「本当に?」
「本当に」
「……本当に王城に行くのか」
美しく着飾った2人にようやく目が向けられるようになってきたと思ったらリュードは店の前に停められていた馬車に乗せられた。
向かう先は王城だと言われてリュードは驚いた。
なんとビックリ、ドレスを買うだけでなくそのまま王城に向かうことになってしまったのである。
ちゃんとメイクまでしてリュードまで着替えさせられておかしいと思ったのだけど、こんなつもりだったとはリュードは思いもしなかった。
ラストが店に行くことを伝えていたので、店の人が王城に伝えて王城から馬車が派遣されたのだ。
店を出て馬車が停まっていて、誰か来たのかと思っていたらエスコートしろとラストに言われてこれが自分達の乗る馬車だととても驚いた。
ラストとルフォンはリュードに対面するように座った。
馬車の中の密室で3人きりになる。
照れるリュードに気を良くした2人はちゃんとした感想が欲しいとリュードに求め始めた。
ちょっとだけだけど照れにも慣れてきたリュードは改めて2人のことをよく見る。
こんな機会がこの先あるのかも分からないので目にも焼き付けておこうと思った。
こんな時に写真が無いことがすごく悔やまれる。
まずはラストの方に目を向ける。
ラストは白いドレスを身にまとっている。
ややクリーム色にも近い白でよりラストの真っ白な髪の色が際立つ。
そしてさらに2種類の白に挟まれた真っ赤な瞳が目立って美しく見えた。
落ち着いたデザインのドレスと相まってラストは色白清楚なお嬢様になっていた。
意識しているのかいつものようにニカっと笑うのをやめて上品に笑ってみせるラストにはリュードもドキドキとする。
幼さを残しながらもより可愛さを引き立てていて周りの目を引く美少女がラストであった。
目を逸らすようにして続いてルフォンを見る。
ラストと対照的にルフォンは黒いドレスを着ている。
瞳や髪色と同じ黒いドレスはルフォンの雰囲気を1つにまとめ上げていた。
その中で黒いドレスには金の糸で刺繍がしてあって動くたびに黒の中でもきらりと光るものがある。
普段は動きやすい服装のルフォンが体のラインが分かるようなドレスを着ている。
ルフォンは体の均整も取れていてドレスを着ていても全く着られている感じがない。
可愛いタイプの顔をしているルフォンだけれど、プロによる化粧を施した結果今のルフォンは大人びていて綺麗さが際立っている。
吸い込まれるような闇を切り取ったような艶やかな魅力がリュードの目を惹きつけた。
見た人が目を離せなくなるような妖艶さがルフォンに備わっていた。
思ったままを口にして2人を褒めた。
もうどうとでもなれとリュードは持てる限りの言葉を使って2人のことを褒めちぎった。
「二人とも……可愛いし、綺麗だよ」
最後にもう1度綺麗だと2人を見て言えていれば完璧だったのに。
どうしても照れ臭くて、リュードは窓の外に視線を向けてしまった。
服が違うだけだろうなんて思っていた自分を殴りたいほど2人は変わっていた。
「……ラストはすごく可愛らしくて、ルフォンはなんだかとても大人っぽくて綺麗だ」
「う、うん、ありがとう……」
「こう真正面に言われると照れるなぁ……」
やっぱりちゃんと目を見て言わなきゃならない。
最後に男気を振り絞ったリュードの思い切った褒めに2人も照れる。
褒めろというけれどいざ褒められると照れくさいのはしょうがない。
3人が3人とも顔を赤くして、無言になってしまう。
それぞれ視線をよそに向けて馬車に揺られる。
「失礼いたします。王城に着きました」
馬車が停まって御者に声をかけられる。
ハッとして正気に戻るともうお城が目の前に迫っていた。
なんでいきなり王城に向かうことになったのかラストに聞くつもりだったのに聞くのも忘れてしまった。
ラストに言われ、リュードが先に降りて手を差し出す。
ラストがリュードの手に自分の手を添えて優雅に馬車を降りてくる。
忘れがちだけどラストも王族の一員でこうしたマナーも学んできた御令嬢なのだ。
ルフォンもラストに習ってリュードの手をとって降りようとするけどラストのような優雅さは流石に演出できない。
動作がぎこちなくラストには敵わない。
ドレスでの動きにもなれていなくてちょっと動きがカクカクしていた。
「お待ちしておりました、サキュルラスト様」
「お久しぶりです、ウグドーさん」
ラストがドレスをつまみ上げて軽く頭を下げる。
「お名前を覚えていただいておりまして光栄でございます」
「お父様の右腕であるウグドーさんを忘れることなんてありませんよ」
ヴィッツよりもさらに年上そうな老年の血人族が城の前で待っていた。
相当なお年に見えるのに杖すらもなくピンと背筋伸ばして立っている。
後ろには物々しい護衛たちが立ち、部下らしき人も側にいる。
ウグドーはラストの父親である王様の秘書官長を長年勤めている人物であった。
昔からラストを可愛がってくれた人の1人でラストが勉強でわからないことがあるとウグドーに聞きに行った。
どんなことでも丁寧に教えてくれて知識もある人であった。
「お初にお目にかかります、ウグドーと申します」
「これはどうも丁寧に。私はシューナリュードです」
「ルフォンと申します」
ルフォンはラストがやったようにドレスの裾を摘んで礼をする。
ぎこちなさもまた可愛らしい。
「それでは王がお待ちですので、参りましょうか」
ウグドーにラストが付いていき、その後ろをリュードとルフォンが歩く。
さらにその後ろに護衛や部下たちがゾロゾロと続く。
「こちらでございます」
てっきり玉座でもある謁見の間みたいな大きな部屋に連れていかれるのかと思っていた。
「お父様、私です、ラストです」
