「おんも!」

 朝になったので荷物を片付ける。
 リュードの剣を回収しようとしてラストがその重さに驚く。

 リュードは黒重鉄出てきている。
 ラストが普段見ているリュードは普通の剣のように振り回していたのに持ってみるととんでもなく重たくて驚いた。

「うにぃ〜!」
 
 それでもリュードの剣だからと引きずらないように気をつけてなんとかマジックボックスの袋に入れた。
 もしマジックボックスの袋がなかったり人攫いに持っていかれたりしていたら剣は隠して置いていくしかなかったので助かった。

 リュードの分の荷物も全て袋の中に入れてルフォンたちは出発した。

「つ、次はどうするの?」

「予定通り町まで行こう。そして少しでも情報を集める」

 ルフォンが早くに目を覚ましたお陰でリュード以外の荷物には一切手をつけられていなかった。
 お金もそのまま無事なので何かをするにも困ることがなかった。

 これまではのんびりと旅をしてきたが早足で次の町へと移動をする。
 宿で部屋を取ると女性だけだと少し割引されるなんてことが発覚しつつ、荷物を部屋に置いて冒険者ギルドに向かった。
 
「ここ最近出るって噂の人攫いについて聞きたいの」

 急いで移動したので町についた時間は昼前だった。
 ルフォンはやや閑散とした冒険者ギルドの酒場スペースにあるカウンターのバーテンダーの前に行く。

 ルフォンはお酒を飲まないし焦りの大きくてまだお腹も空いていないので食べ物やお酒を注文するのではない。
 お金を置いて注文したのは情報だった。

 こういうことを聞きたい時は依頼の方のカウンターに向かうのではなく、酒場などの方で聞くのが正解である。
 それはリュードから聞いていた話だった。

「……申し訳ありません。それについてお話できることはありません」

「どーして……」

「これでも?」

 食ってかかろうとするラストを制して、ルフォンは懐からさらにお金を出して重ねる。
 世界広く、お金で解決できないことはあるけれどもお金で解決できることも多い。

 さらりと増えたお金を見て、少しだけギルド員の目の色が変わる。

「最近はギルドも大変でしょ?」

 ルフォンはギルド員の目の色が変わったことを見逃さずさらにもう一押しする。
 もう一枚乗せられたお金を見てギルド員はさりげなく周りを確認する。

 ギルド員も人間だ。
 もらえるならお金は欲しい。

 磨いていたグラスを置いて、そっとお金を懐に入れる。
 酒場担当は大変だけどこうした役得があるからやめられないと内心で思う。

「詳しいことは俺の首もかかってくるから言えないんだ。ただこんなふうに言えば分かると思うが、人攫いに関してはこの国のお偉い人が関わっている。…………ギルドに圧力がかけられるぐらいのお偉い人がな。だから一介のギルド員である俺には噂以上の入ってこない」

 声をひそめてギルド員は教えてくれた。

「ありがとう」

 お金も欲しいが仕事も失うわけにはいかない。
 お金を受け取ったので話せることは話した。

 短くて一見何もないような情報であったが相手の正体がただの人攫いではなさそうだということが分かっただけでも少し進展があるとルフォンは思った。
 想像よりもリュードは厄介で大きなことに巻き込まれたのかもしれない可能性が出てきた。

「ル、ルフォンカッコいい……」

 ギルドを出て悩ましげな表情を浮かべるルフォンをラストはキラキラとした眼差しで見ていた。
 食ってかかりそうになったラストと違ってルフォンは大人の対応をしてみせた。

 あくまでも冷静に大人の交渉を続けて情報を引き出した。
 ラストのように食ってかかっていたら周りの目も集めてしまうし、なんの情報も得られなかっただろう。

 ただお金を出しただけなのにあたかも余裕があるように見せかけたルフォンの堂々たる態度にラストは大人っぽさを感じていた。

 ルフォンもあれが正解だったのかは分かっていない。
 でもリュードならあんな時でも言葉荒らげることはしない。

 そう思ってやってみただけだったけど結果的に正しい行動であった。

「そ、そう?」

 こんな大人っぽさを取り上げて褒められたことなど少ないので照れてしまう。
 なんだかんだルフォンも旅を続けて成長している。

 旅人としての大人の風格が備わってきているのかもしれないとちょっとだけ鼻が高い気分になった。

「でも……どうする?」

 けれど引き出せた情報はほとんどない。
 人攫いがただの人攫いでないことが分かっただけで他にヒントとなるようなことは何もなかった。

「そうだね……まずはちょっと歩こうか」

 ルフォンがラストに目配せした。
 その意味は分からないけれどラストはうなずいてルフォンについていく。

 少したわいのない会話をする。
 夜に何を食べたいとかそんな会話をしながら少し歩く速さを上げる。

 角を曲がり、グルリと振り返る。

「うっ!」

「誰? 私、今はあんまり機嫌良くないよ?」

 早足で角を曲がってきたフードをかぶった女性がいた。
 ルフォンは服を掴んで壁に押し付けるとナイフを首に当てる。

 ギルドを出た時からずっとついてきていた。
 ルフォンは尾行に気づいて相手を罠にかけたのである。

「ま、待ってください! 悪気はなかったんです!」

 本当に首を切り落としてしまいそうな冷たい殺気を感じて相手は慌ててフードを下ろして顔を見せる。
 フードをかぶったままでは話も受け入れてもらえそうにない。

 ルフォンが捕らえたのは若い女性だった。
 明るい栗色の髪と目をしていて、両手を上げて敵意はないと引き攣った笑みを浮かべる。

「悪気なくても人を尾行するのは良くないことだよ。何の用?」

「お、お話が聞きたくて……」

「今は誰かとおしゃべりしている暇はないんだ。ごめんね」

 今は知らない人と仲良くお話している時間なんてものはない。
 特に害するつもりもないのならこれ以上時間を割くことはないとルフォンがナイフを引く。

「お、お仲間の男性が誘拐されたんですよね!」

 回りくどく話していては聞いてもらえないと思った女性が話の核心部分を口に出した。