「終わらせてやろう」

 ラストの矢が腕に刺さってスノーケイブキングは小さく声を上げる。

「悪いがラストはお前にはもったいない女だ」

 ここまでくるとリュードもなんとなくスノーケイブキングがラストにどんな感情を抱いていたのか、うっすら理解していた。
 ラストはモンスター風情が手を出していい相手ではない。

 リュードは剣に魔力を流し込む。
 そして魔力を雷属性に変化させると眩いばかりの光を放つ雷になる。

 バチバチと弾け飛ぶような音が響き渡り、ゆっくりと剣を高く持ち上げた。

「熱烈なアピール悪いけど、私をモノにしたいならもっと良い男になることだね」

 リュードを超えるほどの良い男なら、あるいはチャンスがあったかもしれない。
 しかしそんな人この世の中にいないだろうけれども、とラストは思った。

「はああっ!」

 一筋の雷が走った。
 リュードが真っ直ぐに振り下ろした剣を、スノーケイブキングは両腕でガードしようとした。

 剣にわずかに遅れて電撃が体を駆け巡り、ピッとスノーケイブキングの体の真ん中に線が入る。

「私の王子様の方が強かったね」

 ヒョロリとラストに手を伸ばすようにして腕を振ったスノーケイブキング。
 弱々しく腕を振った勢いにすら耐えられなくなって、スノーケイブキングの体が真っ二つになりながら地面にゴロリと倒れる。

 少し間があって、スノーケイブキングの体が魔力の粒子となって消え始める。

「リュードぉ!」

 ラストは涙目になってリュードに飛び込んで抱きつく。

「おーよしよし、怖かったか?」

「怖かったよ! うぅ……変態親父に触られるメイドさんの気持ちが分かったよ……」

 泣きはしない。
 泣きはしないけど、リュードに抱きついていると安心して泣きそうになってくる。

「さすがだな、リュード」

 まだ氷壁の穴スライダーから立ち直り切っておらず若干顔の青いけれど、ダリルもいくらか回復していた。
 強化という役割がなかったら、ただの足手まといになるところだった。

 スノーケイブキングは毛のように真っ白な大きな魔石を残している。
 ダリルは魔石を拾い上げるとリュードに投げ渡す。

 それだけでも売れば結構な値段になるだろう。

「ダリルの強化も大きいよ」

 リュードは胸に顔をうずめるラストの背中を撫でながら優しく笑う。
 怖かったのだろうと優しくしているのだけど、今ラストの顔は滅多にないチャンスにニヤニヤしていた。

「さてと……これからどうする?」

 一番の問題は片付いたが、続いて大きな問題が発生した。
 
「どうするかな……」

 出口がないのだ。
 外から中にくる穴はたまたま見つけられた。

 けれどぐるっと見回してみても、この場所を囲む氷壁に出られそうなところは見当たらない。
 入ってきた穴を登って行こうにも、中はかなり良く滑るので無理だろう。

 氷壁そのものはゴツゴツしているので登れないこともなさそうだけど、上の方まで行って落ちたら命綱もないので死んでしまう。
 リュードは森に住んでいたので木登りは得意なものの、体の重いダリルやそうした経験のないラストには少し大変だ。

「どこも分厚そうだな……」

 次善策として壁を壊せないか見てみる。
 薄いところやひび割れているところでもあればダリルやリュードの魔法で壊せる可能性もある。

「少しでも薄いところはないかな……」

 こんな時に便利なのも雷属性だ。
 電気が物を通る性質を利用する。

 氷壁に手を当てて電気を流す。
 正確な内部情報はわからなくても大体の厚みは分かる。

 大きく中がひび割れていればそれも分かるはずだ。

「厳しいな」
 
 氷壁は大体同じ厚みでかなり分厚い。
 外側でダリルが一回殴っているから硬いことはわかっている。

 ひとまず諦めないで薄いところを探してビリビリと電気を流し続ける。

「むむ?」

 電気の流れがおかしくなった。
 そこらへん氷壁を調べてみると中に細かくヒビが入っている。

 厚みも他の部分に比べて薄くなっている。
 一通り他の場所も調べてみたけれど、可能性がありそうなのはそこだった。

「ここらへんが薄いみたいだ」

 薄くて細かなヒビが入っている。
 壊せる可能性があるとしたらここだろうとリュードは氷壁に触れながら思った。

「ならば任せておけ!」

 時間が経ってダリルもすっかり回復した。
 流石に離れたところでヘタって強化だけしていたのでは面目が立たない。

 力仕事は専門分野だ。
 ダリルは全身に神聖力を行き渡らせ、メイスに魔力を込める。

 二つの異なる力を使いこなすのが聖騎士や使徒という人たちである。
 氷壁の前に立って上半身を大きく捻って力を溜め、思い切り氷壁をメイスで殴りつける。

「むう……」

 メイスが当たったところは氷が砕け散るが穴は開かない。
 薄いと言っても他と比較しての話。

 まだ氷としては分厚いのでまだなかなか壊れはしない。

「もう一度!」

 手を振って痺れを取ると今度はより溜めを作り、同じ場所を殴りつける。
 すると今度は氷が砕け、氷壁に小さい穴が空く。

「おおっ! さすがダリル……んん?」

 このまま穴を広げていけばこの囲まれたところからは脱出できそうだと思った。
 するとバキンと大きな音が聞こえた。

 みると穴を中心としてヒビが氷壁の上の方に走っていく。
 地割れのような低く響く音がし始めて、リュードは嫌なものを感じた。

「ヤバいな……」

 リュードは振り返って剣を投げた。

「ダリル、走れ! ラスト、悪いが我慢してくれ!」

「わっ、わわっ!」

 リュードはラストを抱えて走り出し、大きく飛び上がった。
 直後、穴の上部の氷壁が轟音と共に砕けて落ちてくる。