
 リュードが直接手を下して殺すこともなくこのままにしておくだけで男たちは魔物に殺されてしまうのだ。

 もちろんリュードはそんなことするつもりはない。
 よほど男たちが強情なら分からないけれど、こんなところで人殺しをしたくはない。

 もう平穏無事に話し合いで済ませる段階ではないが、命を奪わずに済ませられるならその方が良いに決まっている。
 だから出来るだけ冷徹に見えるように感情を殺し、話したなら本当に解放してやるつもりだった。

「……本当に逃してくれるんだな」

「ああ、逃げた後は好きにするといい」

「…………俺たちの目的はお前たちで……かっ……アニ、キ……」

「おい、どうした!」

 いきなり苦しみ出した男。
 みるみる間に顔が紫色になっていき泡を拭いて死んでしまった。

「ククク、何も言うわけがない、何も言わせるわけがない」

「起きていたのか!」

 気絶していたと思っていたアニキはいつの間にか目を覚ましていた。
 手にはどこから出したのか小さいキリのような武器を持っている。

 キリの先には毒が塗ってあってこれで男を刺して殺したのである。

「もちろん俺も何も話はしない!」

「やめろ!」

 アニキはキリで自分の足を刺した。
 咄嗟のことに止められずキリを取り上げた時にはもう遅かった。

 アニキも瞬く間に顔色が悪くなっていき、男と同じように泡を吹いて死んでしまった。
 謎の襲撃者。
 
 誰にも怪我がなかったのはよかったけれど何の情報も得ることができなかった。
 対応が甘かったと反省せざるを得ない。
 
 こんなこと初めてだったしまさか捕まった人間が即座に自殺するなんてこと一切頭になかった。
 一緒に縛るのではなく1人ずつ離しておくとか身体検査をするとかしておくべきだった。
 
 多少武器を持っていても勝てそうな相手とリュードは完全に舐めてかかってしまっていた。
 後味の悪い気味の悪さだけを残して男たちは永遠に口を閉ざした。

 1人は救えたかもしれない。
 こうした暗いことでも平気する人たちが世の中にはいるのだという厳しさをリュードたちは学んだのであった。

「一体何だったんだ……」

「こんな人もいるんだね……」

「そうだな。今日のこれは学びだった」

 リュードの中には自ら命を絶つだなんて選択肢はない。
 しかしそんな選択すらしてみせる人がいるがいるということを思い知ったのであった。
 イマリカラツトはルーロニアの北側と国境を共にする小国の1つである。
 ルート的には通らなくても良い国ではあるのだが、とある名物があるためにリュードたちは立ち寄ることにした。

 名物に1番乗り気なのはリュードだった。
 イマリカラツトに寄ることもリュードの希望であって、エミナたちはそれに従っている形である。

 決してわがままではなくちゃんと話し合って決めている。

「なんで!」

 名物を楽しみにイマリカラツトの大都市ストグまで来ていたのだが肝心の名物がどこにもない。
 一年中あるはずのものなのに、どこに行っても誰に聞いても無いと言われてしまった。

 まずは名物を、と思っていたのに完全に当てが外れて先に宿を取ることになった。

「落ち込まないで、リューちゃん」

「元気出してくださいよ、こういうこともありますって」

 宿の人にも訊ねてみたのだが困ったような顔をされて他と同じ返事が返ってきた。
 どこかに感情をぶつけることもできなくて思わず部屋で叫んでしまう。

 まさか魔人族には売らないだとか町を上げての決まりでもあるのだろうかと疑いたくなる。
 町の人も困っていると言っていたからリュードが原因ではないのだけれど、疑心暗鬼にもなりたくなるほどに無いと言われ続けた。

「情報収集だな」

 ルフォンとエミナの言う通り部屋でウジウジしていても原因は分からないし状況は改善しない。
 ただ無いですとだけ言われても引っ込みもつかないので理由ぐらい知りたい。

 リュードたちは冒険者ギルドに向かった。
 基本的に人の集まる場所に情報というものも集まるものだ。
 
 冒険者ギルドは様々な人が集まり情報を交換する場でもあるので名物がない理由ぐらい分かるだろうと思った。
 そもそも名物がないなんて話をみんながしない方がおかしい。

 確実に情報はあると見ている。
 人に道を聞いて冒険者ギルドまでやってきた。

「なんだか人が多いな」

「ホントだね」

 イマリカラツト自体は小国なのだがストグはイマリカラツトの首都を除けば中心的な大都市である。
 名物も含めた豊かな農業を軸に交易が盛んで近くの大きな国の都市と比べても遜色がない。

