「グルーウィンは聖教とは違う神を国教として信仰している国だ。一神教で自分たちの神以外を神と認めていない」

 広く色々な神がいるというのが一般的な考え方の中で、自分たちの神のみが神であるという考え方はかなり珍しい。
 グルーウィンはさらにそんな珍しい考えを国教にしている国なのである。

 国内における他宗教の活動を禁じていて、他宗教の聖職者は入国に特別の許可まで必要とされていた。
 積極的にケーフィス教と敵対はしていないけれども、手を取って仲良くする国じゃない。

「ダンジョン攻略するという名目があっても他宗教の布教が疑われるためにぞろぞろとケーフィス教の人間で乗り込むことはできないだろう。それどころか宗教的侵略行為だとみなされればグルーウィンとの戦争にだって発展しかねない」

「仮に神物という事情を話したとしても協力を得られるかは分からないな」

 協力を得られる確証もないのに神物のことを話すわけにはいかない。
 そうなると事情は隠して行うしかない。

 どの道グルーウィンでは助けを得られないのである。

「ということで大規模な攻略隊を編成することは出来なくなりました」

 神物のために戦争を起こすことは神も望まない。
 報告書の内容を読み上げたオルタンタスは深いため息をついた。

 どうしてこうも上手くいかないのか。
 一筋縄ではいかない攻略不可ダンジョンが一筋縄ではいかない国にある。

 楽なものなら神物もとっくに見つかっていただろうから楽でないことは分かっていたが、まず攻略する以前の問題があるとは予想外だった。

「たとえそうだとしてもだ。俺は行くぞ。ケーフィス教や聖教の者だと明かさねば良いのだろう? たった1人でも成し遂げてみせる。……それがテレサのためなら」

 ダリルは立ち上がった。
 攻略不可ダンジョンだろうが他宗教の地だろうが関係ない。

 テレサを助けるためならどこにだって行くし、何とだって戦う。
 燃えるような決意がダリルの目から窺える。

「待ちなさい」

「しかし!」

「テレサさんのためというならそのような無謀なことはおやめなさい!」

 このままでは本当に一人で行ってしまいそうなダリルをオルタンタスは優しく荒げたような感じはしないのに体の芯に響くような叱責で止める。

「彼女が起きた時にあなたがいなくて、誰より悲しむのはテレサさん本人です」

「うっ……」

 ダリルの扱いになれているオルタンタスの言葉にダリルは反論の余地もない。
 しっかりとクギを刺してダリルの暴走を早めに止めておく。
 
「もちろん私たちも指を咥えてみているつもりなんてありません。ちゃんと方法は考えてあります」

 難しいというだけで出来ないなどいうつもりはない。
 ケーフィス教として大規模に動こうとするからダメなのである。

 ならば大規模に動かねばいいのだ。

「人数を絞り、外部の協力者を招いて少数精鋭で挑みましょう」

 普通の攻略の範囲でならグルーウィンも不審には思わない。
 相手は攻略不可ダンジョンなのでそれなりの人数はいても大丈夫だろうし、神聖力を持った冒険者もいるので格好を普通にしていけばまず教会に所属する聖職者だとはバレない。

「外部の協力者……とは?」

「要するに冒険者ですよ。教会と関係の深く、信用ができる口の固い冒険者を一組知っています。教会の方も本殿に協力の申請をしています。そして……さらに私はあなた方にも協力をお願いしたいと考えております」

「俺たちにですか?」

 ここまで黙って聞いていたリュードたちにオルタンタスは視線を向けた。
 わざわざ報告をしてくれる必要もなく、厄介そうだなと他人事のように思っていたらオルタンタスの話が急に自分たちに向いてきて驚いてしまう。

「こうして関わったのも何かの縁。ダリルからも伺っておりますが優秀な冒険者であられるとか。それに私の勘が告げておるのです。あなた方の力が必要であると」

 リュードがぼかしたので追及はしなかったが、オルタンタスの勘はリュードが神と何かしらの繋がりや関係があることを感じさせた。
 聖職者ではないけれども、今回の件に関わるに相応しい人物はリュードなのではないかと思っていたのだ。

 ダリルの話がなくてもオルタンタスはリュードたちを引き入れるつもりだった。
 神が関わっていなくても縁はある。

 強い縁は強い運を引き寄せ、神の導きとなる。
 だからリュードたちをこの場に呼んでいたのである。

「もちろん報酬はお支払いいたしますし、他にも教会をご利用いただきます費用も一生割引かせていただきましょう」

 そこはタダでないのかとちょっとだけ思っちゃう。
 タダじゃないあたりちゃっかりしているものである。

「……俺はやりたいと思うけど二人もいいか?」

 いつもと違うリュードの聞き方だなとルフォンは思った。
 普段から二人にも意見は尋ねているが、今回はまずリュード自身がやりたいと意思表示をしてから二人にも同意を求めている。

 ケーフィスからのお願いだからという側面もあるけれど、やっぱりダリルとテレサの姿に胸打たれた部分は大きい。
 誰かを助けよう、あるいはダリルを助けようとしてテレサは眠りに落ちていて、今度はダリルが必死にテレサを助けようとしている。

 望まれるなら是非とも手伝いたいとリュードも思っていたのだ。

「もちろんやるよ」

「私も!」

 ルフォンとラストも同じ気持ちだった。
 互いを思いやるダリルとテレサには幸せになってほしい。

「みんな……ありがとう!」

 ダリルは目頭が熱くなる。
 リュードたちとの時間は長いとは言えない。

 けれどここまで旅をしてきてリュードたちが善良であり情に厚く、優しくて、心に熱いものを持っているものであることは分かっていた。
 手伝ってくれと言えば手伝ってくれることはなんとなく予想がついていたが、相手は攻略不可ダンジョンである。

 断ったって恥でもなんでもないことだ。
 ダリルだってテレサのことがなければそんなところに行きたいなんて思うはずもないのに、リュードたちはダリルのためという理由で行こうとしてくれている。

「うおおっ! 感動だ!」

 そこでしっとりとした雰囲気出しときゃいいのにダリルは感情を表に出してしまう。
 慣れたもんでルフォンは予想していたようにサッとミミを畳んで塞いで対策する。

「是非……是非感謝の抱擁を……」

「イラナイ」

「ヤダ」

「うおおおおん、リュードォ!」

「こっち来んな!」

 感極まったダリルが腕を広げるがその胸に自ら飛び込む者などいない。
 代わりにダリルがリュードに突撃していった。

 リュードも大概力自慢な方ではあるが、力自慢どころか怪力自慢なダリルの前ではレベルが違う。
 ガッと抱きしめられるとリュードですら脱出は困難である。

「ヘ、ヘルプ! やっぱ一緒に行くのやめる!」

「うおおおっ! お前さんがいてくれたら百人力だぁ!」

 またダリルが泣き出したなんてオルタンタスは一瞬ソワついたが、ある程度男泣きしたらダリルは装備を整えるために馴染みの武器屋に走って行ったので安心した。

「それではお願いしますね。ダンジョンも、ダリルも」

「ダリルさんについて勘弁してください……」

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