「……反撃だ!」

 あと少しでネズミが追いつく。
 そんな瞬間にリュードの手がハンマーに届いた。

「おりゃあ!」

 振り向きざまにハンマーで横振りにネズミを殴りつける。
 鈍い音がしてネズミの頭が弾き飛ばされ転がっていく。

 文字通りに刃が立たない相手なら鈍器攻撃はどうだろうか。
 リュードの力なら重たいハンマーも扱えて、刃物よりもダメージを与えられる。

 魔力を込めなくても高い打撃ダメージならネズミにも有効打になる。
 柄が長くてやや距離をとって戦うこともできるし今の状況にピッタリの武器だ。

「これなら炎も怖くない」

 ネズミは何が起きたのか分かっていなかった。
 いきなり横から衝撃が来た。

 ネズミにはそれぐらいの認識しかなく、立ち上がってリュードの方に顔を向けるとすでにリュードのハンマーが迫っていた。
 目の前に星が散り、衝撃と痛みにネズミが悲鳴を上げた。
 
 状況が分かっていないが危険を感じたネズミは全身から炎を噴出させた。
 強い熱気にリュードは足を止めて飛び退く。
 
 炎によって追撃を止めたネズミはゆっくりと立ち上がってリュードを睨み付ける。

「いけそうですね……!」

 あのまま押し切れなかったことは痛いが、ハンマーはネズミに効いているし勝てなさそうな状況が一変した。
 仕切り直しになったリュードの顔には余裕すら浮かんでいる。

 通じる武器があるだけでとても心強い。

「ははっ、それも分かっていれば怖くない!」

 接近することに及び腰になったネズミが火の玉を吐き出す。
 けれど突進にしろ火の玉にしろ軌道は直線で、来ると分かっていれば大きな脅威でもない。

 火の玉をギリギリでかわすも勝利の希望が見えてアドレナリンが出ているリュードは熱さを感じていない。
 連続して放たれる火の玉を回避して素早く距離を詰めた。

「い、いいぞ!」

 ネズミが前足を振り下ろす。
 リュードは前足も難なくかわして、ネズミの頭を上から殴る。

 攻撃を受けてネズミは大きく後退する。
 しかしリュードは足を止めずにまた距離を詰めてネズミを殴りつける。

 ネズミはあっという間に壁際に追い詰められた。
 ダメージのせいか、迫り来るリュードに恐怖を感じ始めたせいか、ネズミの背中の炎の勢いが弱くなっている。

「口閉じてろ!」

 ここまで来るとネズミが火の玉を吐き出す時には首を引っ込めることが分かっていた。
 首を引いて火の玉を出そうとしていることに気づいたリュードはネズミの頭を下から殴り上げた。

 火の玉を出そうとしているタイミングを完璧に捉えられたネズミは無理矢理口を閉じられた。
 出るはずだった火の玉が行き場を失ってネズミの口の中で爆発する。

 ボフッと黒い煙を吐き出してネズミが倒れた。

「トドメだ!」

 それでもネズミはまだ死んでいない。
 結構殴りつけたのにネズミの頭は固くて殺すのに苦労しそうである。

 ならばあるものを利用するのがよい。
 思いっきりハンマーを振りかぶったリュードはゴルフでもするかのようにハンマーを振り下ろした。

 狙いすました一撃。
 狙ったのはネズミの頭に突き刺さっている槍。

 スイングしたハンマーは上手く槍を殴りつけると、反動で槍が深くネズミの頭に突き刺さった。
 ひどい叫び声を上げてネズミがのたうち回る。

 壁に体を打ち付け、頭をブンブンと振ったネズミは部屋の隅にあった水溜りに体を突っ込ませて息耐えた。
 背中の炎が水溜りに浸かって消え、むわっとした白い水蒸気が部屋に広がる。

「あっつぅ……サウナみたいだな」

 湿度と温度が急上昇してリュードは顔をしかめる。
 乱れた息を整えていると少しずつ水蒸気が晴れてきた。

 水溜りに突っ込んだネズミはピクリとも動かず、リュードはホッと胸を撫で下ろした。
 ネズミとの戦いがすぐに始まってしまって周りを見る余裕がなくて気づいていなかったが、周りにはいくつかの死体が転がっていた。

 何回か悲鳴も聞こえていたしネズミに挑んでやられたことは容易に想像できた。

「おーい、降りられるか?」

 リュードはトーイに声をかける。
 相変わらずトーイは出っ張りの上にいて、困ったような顔をしている。

「う、受け止めてくれませんか?」
 
「……分かった」

 やはり自分では降りられないようだ。
 なんで野郎を優しく受け止めてやらなきゃいけないのか葛藤はあったけれどハンマーの恩もある。
 
 断ってやろうかという意地悪な考え追いやって手を広げる。

「い、いきますよ! 絶対に受け止めてくださいね! ではいきますよ! いや、ちょっと呼吸を整えて……」

「いいからさっさと飛べ! 放っておいて行ってしまうぞ!」

 何回も飛ぶ飛ぶ詐欺を繰り返すトーイにリュードはイラつく。

「わわっ、待ってください! い、行きます!」

 トーイはギュッと目をつぶってピョンと飛び降りた。

「よっと」

「ぐぐ……うっ? 痛くない……」

「そりゃ俺が受け止めたからな」

「あ、あはは……ありがとうございます……」

 グッと歯を食いしばっていたがリュードはちゃんとトーイをうまく受け止めていた。
 魔力に頼っていたとは自覚したが、体を鍛えてきたのは紛れもない事実でトーイぐらい受け止めること造作もない。

「よく生き残れたな」

 トーイを下ろしながら感心したようにリュードがつぶやく。
 周りを見ると綺麗な光景とはいかない。

 ネズミにやられた奴隷たちの死体が至る所に転がっている。
 バトルロイヤルである程度人は絞ったのでトーイより弱い人は残っていないはずである。

 なのにトーイは現にここにいて、他の奴隷からも魔物からも生き延びている。
 トーイが実力を隠しているのでなければ、とてつもない幸運の持ち主だろうと言える。