 交易の中心地でもあるので冒険者ギルドも首都ではなくこちらのストグに統括的な立場の冒険者ギルドを置いている。
 そのためにストグの冒険者ギルドは大きいものであった。
 
 それにも関わらず冒険者ギルドには人が集まっていて少し息苦しさを感じるほどであった。
 人の多さにルフォンはちょっと嫌な顔をしている。

「おい、何かあったのか?」

 手近にいた人を捕まえて事の次第を聞く。

「あ? あーなんでもボーノボアの進化種が現れてボーノボアを統率し始めたらしいんだ。おかげでギルドから大規模討伐の依頼が出てんだよ。ったく、こうならないように管理してたってのに何してんだか……」

「へぇ、ありがとう」

「おう、まだ依頼は人募集してるから興味あるなら聞いてみなよ」

 無い名物。活気のない町。人が集まったギルド。
 そして今聞いた進化種の話。

 話が見えたとリュードは思った。
 確実にその進化種がこの町の状態の原因であって、町の人は観光客が不安がらないように口を閉ざしていたのだと全てを悟った。

「まさかですけど参加するつもりじゃないですよね?」

「……エミナ、俺たちは何者だ?」

「何者って何ですか?」

「俺たちは冒険者だ」

「そうですね」

「冒険者ってなんだ?」

「なんだって何ですか……」

「困っている人がいたら助け、魔物がいたら討伐する、それが冒険者じゃないか? 今目の前に困っている人がいて、魔物が原因なんだ。俺たちがやらずして誰がやると言うんだ」

 間違ってはないが冒険者はそんな崇高な職業じゃない。
 エミナが呆れ顔をしているがやると決めたリュードを止めることはできない。

 どっちにしろリュードがやるならルフォンもやるし2人がやるならエミナも1人でやらないわけにはいかない。
 結局やるしかないのである。

「まあ、それにそろそろ体動かしておかないと鈍っちゃうからな」

「そうだね!」

「私は戦わなくていいならその方が……」

 旅の道中しっかり警戒もしているおかげか魔物には遭遇しなかった。
 元より道を歩く分にはそんなに魔物も襲いかかってくることもない。

 視界が開けた道の上では魔物は優位性がないし人は魔物にとっても厄介な相手なのでわざわざ突っかかってくることもない。
 道を外れてナワバリに入っていけばその限りでないが道をナワバリにすることもほとんどない。

 もちろん何もしていないのではなく素振りやトレーニングをして体は動かしている。
 けれどもうちょっと相手を立てて動き回りたい感じがそろそろ出てきていた。
 
 ルフォンもリュードに賛成で、反対意見はエミナだけ。
 一応多数決的にも参加の賛成多数となった。
 
 一見すると多数決ならエミナが不利と思われがちだが、お店を決めたりすることなんかでは普通に女の子同盟があるのでなんでもリュードの意見が通るわけでもない。
 エミナの意見が通ることも少ないわけじゃないのだ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。今日はなんの御用ですか?」

「大規模討伐の依頼があると聞いてきました」

「はい、現在グレートボアとその支配下にあるボーノボアの大規模討伐の依頼がございます。まだ参加受け付けておりますがお受けになられますか?」

「はい、参加しようと思います」

「分かりました。討伐の開始は2日後の朝になります。大規模討伐ですので他の冒険者との共闘依頼になりますが大丈夫でしょうか?」

「大丈夫です」

「それでは冒険者証の提示をお願いします」

 3人が冒険者証を出して受付が名前とランクを確認して記入する。

「アイアン+ランクのシューナリュード様、ルフォン様、エミナ様ですね。これでご依頼の申込は完了となります。今一度確認となりますが討伐は2日後の朝になりますのでよろしくお願いします。他に何かご依頼は受けていかれますか?」

「いえ、今はいいです。それよりも地図を見せてほしいのですが」

 もちろんこれから先の旅のことも忘れていない。
 ルーロニアのギルドで売っていた地図はイマリカラツトからちょっと西側の国に入ったところぐらいまでの地図だった。

 なのでここでちゃんと西側の国の道が確認できる地図を買っておく必要がある。
 お金はかかるけどついでにイマリカラツト周辺の小国群の地図も買っておく。

 大規模討伐に2日もあるということでこの間に旅を続ける準備をしようと思った。
 それだけあればまた地図とにらめっこするには十分な時間もある。

 ついでにまずは旅の消耗品なりの補給をしようと冒険者ギルドを出てお店に向かった。
 改めてグレートボアのことを聞いてから町の人を見るとどことなく不安げに見えるから不思議なものだ。

