ドワガルは火山の根元にある。
 現在はほとんど活動していないような休止状態にあるけれど、その活動の痕跡は面白い形でも見られる。

 それは温泉である。
 火山によって温められた温泉がドワガルでは湧き出ているのだ。

 日頃鍛冶仕事にも邁進するドワーフはよく汗もかくのでお風呂が好きであった。
 そしてもう一つ面白いのが温泉におけるルールがある。

 ルールというか、禁止事項みたいなものがある。
 温泉では飲酒禁止と定められているのだった。

 お風呂に静かに入りたいものもいるしお風呂で酔っ払うのは危険、しかもお風呂で酒盛りを始めたら長湯になって他の人が入れないなどの理由からそのようなルールが定められている。
 もちろん個人宅に温泉を引いて入る分には飲酒も自由だ。

「あれは温泉のマークだ。入浴施設ってことだな」

「そうなんだ……」

 これまでリュードたちは温泉があるだなんて知らなかった。
 町中に変なマークのお店があるなと思っていたけどそれが温泉、公衆浴場だとは思いもしなかった。

 たまたま酔い潰れて寝ていたドゥルビョを起こした時にそのことを教えてもらった。
 リュードたちが外の人なのでお風呂を好まないと思ってドワーフたちもそんなに勧めることもなかったのである。

「行ってみるか?」

「いいのか?」

「ああ、もちろんだとも」

 ドゥルビョに温泉に誘われたリュードは目の色を変えた。
 二つ返事で一緒に行くことにして、ルフォンたちと温泉に行くことになった。

 ルフォンなんかはハチにゲロられたので特にお風呂に入りたかった。
 リュードも温泉に入れると聞いてテンションが高い。

「割とちゃんとしてるな」

 女湯と男湯で入口で分かれる。
 当然温泉なのでリュードもドゥルビョも脱いで裸になる。

 見た目からずんぐりむっくりしているドワーフだけれども、ドゥルビョの体を見て分かったのはただ手足が短くてそう見えているだけで実際体がだらしないことはなかった。
 そうした着膨れして見えるようなファッションも見た目に結構影響している。

「おぉ〜!」

 水に強い木を加工して作った浴場は広く、まだ昼間なために他のドワーフは少ない。
 源泉掛け流しの温泉では白濁したような濁り湯とやや琥珀っぽい色に見えるお湯の二つのお湯があった。

 ドワーフそのものが熱に強いのでお湯の温度はやや高めになっているが、体に染み渡るような熱さがリュードにとってはまた良い。
 リュードはまず体を洗い、それから湯船に入る。

 ドワーフ用に作られているために浴槽はリュードにとってはやや底が浅い。
 けれど熱ければ上半身を出して入れるし、寝転がるようにして全身を浸からせることもできるのでむしろいい感じですらある。

 広さそのものはかなり広めなので足を伸ばして入っても問題は全くない。

「あぁ〜!」

「慣れておるな」

 ドゥルビョが感心したように呟く。
 温泉に行くと言って石鹸やタオルを準備してきたので知っているのかと思っていたけれど、リュードが思っていたよりお風呂慣れをしていて驚いた。

 ドゥルビョが視線を少し動かすとそちらには他の冒険者たちもいる。
 たまたま近くにいたので温泉に誘ってみた。

「最初からお湯に入るな!」

 冒険者たちはリザーセツも含めて他のドワーフに温泉の作法を習っている。
 そのままお湯に浸かろうとして怒られたのだ。

 国や地域によっては入浴文化が根付いてるところもあるけど、お風呂に入るまでいかないところも多い。
 特に自分の住宅を持たないような冒険者だとお風呂付きの家なんて経験もない。

 せいぜい水浴びか体を拭くぐらい。
 あとは魔法で綺麗に保つこともできるので知らなきゃお風呂なんて知らないままの人だっているのだ。

 そんな中でもリュードはササっと準備をして怒られることなく温泉を楽しんでいる。

「俺がいたところにはお風呂の文化があったからな」

 流石にここにシャワーはないのでお風呂文化的に見るとリュードの村の方が遥かに先を行っている。
 欲を言えばシャワーも欲しい。

 これぐらいお風呂に入る文化があるならシャワーを教えればドワーフの技術的探究心を持ってシャワーを広めて、改良してくれるかもしれないなんて思った。

「ふぅ……それでリュード」

「なんですか?」

「俺はお前に負けた。お前は正面から俺と戦い、勝ったのだ。俺はお前のことを信頼しよう」

 お酒が強いだけじゃない。
 最後までリュードは正々堂々と戦った。

 誤魔化したりすることもなく常にドゥルビョと並々と酒を注がれたコップを前にしていた。
 さらに裸の付き合いにもこうして来てくれた。

 今時裸の付き合い嫌がる者もいるが、リュードは嫌な顔ひとつしなかった。
 これは単にリュードが風呂好きで風呂に入れることの方が嬉しかったからだけど、ドゥルビョはリュードに男気を勝手に感じて感動していた。

「他の奴らがどうしてお前さんのところに集まるのかよく分かったよ」

 周りのものがリュードを尊敬し好意を持っているのがよく分かった。
 他種族にもこのような者がいる。

 ドゥルビョは自分の凝り固まった価値観に起こったわずかな変化を受け入れた。
 そしてリュードを信頼しようと思った。

 魔物は信頼できない。
 だけど信頼するリュードが信頼するなら、少しは信頼してみようとドゥルビョは思った。

 少なくともリュードのことは信じる。

「誰も成し得ていないことを成し得ていないからと拒否しては誰もなし得なくなってしまう。成し得られないようなことを成し得るためには周りも受け入れることが必要だ。俺たちはこれまで話し合いと言ってなさねばならぬことから目を逸らしてきた。
 その結果自分たちで自分たちを助けることもできず、だからといって外にも助けを求められんくず鉄になってしまった。だから変わらねばならない。そんな時が来たんだ」

 今では頭が固いドゥルビョだが、三鎚と呼ばれまでに腕を磨く過程では新たなものに挑戦して他の考えを受け入れることもしていた。
 いつの間にこんなに変化を受け入れなくなったのか。

 そんな何もかも拒否するようなドワーフではなかったのにと目を閉じる。
 堂々と変化を叫び危険があるにも関わらず外に出て冒険者を募り、討伐にもついていくデルデに思うところがあった。

 なんだかんだと言い訳して話し合いに終始する自分自分に嫌気がさして、苛立ちを覚えていた。

「お前さんに会えたことはアダマンタイトの鉱脈を見つけたかのようだ」

 ドワーフが変化する第一歩としてはやや過激すぎる気がしなくもないが、止まれないほどの大きな変化じゃなければまた止まってしまう可能性がある。
 この変化を受け入れられれば、ドワーフは変われる。

 変わることがいいのかはドゥルビョに分からないけど変わってみなければ何が起こるか分からない。

「だから任せておけ。俺が他の二人も説得してみせるから」

 心強い味方ができた。
 ドンと自分の胸を叩いて任せておけと言うドゥルビョの目には熱いやる気が燃えていた。

 これならハチを受け入れてもらえるかもしれない。
 そんな予感がリュードにはしていた。

「いい湯だな」

「そうだろう?」