「入りなさい」
通されたのは王様の執務室であった。
いきなりこんなところに来ていいのかとリュードは感じるけれどラストは娘なのでいいのである。
「失礼します」
正面に大きなデスクがあり、メガネをかけた白髪の中年男性が書類にハンを押していた。
リュードにも渋さを感じさせるイケメンおじさんがラストの父親である王様であった。
王様は入ってきたラストをメガネを外して優しい目で見た。
「よく帰ってきたな」
他の人たちが下がると王様は立ち上がりラストをギュッと抱きしめる。
「ただいま」
「お帰り、ラスト」
「お父様、苦しいよ!」
「久々なんだ、少しぐらいいいじゃないか」
若いラストを大領主にして経験を積ませるような人、どんな厳しい王様だろうかと色々想像を膨らませていた。
兄弟姉妹での争いを放置しているのだし子に厳しく冷たい感じの人なのではないかと思っていた。
実際に会って見てみると思っていたよりも柔らかい印象の人であった。
ただのおじさんというには顔は整っていて威厳も感じさせているけれど、想像よりも遥かに角がない。
そして体格も良い。
魔人族の王なので強さも兼ね備えなければいけない王様は鍛錬も怠らない。
直接戦うわけでもない王様の座についてからも体を鍛えていることが見た目にも分かった。
「こんな綺麗になって……レストは元気にしているか?」
「お姉ちゃんも元気だよ」
「そうか。そちらが娘を手伝ってくれているシューナリュード君とルフォンさんだね。話は聞いているよ。私はサキュロヴァンダル。ヴァンとでも呼んでくれて構わない」
大人の試練の途中報告はコルトンから上がってきている。
仕事の間を縫ってヴァンはラストがどうしているのか報告書をちゃんと読んでいた。
リュードとルフォンが一緒に旅をしていて、リュードが大人の試練の同行者として大人の試練に挑んでいることも調べていて知っていた。
「娘を手助けしてくれてどうもありがとう」
「どういたしまして……」
手を差し出してきたヴァンにリュードが応えて手を握る。
単なる握手ではなかった。
ニコニコと笑顔を浮かべて握手を交わすヴァンはその裏でリュードの手を潰さんばかりの力を込めていた。
普通の人なら痛いと声を上げていたかもしれないがリュードも魔人族も魔人族である。
負けず嫌いなところはリュードの中にもある。
たとえ王様が相手であろうと勝負の場では対等になる。
ここで引いてはいけないとリュードも笑顔で力を込め返した。
「お父様?」
やたらと長い握手を疑問に思ったラストに声をかけられてヴァンはようやくリュードから手を離した。
誰も気づかない地味な勝負であるが互いに一歩も引くことはなかった。
さっとラストにバレないように引いた2人の手は人の手の形に赤くなっていた。
顔もなんともないというような表情を取り繕っている。
「……ラストを助けてくれたことに感謝はするがお父様と呼ぶことは許さないからな!」
「お父様!」
ヴァンの宣言にラストが悲鳴のような声を上げる。
気持ちが分からないでもないのでリュードは否定も肯定もしないで黙っておく。
変に何かを言うとこじれてしまう可能性があるのでこういう時にはとりあえず口を出さないでおくのだ。
顔を赤くしてリュードとの関係を否定するラストを見てヴァンはもう遅かったかと1人落胆していた。
ふらふらとヴァンがソファーに腰掛け、ラストたちもそうする。
ラストはヴァンの横に座ってこれまでの旅について話し始める。
モノランのことやプジャンがモノランにしたこと、ベギーオの領地で起きたことなど包み隠さず父親に報告する。
「うむ、ダンジョンブレイクのことは聞いている。その事について問うために人をやったのだが……ベギーオはもう屋敷にはいなかった。何も知らない使用人しかおらず、当人は少し出かけているなんて言われてしまったようだ」
悩ましげにヴァンが首を振る。
ベギーオは最悪の選択をしたものだとヴァンは思った。
責任を取らずに全てを捨てて逃げてしまった。
確かに管理しているダンジョンでダンジョンブレイクを起こしてしまい、町一つが壊滅しかける損害を出してしまったことは大領主剥奪ものの失態である。
そうではあるがそれについて弁明もなく逃げてしまっては庇いようもなくなる。
王族である温情で死罪とはならなくてももっとどうにか出来ることもあったはずなのに逃げてしまえば厳罰に処するよりほかなくなる。
このままでは全国に指名手配をかけて探さなくてもいけなくなり、やってしまったことも白日の元に晒されてしまうとため息をついた。
ヴァンは父親の前に王様である以上そのようなところで甘さを見せるわけにいかないのである。
「ベギーオの右腕として活躍していた側近の者……イ、イソフだかなんだかは捕らえて話を聞いているが、思っていたよりも話は深刻そうであるのだ」
その上ダンジョンブレイクはただのダンジョンブレイクではなかった。
単に管理を怠ったり放置したからダンジョンブレイクが発生したのではない可能性があったというのが見立てである。
加えて調査を進める中で看過できないベギーオの暗い部分が出てきてしまった。
こうなることも察知してベギーオは逃げたのだろうとヴァンはため息をついた。
「ペラフィラン……今はモノランだったか。そちらについては初耳だ。ダンジョンブレイクについて終わらせたことは聞いていてその中に神獣がいたのも知っている。それがまさかこの国を悩ませる凶獣だったとはな」
モノランの話もまたヴァンにとっては衝撃的な話だった。
「ベギーオに続いてプジャンまでもか……話を聞くとまた国を挙げて戦わなければいけないところではないか」