「うーん……これはちょっと」

「いや、悪いね。品物がくる北と東の街道を魔物に占拠されちゃってね。私たちとしてもお安く良いものを売りたいんだけど品物が入ってこないんじゃどうしようもない」

 買い物にお店に入ってみると意外なところに影響があった。
 お店に置いてある品物がことごとく高い。

 しかも品質も良くないのである。
 件のグレートボアのせいで物流が滞り、商品が入ってこないので値段がどこも高騰していたのである。

「あれじゃちょっとな」

 良いものはもうすでに買われてしまっていて無い。
 妥協して残っているものを買おうにも値段と釣り合わないのだ。

 急ぐ旅でもないので品質の良くないものを高値で買う必要はないと店を出た。
 謝り通しの店員が不憫でならなかった。

 グレートボアの討伐を終えれば物流が回復してすぐにでも適正な値段に戻るだろうから買い物はそれからでも遅くはない。
 念のためといくつか店を回ってみたけれどどこの店も同じような状況で結局消耗品の補充は諦めることとなった。

 これでグレートボアをやる理由が1つ増えたとリュードは思った。
 そして宿に戻って地図を見ていると、さらにもう1つグレートボアをやるべき理由が増えた。

 自由な旅なのでどう行こうと自由である。
 しかしなんでもいいわけではなく、効率的なルートというものがある。

 リュードたちとしては西側に向かいたい。
 けれどイマリカラツトから出て西に向かおうと思ってもストグには西に伸びる道がない。

 そのため一度北に向かい、そこから西に抜けていくのが1番良いルートだった。
 次点で東から回るのが良く、南のルートは遠回りでしかも戻ることになってしまう。

 だが現在北と東の道はグレートボアが闊歩していて通れない。
 つまり旅を続ける上でもグレートボアを倒した方がスムーズに事が進むということなのである。

 ゆえに倒す理由がまた増えたというわけである。
 すでに大規模討伐には参加申込してしまったので理由があるならばとエミナも前向きに考えるようにしていた。

 ーーーーー

「今回の討伐のリーダーやらせてもらう、プスカンだ。みんなよろしく頼むぞ」

 大規模討伐では複数の冒険者が参加するのでランクが1番高い人がリーダーとなる。
 今回リーダーとなる冒険者はプスカンという人で、魔のゴールド−ランクの冒険者であった。

 なぜゴールド−が魔と言われているかというと、ゴールド−まではそれなりの実力とこなしてきた依頼の数など総合的に判断されて上がることができる。
 しかしゴールド−からゴールドに上がるためには相応の実力、強さが必要になるのだ。

 ハッキリとした差がゴールド−とゴールドの間にはあるとされていて、これまで努力を重ねてきた冒険者でもゴールドの壁を越えられずにゴールド−で止まってしまう。
 ゆえに魔のと言われていて、一目置かれるには少し足りないぐらいの扱いを受けがちなのだ。

 それでも簡単に上がれるランクでもないので少なくともこれまでやってきただけの実力と実績は保証されている。
 ちなみに魔物はAからGまでの7段階で分けられている。

 ボーノボアは危険度が低くFクラスのまもので、進化種であってもFクラスのボーノボアの進化種だと冒険者ギルドは見ていた。
 
 どんな魔物であっても油断できないけれど強さの程度は高が知れている。
 集まった人数も30人ほどと意外と多いので心配もないとリュードも思っていた。

「行くぞ!」

 プスカンの指示に従って冒険者ギルドを出発する。
 現在グレートボアは町の北側に陣取り、今もボーノボアの取り巻きを増やしている。

 出来るなら奇襲でもかけたいところだがストグ周辺は起伏の少ない草原地帯が広がっている。
 視界が良くグレートボアも簡単に見つけられるがグレートボア側からもこちらが簡単に見つかってしまう。

 町を出て歩いていくと遠くからでも分かる巨体が草原の真ん中に見え始めた。
 グレートボアも気づいたようで軽自動車のようなイノシシがリュードたちの方を睨みつけていた。
「なんだありゃ……」

 誰かがつぶやいた。
 リュードも目の前の光景に同じような感想を抱いた。

 リュードたち冒険者に気がついたボーノボアは一斉に動き出し列をなして冒険者たちを待ち構え始めたのである。
 その光景に圧倒されている人もいる。

 好戦的ですぐに人に襲いかかるような知恵がないような魔物であるボーノボアが冒険者たちを視界にとらえても襲いかかってこないで隊列を成している。
 並んで待ち構えている時点で異様な光景なのに、明らかにグレートボアの指示を待っているように動かないことに恐ろしさすら感じる。

