「それだと何が問題なんです……なんだ?」

 ケーフィスが恨めしそうな目で見てくる。
 どうしても砕けた話し方をしてほしいようだ。

「浄化しようと思ったらどれほど時間がかかるか分からないんだ。いろいろ手続がこちらにもあって面倒でね。それでこちらとしても考えてね、どうしようか迷ったしいろんな意見があったんだけど君の魂はほとんどそのままにこの世界に転生してもらおうと思うんだ。爺さんもそうするのがいいって言ってたし」

 転生するのはいいけれど転生に関する手続云々はいいのか。
 こちらが気にすることでもないけれど疑問には思ってしまう。

 ケーフィスのいう爺さんとは前の世界の神様のことである。

「何を考えているのか、僕には分かるよ。手続はね、するから面倒なんだ。君はこの世界にとって英雄だ。そして君の魂は特殊。特例中の特例。
 だからすべての手続をすっ飛ばして君を転生させる。不満を持つ神がいないわけじゃないけれどほかにどうしようもないからね。
 それで返事はどう? 考える時間が必要?」

「転生はもちろんいいんだけど魂をそのままで転生ってどういうこと?」

「ああ、そうだね、説明しなきゃいけないね。本当は魂を浄化するって言ったでしょ? その時に魂の穢れとかダメージをまっさらな状態にするんだけど記憶も一緒に消えるんだ」

 つまり浄化しなければ記憶も消えない。
 浄化をせずに転生することになれば記憶を持ったまま転生することになるのである。

「それともう1つ、当然だけど浄化はできないんであって仕方のない措置なんだ。だからお礼として考えていた特典は別にあるんだ」

「特典?」

「そ。転生先の選択が特典さ」

「転生先の選択……」

「最終的にどうなるのかは君がどう生きるか次第だけど何に、どこに生まれてとか周りの環境とかなんでも君の希望を叶えるよ」

「な、なんでも?」

「なんでも」

 ケーフィスが真面目な顔でうなずく。
 要するにスタートを選ばせてくれるというのである。

「それじゃ希望を聞いていくよ。君はこの世界を救った英雄だからね、『世界最強』でも『大金持ち』でもなんでもござれさ」

 どこから出してきたのか机に紙と羽ペンが出現している。
 いきなり希望と言われてもいざ考えてみるとどうしたらいいのか迷う。

 これがゲームか何かなら簡単にできそうなものだけど頭の中だけでそうした構成を練っていくのは意外と難しい。
 そもそも魔法の世界とは無縁に生きてきたのだ。

 何が必要なのかも分からないのだから希望も何もない。
 身体能力が高いとか頭がいいとかそんな程度の考えしか浮かばない。

 さらにはケーフィスによるとこの希望とやらも大まかに言えば初期ステータスのようなものであくまでも可能性となるもの。
 魔力なんかは成長につれ伸びるし身長もある程度は高く設定できるけど生活環境によっても変わってくる。
 
 高くなりうる高い素質は備えられても絶対にそうなっていくとは神様でも言い切ることはできない。
 どんな風になっていくのかは本人の生き方によるところが大きいらしい。
 
 なんの努力もなく才能だけでは開花しきれないのである。
 そして選べるのは個人の資質だけではない。
 
 当然成長には周りの環境も関わってくるので周りの環境や何かも融通が利く。
 両親や兄弟の有無などの家族構成、生まれる家や国まで選ぶことができる。

 家族構成はともかく家や国を考えるのは難しい。
 貴族や平民というだけでない。
 
 望むなら商家や貧民、奴隷といった立場すら可能である。
 国も千差万別。
 
 それぞれ違った文化を持っているし、大都市や田舎、なんなら少数民族もある。

「まあ難しいよね。じゃあこうしようか!」

 ケーフィスに紙とペンを借りて書き込んでみたりしたが早々と手が止まり、腕を組んで唸るように悩んでいるのを見てケーフィスが席を立つ。
 数歩歩いたところでケーフィスの姿がいきなり消え、程なくして同じ場所に現れた。
 
