「そ、それ何?」

 リュードが満面の笑みを浮かべている。
 身近にハチミツなんてものがなかったのでルフォンたちはハチミツと聞いてもそれがなんなのか分からない。

 デルデは蜂蜜酒なんてものを知っているので多少は知っているが、ハチミツそのものを見るのは初めてだ。
 リュードが食べて美味しいなら信用もできる。

 甘いと言っていたハチミツがどんな味なのかルフォンも興味津々である。

「ほれ、舐めてみ?」

 もう一口とハチミツを掬っていたリュードがちょっと気分が良くなってそのまま自分のハチミツのついた指を差し出した。
 なんというか冗談みたいなもので軽い気持ちだった。

「ハム……んっ、甘い!」

「ル……」

 しかしルフォンはなんの躊躇いもなくリュードの指をパクリと咥えた。
 少しざらりとした舌がリュードの指先を舐めてハチミツがあっという間になくなる。

 すぐにルフォンの口の中に甘さが広がり、もう少しハチミツの甘さを探してリュードの指をまた舐める。
 果物のような香りがありながら強い甘さがあり、でも果物や砂糖とは違う。

 ほんの一瞬リュードの指だから甘いのかな? なんて思ったけどリュードの指は流石に甘くなかった。

「ルフォン……」

「ハチミツって……甘いんだね」

 リュードは顏を赤くした。
 甘いのはお前さんたちじゃないかとデルデは小さくため息をついた。

 ふと別れた奧さんを思い出す。
 人前であんなことをできるぐらいだったら今でも別れることなく続いていただろうか。

 いや、あんな真似できるわけがないと首を振る。

「むっ……リュード! アーン!」

 ちょっと不機嫌そうな顏をしてラストがリュードに迫る。
 ラストもハチミツが食べたいことは分かるがその要求の仕方はどうだろうか。

 口に流し込めばいいのではないことはリュードにもちゃんと分かっている。

「ラ、ラスト?」

「ルフォンにして、私には出來ないっての?」

 ラストはルフォンと同じ食べさせ方をしろと言うのだ。

「う……じゃあ、分かったよ」

「ダメ」

「どうした?」

 ハチミツを掬おうとしたリュードの手をラストが止める。

「こっちの手で取って」

 そのままやられるとルフォンと間接キスになる。
 逆の手でやりなさいと言われて困惑しながらラストの言う通りにする。

「あむ」

 ハチミツを掬った手をラストはガッチリと押さえて指を咥える。
 一瞬そのまま噛みちぎられるのではないかと恐怖すらリュードは覚えた。

 ちょっとルフォンより激しく舐める。
 口の中のことなのでルフォンがどうしていたかは見えないし、ラストがどうしているかも見えない。

 少しくすぐったさがあって背中がむずむずとする。

「うん、甘い……ね」

 チュッと音を立てて指から口を離すラストは少し頬を赤くしている。
 よく分からない対抗心でよく分からず変なことをしてしまった。

 真っ赤になったラストはもはやハチミツの味なんてわかっていなかった。
 ルフォンの舌はざらりとしたような感触だけどラストの舌は滑らかでそれぞれに異なっていた。
 
 女の子に指を舐められるなんて経験したこともないリュードは妙なドキドキ感に襲われていた。
 ただしそんなことをしているのはハチミツを売ってくれた露店の前である。
 
 商人の男は目の前で繰り広げられる艶かしい行いに顏を赤らめていた。
 後に恋人に指につけたハチミツを食べさせるイチャつきが男女の間で流行することになるのだけど、それをリュードたちは知る由もなかった。

「バカモン! ワシはいらんぞ!」

 この流れはもしかしてデルデも、なんてリュードが恐る恐る視線を向けたがもちろんそんな行為するはずがない。
 男の指を舐めるなんてゴメンだ。

「ま、まあ二人にも一本ずつあげるから気に入ったなら好きに食べてよ」

「ありがとう、リューちゃん!」

「うふふ、指は貸してくれないの?」

「顏赤くして何言ってんだよ」

「これでお果子作ったら美味しいかな?」

 ちょっとしたイチャつきで二人はかなりの上機嫌になっている。
 そしてリュードは両手の人差し指を伸ばしたままという変な手の形のまま買い物を続けることとなったのであった。

「くぅ……甘いのはハチミツだけじゃなかった……」

 売りつけるのには成功してハチミツは売れたが、なんだかひどく負けた気がした商人の男だった。