リュードがいなければモノランは今ごろラストたちを倒して怒りに任せて国中を暴れ回っていたかもしれない。
そうなるとヴァンもモノランを討伐せざるを得ない。
血で血を洗う戦いになって被害は大きなものになっていたはずだ。
ダンジョンブレイクの時の暴れ方が罪もない人に向いていた考えると背筋が凍る思いだ。
それにモノランがいなかったらダンジョンブレイクは解決することができず、国とスケルトンの戦争になっていた。
町を陥落させるほどのスケルトンの群れと戦うのはそれこそ骨が折れる話である。
ダンジョンブレイクは実際に起きてしまったことでモノランについては起きなかったことなので比較するのは難しい。
けれどプジャンがやってしまった行いは国を危険に晒す行いだった言わざるを得ない。
その上知らなかったとはいえ神獣の子を殺してしまったことは神に対する重大な冒涜行為である。
雷の神を祀る神殿が今のところないので騒ぎになっていないが、大きな勢力を持つ神の神獣を殺したとなると神敵となり一生その神様の信徒に追われる事になる。
「ただプジャンを追及できるできるものもないのがな……」
しかしその話についてはラストたちだけしか知らない話で証拠もない。
プジャンがやったとは推測ができるけれどプジャンがやったとは証明することができない。
不自然な渓谷の崩落事故なんかについては調べれば分かる事なので状況証拠からプジャンが犯人だとは言えるかもしれない。
ただしそれで国王が息子を差し出せるかと聞かれると中々難しい判断になる。
プジャンを差し出さなければモノランによって被害が出てしまうがそれではプジャンを生贄に捧げることと大きな変わりがない。
それなりの規模でもある宗教なら多少の声も封殺出来るが雷の神様ではちょっと名声不足なところがある。
モノランは確たる証拠がなくてもプジャンを断ずることができるが国としては確たる物がなくてはプジャンを罪には問えない。
「とりあえずプジャンについてもこちらからも調査させよう。モノラン様にはもう少し待っていただけるように伝えてほしい」
「ダンジョンブレイクでも暴れたししばらくは大人しくしていると思います」
恨みを忘れることはないだろう。
でもダンジョンブレイクで魔力を使い果たすほど戦ってくれたので今しばらくは回復に努めるはずである。
ただしモノランがいつまで堪えてくれるのかはリュードにも分からないし、コントロールもできない。
今すぐ限界を迎えることはないだろうとしか言えない。
「ふぅ……どうしてこう問題ばかり」
「お疲れですか、お父様?」
目を揉むヴァンに苛立ちが見えてラストは心配そうな顔をした。
「ダンジョンブレイクによる影響は大きいからな」
ダンジョンブレイクのせいで国中のダンジョンの再点検をする事にもなった。
ベギーオがいなくなってしまったのでヴァンがチッパの復興を指示し、自分の息子を探すようにも人を出している。
仕事が山積しているのだ。
「ちょっとやることが多くてな。だがお前の顔が見れてかなり良くなったよ。今日はここに泊まっていきなさい。お連れの2人も一緒に」
「うん、そうするよ」
なんだかこれもこれで激動の1日だったとリュードは思う。
大量の紅茶を飲んで時間を過ごし、気づいたら王城にいて、気づいたら王城に泊まることになっていた。
なかなか精神的に大変な日であった。
使用人にリュードたちが連れられて部屋を出ていく。
「くぅ……なかなか力も強かったではないか……」
リュードたちが部屋を出た後ヴァンは椅子に深く腰掛けて赤くなった手を見つめた。
リュードの実力は高いとコルトンの報告書にも書いてあった。
ただ力は自分の方が上で、握った手に情けなく悶えるリュードの姿を見せつけてやろうと思ったのにリュードは負けなかった。
ヴァンが今一番頭を悩ませているのはラストについた悪い虫についてである。
王様の前に父親だ。
娘がどんな男と付き合うのか気になってしまうのはしょうがないのである。
「マルア……君の娘はもう私の手を離れていってしまったのかな…………」
娘の成長は早いものだとヴァンはこの日大きなため息をついた。
ラストの父親にも挨拶したし早速大人の試練に向かうと言いたいところであるがその前にやることがある。
忘れてはならないクゼナの治療薬作りである。
王城に泊まった次の日に合流してきたヴィッツが見つけてきた場所は元々薬の研究施設で、資金の問題から差し押さえられて今は貸施設となっているところであった。
研究施設だけあって設備は完璧で民間が貸しているので金を払えば特に誰かに作業を邪魔をされる心配もない。
必要な薬草も用意せねばならないが、首都なので物流も多く様々な種類が取り揃えてあって比較的珍しめな薬草も簡単に手に入れることができた。
イェミェンについてもリュードたちがミノタウロスを討伐している間にヴィッツに細かく刻んで乾燥させておいてもらって準備は万全である。
魔物の皮で作った厚手の手袋やゴーグルを着けて、リュードは研究所に1人でいた。
ルフォンも薬作りに関してリュードを手伝っていたこともあるのだけど、鼻が良すぎて薬の調合作業にはあまり向いていなかった。
ラストは薬学の知識がないのでいても役に立たず、ヴィッツは2人に付いているように頼んだ。
「じゃーいくよ、ルフォン!」
なのでルフォンたちは今リュードとは別行動をしている。
葉っぱと格闘するリュードをよそにラストの提案で町に繰り出しているのであった。
リュードの治療薬作りが終わらない事にはラストも大人の試練には向かえない。
ただ城にいても暇なだけなので羽を伸ばす事にしたのである。
まさか王様のお膝元でラストを狙うような愚か者はまずいなかった。
「その前に……付いてきすぎ!」
