『それがドラゴンだっていうのは後から知ったんだ』
 
 その当時はそれがドラゴンだということも分からなかったウツボはドラゴンについて調べ始めた。
 魔物にも知恵を持つものや長く生きて知能を持つに至ったものもいる。
 
 そうした魔物がいると聞けば会いに行って話を聞いた。
 水の中に棲む魔物、しかも所詮は魔物なので限界はあった。
 
 けれど飛んでいたのがドラゴンであると分かった。
 それからドラゴンのことなら何でも聞いてまわった。
 
 面白いことに魔物が知るドラゴンの話も人の世界にある話と大きく異なることもなく、意外と善良なドラゴンについての話が多かった。
 強くて優しく人を傷つけず周りを助ける、そんな存在がウツボの中でのドラゴンのイメージになった。

『僕はドラゴンになりたいと思ったんだ』
 
 いわゆる龍になるためにウツボは自分自身を鍛え始めた。
 なぜドラゴンになれるのか、なろうと思ったのか分からないが、なれるのだと強い思いがあった。

 お話に聞いたドラゴンは強くて周りを助けていた。
 悪い魔物がいると聞けば倒しにいき、時には死にかけながらも理想とするドラゴンの姿に自分を近づけていったのだ。

 気づけばウツボの周りにはウツボの庇護を求める魔物が集まって一つの大きな集団となっていた。
 しかしそんな中でウツボは悩んでいた。

 いくら努力を重ねても限界はある。
 成長は止まりいつまで経ってもドラゴンにはなれない。

 前向きにドラゴンへの想いを糧に生きてきたけれども、あまりにも強すぎる憧れにウツボの胸には重たい気持ちが渦巻き始めていた。

『そんなとこに神様の声が聞こえてきた』
 
 ドラゴンになれないという暗い気持ちに苛まれている時に神の声が聞こえてきた。
 神はウツボがドラゴンになれると甘い囁きを口にして、神がより力を持てばドラゴンにしてやると言ったのだ。
 
 ウツボは思わず神の声に飛びついた。
 賢いウツボなので神に言われた行いが人を困らせてしまうことであるのは分かっていた。
 
 でも甘い誘いにウツボは抗いきれなかった。

『ボクはドラゴン失格だぁー!』

 石像に巻きつくのをやめて床に横になってわんわんと泣くウツボら今更ながらやってしまったことの重大さに気がついた。
 リュードはどう慰めたらいいのか分からなくてあたふたしてしまう。

 話を聞く限り悪いのはウツボではなく、ウツボをたぶらかした神の方である。
 ドラゴンになりたいという純粋な思いを悪用したのだ。

「そんなに泣くな!」

 ウツボを泣かせたとみんなの冷たい視線が突き刺さる。
 なんでみんなウツボ側に立っているのか謎だが、リュードも話を聞いていて気持ちはわからなくない。

 ここはあえて堂々とドラゴンを押し出していこうと思った。

「誤ったのなら正せばいい。まだ取り返しのつかないことをしたわけじゃない。ドラゴンだって失敗しない生き物じゃないだろ? 大事なことは失敗したでもどうするかだろう」

 ドラゴンがどんな生き物なのかリュードも知らない。
 確かに良い話もあるし、一方で邪悪なドラゴンの話もあったりする。

 なんにしても一体のドラゴンの話ではないとは思うので、それぞれの話を合わせてドラゴンとはと総括することは難しい。
 とりあえず今は良いドラゴンの良い面を押し出しておく。

『ボクはどうしたらいいの?』

 涙を浮かべたウツボはリュードのことを見つめる。

「言っただろう。正しいことをするんだ。人なら謝ることをするんだけど、その前に過ちを正すんだよ」

『でも……』

「でもじゃない!」

 少し恥ずかしいけどこれで上手くいくならとリュードは魔人化した。
 全身が熱くなって一回り大きくなっていく。

 体表が鱗で覆われてまるで生まれ変わったようにすら感じる。
 リュードは竜人族だ。

 竜人族は竜、つまりドラゴンに関わりがある。
 真相は知らないが、竜人族はドラゴンの末裔だという話まであるのだ。

「お前のドラゴンへの憧れはそんなことでやめてしまえるほどの想いなのか! お前が憧れたドラゴンはそんなものだったのかよ!」

『あ、あなたは……ドラゴン……様なのですか』

 ウツボのお目々がキラキラとし出す。
 リュードは竜人族であって竜ではないが、見る人が見れば竜人族も竜に近い美しさがある。

 特にリュードは先祖返りであり、より竜に近いとされる。
 ウツボの憧れる龍ではないが、ウツボの聞いた話の多くも竜に関するもので、竜も憧れの対象である。

 竜人族もその範疇に入ってくる。

「いや、俺はドラゴンじゃないさ。でもドラゴンの血を引き、ドラゴンの様にありたいと思う者だ」

『ドラゴンのように……』

「そうだ。俺がここにいるのは正しいことをするためだ。まだ正しいことはできる。……どうだ、間違いを正さないか?」

 ドラゴンになりたいと思ったことはないが、ドラゴンのように強くなりたいと思ったことはある。
 ウツボと意味合いは違うものの、こうした言い方をしてもいいだろう。

『こ、こんなボクでもイイのかな? ただドラゴンに憧れるだけの醜い魔物のボクだけど……』

「何かに憧れて何かを目指すのに人も魔物もないだろう? 大切なのは心だよ」

『心……』

「な、なんだ!?」

 ウツボの目に強い光が宿った。
 ブワッとウツボの周りに風が渦巻いた。

 一瞬攻撃されるのかと身構えたけれど、ウツボは真っ直ぐに体を伸ばして上に伸び上がった。

『大切なのは心! ボクはもう迷わない。ドラゴンになれなくてもドラゴンになろうとする憧れの心まで失っちゃダメなんだ!』

 ウツボの中でとぐろを巻いていた重たい思いが解けていく。
 どんな存在に聞いてもドラゴンになれないという。

 だがリュードは心がドラゴンならばそれでいいと言ってくれた。
 ドラゴンになることも諦めろと言わない。

 初めての言葉が胸に、頭に染み入った。
 ウツボの心が変わり、心がウツボに変化をもたらした。