「ちょうど良かったんでしょうね」

 時に逃げ込むため、時に防御に使うため、時にゲリラ線のような攻撃を繰り広げるため。
 倉庫にしたり有事の移動に使ったりとするために地下は掘り広げられた。

 丁寧に掘られたり雑に掘られたりと違いがあるのも掘った人や時の状況によって様々だからである。
 入り口が複数あるのも当然で、町中からこの地下に道が伸びている。

 そのうちに争いを止めてこのマヤノブッカはどの国にも属さない空白の地帯とすることで停戦は合意に至った。
 今では管理するものもおらず、全容を把握しているものもいない。

 長いこと続いた戦争が生み出した人工の迷宮とも言えるのがマヤノブッカの地下である。

「なるほどな……」

「この大会はその地下をどうにか利用しているみたいですね」

 自然と人工が入り混じる不思議な洞窟の理由が分かった。
 道の広さも切り出し方も異なっていた悲しい理由を聞いてリュードも納得する。
 
「説明してくれてありがと。それにしてもよく知ってるな」

「……私は学者なんです。昔から運動が苦手で、本を読むのが好きで、それなりに頭も良かったので学者になりました」

「学者か……」

 リュードもそうした方面での生活を考えたこともある。
 前世の知識を活用すれば新たな発見や億万長者になれるような発明もできる気がしていた。

 知識欲もあるし、この世界の不思議は結構面白いものも多い。
 だけどやっぱり世界を見て旅してみたかった。

 もっと歳を取って動くのが大変になったらそんな生活を目指してもいいかもしれないなんて考えていた。

「ですが頭が良いだけでは中々上手くいきませんね」

 この世界において、前の世界と違う特殊な事情が一つある。
 魔物が存在している世界であるということだ。

 これが人の価値観を大きく固定する要因になってしまっている。
 魔人族ほどでなくても、真人族の間でも強い者が偉い、上であるという感じを出してしまう。

 魔物の脅威や未だに国家間での戦争があり得るために仕方ないのだ。
 武力や個人の強さは必要で、自分の身を守れるぐらいはできなければならない。

 よほど病気とか先天的な疾患でもない限りは戦えないことは恥ずべきことだと考えられてしまうのだ。
 いつ側に魔物が、敵国の人間が現れるか分からない以上はそのような価値観もしょうがないのである。

 ただだいぶ平和な世の中にはなってきたので、そう遠くない将来学者などの知識人の地位も向上していくのではないかとリュードは思っている。
 守る人も必要だけど発展させる人も必要になってくるのだから。

「まあそう言うなよ。考える人がいなくなると世界はただ野蛮になっていくだろ。トーイのような学者も必要だ」

 是非ともリュードが腰を据えて学者の道に進みたいと思った時にもっと学者が重宝される時代になっていて欲しいものである。

「…………そのように答えてくださる人は少ないです」

「俺たちは魔物じゃない。考えて、戦わずに発展して生きていくことができる。目にはその活躍は映らないかもしれないが、その発展には多くの学者たちの努力があるんだ。体を鍛えて人を守るのと同じく知識を守っているんだよ」

 何がなんでも力だけの世界になれば人は野蛮になるしかない。
 地位が低くとも学者などの知識で戦う人も必要なのである。

「ぐすっ……すごいですね、リュードさんは」

「俺がか? まあ……すごい奴だと自分でも思うよ」

 冗談めかして笑う。
 後ろでトーイが涙を流しているのを感じたからあえておちゃらけてみた。

 実際のところ一般的な基準で見て、贔屓目なしにしても自分のことはすごい人だと思える。
 でもトーイだって、他の人だって、この世界で生きていくのは結構大変だからみんなすごいともリュードは思う。

「ぐすっ……だからいざとなったら私のことは見捨ててください……」

「トーイ?」

「……もう何日経ったか分かりませんが相当な日数が経ちました。リュードさんぐらいすごい人なら探してくれる人もいるでしょう。ですが私の婚約者はきっと……。ここまで運よく生き残れましたがこの先も戦いが続くはずです。私ではおそらく残ることは出来ません。いや、この洞窟の中から出ることも難しい、そう思います」

 無駄な期待をして心が疲れてしまうなら、ミュリウォには新たな人生を歩んでいってほしい。
 トーイはすっかり悲観的になっていた。

「だからいざという時は私のことを……」

「諦めるなよ」

 立ち止まってリュードが振り返る。
 慌てて涙を拭うがリュードにはバレバレだ。

「諦めたらどれだけ可能性があっても、どれほど希望があっても全部ダメになってしまう。婚約者がお前を諦めたからなんだ? どうしてトーイがそれで生きることを諦めなきゃいけない?」

 探すことを諦めて新しい人生を歩んでいたらたしかにショックかもしれない。
 けれどだからといってここで生きることを諦める理由にはなり得ない。

「まだ婚約者が諦めたとも決まっていないだろう。生きて確かめろよ。婚約者を死ぬ理由にしちゃ、ダメだ」

「リュード、さん……」

 トーイは恥ずかしいと思った。
 こんなに助けてもらったのに婚約者に見捨てられたこんな命に価値がないと勝手に思い込んでいた。

 自分よりも若いリュードは必死に足掻いている。
 諦めないで前を向いている。

 なのにメソメソとすぐに諦めて、愚痴をこぼして、体だけでなく心まで弱い人になってしまっていた。
 せっかく助けてもらった命なのだ、最後まで足掻いたっていいだろう。

 例え婚約者に捨てられても死ぬわけじゃないという言葉がトーイの中にこだまする。
 トーイは思い切り鼻をすすり腕で涙を拭う。