せっかく自由に歩けると思ったのにラストの周りには大勢の兵士が付いてきていた。
ヴァンが付けた護衛の兵士たちで、人数も多く3人を取り囲むように守っているので物々しすぎて気楽なお出かけとはとても言えない状況になっている。
こんな風に兵士に囲まれていては逆に目立ってしまうし周りの人も引いてしまう。
以前にレヴィアンが護衛を撒いていたが、その気持ちが分かってしまうようであるとルフォンも苦笑いだ。
「しかし命令ですので……」
「ヤダ。これじゃ楽しくない」
「そう言われましても……」
「それではどうでしょう。2人ほど近くで護衛するものを選び、残りは少し離れて待機するということにするのは」
ラストは護衛なんていらないというけれど、兵士だって王様からの命令な以上は簡単には引き下がれない。
互いに引かずぶつかり合う両者にヴィッツが折衷案を出す。
周りを威圧しない程度の護衛は近くに置いて、何か有事があれば飛んで来られるように他の護衛も少し離れたところに待機させておく。
「ううむ……わかりました。我々としても撒かれては大変ですしヴィッツ殿の言う通りにいたしましょう」
渋々といった表情で兵士がうなずく。
王都で狼藉を働く阿呆がいるとは考えにくい。
ヴィッツが実力者であることは兵士も知っているし、ヴィッツと何人か側に護衛がいれば問題の対処もできる。
もし対処しきれなくても他の兵士が来るまでの時間も稼ぐことはできるはずだ。
「ツィツィナです。よろしくお願いします」
「ユーディカでっす! お2人を護衛させていただきます!」
側に付く護衛の選任が始まったのだがラストはそこにも口を出した。
顔や体格がゴツくて目立つ人は嫌。
そこでも多少の衝突はあったものの兵士側が折れる形となって、ラストが指名した2人が護衛につく事になった。
血人族のツィツィナと猫人族のユーディカである。
どちらも女性兵士で装備はしているが冒険者も多くいる町なので悪目立ちすることはない。
2人とも女性ながら兵士内での評価も高く、護衛に付けるにしても及第点の腕を持っていたので2人を護衛にすることを受け入れられた。
ラストの方が指定したので当然文句もなく、護衛の役割もちゃんと期待することもできる。
現時点での人員で出来るベストな人選である。
ツィツィナはラストと同じ血人族であるが血の濃さが違う。
容姿の特徴としては似ているのだけれどラストの方がより顕著であった。
顔の造形は個々人のものなので当然に違うけれど、真っ白に見える髪もラストの方が透き通ったような白さで、赤い瞳もツィツィナは黒っぽくくすんだ赤色であった。
先祖返りであるラストは特別血が濃いこともある。
それに血人族も世代が進んで他の種族の血が入ったりして純粋な血人族の血よりも薄まっていることがあるのである。
王族であり血統が守られているレストやヴァンにしてもツィツィナよりもこうした特徴が鮮やかである傾向にはあった。
ユーディカは明るい茶色の毛色をした猫のようなケモミミがある獣人族の女性である。
獣人族の中でも猫人族と呼ばれる種族で軽い身のこなしが得意であり、護衛としても能力を発揮してくれるだろうと期待されている。
ツィツィナとユーディカは対照的に見えた。
いかにも真面目でピシッとしているツィツィナとニコニコと柔らかい態度のユーディカ。
ただ心のうちに抱える思いは同じだった。
王族の護衛。
ある種の重要任務に2人は燃えていた。
問題が起きないことが1番ではあるけれど問題が起きて、それをうまく乗り越えられれば大きな評価に繋がる。
こんなチャンスそうそう巡ってくるものではない。
若干話がこじれているので無難にこなすだけでも評価はされるはずだと思っていた。
「よろしくね、2人とも。それじゃあ今度こそいくぞー!」
ラストは意気揚々と歩き出す。
ちょっと離れたところに待機する話なのに周りを囲まないだけでそのまま少し後ろを付いてくる兵士たちとの再びの衝突はあった。
けれど兵士たちがもうちょっと距離を空けてわかりにくくついてくることでどうにか妥協したのであった。
「どこに行くの?」
「ふっふー、実は目をつけてたところあるんだよねぇ」
ニタリと笑ったラストがみんなを連れてきたのは町でも有名なケーキのお店であった。
前々からチェックしていた。
王都から離れたラストのところにまで評判は聞こえてきていたのでいつか行ってみたいと思っていたのだ。
「いざ入店!」
ドアベルが鳴ってラストたち5人が中に入る。
可愛らしさもありつつ落ち着いた店内はきらびやかで雰囲気がいい。
ガラスで作られたケースの中には様々なケーキが並んでいて、ディスプレイされたケーキは色とりどりでどれも美味しそうであった。
「どれにする?」
「えっ、食べるの?」
「もー、ここまできて何言ってんのさ!」
とりあえず付いてきていたルフォンは自分も食べるだなんて思ってなかった。
お金は持ってきているけどラストが来たかったお店だし高そうだしで眺めるだけになりそうだと思っていた。
村社会で生きてきて買い食いとかこうした経験のないルフォンはどうしたらいいのか分かっていなかった。
「ふふっだいじょーぶ。ここは私の奢りだしリュードが結構お金持ちぃなことは知ってるのだよ。仮にルフォンが払ったとしてもこんなところでお金使ったって怒りゃしないって」
「そうかな……」
実はルフォンもケーキ食べたい。
ジーッとケーキを見つめたままルフォンがした葛藤は一瞬だった。
「そうだね!」
「よしよし、どれにする?」
「これだけたくさんあると迷っちゃうよ〜」
念願のお店、しかも友達と。
ラストは食べる前から楽しくて、嬉しくてしょうがなかった。
ルフォンも美しいとも思えるケーキの前にフリフリと尻尾を振っている。
