「泣いちゃダメにゃ! きっと私の仲間がなんとかしてくれるにゃ!」

 ドアに耳をつけて集中すると中からまた声がした。
 その声、その語尾、ニャロであった。

「みんな、他の人が来ないか見張っててくれないか」

「分かった」

「ニャロ、聞こえるか!」

 強くドアを叩いて声をかける。
 小人だとどうしても声量が小さいので、出来る限り大きく声を出す。

 ピクリとミミを反応させたニャロ。
 ニャロも獣人族なので聴覚は優れている。

「リュ、リュード!? リュードにゃ!」

「そうだ! 無事なのか!」

「こっちは大丈夫にゃ! リュードの方は大丈夫にゃ?」

「こっちもみんな無事だ。町の異変に気づいた、他の小人化した人とも合流して今動いているんだ」

 ドア越しに始まる会話。
 ひとまずニャロが無事そうで安心する。

「このドアは開けられないのか?」

「外から鍵がかかっているみたいで開けられないにゃ」

「そうか……じゃあ窓とかはないのか?」

「あるけど格子が嵌められてて出られないにゃ。ここにいる小人にされた人たちなら出られるかもしれないにゃ」

「格子……それに他に人がいるのか?」

「うん、ここには小人化されて囚われた町の人たちがいるにゃ!」

「なんだって!」

「なんだと!」

 リュードのみならずサンジェルたちも驚く。

「にゃ、誰にゃ?」

「ああ、今言ってた異変に気づいて逃げられた人だよ。サンジェルさんって言うんだ」

「すまない……俺はサンジェルというものだ。本当にそこに町のみんながいるのか?」

 横で聞いていたサンジェルも思わず会話に入ってしまった。
 行方がわからなくなっていた町のみんながいたというのだから当然だろう。

 これでサンジェルたちだけでない町の人々が入れ替わっている説もいよいよ濃厚である。

「みんなかどうかは分からないけど結構な人数がいるにゃ!」

「みんなは無事か? ケガしているものとかはいないのか?」

「体のケガはないけど状況が良くないにゃ。あいつら私たちを閉じ込めてから様子も見にこないにゃ。だからご飯もなければおトイレだって部屋の中でするしかない……精神的にも肉体的にも限界にゃ」

 ニャロはまだ連れてこられて時間が経っていないから耐えられるが、最初の頃の人なんかはもうギリギリだった。
 ニャロが聞いた話では当初はご飯なんかも運ばれていたらしいが、今は完全に放置されているらしく体力的にもかなり厳しい。

 部屋の隅で排泄するのにももう耐えかねている。
 それにせめて水ぐらいあればいいのにと思う。

「……格子は小人化した人なら通れるんだな?」

「いけるにゃ」

「窓は壊せそうか?」

「それは問題ないにゃ」

「じゃあ窓からみんなを助け出そう」

 ニャロには悪いが、小人化した人なら助け出せるというなら先に助け出してしまおうとリュードは考えた。
 このまま放ってはおけない。

「オッケー! じゃあ窓割るにゃ!」

「待て待て!」

「……なんでにゃ?」

「こっちの準備ができてない。窓を割った音で誰かが来るかもしれないし中を一度見ておこうと思うんだ」

 ここは一度慎重になる必要がある。
 焦りは禁物だ。

「むぅ……」

「不満なのは分かるがこういう時こそ慎重にだ。そうだな……こっちが家の中を見て回る間に人を下ろすためのものを作れないか?」

「人を……下ろすため?」

 弱った人がロープを伝って降りるのは大変だろう。
 万が一落ちてしまうと窓の高さでも小人には致命的なものになる。

 安全に人を脱出させるためには、何かの方法を用意しておく必要がある。

「たとえば……何か布とか。それで……」

 リュードは思いついたものをニャロに説明する。

「それならありそうにゃ!」
 
 リュードが考えたのはシンプルなエスカレーター的な方法。
 布を風呂敷状にして人を包み、紐なりロープなりで繋いでニャロにそっと下ろしてもらうのはどうかと提案した。
 
 何か一枚布があれば出来るけど、小人サイズに合わせるのにはただの布広げただけじゃなく小さく割いて使わねばならないだろう。
 その考えをニャロに伝えてやっておいてもらうことにした。

「まあ当然二階もあるよな」

 また手分けして建物内を捜索する。
 本当に人がいないかどうかを確かめておかねば、安心して人を逃すこともできない。
 
 これだけ大きな建物で一階部分だけの平家だということは当然なく、屋敷には二階もある。

「よっと……みんな大丈夫てすか?」

 ここから一階組と二階組に分かれることにした。
 運動神経の高いものなら飛びついて階段を登ることができる。

 リュードを始めとして階段を登れそうなものを二階組とした。

「こうやってみると意外と高いな……行くぞ! ほっ!」
 
 反り立つ階段の段差。
 勢いをつけて軽く蹴って飛び上がり、縁に手をかけて上に登る。

 大きければなんてことはない階段が、小さくなっただけでトレーニングや過酷なアトラクションのようである。
 やはりここでもリュードが一歩飛び抜けて優秀である。

 一段早く登ったリュードが上から手を伸ばして縁ギリギリ届くか届かないかの人を手助けする。
 そうして登った人が登るのを手助けしながら階段を登っていく。

「何もかも悪いな……」

「急にどうしたんですか」

 サンジェルが最後の一段を乗り越える。
 サンジェルは縁まで手が届く人だったが、先に登ったリュードが引き上げてくれるので楽に上がることができた。

 リュードたちがいなかったら今頃まだ手をこまねいていただろうと考えると感謝してもし足りない。
 二階に登ってきただけなのに軽く達成感がある。

「……声が聞こえるな」

「そうですね」

 階段を登ってくるのに必死だったので気が付かなかったが、上に来て冷静になると声が聞こえてきていた。
 ここまで来るとリュードだけでなく、みんなにも同じく声が聞こえている。