「よし、いくぞ!」

 女性専門の奴隷市場は市場という規模よりも、単純に奴隷を扱った一商会のようなものであった。
 さすが専門と謳うだけあって中は女性しかおらず、清潔感があっていびきの音もしなくてロセアのいた男性奴隷の牢屋とは大違いだ。

「いないね……」

 軽く牢屋の中を見回してみるがテユノの姿はない。
 牢屋を管理している人がいるのは奥の部屋のようで、一個一個牢屋を確認するより聞いた方が早いとリュードたちは知ってそうな人探しを優先することにした。

 奥に行くと部屋があり、中を覗き込むと男が寝ていた。
 静かに入って戸を閉めるとリュードが男に近づく。

「起きろ!」

「わっ、な、何だ! ふぎゃっ!」

 耳元でリュードが大きな声を出して起こすと男は飛び起きた。
 すぐに胸ぐらを掴んで壁に押し付けるが、まだ寝ぼけているのか全く状況が掴めずに目をぱちくりさせる。

 そして剣を喉元に突きつけると恐怖で一気に目が覚めていく。

「ここに竜人族がいると聞いた。どこにいる?」

「りゅ、竜人族だと? 何のことだか……ひっ!」

「そんな見え透いたウソで騙せると思うのか?」

 威圧するように薄く首に刃を当てる。
 研ぎ澄まされたリュードの黒い剣は、それだけで男の首にスッと切り傷をつける。

 リュードとて心の余裕は少ない。
 悠長に駆け引きをしている暇などないのだ。

「言え!」

「ひっ……も、もういません! 夕方ぐらいまではいたのですが買い手が引き取りに来て連れていきました! だからいないんです!」

「遅かったか……」

 リュードは顔をしかめる。

「どこに連れていかれた! 誰が買った!」

 買主は匿名なことも多い。
 けれど僅かな希望にかけてリュードは問いただす。

「そ、それは……」

 男の反応を見て、知っていると瞬時にリュードは察した。

「自分の命とどっちが大事か考えろ」

「そいつの名前はビドゥーだ!」

 リュードがさらに剣を押し付けて傷が深くなり、男はあっさりと口を割った。
 当然大事なのは自分の命である。

「町の北側にあるジュダスという宿にいつも泊まってる! 警備も厳重なら超高級宿だ。毎回そこに奴隷連れ込んで楽しむんだよ」

 リュードの殺気のこもった目を見ては、交渉する気にもならない。
 助かる可能性に賭けて知っていることを全て吐き出す。

 この町で奴隷商人を襲うなんて奴は、大概イカれた奴しかいない。
 下手に誤魔化したりすると殺されてしまうと考えて、さっさと情報を渡したのである。

「北側にあるジュダスに泊まるビドゥーだな」

「そ、そうだ」

「……今日あったことは全て忘れろ。何もなかった。あんたは情報を漏らしていないし、こんな夜更けに来客はなかったんだ。いいな?」

「わ、分かりました……」

 有無を言わさぬリュードの圧力に男はただうなずいた。
 男だって騒ぎにはしたくないだろう。

 命助かるだけありがたいとリュードに逆らうつもりもない。

「じゃあおやすみだ」

「えっ? うっ!」

 リュードは男の顔を思い切り殴って気絶させた。
 奴隷に関わるものなんて殺してしまっても構わないが、無益な殺生はしない。

 このまま男に何事もなければそれでいいが、もし仮に男に何かの疑いがかかっても殴れられた跡があればそれで言い訳も出来るだろう。
 ほんの少しだけの優しさである。

「もうすでにテユノは売られた後だ。ジュダスという宿にいる。行こう」

 夕方売られていったということは、まだそんなに時間は経っていない。
 お楽しみがどんなことをするか知らないけれど、急げばそのお楽しみ前に助け出せる可能性も残されている。

『不当な奴隷を解放し』

『強制された欲を正す』

『正義を』

『そして愛を』

『貫きなさい』

『守りなさい』

「んっ?」

「リューちゃんどうしたの?」

 とりあえずビジュクルを出て北の方向に向かう。
 いきなり頭に声が響いてきてリュードは立ち止まった。

 なんだか体に力が湧いてくる気がする。

「いや……なんでもない」

 もしかしたら神様の声だったのではないかとリュードは思った。
 しかしそれを確かめる時間はないのでまた走り出す。

「待ってろよ、テユノ」

 どんなところに囚われていようと助け出してみせる。
 そんな強い意志がリュードの中で大きくなっていくような気がした。