美味しそうだし、ルフォンから見ると作り方も気になるぐらいである。
許されるなら全部食べてみたい。
けれどそんなにたくさんのケーキも食べられない。
目を輝かせてケーキを眺める2人は年相応の女の子だとヴィッツは目を細めていた。
「どれにする……ハッ!」
これからの予定もある。
ここでケーキだけでお腹いっぱいにも出来ない。
多くあるケーキの中から選ばなきゃいけない悩ましさの中でラストは閃いた。
「……2人は甘いもの、好き?」
ラストやルフォン、あるいは外の警戒ではなくてケースの中のケーキを凝視してしまっているユーディカにラストが気づいた。
このケーキ屋は女性兵士の間でも超有名店である。
憧れで、お金を貯めて剣を買うかケーキを買うかで女性兵士で論争になるほどのお店なのである。
買わないのに店内に入れるはずもなくてケーキすら見ることも滅多に出来ない。
ユーディカは思わず自分ならどれを選ぶかとケーキに目がいってしまっていた。
「私たちは護衛ですので……」
「甘いものは私もツィツィナも大好きです!」
「ユーディカ!」
「甘いものが好きかどうか聞かれただけじゃにゃーい。答えない方が失礼ってもんよ」
「ツィツィナさんも甘いもの好きなの?」
「私は……はい、私も好きです」
ただ聞いただけではない。
そう思いながらも質問の意図を勝手に曲解して答えないのも確かに失礼だとツィツィナも答える。
ニマァとラストが笑う。
「いろんな種類食べてみたいんだけど私たち2人じゃそんなに食べられないと思わない?」
「それはそうかもしれませんね」
ツィツィナは何が言いたいのか薄々勘づき始めていた。
「ねぇ、2人も食べない?」
ラストの閃きとは、2人じゃ食べられる数も多くないならもっと人数を増やせばいい。
ちょうどここにはもう2人女子がいるじゃないかと二人に笑顔を向ける。
「……私たちは護衛ですので」
ツィツィナは一瞬の迷いはあったもののラストの提案を突っぱねた。
ユーディカは隣で目を見開き、とんでもないものを見る目でツィツィナを見ている。
この2人ではツィツィナの方がユーディカよりも先輩である。
基本的にはユーディカはツィツィナの判断に従うしかなく、ツィツィナが断ればユーディカにはどうしようもなくなってしまう。
明らかにユーディカがしょぼんとした顔をする。
ただツィツィナも苦渋の決断だったことは見てとれる。
「いいじゃない。どうせ私のお父様の支払いよ」
ちなみにだけどドレスの代金も王様支払いだった。
いいのかそれでと思うけど王族には品格維持費なる名目の費用があってそこからお金が出ている。
ラストは自分に割り当てられた費用を使うことがないので有り余っていた。
ケーキ代金を品格維持費で賄っていいのか突かれるのは痛いがそんなことをついてくる人はいない。
奢りだということを強調してラストが食い下がる。
「いえ、仕事ですので」
(……すごい顔してる)
キッパリ断るツィツィナの後ろでユーディカがすごい顔をしていることがルフォンには気になっていた。
ユーディカとしてはオッケーを出してほしいのだろう。
「うー……じゃあさ、護衛ってことは安全の確保もお仕事なわけでしょ?」
こんな時ばかりはラストの頭の回転も速い。
次なる一手を繰り出す。
「ま、まあ、そうですね」
「例えば〜、食べるものの安全も確保しなきゃいけないと思わない?」
「うっ……それは…………そうですね」
「もしかしたらこれから食べるケーキに毒が入っているかもしれないから毒味って必要だと思わない?」
(……面白い顔だな)
ケーキ屋からするととんでもない物言いだけど今はツィツィナを説得するためだからしょうがない。
それにラストの言葉も間違いと言えない。
確かにそうした食べ物に至るまで安全を確保することは護衛として必要なことである。
流れがラストに傾きつつある。
ユーディカの顔が輝き出し、ラストに期待する眼差しを向ける。
コロコロと豊かに変わる表情が面白くてルフォンはユーディカの方ばかりを見ていた。
「た、確かに。毒味……は必要かもしれません、ね」
ツィツィナも甘いものが好き。
そしてこのお店のケーキは食べてみたい。
護衛であるという責任感とケーキの誘惑がツィツィナの中でぶつかる。
毒味であるなら必要だし、理由も説明できる。
そもそも誰もみてもいないのだからそんなに気にする必要もないかもしれないと思考が理由を探し始めた。
「どれが毒かも分からない以上は色々食べてみないといけないじゃない?」
「そう……ですね」
「先輩、毒味は必要だと私も思いますよ!」
グラつくツィツィナの様子を見てユーディカも援護に入る。
この場にツィツィナの味方はいない。
押せば落ちそうなところまできていた。
もうツィツィナの頭の中ではどのケーキがいいかを考え始めていた。
「ど、毒味必要ですか?」
「必要だねぇ」
「…………分かりました。危険な毒味役、このツィツィナにお任せくださいますか?」
「ごほん、ツィツィナさん、危険な役割ですがお願いします」
店の中の様子など離れて待機する他の兵士には分かるまい。
ラストとユーディカの説得にとうとうツィツィナは折れてしまったのであった。
軽い茶番を乗り越えて4人はケーキを選び出す。
あまり食べすぎてお腹いっぱいになってしまってもよくないので1人2個までの縛りでどれが良いかとキャッキャッする。
お店にはカフェのような飲食スペースもある。
選んだケーキをそこで食べることになり、計8個のケーキが置かれたテーブルを4人で囲む。
「ん! 美味しい!」
「わっ、こっちもいいよ」
「ほわぁ、これが話にあったやつかぁ」
「これも美味しいですよ!」
