「いや、あいつはあの時のタコだ」

 リュードは確信したように呟いた。
 あの時のタコだと直感が告げている。
 
 ルフォンを失いかけた痛みは忘れない。

「絶対に倒す」

 ここであったが百年目などという言葉が回帰前にはあったことをリュードは思い出す。
 今度こそ倒してやるとやる気を燃やす。

「私も。ここは海じゃないから負けない」

 ルフォンだってもちろん覚えている。
 海で戦うのは厳しいが、陸上ならば負けない。

「よし、じゃあ一斉に……」

『やーっ!』

「ウ、ウツボー!」

 作戦を練ろうとしている横で、まず飛びかかったのはウツボだった。
 口を大きく開けてタコにかじりつきながらタコに巻きついて締め付ける。

『さっさとここから……うまっ……出ていけ! ……うまっ! 悪いことはボクがうまっ……許さないぞ!』

 なんか食ってね? とリュードは思った。
 
『うわああああ!』

「ウツボー!」

 単なる動物として見た時に、タコはウツボにとって餌にもなりうる。
 しかしこの世界の魔物の序列おいては、クラーケンはウツボよりも格上の存在である。

 進化を遂げたとしてもウツボにとって一筋縄ではいかない。
 タコはウツボを足で掴んで持ち上げて壁に投げて叩きつけた。

 痛々しくかじり取られた跡があるので全くの無傷ではないが、タコがあまりダメージを受けているようには見えなかった。

『うまぁい……』

 コユキがウツボの治療をする。
 壁が砕けるほどに強く叩きつけられたウツボはモグモグと口が動かしている。

 ウツボの方はダメージはありそうだが、それほど大事ではない。
 格上のクラーケンの体はウツボにとってすごい美味しいものだった。

「いくぞ!」

 今回は海上での戦いではない。
 海に落ちる心配をすることもなく、全力で戦うことができる。

 こいつがクラーケンだなと思うのは、見た目タコであるのに足の数が十本であるのだ。
 イカなのにタコ、タコなのにイカ。

 ウツボが戦い始めてしまったし、リュードたちもタコに攻撃を仕掛ける。

「みんな気をつけろ!」
 
 太く強靭なタコの足が伸びてくる。

「速い……!」

 それぞれの足が意志を持つかのように動き、襲いかかってくる。

「みんな避けるんだ!」

「はっ!」
 
 巨大なタコの足は人が受けられる威力ではない。
 攻撃パターンは単純なのに力が強く、振り下ろしも速くて回避すら厳しい。
 
 何人かの冒険者たちが容易く吹き飛ばされて、ミルトやニャロが治療にあたる。
 クラーケンと戦った時も国を挙げての大人数でようやく一体を倒した。

「やっぱり簡単な相手じゃないか……!」

 クラーケンとやり合った時と戦う戦力は比べるまでもない。
 他の冒険者もそんなに強い人ばかりではないので注意も分散できず隙も作れない。
 
 何だかリュードのことをより多く狙っているような気がする。
 リュードも回避にかかりきりになってしまう。

「よっ!」

「いいぞラスト!」

 ラストがリュードを襲う足の一本に矢を放った。
 足に矢が刺さって魔力が爆発する。

 それでもタコの足にはダメージは少ないけれど、怯んで隙ができた。
 その間にリュードは何本かの足を切り付ける。

 傷は浅いがタコ全体の動きが止まった。
 リュードにタコの注意が向く。

「やあああ!」

 リュードが作り出したわずかな隙をついて、ルフォンは足の一本を半ばから切り落とした。

「おおっ! ママすごい!」

 タコがルフォンに狙いを定めた時にはすでにルフォンはタコの足の範囲内から離れている。
 リュードとルフォンにとっては一度戦った相手だ。

 しかも、海上に張られた氷の上という中々に状況の悪い中でだった。
 今は広い部屋で心配もなく戦えるのだからルフォンも全力だ。

 ラストもリュードとルフォンによく合わせてくれている。
 しかしやはり戦力が足りずに不利な状況には違いない。

「だけど……」

『任せてーーーー!』

 今回リュードたちには大きな友達がいる。
 ウツボが冒険者たちを叩きつけようとした足に噛み付いて床に組み伏せる。

 全体的な能力ではウツボはタコに敵わない。
 けれどもリュードたちが足をいくつか引きつければ、ウツボはタコと同等に戦える。

 足の一本なら容易く制圧できる。
 ウツボが足を押さえている間に冒険者たちが一斉に攻撃を加える。

『いただきまーす!』

 冒険者たちが切り付けたタコの足をウツボをちぎり取る。
 ウツボはタコの足を頬張って食べる。

『うまぁい! ぎゃああああ!』

 タコの足が美味しくてモグモグしていたら、またも壁に叩きつけられる。
 緊張感があるんだか、ないんだかよく分からない。

「負けてらんないな。おっと!」

 なぜかやたらと狙われているリュードには五本もの足が差し向けられていた。
 コンブの触手とは比べられないほどに速くて力強いタコの足は、高い集中を保ち常に動き回らねば回避が間に合わない。

 むしろ足を引きつけることができるので都合がいいと思ったけれど、余裕が一切なくて辛い。
 やはりこのタコはあの時のタコに違いないと確信が深まる。

 リュードに足をやられたことを覚えていて恨みに思っているのだろうと思ったのだ。

「リュード!」

「なっ、わっぷ!」

 リュードの後ろで爆発が起きてバシャリと水をかぶる。
 見ると周りにいくつも水の玉が浮かび上がっている。

 タコの魔法だ。

「マジかよ」

「ふぅっ!」

「助かる! うわっ!」

 ラストがリュードに向かって打ち出された魔法を矢で迎撃してくれた。
 魔法としての威力は無くなったが、ただの水に戻ってリュードは頭からかぶることになった。

 タコもただ足を振り回すだけじゃない。

「ウツボさん!」

『ダァー!』

 足だけでもギリギリのリュードは魔法まで増えたらかわしきれない。
 ウツボも水に棲まう魔物なので水魔法はあまり通じない。
 
 魔法を食らいながらも無理やりタコの懐に入り込む。

『アニキに手を出すなー!』

 襲いかかってくるウツボに、たまらずタコも足を向ける。
 冒険者たちに一本、ウツボに三本、リュードに四本。

 短い一本は状況に応じて動かしている。

「私もいるんだよ!」

 ルフォンも前に出る。
 リュードと合流してタコの足と戦う。