「聞こえるか?」

「うーん、なんて言っているのかは分かんない……」

 声は遠くて、ルフォンでも何を言っているのかも分からない。
 けど警戒していると段々と声が近づいてきていた。

 ルフォンは目を閉じ耳を澄まして、何の声なのか聞き分けようとする。
 
「何かを追いかけている……?」

 こんなところでこんな時間に追いかけたり、追いかけられたりする連中が全員善人だとは思いにくい。
 どこか離れていってくれればいいものを、声はさらに近づいてくる。

「ルフォン」

「うん!」

 まだ何も言っていないけど、目配せしただけでルフォンにリュードの言いたいことは伝わる。
 ルフォンは黒いマントを羽織って、フードを深く被ると闇に溶けていく。

 一瞬だけガサリと音がして、リュードでもルフォンの気配を捉えられなくなる。
 どこかの木の上にルフォンは隠れて、いざという時に迫りくる声に対処できるように待機する。

 夜を生き、闇の狩人たる人狼族は闇の中で最大限の力を発揮する。
 息をするように闇に消えていくことは、逆にリュードにはできないことだ。

 リュードも立ち上がって軽く剣に手をかけておく。
 ラストもコユキを後ろにして弓矢を手に取る。

「若い女の子!」

 闇を見つめるラストが近づく相手の正体を見破る。
 リュードよりもはるかに夜目が利くラストは、こちらに向かってくる人の姿を目に捉えていた。

「追いかけてるのは……厳つそうなおじさん!」

 先入観を持つのは良くない。
 もちろん良くないことなのは分かっているけれど、おじさんが女の子を追いかけ回しているとなるとどうしても肩入れしたくなる方は決まってしまう。

「助けてください!」

 それがボロを身にまとい、傷だらけの素足で必死に走っている女の子となると助ける方は決まりだ。
 
「後ろに」

「待ちやがれ!」

 もちろん助けるのは女の子の方だ。
 明かりを見つけたからか真っ直ぐにリュードたちの方に走ってくる女の子をリュードは通して前に出る。

 自然と女の子を追いかけてきた男たちの前に立ちはだかることになる。

「なんだテメェ!」

「どけ! その女を渡すんだ!」

「よければ事情を聞かせてくれないか? 正当な事情で追いかけているなら渡すから」

 女の子が窃盗犯だとか犯罪者な可能性もある。
 一応女の子を守る形を取るけれど、女の子を追いかける事情があるなら引き渡すことも考えないのではない。

 見た目だけで悪人と決めつけて一方的に女の子の肩を持つのはダメである。

「うるせぇ! 何でお前に話さなきゃいけないんだ!」

「いいから渡せ!」

「その人たちは奴隷商人です! 私たちは……売り飛ばされ……うぅ!」

「大丈夫?」

 堪えきれずに泣き出す女の子。
 心配したコユキがハンカチを差し出して足の治療をしてあげる。

 優しさも兼ね備えた子になっているようでリュードも小さく感心してしまう。

「チッ、黙りやがれ。渡さなきゃ……いや」

 怒っていた男の視線がリュードの後ろのラストとコユキに向けられた。
 一人はガキだが、二人とも顔がいいと思った。

 むしろ若いからこそ高値で売れそうだとすら考える。
 なんなら邪魔してくれた罪滅ぼしとしてお楽しみに興じてもよさそうだ何で頭の中でうっすらと妄想も広がる。

「そうだな……後ろの女全員差し出せば、お前の命だけは助けてやってもいいぞ」

 男はペロリと唇を舐めてニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべ始めた。
 他の男たちも言葉の意味に気がついて、同じく気持ちの悪い笑みを浮かべる。

 非常に腹の立つ顔をしている。
 奴隷商人にも正当な理由があることもあり得るだろうが、もう聞く気もない。

「そうだな……お前ら今すぐ尻尾を巻いて逃げれば命だけは取らないでやってもいいぞ?」

「な、なんだと!?」

 バカにしたように笑うリュードに男たちの顔が真っ赤になる。
 先に下手くそな挑発をしてきたのは男たちの方なのに、これぐらいで怒るとは堪え所のないことだ。

「ラスト、ルフォン!」

 先手必勝。
 男たちがリュードを逃すつもりがないと思うのと同じく、リュードももう男たちを逃すつもりがなかった。

 リュードが剣を抜きながら走り出し、ラストが素早く矢を射った。

「な、卑怯だぞ!」

「抜き身の剣を持っておきながら今更何をいう!」

 男たちは剣を抜いた状態で女の子を追いかけていた。
 たまたましっかりリュードが立ちはだかったので瞬間的に戦闘にならなかっただけで、隙があったら切り掛かってきていたはずだ。

 つまりリュードたちが行動を起こさなきゃ向こうも奇襲してくるつもりはあったのだ。
 人数も少なくまだ剣も抜いていなかったリュードに油断をしていただけの話である。

 交渉とも言えない会話が決裂した時点で、もう戦いは始まっているもの同然で卑怯などと言われる筋合いはない。
 紳士的に戦い始めるのは相手も紳士的な時だけだ。

 スコンとラストの矢が前にいた男の頭に刺さって倒れる。

「相手は少ない。囲んで一気に……」

 男が命令を出そうとすると、後ろでドサリと音がした。
 振り返ると一番後ろにいた男が倒れている。

 弱く届いた焚き火の光でぼんやりと黒い影のように見えるルフォンが立っていた。

「うしろ……」

 指を刺して叫ぶのではなく、剣を振るなり防御するなら動けば仲間を助けられたのかもしれない
 スッと音もなく近づいたルフォンはナイフを横に振って首を切り裂いて二人目を倒した。

 まさか後ろにも回り込んでいる者がいるなんて思わず、男たちに動揺が広がる。
 後ろから襲いかかったのはルフォン一人だけだが、ルフォン一人だけかも確認ができていない。

 男たちの質は低いなとリュードは思った。