毒味という建前はどこにいったのか。
4人で8個のケーキをシェアして食べる。
もうただの女子会であり、ヴィッツは穏やかな微笑みを浮かべてその様子を見ている。
「ルフォンはどれが好き?」
「んーとね、私はこれかな?」
単に甘いだけよりも少し果物の甘酸っぱさが口に広がるケーキがルフォンの好みだった。
「おっとな〜。私はこの甘々なやつがいいかな」
一通り食べたら味や好みの感想を言い合うこともまた醍醐味である。
「んじゃあ、リュードにも買ったげよか」
4人でケーキを平らげた。
8個のケーキの中でも評価の高い2個のケーキをリュード用に購入してお店を出た。
1人で治療薬を作ってくれているリュードのこともちゃんと忘れていないのである。
その後も服やアクセサリーを見たり、ご飯を食べたりして4人は色々なお店を回った。
ヴィッツは一流の執事らしくそんな雰囲気を壊さないように気配を消してついていっていた。
離れていた護衛たちも距離感をうまく掴んでいつの間にかラストもその存在を忘れるほどだった。
「あー、楽しかった!」
こんな風に遊んだのは初めてだった。
それはラストにとってもだけどルフォンにとってもそうであった。
村じゃこんな風にお店巡りなんてできないし、やろうとも思ったこともなかった。
ショッピングを楽しむことがこんなに楽しいことだなんて初めての感覚だった。
「こちらは?」
色々巡って最後の場所にやってきた。
町の繁華街から外れたところにある大きな建物でこれまでのお店とは毛色が違っている。
古ぼけた看板が掲げてあって、研究所というところだけがかろうじて読める。
何のお店だろうとすっかり打ち解けたツィツィナも首を傾げた。
「ちょっと差し入れと様子を見にね」
「ご様子ですか?」
誰とか何のとか聞く前にラストが中に入る。
「うへぇ……」
ルフォンがすごく渋い顔をする。
「なんというか、独特な匂いがしますね」
これまでに嗅いだことのない臭いが建物の中から漂ってきた。
いくつかの臭いが混じっていて何の臭いだと断定することも出来ない。
葉っぱのすりつぶしたような青臭い臭いが強く感じられらる。
ツィツィナやラストでもはっきりと感じられるほどに臭い。
鼻のいいルフォンにとっては相当キツイものであった。
ユーディカも同じく鼻が効くので鼻をつまんで口で呼吸している。
「リュード、きたよー」
奥の部屋に入るとそこは薬を作る場所というよりも実験施設であった。
すりこぎのようなものや薬剤を熱する器具、ガラスの瓶やなんかもたくさんあった。
「ん? おう、来たか」
ゴーグルにガスマスク姿のリュードが手を上げて来客を歓迎する。
「リューちゃぁん……」
「おっと、悪いな。ほれ」
リュードは泣きそうな顔をしているルフォンにマスクを手渡す。
「スーハー……うぅ、しょうがないんだけどすごい臭いだね」
「ル、ルフォンさん、それなんでふか?」
もう1人、涙目のユーディカはルフォンがマスクを付けて落ち着いて呼吸しているのを見て羨ましそうにしている。
「ええと、こちらの人たちは?」
一緒にいるので敵ではないけどリュードにとっては知らない人なので多少警戒する。
「私たちの護衛。お父様が付けてくれた人でツィツィナとユーディカ。こちらは私の大人の試練で同行者をしてくれているリュードだよ」
「ツィツィナです、よろしくお願いします」
「ユーディカでふ……」
「よろしく。これ予備だけど使う?」
「ありがとうございます!」
リュードが予備のマスクを渡すとすぐにユーディカがそれを身につける。
このマスクはいわゆるガスマスクであり、リュードのお手製である。
目の細かい布のフィルターの中に臭いを吸着してくれる素材が入れてあるのでつけて呼吸すると臭いはかなりマシになる。
ついでに少しでも気分が良くなればとルフォンが好きな香りがする香草も入っている。
どうしても臭いがダメだけど側にいたいと言ったルフォンのためにリュードが試行錯誤したものであった。
リュードがポーションを作るときにはよくこのマスクを付けてルフォンはリュードの様子を眺めていた。
ルフォンが大丈夫というまで試しに試して作ったものだから結構な効果がある。
ラストとツィツィナも欲しそうな顔をしているけどリュードとルフォン、そして予備の分と3つしかないものなのでもう余りはない。
残念ながら我慢してもらうしかない。
「それで調子はどう?」
ならば早く用事を済ませてここを出よう。
さっさと切り上げる方向でラストはリュードに進歩を聞く。
「たぶん上手くは出来てるけどなんせ試すわけにもいかないから分からないな。ぶっつけ本番にはなっちゃうけどしょうがない。言われた通りにはできてるから本物なら効果はあるはずだ」
モノランの言った通りに治療薬を作った。
治療薬というが材料からすると健全なものに使えば毒にもなりうるレベルのものであるとリュードは思った。
出来たからと言って効果を確かめる相手もいない。
「まあ、あとは俺の趣味でポーションでも作ってたよ」
道中でポーションを使う機会は意外とある。
細かいケガをすることは外にいればあるし、焚き火の火の粉が飛んで火傷したなんてこともある。
治せるなら治した方が絶対にいい。
リュードは誰かがケガするたびにポーションをさっと出してガンガン使うので残りも少なくなってきていた。
なのでここらで作っておいた。
設備が村にいたよりも良く、薬草も良いものが多いので村の時よりも良いポーションが出来上がっていた。
「まあとりあえずは準備はできたと思ってくれて構わない」
治療薬も出来た。
となると後は治療するのであるが治療薬の出来も治療そのものも自分の腕にかかってきている。