「ちっ……仕方ないな、放て!」

 異常な様子に冒険者たちも近づく速度を落としてまとまるようにして警戒する。
 近づいていくとボーノボアも頭を下げて突進の体勢は見せるがまだ動かない。
 
 これ以上接近してしまえば近くなり過ぎて突っ込まれた時に対応が難しくなる。
 当初の予定では突進してくるボーノボアに魔法をぶつけて勢いを削ぐつもりだったのだが、相手が動かないならこちらから先に攻撃するしかない。
 
 プスカンの攻撃指示で魔法使いたちが一斉にボーノボアに魔法を飛ばす。

「ほいっ」

 普通の戦いなら火の魔法を使って派手に攻撃することも多いのであるが今回は火の魔法は使わない。
 ボーノボアの素材は使えるので燃やして黒焦げにしてしまうとダメになるからだ。

 魔法攻撃にはリュードも参加していて、エミナが驚いた顔をしている。
 浴室作ったりと魔法を目の前で見せていはずなのに魔法で攻撃に参加するなんて考えていなかったようだ。

 冒険者たちの魔法が飛んでくるのに合わせるようにしてグレートボアが泣き声をあげ、ボーノボアが突進し出す。
 魔法が当たって仲間が何匹もやられるが全く気にせずボーノボアは進んでくる。

 止まらないボーノボアたちは勢いに乗り始める。

「あまり早く回避すると奴らは曲がってくるからギリギリまで引きつけて回避するんだ!」

 魔法使いたちが後ろに下がり、前衛が前に出る。
 盾を持つ冒険者がボーノボアを受け止めて転がしたり、慣れている冒険者は避けざまにボーノボアを切り付けて倒す。

 リュードも一振りで1匹のボーノボアを倒してみせ、ルフォンも足を切り付けて転がす。

 1人逃げ遅れた魔法使いがボーノボアに轢かれた。
 かなり痛いだろうが1回轢かれたぐらいじゃ死にはしない。

「気をつけろ、第二波だ!」

 間髪入れずに次のボーノボアが突っ込んでくる。
 部隊を分けるとはグレートボアもやりおると思わず感心してしまう。

「エミナ!」

 2匹が時間差でエミナに突進する。
 1匹はかわせても2匹目をかわすのは厳しい。

 いち早くボーノボアの軌道からエミナを狙っていることに気づいたリュード。
 1匹目を回避してバランスを崩しているエミナに迫る2匹目のボーノボアの首を横から切り落とした。
 
 接近から剣を振り下ろすまでの一連の動作はまるであらかじめ決められていたかのようにスムーズで、ボーノボアは何をされたのかすら分からないまま絶命した。

「大丈夫か?」

「は、はい、ありがとうございます!」

「気をつけろ。あいつら意外と連携も取っていやがる」

「うわああああ!」

 叫び声がして、そちらを見ると冒険者の1人が空を飛んでいた。
 決して自力で飛んだのではない。

 第二波の後ろからグレートボアも迫ってきていた。
 あの冒険者は突進の直撃は避けたもののグレートボアの牙に引っかかり、そのまま空中に投げ出されてしまった。

 鎧を身につけた体つきの良い男性なのに軽いものかのように宙を舞っている。
 グレートボアの力の強さは相当なものだ。

 轢かれたらボーノボアと違って致命傷になりそうだ。

「くっ、全員グレートボアに魔法を打ち込め!」

 ボーノボアよりもはるかに巨大なのに、ボーノボアよりも短い距離でトップスピードに乗るグレートボアの突進を転がるようにしてかわすプスカン。
 優先すべきは危険度も高く、群れのボスでもあるグレートボア。

 プスカンが命令を出すと複数の冒険者たちがグレートボアの方を向く。

「な、なんでこっちくるんだよ!」

 プスカンに突進をかわされたグレートボアは地面を削りながら急ブレーキで止まり、反転、再びプスカンの方を向いた。
 グレートボアは明らかにプスカンを狙っている。

 進化して若干の知恵をつけたグレートボアはボーノボアを統率して戦うことの方がバラバラに戦うよりも良いことを覚えた。
 同時に統率することの重要性をほんの僅かに理解したのである。
 
 同時に相手に集団を統率されると厄介なことも理解して、統率する相手を自分が倒せば相手はバラバラになるのではないかと考えた。
 間違ってはいない。
 
 しかし知能の低いボーノボアが突撃を始めてしまえばもう統制はできない。
 なので自分が統率者を見つけて倒せばいいとグレートボアは考えた。
 
 グレートボアは今そのことだけを考えてプスカンを追っている。

「グレートボアはゴールド−に任せて、俺たちはボーノボアを片付けるぞ!」

 これを好機と見たリュード。
 ちょっと大変そうだけどさすがはゴールド−ランク冒険者だけあってまだグレートボアに追いかけられても持ちそうだった。

 ボスとなると魔物がプスカンだけを狙っているならむしろ周りを片付けて仕舞えばいいと思った。
 アイアン+のリュードよりもランクの高い冒険者はいたのだがこんな状況で声を出したやつのランクを確認する馬鹿はいない。

