『人よ、入ってくるな!』

 不思議な声が聞こえてきた。
 聞こえたというより耳に入ってきた音が、頭の中で勝手に意味をなしているような奇妙な感覚だった。

 変な鳴き声のような音なのに、なぜなのか頭の中では理解できる。
 その音の発生源はウツボであった。

「あいつの声が……聞こえてるのか?」

 ウツボの鳴き声がなぜか理解できた。
 リュードを含めてみんなが動揺を隠せない。

 全員にとって経験のない初めての現象。

『いいか、警告したからな! 入ってくるなよ!』

 またウツボが鳴いて、頭の中でその意味が理解できる。

「おーい、お前が話しかけているのか?」

 みんなが困り果ててリュードに視線を向ける。
 どうしろって言うんだと思う。

 ウツボも初めてなのに、話しかけてくるウツボなんて余計にどうしたらいいのか分からない。
 コアルームの荒れようもそうだし、ウツボの言葉は理解できても状況が理解できない。

 コアルームの外で睨み合いをしていてもことは進まない。
 思い切ってウツボに話しかけてみることにした。

 どうせこのウツボもコアルームの外には出てこないのなら、少し対話を試みてもいいかもしれない。
 口ぶりからしても石像を占領して離す気はないようだ。
 
『そうだ! ボクは賢いんだ。だから入ってくるなよ!』

 リュードの言葉にウツボからの返事があった。
 魔物と対話が成功した。

 一部の知能が高いとされている魔物は人と交流することもあるが、大多数はそのようなことはしないし知能もない。
 ましてウツボにはそんな知能などないはずだ。

 リュードに関してはハチのスズのことがあるので、他の冒険者たちより驚きは少なかったけれど驚きはあった。

「どうしてこんなことしているのか聞いてもいいか?」

 対話が可能なら対話でどうにかすることが出来るかもしれない。
 戦うことなくウツボを退かせられるならその方が手っ取り早い。

『ボクはドラゴンになるんだ!』

「ど、ドラゴン?」

『そう! 女神様はボクの力を認めてくれて、もっと神の力が強くなったらボクをドラゴンにしてくれるって言ってくれたんだ!』

「なるほど……なるほどなのか?」

 急に出てきたドラゴン話にリュードは困惑を隠せない。

『ここを支配している悪い神様が力を失うまでここに居ればいいっていわれたからそうするんだ』

「だからコアルームから出てこないのか」

 まあ何ともピュアなウツボだろうとリュードは思った。

『だから入ってくるな! ボクはあんまり戦いたくないんだ』

 ウツボはドラゴンに憧れていた。
 西洋的ではなく東洋的な細長いドラゴン、竜ではなく龍に。

 鯉が登竜門を登って龍になるように、ウツボはいつか自分も龍になれるのだと信じている。
 なれるかどうかは別にして、素敵な夢であるとはリュードも思う。

 対話を為せるということは少なくとも一定以上の知能がある。
 このウツボはもしかしたらとんでもない魔物になる可能性もあるのではないか。

「本当にそんなこと可能なのか?」

 ただ龍あるいは竜といえばこの世界でも最強、最上の種族となる。
 進化して上位の魔物になることはあり得ることだけど、進化なりでドラゴンになることが可能なのだろうかとナガーシャを見る。

「聞いたことがありません。進化や成長を重ねていけばある程度強くなれるでしょうけど……あとは神に認められて神獣になれば、ドラゴンに近いような力を得られる事も考えられなくないです。けれどドラゴンになれるなんてほぼあり得ない話です」

「そうだよな」

 色んな意味で孤高の存在であるドラゴン。
 他の魔物であるなら進化によってなることもあり得るが、ドラゴンだけは違っている。

 恐らくどんな方法を使ったとしてもドラゴンにはなれない。
 それだけ特別な存在であるのだ。

『ウソだ! 女神様がウソをつくはずがない!』

 会話が聞こえていたのか動揺したようにウツボが声を上げる。

「こんな風に他の神様の力を奪わなきゃならないような神様が本当にあなたをドラゴンにできるとお考えですか?」

『うぅ……でも他に方法はないんだ。ドラゴンになれる方法なんて他には……』

 ズバッとナガーシャが質問を投げかけて、ウツボは苦しそうに答える。
 だいぶ抜けた感じはあるけれど、バカじゃなさそうである。

 知能が高いが故に悩んでいる。
 心のどこかでドラゴンになんてなれないことはわかっているのかもしれない。

 でも強い憧れとの間にウツボは揺れ動いている。
 賢いから努力を重ねてもドラゴンになれないことはわかっているから、女神の言葉にすがったのだとしたら理解もできなくはない。

『ボクはドラゴンになる……だからボクの邪魔をしないでくれ!』

 会話していて思う。
 
「何だか憎めないやつだな」

 戦う気がだんだんと削がれていく。

「あの、アリーシャは無事なんですか?」

 ガラーシャが気になっていた疑問をぶつける。
 悪い様に見えないウツボであるけれど、コアルームを奪いはした。

 それに肝心のアリーシャの姿は見えない。
 アリーシャの行方によっては憎めないウツボでも許せない。

『アリーシャ? ここにいたウンディーネのことかな?』

「そうです」

『それならここにいるよ』

「えっ、どこですか?」

 ウツボが顔を向けた先はちょうど死角になっているところだった。
 少しなら大丈夫だろうと入り口から身を乗り出して覗き込む。

「アリーシャ!」

「あら、ごきげんよう」

「ごきげんようじゃありません!」

 白い可愛らしい丸テーブルと白い椅子を置いて、ピンクのカップに入れた紅茶を嗜んでいるウンディーネがいた。