「マストが折れていただろう? あれはちょうどここの上のところにぶつかって折れてしまったんだよ。それで天井の一部が崩落してしまってね。
 1度崩れると脆いもんで段々と崩れた部分が広がっていって……やがて君達が落ちた穴にまでなったというわけさ」

「なるほど。それであんな穴が……」

「まあ、人間手持ち無沙汰になるといろいろやるからね。石投げつけてみたり魔法ぶつけてみたりしたのも悪かったかもしれないね」

 穴が空き始めた理由もマストが折れた理由も同一のもだった。
 しかし穴が広がったのはどうにもゼムトにも原因がありそうだ。

 バツが悪そうに頭をかいているけれど表情が分からないから反省しているかどうか怪しいものである。
 声色はややおちゃらけた感じでどうにも感情が読みきれない。

「君たちがここに落ちてきた理由は分かった! ではでは、次は僕たちの話を聞いておくれよ!」

 これこそ本題とばかりにゼムトが自分たちの話をし始める。
 リュードもこうなった経緯は気になるので聞くつもりでいたが有無を言わさず話し始めるゼムトに押しが強いなと思わざるを得なかった。

「まずは僕たちだけど……」

 ゼムト達は山脈を越えた西にある国、ヘランド王国の騎士達であった。
 東のルーロニアや王国のさらに西にある国、南の大陸との海上貿易の中心として王国の南側の都市はとても栄えていたのだがある時から海上貿易に陰りが見え始めた。

 クラーケンという大型の魔物が商船を襲い始め、貿易量がグッと減ってしまったのである。
 そこで王国はゼムト達を始めとするクラーケン討伐メンバーを編成したのだった。

 貿易が減り獲物に飢えていたクラーケンはすぐさまゼムト達の船に襲いかかり、ゼムト達もクラーケンを退治しようと反撃した。
 1日半にも及ぶ戦いで傷ついたクラーケンは逃げ出した。

 当然ゼムト達もクラーケンを追いかけたのだがこれがいけなかった。
 長い戦いは海の上での方向感覚を失わせ、確認も甘いままにクラーケンを追いかけた

 クラーケンは洞窟に逃げ込んだ。
 寝ずに戦い、鈍った判断力はこのことをチャンスだと思わせてしまったのである。

 ゼムト達は迷いなく洞窟に船を進めてクラーケンを追いかけた。
 結果だけ見ればクラーケンは討伐された。

 また丸一日かかった戦いの末にクラーケンは船に引き上げられて魔石や素材になりそうなところは剥ぎ取られて、残りは宴会の食材にされ食べきれないところは魔物が集まらないようにその場で魔法で燃やした。

 クラーケンを船に乗せて移動するのは難しく先に処理するしかなかったのだけどこれがまずかった。
 討伐できた喜びと戦い通しの疲労で注意が散漫だった。
 
 気付いた時には洞窟の入り口は無くなっていたのである。
 方角を確認し何人かが海に潜って調べた結果、海面のはるか下に入り口が見つかった。

 入口が無くなった原因は大干潮。
 何十年に1度起こるとんでもない引き潮がたまたま洞窟の入り口を見せていたのである。

 戦いの最中に潮が引いていたのだが海のど真ん中で戦っている最中では気づけなかった。
 そのことに気づかないまま時間をかけて戦ってしまったゼムト達は引き潮が収まって洞窟の中に閉じ込められてしまったのであった。

 命さえあれば良いと泳いで脱出を試みた者もいた。
 けれど洞窟の中は暗く、水中も当然に光がない。

 真っ暗な闇を照らしながら長い時間泳いでかなり下にある入り口まで行くのは容易いものではない。

 しかも運の悪いことにクラーケンを倒したがために小さい魔物が戻ってきてしまい、水中に潜るのも難しくなった。
 絶望に支配される中、洞窟にはまだ先があるからと一縷の望みをかけて入り口とは逆の洞窟の奥に船を進めた。

 風もないため魔法で少しずつ進める当てのない旅。
 食料はそれほど多くもなく次の大干潮まで保つはずもない。

 時間の感覚もなく進んでいくと広かった洞窟は徐々に狭くなり、天井の少しだけ突き出た岩にマストが衝突した。

 クラーケンとの戦いで脆くなっていたマストはポッキリと折れてしまい、同時にみんなの心も折れた。
 暗闇と不安、底知れぬ絶望に押しつぶされて狂ったり食料不足で倒れていく仲間。

 船を登ってくるサイズではないがそんな船員たちの死を待ち望む海の中に潜む魔物。
 もはや立ち直ることもできずにバタバタと人が減っていき船の維持すら難しくなっていった。

「あの時は辛かったよ……どんな励ましの言葉も意味を成さない。ただ死を待つのみの、永遠にも思える時間……」

 そんな時ゼムトはもう1度大干潮が来れば船だけでも外に押し流されるかも知れないと思い、クラーケンの魔石の魔力を使って船に保全の魔法をかけた。
 やがてゼムトも気力が尽きて死に、船は完全に無人船となった。

 それからどれほどの時間がたったのか。
 ゼムトは目覚めた。

 骨だけの体、スケルトンというアンデッドタイプの魔物として。
 ただ他と違っていたことがある。

 他の船員たちもスケルトンになっていたのだが何故なのかゼムトは記憶と魔力を維持したままアンデット化していた。
 意思がありそうな魔物はガイデンのみで、他はただのスケルトンとなっていた。

 けれどガイデンもいつ終わるのかも知れないスケルトン状態にいつしか人の心を失ってしまっていつしか話すこともなくなったのだ。
 元々生前からゼムトに付いて守ってくれていた習慣の名残りかガイデンらしきスケルトンはゼムトにずっと付いて回る。

 意思のある魔物は他のスケルトンに比べて上級のようでゼムトの命令を他のスケルトンは聞く。
 今座っているイスもスケルトンに持ってこさせたものだった。

 屍肉が腐り落ち骨になって魔物になるまでどれほどの時間が必要なのかは不明だが少なくとも1年やそこらではないはず。
 魔物になってからも相当時間が経過したはずなのに船はこの洞窟の中のまま。

 今はたまたま穴の下に船があるけれど波の動きによっては少し場所は変わることはあるけれど外に出ることはなかった。