どこかに行くわけにもいかないのでただひたすらにルフォンたちが試着を終えるのを待った。
 手持ち無沙汰ですることがなくてとりあえず紅茶に口をつける。

 せっかく出してもらった物を冷ましても悪いと思って飲んでいたけれど、向こうも向こうで気を遣ってくれているのか紅茶がなくなるたびに熱々のものを淹れてくれる。
 何か手元には置いておきたいので入りませんとは言わなかったので腹の中が紅茶で一杯になってしまっていた。

 かつて真魔大戦の時代には戦争のために遠距離で連絡を取る魔法も開発されたことがあると聞く。
 ルフォンとは身近にいるのでそうしたものは必要でないと考えていたけれどそんなものも必要かもしれない。

 いつかまた村に帰ることでもあったら資料を漁って探し、作ることを考えてみようと思った。

「お待たせしていますね。2人とも、もうすぐ出来上がりますから」

 紅茶も何杯目だろうかと分からなくなってきた。
 もうただ紅茶を口につけているだけのポーズを繰り返すリュードのところにラストの友人でもあるビューラがやってきた。
 
「分かりました。期待しています」

 なんてことはないように答えるリュードだったけれど、内心ではようやく待つのも終わりだという喜びが大きかった。

「ちゃんと褒めてあげてくださいね。これは絶対ですから!」

 待ち疲れて若干上の空で話をしているリュードにビューラが顔を寄せる。

「は、はい……」

「それでは最後の仕上げがありますので」

 ビューラのウインクにリュードは苦笑いで答える。

「あっ、シューナリュードさんも準備しましょうか〜」

「え、俺ですか?」

「はい〜、こちらに〜」

 やたらと間伸びした話し方の店員に連れられてリュードも化粧室に入る。
 なぜ着替える必要があるのかは分からないけれどリュードもされるがままに選んだ礼服に着替える。

 普段使わないような化粧水を顔に塗られて髪なんかも整える。
 服装としては燕尾服のような形の礼服をリュードは選んでいた。

 実際は燕尾ではなく血人族の翼を表しているらしい。
 他の場所でも普通に使えるものに見えたのでこのデザインのものを選んだ。

「うん、素材からいいから変に手を加えるよりはこのままの方がいいわね」

 ほとんど手を加えていないリュードのお着替えはすぐに終わった。
 
「どうですかー?」

「あっ、できてまーす!」

「はーい。じゃあ〜行きましょうか?」

 行くってどこに。
 質問する暇もなく店員が歩いていくので聞きたい気持ちを抑えてリュードは店員についていく。

「あっ、来たね」

 別の化粧室の前にビューラが待っていた。

「いいですか、ドレスを着るのって意外と大変で、化粧したりするのも楽じゃないです」

「んん? まあ男よりは大変なことは分かっているよ」

「何が言いたいかっていうとですね、ちゃんとラストのこと、褒めてあげてくださいってことです。これは絶対で、もし褒めなかったら私はあなたのこと許しませんから」

「…………わかりました」

 なぜ脅しかけれているのだ。

 ビューラの圧にリュードはただうなずくしか出来ず、ビューラはリュードの返事に満足そうに笑う。

「それじゃ、中にどうぞ」

 ガチャリとビューラがドアを開けてリュードを中に入れる。

「あっ、リューちゃん!」

「リュード!」

 リュードは息を飲んだ。
 対照的な2人が部屋の中に立っていた。
 
 ルフォンは黒いドレスを、ラストは白いドレスを着ていた。
 直前でキャッキャッと褒め合っていた2人は自然な笑顔でリュードの方に振り向いた。
 
 ビューラにも念を押されたのでスッと褒めるつもりだったのに思わず2人に見惚れて言葉が出てこなくなった。
 化粧室に一歩入ったところからリュードは動かなくなってしまう。

「どう、リューちゃん?」

「私たちどうかな?」

「いや、その…………綺麗だよ」

 消えいるような声でリュードはなんとか褒め言葉を絞り出した。
 一度意識し出すと今度は2人の方が見られなくなる。

 顔が熱くてしょうがない。
 リュードが珍しく顔を赤くするのを見て、ルフォンとラストが顔を見合わせる。

 まともに2人の方を見て褒め言葉を口にすることができない。
 心臓の音が聞こえるほどドキドキして、どうしたらいいのか分からなくなる。

「へへへっ、リューちゃん!」

「ちゃんと見てよ、リュード!」

「うっ……くっ!」

 ルフォンとラストは隙ありとリュードの腕に抱きつく。
 元が美人の2人には過度な化粧は施していない。
 
 けれど美の職人たちの技でより綺麗に見えながら自然であるように薄く顔も飾っていた。

「えっと、その、とにかく綺麗で……」

 理想はちゃんと2人を見て褒めることなのにモゴモゴと褒めることしか出来ない。
 それぐらい破壊力があった。

 ただ直接の褒め言葉がなくてもリュードのいつもとは違う態度を見ればどう思ってくれているかなんてすぐに2人には分かった。
 ある意味嬉しい反応である。

 いつも余裕があるようなリュードの余裕が一切なくなってしまったのだ。
 予想していなかったリアクションにルフォンもラストもより笑顔になる。

 大成功。
 そう言っていいだろう。

「くそぅ……あっちもやはり強敵だったか……」

 ビューラはドア前で1人悔しそうな表情を浮かべていた。
 思わずラストのことを抱きしめる。

 それぐらいのことを目指していたのだけれどあのルフォンという女性も想像を超えてくる美しさをしていた。
 ラストが負けているとは思わない。

 けれどラストが圧倒しきれているかと聞かれると圧倒はしきれていなかった。
 ビューラの中ではこの勝負引き分けであると、そういうことになっていた。