「余計な欲に囚われないでいられる冒険者は、結果的に多くの人を助ける優秀な者であることも多い。リュードがそうした性格なのも神の思し召しってやつなのかもな」

「少し意味は違うと思いますがリュードさんは確かに神のお導きのような存在ですね」

「ははは……」

 神の導きという表現はあながち遠いものじゃない。
 ケーフィスのお願いを受けて、情報を与えられてここにいるのだからある種の導きの言っていい。

 神様にお願いされてここにいますなんて言ったらどうなることだろうか。
 曖昧な笑みを浮かべてリュードは誤魔化す。

「にしても無事に帰ることが必要にゃ。もうこのダンジョンいやにゃあ〜」

 ため息混じりにニャロが言う。
 ウィドウが引退するにしてもまずはダンジョンを攻略して生きて帰らなきゃならない。

 寒さと雪の変化のない厳しくて飽きのくる環境に精神的にも肉体的にも疲弊する。
 出てくる魔物も一筋縄じゃいかない。

 ここまで崩れることなく戦えているので犠牲になった人もいない。
 少しでも油断するとあっという間にダンジョンに消えることになる。

 吹雪いたりするし、日が出ずうっすらと明るい微妙な天気も気分を盛り下げる。
「引退するならあったかいところに行きたいな。

 寒いところはもうこりごりだ」

「暑いところはイヤだけど寒いところもイヤだにゃ」

「終わりはまだ分からないが……また少し進んだみたいだな」

 今度の変化は分かりやすい。
 少し離れたところからでも見えていたので分かってもいた。

 近づいてみても見たまんまのもので間違いなかった。

「こんなものでもあると少し安心してしまうな」

 緩やかな斜面は平坦になり、雪原にはいつしかポツポツと木々が生えているようになっていた。
 枯れ木ではなく葉が生えていてその上に雪が積もっている。

 さらに進んでいくと木々が増えていき、景色は白と茶色と緑の冬の森林になっていた。
 生命を感じさせない雪景色だったダンジョンで、雪の中でも強く生きる樹の生命を感じるのはちょっとだけ安心する。

 打って変わって、視界は開けた雪原に比べて悪くなった。
 環境が変わるたびに新しく魔物が出てきた。

 また新しく魔物が出てくるかもしれないとみんなが警戒する。

「ん……あれは…………キツネ?」

 密集してきた木々を眺めながらどう動くかを考えていると、遠くの方に動くものがチラリと見えた。
 よく目を凝らして見てみると、大型犬ほどの大きさのデカいキツネがリュードたちの方を伺うように見ていた。

 雪のように真っ白なキツネである。
 キツネはリュードたちに見られていることに気づくと、顔を背けて奥に走り去ってしまった。

 モフモフしてて可愛かったな、なんて思うリュードは重症かもしれない。

「戦いもせずに行ってしまったな」

「うん……」

「てーさつってことかな?」

 少なくとも見つけてすぐに襲いかかってくる魔物ではない。
 スノーケイブのような知恵のあるタイプの魔物かもしれない。

 遠くからリュードたちのことを観察するように見ていたことに、ほんのりとした不安を感じる。
 また厄介そうな相手かもしれない。
 
 見た目だけの比較ならキツネがこれまでで最も弱そうだけどダンジョンってやつは奥に行くほど敵は強くなる。
 油断はできない。

「ん?」

「ん」

 全身モフモフとは今はちょっといきませんが、可愛いミミなら負けませんよ?
 リュードの服の裾を引っ張りルフォンが頭を差し出した。

「いきなり何してんのさ?」

 ルフォンに邪な心を見抜かれた。
 ホッキョクギツネ風の魔物は可愛かったな、などと他の人とは違うことを考えていたのを完全にルフォンは理解していた。

 ルフォンに負けたリュードは大人しくルフォンの頭を撫でる。
 髪も柔らかくて気持ちいいのだけど、時折触れるミミの毛は髪と違ってケモノの柔らかい毛をしていてよりフワフワしている。

 リュードの変態ぶりを知っているルフォンだから見抜けた変態的思考だった。
 ウィドウなんかはキツネがどんな戦いをする魔物が予想を巡らせている。

 それなのにリュードは手触りを考えていた。
 よく見抜けるものだと思うがルフォンからすればバレバレであった。

「ん? ……ほれ」

「いや、別にそんなんじゃないし……まっ、いっか」

 リュードはラストの頭の高さに手を差し出した。
 ルフォンとリュードが言葉少なくいちゃつき始めたから見ていたのであり、別に頭を撫でろと言っているのではない。

 でも拒否するものでもなく、撫でてもらえるなら撫でてもらいたいのでリュードに近づいて頭を手に近づける。

「……若いとはいいな」

 敵が姿を現したのにこののほほん感は悪くないとウィドウは笑った。
 気を張りすぎても疲れてしまう。

 警戒しながらも心にゆとりを持っていられることは良いことである。

「アイツに会いたくなるな」

 奥さんと積極的なスキンシップを図ったのはいつ以来だろうとウィドウはふと考えた。
 不思議とイチャつきたい気分にさせられた。

「むふっ」

「今ならあの猿も倒せる気分!」

 ご機嫌ルフォンとご機嫌ラスト。
 思わぬところでエネルギー補充が出来た。

「……敵が来るぞ!」

 ウィドウが目を細めて木々の隙間から奥を注視する。
 木々の間を縫うようにキツネが数匹走ってくるのが見えていた。

「改めて見るとかなりデカいな」

 キツネはもうちょっと小さいイメージだったのに、向かってくる魔物は撫でごたえがありそうなサイズ感である。