「まだ終わらないのか? いいぜ、とことんやろうか」

 ハチは起き上がった。
 リュードの一発だって決して軽くない。

 一撃で仕留められなかったことに焦りを感じながらもリュードは余裕であるかのように装う。
 倒せなかったけれど一発くらわせたのだ、チャンスはあるはずだと痛む体をおして腕を上げて構える。

「ふっ!」

 ハチはリュードに接近した。
 けれど最初のような目にも止まらない速さは出ていなかった。

 ハチの拳がリュードの頬に当たり、リュードの拳がハチの腹に当たる。
 ハチの蹴りがリュードの脇腹に当たり、リュードの蹴りがハチの脇腹に当たる。

 まだハチは速かったが強化をもらい、完全に先読みに成功しているリュードは攻撃を食らう覚悟で反撃を繰り出していた。
 一発食らえば一発返す相打ち覚悟の殴り合い。

 リュードの拳がハチの顔を殴り、ハチの拳がリュードの顔を殴る。

「笑ってるね……」

「うん……笑ってるね」

 その上リュードは笑っていた。
 魔人族の本能と言えるだろうか。

 より強い相手とのぎりぎりの勝負。
 頭の芯はどこか冷静なのに体は熱くどこまでも戦っていけそうな高揚感で熱くなっている。

 こんな状況なのに、こんな状況を楽しんでいる自分がいる。
 リュードが一発食らうと一発返すやり取りが、やがてリュードが一発いれて一発返されるに変わり、そしてリュードが二発入れて一発返されるとなる。

「均衡が破れていく……」

 なんとも原始的で破壊的な戦い方。
 黒き竜人族は笑みを浮かべて拳を振り抜き、ハチはだんだんと力強さを失っていく。

「終わりだ!」

 ハチの拳がリュードの頬をかすめて、リュードの拳がハチの顔面にまともに入った。
 もはやハチの方が限界を迎えていた。

「なんという戦いなんだ……」
 
 ハチはゴロゴロと後ろに転がる。
 他の冒険者のみんなもリュードが殴り合いをしている間に鉱山から出てきていた。

 ハチはグッタリと倒れ込んだまま動かない。
 肩で息をするリュードがハチに近づく。

 剣がないのでしょうがない、爪に魔力を込める。
 ハチはそんなに固くないので爪による攻撃でも十分にトドメがさせる。

 ハチは絶望したようにリュードを見上げる。

「……も、もうやだー!」

 リュードが爪を振り下ろそうとしたその瞬間、ハチは滝ような涙を流し始めた。

「は、はぁっ?」

 リュードは突如泣き出したハチに動揺する。
 ハチは体を地面に投げ出して駄々っ子のようにジタバタと暴れる。

「リューちゃん危ない!」

「しまっ……」

 リュードが怯んだ隙をついて大キラービーがリュードとハチの間に割り込んだ。
 他のキラービーも集まり、ハチを守る壁のように立ちはだかる。

 リュードのダメージや疲労も決して軽くない。
 この数のキラービーに襲われたらひとたまりもない。

「…………なぜ」

 しかし、キラービーたちはただ立ちはだかるだけでリュードを襲わなかった。
 リュードは呆気にとられてハチたちを見る。

「なんで! どうしてぇ! ただお家探してただけなのにぃ!」

 立ちはだかる大キラービーの後ろでハチは泣き続ける。
 子供もドン引きなぐらいわんわんと泣いていてリュードが悪者のようだ。

「何で私ばっかりこんな目に!」

 大キラービーがハチに寄り添う。
 チラリと大キラービーに視線を向けられて、そこに非難の意図が混じっているように感じられた。

「ぶぇーん! 分かったよぅ……降参する。降参するから殺さないでぇ〜!」

「なんなんだよ……」

 弱いものイジメは趣味じゃない。
 このまま倒しては非常に後味が悪すぎる。

 それに飲み込めないことが多い。
 リュードは爪に込めた魔力を引っ込める。

「リューちゃん!」

「リュード!」

 ルフォンとラストが駆けつける。
 キラービーが割り込み、いきなり動かなくなったリュードを心配したのである。

 ただキラービーもリュードも特に問題はなさそうなのに戦わないし二人も不思議そうな顔をしている。

「女性を泣かせるのは感心しないな、リュード」

「えっ、俺?」

 そこにダリルもやってきた。
 すでに戦意を失った相手を追い詰めるような行為は良くない。

 ダリルから見てキラービーの統制は取れているし、大キラービーやハチからは敵意が全く感じられなくなった。

「だからってどうしろと?」

「分かっているだろう?」

「……はぁ」

 リュードの方もかなり戦う気は削がれた。
 パーティーのメンバーに肩を借りてゆっくりと歩いてくるリザーセツを見る。

 冒険者なリザーセツは魔物に同情はしても、それで剣を鈍らせるわけにはいかないのでダリルの意見には賛成できない。
 けれどリュードと視線があったリザーセツは困ったように笑ってうなずいた。

 今回ハチを追い詰めてこの状況を作り出したのはリュードだ。
 どんな選択でもリュードの好きにするといい。

 そうした意味を込めていた。
 大泣きする美少女風魔物とそんな魔物を圧倒して今も警戒を解かない魔物よりも魔物っぽい竜人化したリュード。
 
 いつの世も顔が良いってのは得をするもので野郎の視線がリュードに痛く突き刺さっている気がした。

「話が通じるようなら少し話そうか。まずはそのデカいキラービー以外を鉱山に戻すんだ」

「……分かった。みんな、大丈夫だから」

 キラービーたちがハチの命令に従って鉱山に戻っていく。
 残されたのは大キラービーだけ。

「いいか、攻撃したり逃げようとしたら殺す。質問に答えなかったり誤魔化そうとしても同じだ」

「……はい」

 ハチだけでなく大キラービーもうなずく。
 ハチは寝転がるのをやめてリュードの前に正座する。

「どうして鉱山を占領した?」

「棲む……お家が欲しかったんです」

「お家……さっきもそう言ってたな」

 普通に言葉が通じる。
 想像よりもハチの知能は高く、人に近い人化をしているようだ。