 みんなリュードの言葉に従ってグレートボアではなくボーノボアを倒すことに集中する。
 グレートボアがいなければボーノボアもさして脅威ではない。

 プスカンは必死にグレートボアの突進をかわし続けている。
 助けろ!と叫んでいるのだがグレートボアから見ると指示を出しているように見えて余計に追いかけられる。

 中々捉えられない相手にグレートボアは苛立ちを隠せなくなってきていた。
「お前ら、ちょっとはこっちを手伝えぇ!」

 また声を出して横っ飛びに転がってグレートボアをかわす。
 もうプスカンは土まみれで高ランク冒険者の威厳はない。

 プスカンが声を出せば出すほどグレートボアはプスカンに執着し視界が狭くなっていく。
 グレートボアの統率がなくなったボーノボアは好き勝手に突進してくる。
 
 タイミングがバラバラなのでこれはこれで厄介なのだが、冒険者たちが着実に数は減らしていって戦いやすくなっていっている。
 グレートボアという脅威がないなら冒険者は手慣れたものでボーノボアの素材が綺麗に手に入るように倒している人もいた。
 
 何人かボーノボアに轢かれて吹き飛んだ奴もいたけれど倒れた敵よりも動いている敵を優先するボーノボアの性質のために命まで奪われない。
 ボーノボアの血のにおいが不快になり始める頃にはグレートボアを除いた他のボーノボアは全て片づけられた。

「ああああああ!」

 その時、プスカンが飛んできた。
 地面に激突してものすごい音を立てたがピクピクと動いている。

 死んではないから大丈夫、なはず。
 グレートボアはプスカンを倒して、惨状を確認して立ち尽くしていた。
 
 少し見ぬ間に集めたボーノボアが全て倒されている。
 統率者の邪魔をしておけば大丈夫だと思ったのに想像していた光景と全く違うひどい有様だった。

「敵はあとグレートボアだけだ! あの大きな牙と突進に気をつけて立ち回るんだ!」

 今度はリュードに視線が向く。
 グレートボアは衝撃を受けた。

 他にも統率している奴がいたのだと。
 状況を見てリュードが声を出していただけで統率しているつもりはなかったのだが、グレートボアは騙された気分になり怒りが湧いてきた。
 
 前足で2回地面を蹴り、突進の体勢を取る。

「来いよ、デカブツ」

 けれど声を出せばこうなることは分かっていた。
 グレートボアが地面を蹴ってリュードに向かって真っ直ぐ突進する。

「おい、避けろ!」

 立ち向かう気だ。
 リュードの思惑に気づいた誰かが悲鳴のように声を上げた。

 しかしリュードはあえて避けずにグレートボアに立ち向かった。
 剣を強く握り、体をねじって力を溜める。

 そして思いっきり横振りに剣を薙いだ。
 次の瞬間、グレートボアが痛みで叫び声を上げた。

「みんな、今だ!」

 切られたグレートボアの牙が地面に突き刺さるのを合図にみんなが一斉にグレートボアに攻撃を加える。
 巨体と突進を支えるための厚い皮の前には、一人一人の攻撃は微々たるダメージである。
 
 しかし何十人もの攻撃が一斉に加えられればグレートボアだってタダでは済まない。

 まずは魔法がグレートボアに当たる。
 続いて接近攻撃。

 ボーノボアと違って手加減して綺麗になんて言っている暇もないので思い思いにグレートボアに一撃を加える。
 全員の攻撃が一巡してボロボロになってもグレートボアはまだ立っていた。

