「教会……お城みたいだね」

 城壁が白いので神々しさはある。
 ただ見た目の作りは完全にお城に見えるのはリュードだけではない。

 ルフォンもちお城のようだと感じていた。

「それも間違ってはいないのだ。元々はお城だったからな」

 ダリルは笑顔を浮かべる。
 ルフォンの感想も間違っているものではなく、建物としては城でいいのだ。
 
「ただ機能としては城ではなく教会や神殿となる、という話だ」

 ダリルの答えにリュードは少し首を傾げた。
 向かっているのは話に上がっている城の教会であるが、まだ着くまでに時間がかかりそう。

「城だけど城じゃなくて、だけど城ってどういうことだ?」

「すまない。少し言い方が悪かったな」

 ダリルはリュードの疑問に答えてくれた。
 聖国は信者が寄り集まって出来た国とかそのような起こりの国でなく、元々別の国であった。

 はるか昔にこの地には普通に別の国があったのだ。
 しかしある時その国の王の様子がおかしくなり始めてしまい、今では狂王と呼ばれるほどに狂ってしまった。

 気に入らない者は殺し、民を権力と恐怖で支配して世は荒れに荒れた。
 そんな民がすがったのが宗教だったのである。

 神に祈りを捧げ、辛くて死に怯える日々をどうにか乗り切っていた。
 荒れた状況に声を上げたのが当時の聖者と使徒だった。

 皮肉にも圧政のせいで広まっていた宗教が狂王の首を絞めた。
 小さな民の力でも一つの目的の下に団結すれば大きな力となる。

 白い都市が赤く染まるほどの戦いを乗り越えて民は勝利を勝ち取った。
 
「当時からこの都市は白かったと言われている」

 真っ白で汚れのない姿が王を狂わせたのだと人々は言い始めた。
 なのでもう二度と狂う王が出ないように、そして戦争の立役者でもあった聖教に感謝を示すためにもこの地は王ではなく宗教が治めることになった。

「こうして狂うことのない清らかで真っ直ぐな心を持つ聖職者が、一人ではなく聖教複数の指導者の下で舵取りをする聖国が生まれたのだ」

 真っ白なお城は宗教関係が集まる施設として利用されることになり、国の中心でありながら人々が祈りに訪れる教会ともなった。
 今でもお城では狂王や狂王に殺された人、あるいは国を解放するための戦いで命を落とした人のために祈りが捧げられている。

 白銀城とも呼ばれているが、この国の人にとっては大神殿と言った方が馴染みが深い。
 だから城であるけれど今は教会として使われているという話なのであった。
 
「悲しい歴史を背負ってるんだな」

 美しいと思える城にも凄惨な過去がある。
 それでも城に罪はないので破壊せずにそのまま利用して狂王より後に城のせいで狂った人は出ていない。

「あっ、おかえりなさいませ、ダリル様!」

「デーネ、久しぶりだな」

 そんな話を聞きながら歩いていると大神殿に着いた。
 大きな城の入り口の門は祈りを捧げる人のために開かれている。

 単神ではなく聖教全体、つまりは複数の神様がまつられてあるために入り口には案内所が設けられている。
 どの神様に祈りを捧げたいのかで城のどこに向かうのか違うのである。
 
 案内所にいる白い神官服の若い男性がダリルに気づいた。

「テレサはどうだ?」

「今はまだ眠ってらっしゃいます。お目覚めになられたのはだいぶ前のことですのでまたそろそろお目覚めになられる時だと思います」

「そうか……リュード、是非紹介したい人がいる。ここに来るまでに疲れているかもしれないがもう少し付き合ってくれ」

 デーネとの会話でダリルは少し寂しそうに笑った。

「ここまで来たんだ、もちろんさ」

「ありがとう」

「デーネ、私の名前で1番良い宿を取っておいてくれ。こちらは大事なお客さまだからな」

「承知いたしました。お任せください!」

 デーネが頭を大きく下げて走って立ち去る。

「それでは行こう」

 城の中は思っていたよりもしっかりと教会や神殿ぽくなっていた。
 それは狂王を倒す過程で城の内部は大きく破損したために城を再利用するのにガッツリ構造も変えて修繕したためだった。

 その後も細かな改築を繰り返して一階の教会部分はもはや当初の城の作りは全く見られないほどになっている。
 
「城の一階部分は誰でも入れる教会や神殿となっている。だが向かうのはここではない」

 ダリルが向かったのは城の上層階であった。
 上の階も修繕改築を重ねているけど、下の階に比べるとまだ以前の城の感じを残している。

 上層階は一般の人は立ち入り禁止となっていて、聖職者たちの居住スペースとして利用されていた。
 外に住居を持つものもいるが、結構な数の聖職者が城の中に寝泊まりしている形となっている。
 
 居住スペースにもさらに分類があり、城の上に行くほど聖職者として高位の者が住んでいる。
 ここまで来ると単に部屋だけでなく仕事をするための執務室やなんかまで与えられるのだが、そんな階層までダリルは上がってきた。

「……綺麗だな」

「うん、綺麗な町だね」

 ふと窓の外を見るとケラフィスが一望できた。
 城そのものが小高くなっている上に城のかなり高いところまで来たから町を見下ろせた。

「美しさが人を狂わせる……か」

 ふと先ほどダリルにされた狂った王の話を思い出す。
 なぜ王が狂ったかなどリュードには分からないけれども白い町並みは確かに美しさを感じさせていた。

「ここだ」

 テレサ・キュルキュと表札のかけられた部屋の前でダリルは立ち止まった。
 一呼吸置いて、やや控えめにドアをノックする。

「はーい、どちら様ですか?」

「私だ、ダリルだ」

「ダリル様! ああ、ご無事でいらしたんですね!」

 ドアが勢いよく開いて中から女の子が飛び出してきた。
 ラストよりも幼いと言えそうなそばかす顔の栗色の髪の女の子である。

「ムシュカ、長いこと留守にしてすまないな。君も元気そうで何よりだ」

 てっきりこの子がテレサかと思ったが違った。
 テレサと書かれた部屋から出てきたのだからリュードの勘違いも当然である。

 テレサではなくテレサの身の回りの世話をしている聖職者見習いのムシュカという子であった。