劇場の火の回りは速かった。
 人攫いは生かしたまま捕まえるつもりだったけれど、燃え盛る劇場の中に残されてはどうなったのか考えるまでもない。

 リュードの正確な行方は分からなかった。
 けれど話によるとリュードは貴族に売られていったことは分かった。

 今この時期に人攫いから奴隷を買う人の目的は十中八九決まっている。
 貴族が行うという大会のためにリュードは買われた。

 結局その大会が開かれるマヤノブッカにいかなければならないということが判明したのだ。
 もはや寄り道することもなくルフォンたちは急ぎ足でマヤノブッカに向かった。

「ここがマヤノブッカ……」

 マヤノブッカに近づくほどマヤノブッカについて口に出す人が増えていった。
 中にはマヤノブッカのことを自由都市なんて良いように言う人もいた。

 どこの国にも属さない国のために支配者がおらずに法の目が行き届いていない不法地帯。
 都合よく解釈してみれば自由とも表現していいかもしれないが単に取り締まる人がいないだけの話である。

 それでもマヤノブッカで何もかも許されるかというと実はそうでもない。
 一定の秩序はあって、法ではなくてもルールはある。

 現在マヤノブッカにおける影響が強いのは女性の国トゥジュームである。
 特に今は貴族の大会のためにトゥジュームの女性貴族が多く来ているためにマヤノブッカでも女性に手を出してくる人はいなかった。

 誰が貴族で、誰が貴族に関わりがあるのか分からない以上普段は荒れているものも女性に手を出さない。
 今はマヤノブッカのルールはトゥジュームの法に近く、それでいながらより過激な形で動いている。

 なので女性に手を出して、それが貴族であったのなら命はないのである。
 トゥジュームの貴族はそうしたところも徹底しているので、ルフォンたちにとっては幸運なことにマヤノブッカで活動する上で危険なことは少なかった。
 
 マヤノブッカに訪れたルフォンたちに絡んでくる輩はおらず、比較的出歩いている女性も多くて周りに紛れることができた。
 フードをかぶってミミを隠しているルフォンやラストの容姿が良く、堂々としているので周りから見ると貴族のようにも見えているのもまた関係していた。

「うーん……中々難しいね」

「そうですね……」

 マヤノブッカでリュードを探すにしても、まずはそのための拠点となる場所が必要である。
 治安が悪い場所ほど高い宿に泊まっておくのが安心である。

 なので高めの宿を探して部屋に空きがあるのかを探しているけれどどこも満室で泊まれる部屋がない。
 貴族の大会のせいで参加貴族や見物客が集まっていて高めの宿まで広く部屋が埋まってしまっていた。

 安くてセキュリティに心配のある宿はこのような都市では不安がある。
 なのであるがリュードやトーイを探さねばならないので時間もない。

 このまま高くてしっかりした宿を探して空きがあるかを確認して回っている時間も惜しい。
 安宿でもとりあえず泊まるところを見つけようかと悩んでいた。

「申し訳ございません、ルフォン様ですか?」

 もう何軒か回ってみて空きがなさそうなら安い宿で妥協しようと三人で決めて移動し始めた。
 そんな時にフードを深くかぶった女性がルフォンたちに近づいてきた。

「どちら様ですか?」

 ルフォンが警戒してナイフに手をかける。
 もちろん知り合いでもなく、こんなところに知り合いもいない。

「サドゥパガンの使いのものです。こちらを」

 警戒するルフォンに女性は割符を提示した。
 一応合わせてみるとピタリと合わさり、ルフォンは警戒を解く。

「それで何の用ですか?」

「色々とお伝えしたいことはあるのですがまずはお宿の方お探しではありませんか?」

「うん、どこも埋まってて困ってるんだ。どこかいいところ知らない?」

「もしご迷惑でなければ我々の方でご用意しましたのでそちらにお泊まりになられるのはどうでしょうか?」

「それは……お願いしたいかな」

 願ってもない申し出だった。
 ついてきてくださいと言うのでルフォンたちはおとなしく女性の後についていく。

 思っていたよりも長い時間を歩かされてマヤノブッカの反対側にある一軒の宿に着いた。

「この時期ですから空いているお部屋なくてお困りでしたでしょう。支部長より仰せつかっておりましたのでお部屋の方も確保しておりました。こちらは情報ギルドで経営しておりますので安全でありますし、料金もいただきません」

「本当? やったじゃん、ルフォン!」

「そうだね!」

 歩き詰めでだいぶ疲れている。
 マヤノブッカが安全な都市でないので警戒し通しで歩いていたので精神的にも疲労していた。

 ルフォンもラストもようやく休めると喜びをあらわにする。
 リュードならここでこの親切心に裏を考えて怪しむのだけど三人は素直に良い宿が見つかったと喜んだ。

 案内されたのは情報ギルドサドゥパガンが偽装用に持っている宿泊施設である。
 諜報員が泊まったり拠点としても使えるその宿はマヤノブッカにある中でも高級宿の分類になり、さらにルフォンたちは最上階の一番良い部屋に通された。

 サドゥパガンの偉い人が来た時なんかに泊まるような部屋なのだがルフォンたちはそんなこと知る由もなかった。

「お好きなだけこの部屋お使いください。それと依頼されておりました調査につきましてご報告がございます。今ご報告申し上げてもよろしいですか?」

「はい、お願いします」

 フカフカのベッドに腰掛けてそのまま話を聞く。
 ラストなんかはすでに寝転がってしまっている。

 宿探しに時間を費やしてしまってもう時間的にも遅い方なのでそのまま寝てしまいたいぐらいの気分だった。