「トドメだ」

 あんな風に情けなく逃げ回る奴が敵のリーダーな訳なかった。
 グレートボアは己の持つ知恵の中で考えた。

 突進を目の前で受けた相手と逃げ回った挙句結局吹き飛ばされた相手。
 魔物でも分かる。

 どちらがより強者で気をつけなきゃいけなかったのかを。

「あばよ!」
 
 リュードは真っ直ぐに剣を振り下ろした。
 グレートボアは真っ二つに両断され、地面に倒れた。

「よしっ、これで大規模討伐は終わりだ!」

「うっ、うおおおお!」

 静寂の中、リュードが宣言する。
 興奮したように1人の冒険者がリュードに駆け寄ったの見て、なぜなのかみんなもリュードのところに集まった。

「兄ちゃん、すごいじゃねえか!」

「よくやったな!」

「リューちゃん、さっすがぁ!」

「リュードさん凄いです!」

「ちょっと……下ろして!」

 誰がやり始めたのか、リュードは胴上げされた。
 力の強い冒険者たちがやる胴上げなのでグレートボアに跳ね飛ばされたプスカンぐらい高く投げ上げられた。

 自分の意思とは違って飛び上がると意外と怖い。
 一通り胴上げされた後は何人か足の速い人を選んでストグに向かわせた。
 
 ボーノボアの数は思っていたよりも多く、魔物の死体を持って帰るには明らかに手が足りていなかった。
 その間にもボーノボアの解体にも手慣れている人が解体を進めているのだが、ボーノボアは皮も肉も使うので捨てるところが少なくて荷物の圧縮にはならない。

 跳ね飛ばされた人の治療やボーノボアの死体を集めたりなんかしているうちにストグからの人出やボーノボアを運ぶための馬車が到着した。
 馬車いっぱいにボーノボアを積み込んでストグに帰り、なんとか今回の大規模討伐は成功となった。

 今回の成果は参加人数の倍以上いるおよそ80頭のボーノボアと1頭のグレートボア。
 事前の調査よりも多くてギルド側も驚いていた。

 数を誤っていて危険に晒したとして依頼料は少し上乗せされることになった。
 帰った冒険者たちは一度解散となり、ボーノボアの血やなんかで汚れてしまったので体を綺麗にしたりしている間に夜になった。

「かんぱーい!」

 無事ストグは救われて冒険者ギルドで祝宴が開催された。
 主役はもちろん大規模討伐に参加した冒険者たちである。

 テーブルの上に酒と料理が並び、各々好きに食べたり飲んだりする。
 料理はイマリカラツト名物であるボーノボアの肉。

 つまりは豚肉料理が並んでいる。

「これだよ、これ!」

 リュードは薄く切った豚肉を甘辛く炒めた料理、表現するなら豚の生姜焼きのような料理を食べながら歓喜していた。
 ボーノボアは見た目イノシシなのだが、肉質は完全に家畜の豚なのである。

 イマリカラツトには昔からボーノボアが数多く存在していた。
 味がよく評判が良かったことから国と冒険者ギルドで話し合いをしてボーノボアの数を管理して国全体の名物とした。

 リュードが目的としていた名物こそボーノボアの肉なのである。
 久々に食べる豚肉にリュードはただただ感動していた。

「よう本日の主役、ほれ、グレートボアの肉だ」

 一緒にグレートボア討伐に参加した大柄の男性がリュードの前に分厚いポークステーキが乗せられた皿を置いた。

「こう言っちゃ悪いがあのゴールド−の奴はあんまり使えなかったからな。グレートボアを最終的に倒したのはお前さんだしな。これはお前さんが1番に食べるべきだと思ってな。グレートボアのステーキだ」

 こっそりと耳打ちするように言ってウィンクして離れていく。
 熱い心意気に感謝してグレートボアのステーキを食う。

「美味い!」

 図体がデカかったのでもっと大味な肉なのかと思っていた。
 しかしグレートボアのお肉の味はボーノボアの一つ上、まさしく肉質まで進化種であった。

 ギルド側は今回の大規模討伐の立役者はプスカンであると思っているので変な悪目立ちもしなくて良かった。
 ある程度ランクは上げたくてもあんまり目立ちたくないリュードにとってはありがたかった。

 その日は動けなくなるまで肉を食べ、リュードは大満足した。
 ヴェルデガーは大雑把な性格が多い竜人族に珍しく何事も細かいところまで作り込む性格である。
 メーリエッヒは実にこだわりが強く、こうと決めるととことんまで追求する。

 その2人の子リュードはというとそんな2人の性格を割と受け継いでいてしまっていた。
 元々の性格もそうしたところはあったのだけど今の両親の性格は少なからずリュードの性格に影響を及ぼしていた。

 浴室作りの魔法もそうであった。
 リュードもそこそこに凝り性で細かいところまで作り込みたい気質を発揮していたのである。

 手先は器用でヴェルデガーの影響で小さい頃から色々作ることを手伝ってきたりもした。
 今は旅する目標があるので細かなものを作ることはないけれど、どこかに留まることを決めたならリュードもヴェルデガーのように色々作りたいと思っている。

 浴槽ごと持ってきたことからもそうした片鱗があることが分かる。
 ただヴェルデガーが知的好奇心から様々な物を作るのに対してリュードは少しでも楽になればいいなと思って物を作ったりしているので違いはある。

 旅に出るにあたってリュードは必要な物を考えて準備をしてきた。
 浴槽を入れてきた袋は新しい発明品ではないが、それを作るための魔法はリュードがヴェルデガーから習って自らが作ったものである。
 
