ダァン!

「話は……済んだかな?」

 ちゃぶ台に叩きつけるように湯呑みが置かれた。
 実はこの空間にはもう1人、席についている者がいた。

 ケーフィスが紹介も何もしないし、話し続けているので聞きそびれてしまってリュードもスルーしていた。
 結果ずっと座ってお茶を啜り、まんじゅうを食べ続けていた。

 よく話の最後まで我慢したものである。

「あっ、こちらシュバルリュイード。君たちの間では有名かな?」

「何事もなかったかのように紹介しているのではない!」

 この名前が若干リュードに似ているこの人は姿もリュードと似ているのである。
 ただし竜人化したリュードの姿と。

 名前には聞き覚えがある。
 竜人族なら誰しも、魔人族でも多くの人が聞いたことがある名前。

 500年前の戦争の時に魔人族側の幹部として戦い、真人族を恐怖のどん底に叩き落とした竜人族の英雄の名前と同じ。

「まさしく、リュー君が考えてる通り、君たちの英雄が彼なのさ!」

 許してもらい、お願いも聞いてもらったので距離が近づいたのか勝手にリュー君呼ばわりしていることはとりあえず置いておく。
 それにしてもまさか英雄と同席しているとは思わなかった。

「へ、へぇ〜、そりゃすごい……」

「ほら見ろ、貴様がさっさと紹介しないから感動が薄れているではないか!」

 英雄様には悪いけれどその通り。
 ずっと視界の端でひたすらお茶を飲みまんじゅうを食べ続ける姿を見ていてしまったリュードに起こった感動はものすごく小さかった。

「もう仕方ない。シュバルリュイードだ。お前たちの祖先に当たる」

「初めまして、よろしくお願いします、ご先祖様。お会いできて光栄です」

 感動は薄いけれど尊敬がないわけじゃない。
 竜人化した姿であるし間違いなく竜人族のご先祖であると思えた。

 ご機嫌も斜めであるし、しっかりと頭を下げて持ち上げておく。

「うむ」

「なぜご先祖様がここに?」

 なんだか自然と受け入れていたが神の世界にいるのも実はちょっと疑問であった。
 そこにどうして竜人族のご先祖様がケーフィスとここにいるのか。

「彼がね、是非とも自分の子孫になった世界の救世主に会いたいって言うから連れてきたんだ」

「まあ、そうなのだが。どこから話せば良いか……俺は戦争やその後の活動、人望なんかを認められて神になったのだ。竜人族の神にな」

「竜人族の神、ですか?」

「そうだ。だから俺は竜人族に関することは知っておく必要があるし、権利がある。お前に会ってみたかったのもそうした理由もある。
 しかし、時代は変わったものだな。俺たちの頃はこの姿が普通で真人族の姿にもなれるぐらいだったのにな。いつのまにか逆になってるんだからな」

 感慨深そうにリュードの姿を眺めるシュバルリュイード。
 時代が変われば生き方も変わる。

 はるか昔では真人族の姿になることはあまり好まれなかった。
 しかし今では普段の姿から真人族の姿をしている。

 文句を言うつもりはなく、そうした変化があることをおもしろいとシュバルリュイードは思っていた。

「今回は別に小言を言いにきたのではないからこれぐらいにしよう。会いにきたのは一つ頼みがあってな」

「頼みですか?」

「そう嫌な顔をするな。難しいことでも期限があることでもない」

 もうケーフィスのお願いを聞いたばかりだったので考えが顔に出てしまった。
 なんせケーフィスのお願いとやらはめんどくさそうだったのでシュバルリュイードのお願いも面倒なのではないかと思ったのだ。

「俺も今は神である以上信者の信仰というやつが必要なんだ。今は英雄ということで信仰を得ているけれど戦争ももう500年も前のこと。
 世界に魔力が戻ってきてこれから新たな時代を迎える。そうなると私は忘れられてしまうだろうし信仰を失ってしまうかもしれない。そこで君に俺のことを布教してもらいたのだ」

 思いっきり面倒ではないか。
 宗教活動なんて興味のないリュードにとってはあまり関わり合いたくないものである。

 ケーフィスのお願いだって若干宗教絡みで面倒だと思うのに。

「いやいや、信者を集めて教会を建てろとか信徒になって善行を積めとかそんなことじゃない。単に俺が神となったことを竜人族に伝えて欲しいのだ。それで私の存在を信じてくれた人の中から適当に信徒となりそうな者を選んで何とかするから難しことではない」

「確かに、伝えるだけなら……」

 しかしご先祖様が神になったなんてヤバい奴ではないのかという思いに駆られる。

「望むなら俺の信徒として聖者……俺の力が弱いからそこまで強くはできないが、そうした扱いにすることもできるぞ」

「神になったことは伝えますんでそういうのはやめてください」

「あ、そう……」

 シュバルリュイードはガックリと肩を落とす。
 そんなハッキリ断らなくてもいいじゃないと思った。

 リュードはため息をついた。
 よくもまあどうしてこう面倒事が舞い込んでくるものだと。

「礼に一つ情報をやろう。私が生前に使っていた剣があってだな、竜の骨を使って作られた特別な剣なのだが誰の手にも渡っていない。私が隠遁生活を送っていた最後の地にそのまま安置されているんだ。
 ユウゼンという国にある大きな湖のほとりにある岩山の中の洞窟にその剣がある。使われないのもかわいそうだし機会があれば探してやってほしい」

 今のところはラッツの親父特製の黒い剣がある。
 せっかく聞いたので覚えていて近くに行くことがあったら取りに行ってみようぐらいに心に留めておくことにした。

「簡単に扱える武器ではないがお前なら心配いらないだろう」

「それじゃあ話も済んだし、君をここに留めおくのも大変だしこれぐらいでお別れといこうか」

「それでは頼んだぞ、子孫よ」

「僕に会いたくなったらこうしてお祈りしてくれればまたこうして会えるから。またねー」

「えっ! ちょっ……」

 ケーフィスが手を振り始めたら急に意識が遠のく感覚に襲われた。
 視界が真っ白になって体が一瞬だけ軽くなって、すぐにズンと重くなる。

 肉体に帰ってきて重さを感じ、続いて忘れかけていた呼吸を思い出す。

「と待て……」

 祈りの間に帰ってきていた。
 あまりの出来事に呆然としてしまう。
 
 目の前にある祭壇にいつの間にか1個だけまんじゅうが置かれていた。

「あいつら……」

 言うだけ言ってお願い事を押し付けるだけ押しつけて返すとはケーフィスもひどいやつである。
 引き受けてしまった以上はやってやるが、次に会うことがあったら文句を言ってやる。

 ご先祖様はとりあえず剣の情報をくれたからギリギリ許すけどケーフィスに至っては無償。
 なんか手違いで竜人族になりましたの謝罪だけされて終わりだった。

 とりあえずこの世界でも美味いまんじゅうが食べられることはリュードにも分かったがなんとなく納得がいかない気分であった。