そう考えると緊張してくるがやるしかない。
何となくだけどこの薬は上手くいきそうな感じがすると手ごたえは感じていた。
最後の大人の試練もダンジョンであった。
ダンジョンが多いなという印象があるのだけど、それはラストが複数の試練をこなさねばならないことに理由があった。
野生の魔物はどうしても流動的なもので完全に管理しておくことが不可能であると言わざるを得ない。
対してダンジョンであれば封鎖してしまえばいいし、ある程度のコントロールもすることができる。
大人の試練は一定の期間内にこなせばいいということになっている。
なので複数の試練をこなさねばならないラストでは試練をいつやるか、またはやるのかすらも予想を立てることは困難である。
魔物の討伐をラストの大人の試練として用意しておくことは大変難しい。
だから自然とダンジョンの方が割り当てられることが多くなっているのだ。
ダンジョンブレイクのことがあったので必ずしも確実でコントロールが出来ると言い切れはしないのだが、ダンジョンブレイクが起こることは本当に稀な例である。
「はぁ……いらないってのに」
ラストが小さくため息をつく。
一度でも事件があれば心配になるのが親心というものである。
最後の大人の試練に向かうラストには小隊が1つ護衛に付いていた。
その中には先日秘密を共有して仲良くなったツィツィナとユーディカの姿もあった。
治療薬が出来たので早速クゼナのところにとは行かなかった。
大人の試練を無視してクゼナのところに行くなんてことはどこからどう見ても不自然極まりない。
理由が分からなくても目的があることは一目瞭然である。
ひとまず怪しまれないように大人の試練となっているダンジョンに向かいながらどうするのか悩んだ。
「クゼナのためにもさっさと終わらせなきゃね」
どうすればクゼナに自然と近づけるか考えたのだけど、道中の能天気なユーディカの発言でその方法は思いついていた。
怪しまれることなくクゼナを連れ出せる方法があったのだ。
そのためにはむしろ大人の試練を乗り越えねばならない。
急ぎ足でダンジョンに向かう旅路は非常に順調であった。
首都がある地域周辺なので冒険者も多く、魔物の討伐もよく行われている。
護衛がいるのでリュードたち一行の人数も多いために襲いかかってくる魔物もおらず快適な旅となっている。
中立な立場の護衛がいるし、度重なる失敗のためか妨害らしい妨害もない。
そもそも嫌がらせはあっても命まで狙ってくるようなのは大領主である他の兄姉ぐらいだったのでベギーオがいなくなれば大きな脅威もなかった。
今は他の兄姉はきっとベギーオが捨てた大領主の座を狙うことの方が得策であると考えていてラストに構っている暇もない。
そんなことで急ぎながらものんびりとダンジョンの手前まで安全に来ることができた。
「もう遅いのでダンジョンの攻略は明日になさいますか?」
「そうだね、そうしよっか」
ダンジョンに近い村の外に野営する。
旅の工程としては迷ったが少しだけ無理をして村にまで進んだ結果もう辺りは暗かった。
ダンジョン内であれば時間なんて大きく問題にはならないけれど人の体は休まなきゃいけない。
旅の疲れだってあるのでゆっくり休んでから挑む方が回り道のようで早いやり方だ。
「リュード、ルフォン、ありがとね……」
焚き火を囲む。
野営の準備は護衛たちがやってくれたのでリュードたちはラストたちが寝るテントを立てたぐらいであとは任せていた。
することもないと色々考えてしまう。
ポツリとラストが考えたままの言葉を口にした。
この旅の時間は振り返ってみるとそんなに長くもない。
旅を始める前のラストは大人の試練なんて乗り越えられるものでない、妨害されて失敗するに決まっていると思っていた。
でもなんだかんだと旅の終わりが見えてきた。
これまでを振り返ってみるとリュードとルフォンがいなかったら乗り越えられなかった。
2人がいたから乗り越えられた場面というものがあった。
そんなことを考えていると自然と感謝の言葉が口に出てきたのである。
「いきなりなんだ? まだそんなことを言うには早いんじゃないか?」
「わ、分かってるよ! でもさ、言葉に出して言いたくなったんだ」
顔を赤くしたラストだってこんな気持ちになるのはまだ早いことだって分かっている。
でも思考の波に揺られながら焚き火を眺めているとなんだかセンチな気持ちになってきたのだ。
面と向かって言うのは恥ずかしいから焚き火に向かって言葉を投げかけた。
こんな時じゃないと素直にありがとうって言うのも楽じゃない。
「そうですな、私もお2人には感謝しております」
「ヴィッツだって今じゃないだろ?」
「感謝しておりますのは本当です。このような機会でもなければ私も恥ずかしくて口には出せませんから」
「そんな人じゃないだろ……」
しっとりとした空気にヴィッツが茶々を入れる。
こういう時の冗談はラストにとって有難かった。
護衛が用意してくれた食事を食べながらルフォンが作った方が美味しいね、なんて話していると夜も更けてきた。
緊張で眠れないと思っていたラストも旅の疲れからか横になっていたらいつの間にか眠ってしまっていた。
ーーーーー
護衛もいるので気兼ねなくゆっくりと休んで次の日の朝を迎えた。
「それでは私が見届けさせていただきます!」
特に親しくもなったことはないがこれまで一緒に大人の試練に挑んできたコルトンがいないことが少しだけ残念だ。
ここまで来てあの不機嫌そうな顔が見られないのは一抹の寂しさをリュードに感じさせた。
その代わりに見届け人としてツィツィナが同行することになった。
兵士たちの中でも真面目でちゃんと相手を評価することができるということで選ばれたらしい。
