「ま、参った!」

 手で制するようにしながらキスズは降参の言葉を口にした。
 ルフォンのナイフがキスズの首ギリギリで止まり、キスズは生唾を飲み込む。

「合格、合格だ! 優秀点もやる!」

 わずかな沈黙があって、ルフォンがナイフを引いた。
 まさか本当に殺すつもりはなかったと信じたい。

 ナイフが引かれたのを見てキスズが長く息を吐く。
 下手に相手を挑発するからこうなるのである。

 見た目で相手を判断することなどやってはならない。
 強そう弱そうという印象に左右されて相手を甘く見て痛い目を見るのは自分なのである。

「やったよ、リューちゃん!」

 褒めて!とルフォンがリュードに頭を差し出す。
 周りの目があるので恥ずかしいが、気にしても仕方ない。

 ルフォンの方が大事なので撫でてやるとルフォンはほんのりと頬を赤くして笑顔を浮かべる。
 尻尾もパタパタ振られていて嬉しそうな感じが見ていて分かる。

「次は俺ですね?」

 体力を削るどころかプライドすら粉々に打ち砕かれたキスズはふらふらと立ち上がった。
 すっかり機嫌の治ったルフォンを下がらせてリュードも剣を抜いた。

 真っ黒な剣に周りの男子から声が漏れる。
 そうだろう、カッコいいだろうとリュードもちょっと鼻高々である。

「待て」

「何ですか?」

「その子と君は知り合いかい?」

 その子とはルフォンのこと。

「はい、同郷出身でここまで一緒にきました」

「君とその子……強いのはどちらだい?」

 所詮は冒険者学校の生徒たちだろうという考えがキスズの目を曇らせた。
 ちゃんとしていればサンセールのようなちゃらんぽらんなやつの雰囲気とリュードとルフォンがまとう空気感は違うことに気づけていたはずだ。

「そりゃあリューちゃんの方がすっごく強いよ!」

 リュードの代わりにルフォンが答えた。
 リュードとルフォンは直接本気で戦ったことはない。

 戦ったところで互いに気を使って本気の戦いにはならない。
 本気で戦うにはお互いの距離が近すぎるのだ。
 
 仮に本気で戦った仮定して考えると、リュードにとってもルフォンの速さやナイフの扱いの変幻さは厄介だろうけど負けはしないと思う。
 けれども簡単な戦いではないことだけは確かだと言える。

 勝ち負けはともかく最低でもルフォンと対等な実力はあると自信は持てる。

「じゃ、じゃあ君も合格だ。もちろん優秀点もやる」

 先程までの態度は何処へやら、顔をひきつらせたキスズはあっさりとリュードに合格を出した。
 周りは不満げな反応を見せているけれどキスズもこれ以上失態を演じるわけにはいかない。

 リュードとしては疲れない方がいいに決まっているので断るつもりはない。
 わざわざ周りに実力を見せつけてやることもない。

「なら俺も挑戦する!」

「私も!」

 最初のサンセールが弱かっただけでキスズもそれほど強くないのではないか。
 生徒たちが我先にと前に出た。

 何にしても今なら弱っていると見ていた。

「行こうか、ルフォン。これで今日は自由だ」

「うん、何しようか?」

 戦闘訓練の授業は合格をもらったのでもう出なくてもいい。
 リュードたちは帰ってしまったので知らなかったが、まるで鬱憤を晴らすように調子に乗って挑戦した生徒の何人かが医務室送りにされていたのだった。