 必要なものだと考えたから習得して、浴槽ごと持ってきていた。
 マジックボックスの魔法は習得が難しく何回も失敗を繰り返したがその価値はあったと思っている。

 本来マジックボックスのかかった道具はヴェルデガーが作っていた。
 もっと欲しいと思ってもヴェルデガー他にもやることがあったり、魔力的な問題もあって量産は難しかった。

 このマジックボックスの魔法は性質的に付与魔法に近い感じでヴェルデガーが付与魔法を苦手としていることもそうした要因の1つであった。
 だからリュードは自ら作れるようにしたのである。

 リュードは付与魔法が苦手ではない。
 ルフォンのプレゼントのためにやっていた時も意外と楽しかったぐらいである。

 魔力量は言うまでもない。
 マジックボックスの魔法はリュードにとって苦にならない魔法であったのだ。

 バンバン作れると言うものでもないけれど準備期間の間に旅で楽できるほどには作れるようになった。
 国宝クラスの内部容量がなくてもそれなりのサイズのマジックボックスのかかった袋を量産できる。

 こんなことをゼムトが知ったらショックでただのスケルトンになってしまうかもしれないぐらいのことである。
 だからリュードは実はマジックボックスの袋をゼムトが卒倒するぐらい持っていた。

 旅に出る上での問題や懸念はマジックボックスの袋で持っていくなんて力技で解決してきた。
 その中でも解決が難しく、旅について回る懸念が1つあった。

 食料問題である。
 リュードは問題解決の方法を考えた。

 マジックボックスは要するにただたくさん入るだけなので物の保存機能はない。
 袋の中でも外と同様に時間は経過する。

 傷みやすい生鮮食品を長時間持ち運ぶことは出来ないのである。
 そこでリュードが思いついたのはクーラーボックス。さらに発想を飛ばして冷蔵庫である。

 村には冷蔵庫はなかった。
 風呂があるぐらいなら思いついてもいいのにと思うが、とにかくそう言ったものはなかった。

 子供の頃からそうしたものがない生活に慣れてしまうとリュード自身もなくても平気だし、冷蔵庫のことを思い出さなくなっていた。
 しかし旅に出るのに必要だと思ってどうにか再現できないかと考えた。

 けれどリュードには魔法の経験が浅くて難しい。
 ここでまたヴェルデガーの出番なのである。

 まずはお風呂の時のように魔石に冷気を放つ魔法を刻んでもらった。
 トライアンドエラーを繰り返してようやく上手くいったのだが、そこからも大変だった。

 適当に箱に入れても冷気が漏れてしまって中の物がうまく冷えない。
 完全に密閉してしまうと今度は魔石周りの物がガチガチに凍り、あっという間に中が氷だらけになってしまった。

 冷気の強さや箱の作りを変えながら試行錯誤を重ねていった。
 結果隙間の空いた仕切りを作り、そこから冷気をだして魔石で直接冷やさないようにする構造にした。

 そしてさらに問題が発生した。
 マジックボックス内に魔法が発生した魔石を入れると魔法同士が反発してしまうことがわかったのである。

 どうなるのかというと、マジックボックスの魔法が解けて中のものが出てきて袋が破けてしまうのである。
 そこからさらに実験が始まった。

 いく枚もの袋が犠牲になった。
 紆余曲折を経て完成した持ち運び式冷蔵庫が出来上がった。

 密閉性を高めて魔力を漏れないようにし、魔石は冷気だけでなく微弱な風も出るようにした。
 ヴェルデガーの努力によって冷やし具合を調節し、強冷と弱冷の冷凍ボックスが出来上がった。

 細かい試行錯誤をやったのはリュードだが魔石の用意など大きな作業はヴェルデガーがやった。
 完成に寄与した割合はヴェルデガーの方が大きいと言っても過言ではなかった。

 リュードのアイデアにそそのかされた、もとい興味を持ったから手伝ったのだし後悔はなかった。
 今現在村ではお風呂作りに続いてリュード発案の設置できる本物の冷蔵庫作りにヴェルデガーが追われているとかいないとか。
 最終的な形は木製の箱に外側に金属の板を貼り付けて密閉するのが良いということになった。
 定期的に魔石に魔力を込めなきゃいけなかったり、大きなサイズで成功せず小さくて容量が限られるなどの問題はある。