かつラストからも文句が出なさそうなのでベストな人選だった。
ダンジョンは平原の真ん中に人の2倍ほどの大きさの小さな岩山の中にある。
岩山には穴が空いていて覗き込んでみると穴の中には先の見通せない闇が広がっている。
明らかな異空間なのだけど原理も解明されていない謎がダンジョンなので、そういうものであると受け入れるしかない。
リュードを先頭に岩山の中に入っていく。
明かりもなくて暗い岩山の中を松明をつけて進むとすぐに下に降りる階段があった。
「わぁ……すごい…………」
ラストから感嘆の声が漏れる。
これは世界中の学者を悩ませるのも納得だとリュードも驚く。
階段を降りた先にあったのは世界だった。
松明が必要ないほど空が明るく、地面には土があって草が生えている。
ダンジョンの中とは思えない外の世界とほとんど変わらない世界が広がっていた。
フィールド型ダンジョンと呼ばれるもので、外の世界の環境を再現したダンジョンである。
だけど本当に空があるわけでもなく、ずっと向こうまで行けるものでもない。
今降りてきた階段もいきなりそこに現れたように見えているが、後ろを確認しようと思っても横から階段の後ろに回ることはできない。
「不思議だね。壁があるみたい」
見えない壁のようなものがあって先に進めないのである。
本来上に続く階段があるはずの後ろ側にはただ世界が広がっているように見える。
ただ見えるだけなのだ。
不思議な幻想で世界があるように見せているだけなのである。
しかし見せかけだけといってもそれなりの広さはある。
ダンジョンの難易度は中級冒険者の駆け出しが挑むぐらいのもので決して高くはない。
大人の試練として考えると高めの難易度になるのだけど、リュードとラストの実力からすると高くないという話である。
「えいっ!」
ラストがムチをゴブリンの首に巻き付けてへし折る。
地下1階に出てきたのはゴブリンであった。
広いから難易度的に上になっているだけで出てくる魔物はそれほど強くもない。
ゴブリン程度の魔物ならラストでも全く問題はない。
ゴブリンたちは魔力を込めたムチになす術もなくやられていく。
拍子抜けと表現してしまうと悪いがこれでも大人の試練にしては高い難易度である。
なのでツィツィナはラストの戦いぶりに感心していた。
王様のお膝元では恣意的に高い難易度のダンジョンを用意もできず、また王様側としてもあまりにも簡単なダンジョンではラストの面目を立たせられないためにこれぐらいのダンジョンになったのだろう。
狙いはボスなのでゴブリンなど戦わなくてもいいのだけど数も多くて完全には避けられない。
どこかで戦うと大声を上げて仲間を呼ぶので見つけたそばから倒した方が楽であった。
「あっ、あったよ!」
ただゴブリンが出るだけのダンジョンならそれこそ駆け出し冒険者がやるようなダンジョンになってしまう。
もちろんフィールド型でゴブリンが出るだけのダンジョンではない。
このダンジョンは下へ下へと階層が続いていく階層型という作りのダンジョンでもあった。
ダンジョンの厄介ポイントとして階段の場所は固定ではないぐらいのことはある。
場所も見た目も時折変化をしているので毎回階段を探さねばならないのである。
その手間や厄介さが中級ぐらいと評される理由の1つであった。
「他に用事もないしさっさと降りてくか」
ラストが見つけた階段を降りていくと地下二階も一階と同じような作りであった。
ただちょっとだけ草の背が高くなり、平原が草原になったとほとんどわずかな差があるぐらいのものであった。
一階も二階も視界は悪くない。
見回していると地下二階の魔物の姿もすぐに確認できた。
コボルトである。
犬頭二足歩行の魔物で戦闘能力としてはゴブリンと大差はない。
鋭い牙がある分強いと言ってもいいのだけどゴブリンにしろコボルトにしろ噛みつかれるまでボーッと突っ立っていることの方が難しい。
視界が開けているのでコボルトを見つけるのは容易いがコボルトからも簡単に見つかってしまう。
戦わなきゃいけないけど不意打ちを警戒して進むよりは精神的には楽だからいいかとリュードは思う。
「階段ないねぇ」
草が伸びた分厄介だったのはコボルトの方ではなくて階段捜索だった。
草が高くなったので地面の視認性は下がってしまった。
コボルトは見えても階段は簡単には見つけられない。
草をかき分けて進んでようやく階段を見つけることができた。
「はい次だ!」
地下三階は打って変わって森になっていた。
しっかりとした木々が一面に生えている。
これが本当の木なのかどうかはリュードにも分からない。
もしかしたら何もなくて木があるように見えているのか、ダンジョンが木を生み出してここに根付かせているのか。
木があるとしてもこれは地上に生えているものと同じであるのかどうかもわからない。
調べた人がいるのかもしれないけれどリュードはどうであるのかその答えを持っていない。
森にはなったのだけど出てくる魔物はゴブリンとコボルトであった。
変わり映えもせず数だけは多い魔物に若干の嫌気がさす。
「ラスト、横から来てるぞ!」
「オッケー!」
森になると流石に見通しは悪くなる。
ゴブリンもコボルトも小型の魔物で木の影ぐらいになら隠れられてしまうので力的に敵じゃない魔物であっても警戒は必要であった。
そして見通しが悪いということは大変なのはまた階段探しである。
人数もニ人だけであることもネックになっている。
探す目が少ないのでしっかりと周りを見ていかなきゃいけない。
なんだかツィツィナも探してくれているような気はするけど、見届け人が階段の場所を教えてくれるかは分からないので期待はしないでおく。