なぜ川の上流が聖域と呼ばれているか。
 それは上流をさかのぼった川の始まりに理由がある。

 川の始まりといえば山などがあってそこから湧き出た小さな水がだんだんと大きくなって、のような形が一般的である。
 しかしこのステュルス川はただの川ではない。

 その川の始まりからして、普通の川とは一線を画しているのである。
 川の端にあるのは巨大な湖だった。

 ヴァネルアから見ると多少登ってきたものの山というほどには標高もない場所に、たっぷりと水をかかえる大きな湖があり、そこから流れ出した水がステュルス川となっているのである。
 ではその湖にはどこから水が流れ込んでいるのか。

 湖はステュルス川の他に繋がっている川などはない。

「あれは…………なんなんだ」

「……お城?」

 その代わりに湖の奥側には大きな城がある。
 そして、城から大量の水が噴き出している。

「すごい光景だな」

 驚き、そして感動する。
 大量の水が流れ出る城はまさしく幻想的であった。

 ファンタジーな光景にリュードのみならず、みんなが大なり小なり感動を覚える。
 雄大な川を流れる水の始まりは目の前のお城なのである。

 水を生み出す城があるということは、この世界の人にとっても不思議な場所だから聖域と呼ばれているのである。

「一度だけ、聖職者になった時に巡礼に訪れたことがあります。その時はもっと水が溢れていたのですが、すごく出ている量が少ないですね」

 ミルトだけは渋い顔をしている。
 以前見たお城は、水の中にあるように見えるほどに盛大に水が噴き出していた。

 なのに今は噴き出す水の量が少なくて、お城の姿がはっきりと見える。

「どうやら原因はあの城らしいな」

 誰がどう見ても川の水を生み出しているのはお城だし、お城に異常が起きたから川に異常が起きていると考えるのは普通のことである。

「どうすべきだろうか……?」

 みんなに迷いが生じる。
 あくまで今回の目的は調査だ。

 だがどこまで調査するべきかは、状況を見て判断する必要がある。
 今の状況として異常の起きている場所は分かるが、異常の原因までは分からない。

 異常の原因まで調べるには外から目視ではきっと足りないだろう。
 けれどお城の中に踏み込んでは単なる調査で済まない可能性も大きい。

「もう少しお城に近づいてみましょうか」

 今回の調査のリーダーはミルトになる。
 場所が場所だけに、ミルトがどこまで踏み込むのかの判断を下すことになっていた。

 サブリーダーはヴァネルアで活動していた女性冒険者で、ほとんどこちらがメインの指示を出していた。
 ミルトは城に近づいてみることにした。

 ある程度異常が起きた原因も調査すべきだと考えたのである。
 ミルトの判断を受けて湖に沿って歩いていってお城に近づいていく。

「行けないかと思ったが、行けそうだな」

 川の方から見ると湖の中の孤島にお城があって行けなさそうに見えていたが、移動して側面から見てみるとお城の後ろ側には地面が繋がる道になっていた。
 流れ出した水が道にも流れているので、もっと水が噴き出ていたら通るのは厳しかったかもしれない。

 正しい判断を誰も下せないままに湖をいつの間にか半周してお城の後ろ、道が繋がっているところまで回ってきた。
 正確には門が見えるので、こちらがお城の正面のようだ。

「……行きましょう。行かねばならない、そんな気がします」

 お城はデカい。
 もっと人数を集めてから本格的に原因を調査してもよいかもしれない。

 けれどヴァネルアの街の状況は良くないし、どれだけの人を集められるか不安がある。
 それになぜなのか、ミルトは今すぐにでもお城に行かなきゃいけないような気がしていた。

 前に見たことあるお城の様子とは異なっている。
 まるで助けを求めて苦しんでいるように感じられた。

 ここまで来たら引くのも違う気がする。

「リーダーの判断に従うしかないな」
 
 リュードたちは改めて気を引き締め、お城に繋がる道を行くことにした。
 水神ウォークアがこのようなことで怒るはずはないと思うが、お城に近づくことの許しを得るためにミルトが祈りを捧げる。
 
 そしてお城に向かう。

「滑らないように気をつけろよ」

 普段から水に浸かっているためか道は多少ぬるりとしている。
 道幅は十分にあるが、落ちてしまうとどれだけ深いのかも分からない湖に真っ逆さまとなる。

 慎重に歩いていってお城の前までやってきた。
 
「近づいて見てみるとやっぱデカいな……」

 こんな湖の中にどうやってこんな巨大な城を建てたのか考えてみても方法が思いつかない。
 そもそもこの不思議な城はなんだ。

 立て方もそうだが、近くに町もなく城をこんなところに建てる理由がない。
 水が噴き出しているし、噴き出した水にさらされているのに外壁は非常に綺麗だ。

「ちめたい」

 そっとルフォンが壁を伝う水に触れてみる。
 とてもひんやりとしているただの水。

 ネックレスに反応はないので毒はなさそう。
 口に運んでみると柔らかくて飲みやすく美味しい水だ。

 近づいて見ても何も分からないことに変わりがない。
 見れば見るほどに不思議で圧倒される。

「ここは開かないみたいだな」

 正面にある大きな正門は開かない。
 リュードが強く押したりしてもピクリとも動かないのである。

「んじゃここは?」

 入れないならしょうがない。
 撤退もあると考えていると、ラストが門の傍にある小さい扉を見つけた。

 大きな門にありがちな普段使いの来客用の扉である。
 普段からでかい門の扉を開閉していては不便なので、こうした簡単に入れる扉がどこかにあるものだ。

「あっ、開いた」

 そっーとラストが扉に触れるとスーッと開いた。

「みんな、中に入るぞ?」

「はい、きっとこれも神の御意志です」

「俺が先頭でいくから後ろ頼むぞ」

 もはや城の中を調査することは暗黙のうちに決まっている。
 リュードたちは聖域にある水が溢れる摩訶不思議な城を調査することになったのである。