 手には何か文字が書かれた箱を抱えている。
 それを見てケブスが呆れたような顔をして一度ため息をついただけで諦めたようにうなだれた。
 
 何というか苦労がケブスからにじみ出ているようだった。
 ケーフィスはそんなケブスに御構いなしに箱をテーブルに置くと中から3つのコップを取り出した。
 
 背の低いシンプルな作りのコップだけどその素材は何なのか白銀色に輝きとても高価そうに見える。
 次に白磁器のビンを取り出してコルクの蓋を取ってコップに琥珀色の液体を注いだ。
 
 3つのコップにそれぞれ注ぐとケーフィスはそれぞれの前にコップを置く。
 ケブスは困惑と喜びが混ざったような表情を浮かべてケーフィスの方を伺っているけれど一体これは何なのだろうか。

「とりあえずグッといこうよ。記念さ、記念。世界が救われた記念」

 ケーフィスがコップを持って突き出してくる。
 ケブスは何が言いたげな様子だったが言葉を飲み込んで同様にコップに手を添えた。

 神様が持ってきたものだし危険もないだろう。
 ケーフィスが持ってきたならジュースか何かだと推測してコップを持ち上げる。

「かんぱーい」

 熱さも冷たさも感じない不思議なコップを軽く打ち当てると鈴を鳴らしたような良い音が鳴る。
 グイっとコップの液体を一気にあおる。

「んっ!」

 子供の見た目をしているから勝手にジュースだと思い込んでいた。
 2人に合わせて軽く口に流し込んでしまったけれどこの琥珀色の液体の正体はお酒であった。

 ふくよかな香りが口いっぱいに広がり鼻を抜け、くどくない甘みを残して喉を熱くしながら通り過ぎていく。
 いくらでも飲めてしまいそうな美味しい果実酒であった。

 何の警戒もなくこのお酒を煽ってしまったことを後悔するほどの美味さと飲みやすさを持っている。
 それでいながら度数はそれなりにあるようで喉に熱さのようなものも感じ、それもまた心地よいぐらいである。

 ケーフィスはグイッと一口で飲みきってしまったようだが、ケブスはこれが何なのか分かっていたようで幸せそうな顔をしてチビチビと嗜んでいる。

「これは……なかなか」

 すぐにカーっと顔が熱くなるような感覚が襲ってくる。
 思いのほかアルコールが強い。

「ほれ、もう一献」

 ケーフィスは再びお酒をなみなみとコップに注いでくれる。

「これはねぇ、神に供えられる特別なお酒なのさ。量が少なくてなかなかお目にかかれないお酒なんだけど、今日は特別だからね」

 悪戯っぽくウインクしてみせるケーフィス。
 もう死んでるからこれ以上死ぬこともない。
 
 そんな風に言われてお酒の美味しさも相まってドンドンと飲んでいってしまう。
 箱からおつまみや他のお酒も取り出して酒宴が始まる。

「そぉ〜だな〜。やっぱりイケメン! イケメンがいい!」

「オッケーオッケー、イケメンだね〜」

「でも完璧完全イケメンなのもなぁ〜、だいぶイケメンぐらいにして〜あとは行動で男を魅せてやるぐらいがいいかな〜」

「なぁーるほどぉ〜、世界一のイケメンだとやりすぎらもんね〜」

 あっという間に顔は赤くなってテーブルやイスなんか無視してケーフィスと地面に座って転生後の初期ステータスについてダラダラと考えていた。
 ケブスは2杯ほどチビチビ飲んだ時点で潰れており、幸せそうにテーブルに突っ伏して寝ている。

 思いついたままに何かを言うとケーフィスが指を振りペンを操って紙に発言を書き込む。

「幼馴染が欲しい! っていうのはダメかな〜?」

「うん、難しいけど今回は特例でオッケーしちゃお〜」

「さっすが神しゃま! しびれるぅ〜」

 神の世界は常に明るく夜は更けない。
 一体何を言ったのか覚えていないほど飲んでいて、気づいたら泥のように眠ってしまった。

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