 それでも保存が効くだけ便利なので不満はない。
 こうして保存した食べ物は決して無駄にならずにルフォンの料理の材料となる。
 
 ルフォンが美味しい料理を作ってくれる。
 外でも味気ない携帯食なんか食べなくてもいいので努力の甲斐はあった。

 今後もこうして食材を持ち歩いていくつもりだ。
 生鮮食品に日持ちの限界はあるが、冷やして冷凍しておけばそれなりに長持ちする。

 ボーノボアしかり、まんじゅうしかりとこの世界にも前の世界のような食材があることも分かったので色々食べてみたい気持ちにもなった。
 イマリカラツトはその国の中でも場所によって豚肉料理が変わっていた。
 
 それがまた美味しく面白くて、少しフラフラと立ち寄りながら旅を続けていたが、ずっと同じ国にもいられないので名残惜しくも隣の国に入った。
 イマリカラツトの1つ西の国、カシタコウである。

 領土は広く、リュードたちがいた村のある森の3割ほどもカシタコウが主権を主張できる。
 実質的には支配は及んでいないが一応領土ということになっている。

「エミナは国に帰ったらどうするんだ?」

 歩きながらの会話する。
 カシタコウは広く抜けるのに時間がかかるが、カシタコウの隣はもうトキュネスである。

 トキュネスはエミナの故郷で、そこで別れることになっている。
 それなりに長く旅をしてきたがエミナとの旅にも終わりが見えてきてしまった。

 エミナがこれからどうするのかは聞かずとも分かっている。
 冒険者の身分を得たから冒険者をやる。

 それは当然なのでリュードが気になるのはその先のことである。
 今はリュードたちと行動を共にしているエミナだが国に戻ってお別れとなれば1人になる。

 エミナは魔法使いとしての能力は高く将来性もある。
 このまま順当にいけばゴールドクラスにも上がれる才能があるとリュードは思う。

 人としてはどうか。
 悪い子ではない。
 
 性格もいいし協調性もある。
 けれどちょっと抜けたところがあって人付き合いが得意なタイプではない。
 
 これが心配なのだ。
 冒険者は1人でやることが難しい仕事だ。
 
 必ずしも仲間が必要とされるものでもないが複数人でのパーティー前提の依頼だってある。
 旅する上で2人でも中々厳しいと思うのに1人では困難も多い。

 特にエミナは魔法使いである。
 前衛で戦ってくれる人がいてくれて初めて力を存分に発揮できる。

 リュードのように両方できるなら問題もないけどエミナは魔法一本だ。
 今後の展望を一体どう考えているのかリュードは気になったのであふ。

「えっと、まだあんまり考えてなくて。私がいたところは田舎だったので人が多い町とかで活動することになるんでしょうけど、冒険者の友達もいないので探さなきゃいけないですね……」

 正直なところ、やはりかという感想。
 着いたらすぐにお別れとはちょっといかなそうだ。

 ここまで一緒にきたのだから放っておくのも気が引ける。
 急ぐ旅じゃないのでエミナの仲間探しぐらい手伝ってもいいかもしれない。

「エミナはどんな人が仲間がいい?」

「どんな人ですか……私は…………」

 口に出そうと考えてエミナはハッと気づく。
 今言おうとしている人の像は明らかにリュードとルフォンの2人のことだったからだ。

 顔が熱くなる。
 エミナがどんな人がいいかを考えれば考えるほど2人のことが思い浮かぶ。

 リュードは真面目に聞いているから先のことを考えなきゃいけない。
 なのにもう少し2人と一緒にいたいという考えばかりが頭を駆け巡る。

「ま、まだどんな人がいいとか言える立場ではないので!」

 結局のところエミナはごまかした。
 リュードは少し前を歩いているのでエミナの顔が赤くなっていることに気づいていない。

 リュードとルフォンの2人よりも強くて素敵な人がいるだろうか。
 そんな人なんて中々いないに違いない。

 トキュネスまであと少しでようやく家に帰れる。
 喜ばしいことなのに何故か先のことを考えると胸がギュッと締め付けられる。

 この感情が何なのか、どうしたらいいのか分からずエミナはただ強く杖を握りしめた。

「エミナにだって相手を選ぶ権利ぐらいあるさ。そう自分を卑下することも……」

「リューちゃん!」

「どうした、ルフォン?」

 すこし緊張感を帯びたルフォンの声。

「誰かが戦ってる音がする」

「どこでだ?」

「この先……あんまり状況は良くなさそう」

「行ってみようか」

 こういう時にやたらめったら首を突っ込むのは良くないことだが、リュードもルフォンもなにかと放っておけない性分。
 困っている人がいるなら助けようと思ってしまう。

 エミナもなんだかんだ影響されてきて文句もなく2人について行く。

「あそこ!」

 すぐにルフォンが言っていたものが見えてきた。
 道の先で1台の馬車とそれを守る人、馬車に襲いかかるように囲んでいる人が見えた。