「中に入ってくれ」

 ダリルが中に入り、リュードたちを招き入れる。
 元より大きな部屋だが中は物が少ないために広く感じる。

 部屋の隅には大きなベッドが置いてあって一人の女性が寝ていた。
 鮮やかなブロンドの髪をした美しい女性が小さく寝息を立てている。

 よくみなきゃ呼吸をしているのもわからないぐらいで、まさしく死んだように眠っていた。

「こちらがテレサだ。この人が……みんなに紹介したかった人だ」

 ダリルの声がわずかに震えていた。
 一心にテレサの顔を見つめるダリルが何を思っているのか、リュードたちにその内心を押しはかることはできない。

「この人が、例の?」

「そうだ。私が以前に助けてほしいと言った聖者だ」

 ドワガルでダンテから聞いた助けてほしい聖者というのがテレサのことであった。
 そしてケーフィス本人、本神も助けてほしいと言った人でもある。

「すまないな、寝ていて。今テレサは長い睡眠と短い目覚めを繰り返している。段々と眠っている時間が長くなってきていてな。起きている時間はそれほど長くはないのだ」

「……彼女のことを助けてほしいというのは分かった。そういえばどうしてこうなったのか聞いてなかったけど聞いても?」

「そうだな。少しだけ聞いてもらおうか。聖国は綺麗事だけで成り立っているのではない」
  
 聖国ケーフィランドは他国と同様に生産活動も行い国としての収入を得ている。
 ただそれだけではなく、聖職者が集まり宗教が主導する国家として他国にはないこともやっていた。

 その一つが傭兵業である。
 そう聞くと聞こえは悪く思えるかもしれないが、兵士というよりも聖職者の大規模派遣である。

 主な派遣先は戦争ではなく魔物との大きな戦闘にである。
 冒険者やあるいは兵士が魔物と戦うのに付き物なのはケガだ。

 国内の教会などに依頼して聖職者を派遣してもらうことが基本なのであるけれど、魔物の規模や強さ、あるいは国内の聖職者の状況によっては十分な聖職者を用意できないこともある。
 そういう時は聖国から聖職者を傭兵として派遣するのである。

「聖職者の力は大きいもんな」

 それぞれの国に置かれている教会支部がやっていることのデカい版である。
 実は疾風の剣にいたユリディカも元は教会所属の聖職者なのだけど、今は教会を離れて完全に冒険者としてやっているという話を聞いた。

 ユリディカは教会支部からの小規模パーティーへの派遣だったのだが、国などの大規模集団への派遣業が聖国の収益の一端を支えているのだ。
 基本は戦争には派遣しないけれども、時に不当なだと思われる戦争や宗教への弾圧などにも派遣されることはある。

「そうしたら派遣に出されるのは聖者や、俺のような使徒も例外ではない」

 使徒であるダリルや聖者であるテレサも大きな戦力として派遣されることは当然にあり得るものだった。
 
「事件が起きたのはそんな派遣先でのことだった。ある時にある小国から救援の要請が飛んできた。モンスターパニックにより自国だけでの処理が難しく聖国の聖職者にも協力を要請したいとのことだった」
 
 “困っている人がいるなら私が参りましょう”

 話を聞くにその小国の有様は酷そうだった。
 誰もが派遣されることを嫌がる中で小国の危機に立ち上がったのがテレサであった。

 神に愛されし者であるテレサは特に信仰深く、かつ人々の救済に対しても熱心であった。
 魔物に困っている人がいれば積極的に前に立ち、人々を導くまさしく聖なる人だった。

 聖者や使徒は単独では行動しないでペアで動くのだが、テレサとペアで動いていたのがダリルだった。
 その時もテレサが行くならダリルも向かうことになり、その他大勢の聖職者を伴って小国に向かった。

「モンスターパニックってなに?」

「モンスターパニックってのは魔物の大量発生のことを表す言葉だよ。原因はわかんないれど突如として魔物が大量に現れることを言うんだ」

 ルフォンの質問にリュードが答える。
 小さい国ではモンスターの大量発生に対処するのも難しく利害関係にとらわれず救助をしてくれる聖国に助けを求めたのだろう。

 多くの場合魔物は一所にじっとしているものじゃない。
 大量の魔物が発生したということは魔物の大移動も発生するので甚大な被害が出る。

 事前に予兆なんかがあってモンスターパニックに対処できることもあるが、この事案については運が悪かった。
 小国の国境付近で発生したとみられるモンスターパニックら誰にも気づかれずに発生して、気づいた時にはもう大量の魔物が発生していたのだ。

「大都市から離れていた近隣の小さな村では逃げることも叶わず魔物の波に飲み込まれた。モンスターパニックに気がついたのは比較的大きめな町に魔物が近づいてきてようやくのことであったそうだ」

 今回の大量発生した魔物の種類はゴブリンだった。
 これもまた人の油断を誘ったのだ。

 見たこともないほどの規模の群れなのに所詮はゴブリンだと舐めてかかってしまって対応が遅れた。
 進化種であるホブゴブリンや魔法を習得したゴブリンメイジなんて魔物も群れにいたのに、ただのゴブリンの群れだと思い込んで依頼を受けた冒険者たちは誰一人帰ってこなかった。

 事の重大さに気づいて大騒ぎになった時には比較的大きな町もすでに滅んでいた。
 いくつかの町を放棄して火を放ち時間稼ぎをした。