「お前の体が良かった」

「くっ……!」

 デルゼウズはそのままリュードの拳を掴む。
 とんでもなく力が強くて手を引くことができない。

 むしろデルゼウズがリュードの手を引き寄せていく。
 抵抗しようと体に力を入れるとリュードの方がデルゼウズに近づいてしまう。

「もうこの体に入った以上どうしようもないのだがな」

 デルゼウズはリュードの頬を殴りつけた。
 トーイの体とは思えない力で視界が揺れてぶっ飛んだリュードは血と死体が溜まっていた窪みに転がり落ちる。
 
「むむ? この程度で壊れてしまうのか。なんと軟弱な体だ……」

 トーイの体はとても丈夫とはいえない。
 リュードを殴りつけただけなのに右手の指は折れ、ひしゃげてしまっていた。

 トーイの体にはとても耐えられないパワーでリュードを殴りつけたのであった。
 たった一発にも耐えられないとは、とデルゼウズは深いため息をついた。

 あのツノの生えた男の方だったら少しはマシだったろうにと思わずにはいられない。
 デルゼウズが魔力を手に集める。

 黒い魔力に包まれてトーイの手が治っていく。

「ん? やはり、惜しいことをしたものだ」

 まずい、非常にまずいとリュードは殴られてぼんやりする頭で思った。
 どうしたらいいのかも分からない。
 
 事態を収拾する方法も、トーイを助ける方法も分からない。
 ただあの大悪魔デルゼウズを、人の命をなんとも思っていない悪をこのままにしておくのはダメだと思った。
 
 本能が叫んでいる、アイツを止めろと。

「仕方ないか……」
 
 本当は機会を見て脱出する時にやるつもりだった。
 しかし中々良い機会に恵まれず、ここまでズルズルと来ることになってしまった。

 リュードは首輪と首の間に無理やり両手を突っ込む。
 仮にそれで引っ張り回したところで首輪が取れないことは分かっている。

 その状態でリュードは魔人化をし始めた。
 魔人化は魔法であり、魔法ではない。

 はるか昔、竜人族が生まれた頃ならまだ魔法だったかもしれない。
 けれど今となっては魔人化は魔人族の体質である。

 魔法を防ぐ効果のある首輪では魔人化を止めることはできない。
 体の筋肉が大きくなっていく感覚。

 全身が熱を持ったように熱くなり、鱗が生えて体が変わっていく。
 首も太くなり、指まで差し込んでキツキツになった首輪が喉に食い込んでいく。

「ぐぅ……かっ……はああああっ!」

 それでもリュードは魔人化をやめない。
 喉が締まり苦しくても、歯を食いしばり、むしろ手に力を入れる。

 首輪がミシミシと音を立てる。
 魔人化が終わりかけても喉は締まり続け、ダメかと思った瞬間、首輪がバキリと音を立てて壊れた。

 魔人化の膨張に耐えられず首輪が壊れて外れたのである。
 抑えられていた魔力が溢れ出し、全身を包み込む。
 
 リュードは首輪を投げ捨てて、窪みの底から飛び上がる。
 黒い鱗に包まれた、漆黒の美しい竜を思わせる姿のリュードがデルゼウズを睨みつけた。