「運が良かったんです……」

 実際にトーイに隠された実力などない。
 とんでもなく幸運が続いている男なのだ。

 こんな状況にある時点で幸運とは言えないかもしれないが、死を避けられる運はあったみたいである。
 トーイはあんな高いところに至るまでの経緯をポツリポツリと話し出した。
 
「僕に与えられたのは重たいハンマーでした」

 部屋から出たくはなかったのだが、石を集めなきゃいけないし食料も遠慮なく食べたのでなくなってしまった。
 なんとか肩に担ぐようにしてハンマーを持ってそろりと移動を開始したトーイだったが、その決心まではかなりの時間を要していた。

 ビクビクと怯えながら歩んでいたのだがトーイはとうとう他の人に見つかってしまった。
 しかし幸運なトーイは見つかっても襲われなかった。

 奴隷たちは数人が集まっていて簡単に倒せそうなトーイを見て、すぐには手を出さなかった。
 むしろ簡単に倒せそうだから手を出さなかった。

「奴隷の1人がたまたまネズミの魔物を見つけていたんです。どうやら他の奴隷が戦っているところを見たようで仲間を集めていたんです」
 
 魔物は1人じゃとても敵わない相手であった。
 しかし魔物を倒すことができればわざわざ何人も他の人を倒すことなくこのゲームを進むことができる。

 魔物を見つけた奴隷は考えた。
 とりあえず他の奴隷に魔物を見つけたことを伝えて協力しないかと申し出た。

 奴隷たちとて同じ人と戦うより魔物と戦った方が気が楽に思う者もいる。
 そうして何人かを誘い、乗ってこない相手は複数人で倒した。

 魔物を倒した1人だけが先に進めるのだが誰が倒したことになるとかそんな話はひとまず置いておいたのである。
 ある程度の人数が集まったのでそろそろネズミを倒しに行こうと思っていたところにトーイに出会った。
 
 トーイは明らかに貧弱そうで戦力にはならない。
 けれど大きな問題を解決するのにトーイを使おうと考えたのだ。

 ネズミに目をつけられれば間違いなく1人は死ぬだろう。
 最初に突っ込んでいったやつはきっと助からないだろうとみんなが思っていた。
 
 トーイが誘いに乗るなら殺さずネズミの前にエサとして置いておいたらいいと奴隷たちはトーイを誘ったのである。

「断りたかったんですけどそうもいかなくて……」

 本当は嫌だったトーイだが1人でも勝てない相手が何人もいては断ることができなかった。
 結果的にそのおかげで他の奴隷にも襲われることもなく助かったのである。

 半ば連れていかれるように魔物のところに行った。
 倒そうとしている相手は背中が赤く燃えている巨大ネズミであった。

 強そうで、とてもじゃないがトーイで勝てる相手じゃない。
 1番槍を嫌がった奴隷たちに背中を押されるようにして、トーイはネズミにかかっていくことになった。

 後ろは奴隷、前は魔物。
 どっちにしろトーイに選択肢はなかった。

 トーイはハンマー握りしめて、覚悟を決めた。
 やけくそとばかりに叫びながらネズミに襲いかかったのであった。

 叫びながら近づいたものだから発見も早い。
 しかしトーイの足は遅く、近づくのにだいぶ余裕があってネズミも逆に身構えてしまった。

 一応それなりには近づいて、ヘロリとハンマーを振った。
 ただネズミは目測よりも遠かった。

 謎の位置でハンマーを振り下ろしたトーイとネズミの目があった。
 分かっていたが攻撃を当てることすらできなかった。

「それで逃げようとしたんですけど……」

 すぐさまトーイは踵を返して逃げ出す。
 戻ってきたら殺すと言われているので別の道に向かって走った。

 一瞬呆気に取られたネズミだったが気を取り直してトーイを追いかける。
 ハンマーも捨てればいいのに律儀に持って逃げるものだから遅い足が余計に遅く、簡単にネズミに追いつかれてしまった。

 ネズミがトーイの背中目がけて頭を突き上げた。

「そこで……転んじゃったんです」
 
 絶体絶命のピンチの中でなんとトーイは転んだ。
 迫り来るネズミに焦って足がもつれたのである。
 
 しかし幸運にも転んだおかげでネズミの突き上げた頭はかわせたのだ。
 ただネズミの長く伸びた歯が服に引っかかった。

 歯に跳ね上げられてトーイは空中に軽く投げ出された。
 たまたま上の方にあった出っ張りの上に落下したトーイが振り返ると奴隷たちが一斉に飛び出していた。

 注意は明らかにトーイの方に向いていたのでチャンスだと魔物に襲いかかっていた。
 
「結果は見ての通りです……」

 逃げられるものもおらず最初に犠牲にされたトーイだけが生き残ることになった。
 そんなことがあってちょうど全滅したタイミングで、リュードがやってきたのだった。

 一時的に奴隷たちが組むことになって助かり、転んでネズミの攻撃をかわして出っ張りの上に投げられて助かり、リュードが魔物を倒して助かった。
 トーイの豪運にリュードはただただ驚くしかなかった。

「運がいいな……石でも集めるといいよ」

 普通なら嘘だろうと思うような話だったけれど状況を見るに嘘でもなさそう。
 トーイの運が良かったのだと話を受け入れる。

「いいんですか?」

「魔物倒したから俺には不要だしな」

 周りには奴隷の死体が転がっている。
 リュードはネズミを倒したので次に進める権利とやらを得ることができたはずだ。

 トーイがこの先魔物や他の奴隷を倒せる可能性はほとんどない。
 自分が倒したのでもない死体を漁るのは気分が良くないかもしれないが、死体が持っていても石になんの価値もない。

 トーイはチラリと死体を見て怪訝そうな顔をした。
 中にはネズミに食い荒らされているものもあって、綺麗な死体ばかりではない。

 生きるために必要なこと、そう自分に言い聞かせてトーイはえずきながら死体の石を取りに行った。