「心配、したよ」
口ではああ言っていたけどいざ無事なリュードを見て安心した。
胸に顔を押し当てるルフォンの尻尾は振られていて、怒ってはいないと分かる。
「私もいなくて心配していたんだぞ!」
これぐらいならいいだろうと最大級の勇気を出してラストはリュードの袖を掴んでいた。
腕に抱きつくことも、手を握ることもできず、出来た最大の行為が袖に手を伸ばすことだった。
「私も心配しておりましたぞ!」
ヴィッツのはただの悪ふざけである。
リュードの左手を両手で包み込むように取ってニッコリ笑う。
心配していないわけじゃないけど思わず手を取るほどに心配してはいないだろうとリュードは目を細めた。
「心配かけてごめん。みんなありがとう」
とりあえずヴィッツの手を振り払いたいのにがっしり掴まれている。
1名の悪ふざけは置いといてルフォンとラストは本気で心配してくれていた。
まずは二人を優先することにして、ヴィッツの方は気にしない。
ヴィッツ完全無視で二人に笑顔を向ける。
「でもまだ終わりじゃない。みんなで無事にこれを乗り切るんだ。ダンジョンブレイクを終わらせて、平和を取り戻して、それでようやく終わりだ」
「そうだね。でももう1人で無茶しちゃダメだよ?」
「ごめんごめん。だって俺がいなくなってからこんなことになるなんて思わなかったんだよ」
まさかリュードが少し離れている間に門から撤退しているだなんて思いもしない。
確かに戦場を離れたリュードも悪いけど戦況が大きく変わってしまったのでリュードが全て悪いとは言い切れない。
「ラストの言葉でモノランのことを思い出してな。助けを借りるためにモノランを呼んだんだ」
「さっすがリューちゃん!」
「私の言葉のおかげってこと?」
「ま、そうだな」
「さっすが私!」
ラストのふとした嘆きがリュードに閃きをもたらした。
およそ賭けに近いものであったけれどモノランを呼ぶことができたし、協力を取り付けることもできた。
ラストのボヤきがなかったらモノランのことを思い出すことはなかっただろう。
「そうだな、ラストのおかげだな」
「ふへへっ」
褒められてラストも嬉しそうに笑う。
「んで、いつまで手を握ってるんですか?」
「放せと言われておりませんので」
「放してください」
「かしこまりました」
ヴィッツの茶目っ気はなかなかリュードには理解し難い。
どのような意図があるのか不明だけど時折ぶっ飛んだ冗談を言う。
雰囲気を和ませようとしているのだと好意的に考えておくことにした。
「シューナリュードさんですね?」
「あっ、はい。何でしょうか?」
声をかけられてルフォンとラストもリュードから離れる。
振り返るとリュードに声をかけたのはジグーズだった。
一瞬こんな時にイチャイチャしていたことを怒られるのかと思った。
「私たちがどうすればいいのか指示をくださいませんか?」
「俺が……ですか?」
なぜいきなりそんな話をしてくるのか、理解ができない。
「はい。あの神獣様をお連れになられたのはシューナリュードさんですから。私たちが神獣様にご命令をしてよいものかも分かりません。ですのでシューナリュードさんが神獣様と私たちがうまく立ち回れるように指示くださればと思いました」
外の様子を確認していたジグーズはリュードがモノランの背中に乗ってきたのをしっかりと見ていた。
モノランに助けられてきたような様子ではなく対等な関係に見えて何かしらの関係があるとジグーズは考えた。
雷を操る神獣の周りでうろちょろと戦えば神獣も冒険者も互いに力を出し切ることができない可能性がある。
どちらの側にも理解がありそうなリュードが指示を出すことが1番良いと判断を下した。
少なくとも神獣の邪魔にならないようにどうしたらいいのか相談ぐらいはしたかった。
それに北門での出来事について報告も受けていた。
1人正しい判断をして、咄嗟にデュラハンの剣も防いだ。
こんな緊急事態だからこそ正しく動けて実力もある人物を年齢や立場でなく考えて事態に当たるべきなのだ。
ジグーズは自分の判断のために主要な者をさっと説得してリュードの指示を仰ぐことにした。
「……そうですね、この状況を終わらせるためには結局ダンジョンブレイクを終わらせる必要があると思います。そしてそのためにデュラハンを倒すことが必要です」
偉そうに指示なんて出すことはできない。
あくまでも対等な立場での意見だと思ってリュードは口を開いた。
ダンジョンブレイクは自然に終わるものじゃない。
放っておいたとしても延々と魔物が中から出てくるだけである。
ダンジョンブレイクを終わらせるにはダンジョンのボスを倒すことが必要である。
今回ならデュラハンで、もうダンジョンの外に出てきていることも確認済みだ。
「まずはみんなで協力して周りにいる魔物から減らしましょう。そしたら俺たちがモノランとデュラハンのところまで行って倒してきます」
ダンジョンブレイクを終わらせて町を救うために、最終的には打って出るしかない。
「しかし、それでは……」
「やるしか生き延びる道はないんです。モノランは多分他の人じゃ言うこと聞いてくれないと思うので俺が行かなきゃいけないんです」
「うぅむ……」
モノランのことを考えると他の人を連れて行くことはできてもリュードが同行することは必須になる。
乗せて運んでいってと言ってもモノランは拒否するだろう。
ジグーズはリュードの提案に難色を示す。
リュードの実力は分からないし任せるには不安が大きい。
けれどだからといって今ここでデュラハンを相手できる冒険者もいない。
神獣と繋がりがあるということは、神様とも何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
グルグルと頭の中で迷ったジグーズは最後は自分の勘を信じることにした。
「……分かった、君たちに任せたいと思います」
どの道他に方法はない。
最後の希望をリュードに任せてみようと思った。
「ではまず魔物の数を減らしましょう。モノラン……神獣と俺たちはギルド裏側をやりますので冒険者たちで表側の方を頼みます」
「承知した。みんな、スケルトンを片付けるぞ!」
「モノラン、この建物の裏側の魔物を頼む」
「わかりました」
冒険者たちがギルドから飛び出してスケルトンと戦い始めて、モノランはギルド裏に回る。
リュードたちはモノランと一緒に遊撃部隊として戦う。
モノランが大雑把に敵の数を減らしていき、リュードたちが討ち漏らしたスケルトンを倒すというざっくりとした作戦で戦う。
「行きますよ!」
派手に音を立てるようにモノランが雷を落とす。
冒険者たちは表側で戦ってみるので見えないが音でモノランが暴れていると分かる。
それに戦えない組の人たちは冒険者ギルドの窓から活躍を見ていてくれる。
派手に印象に残るように活躍すればきっとモノランのことは話としても広まるだろう。
「ルフォン、ラスト、道を切り開いてくれ」
「任せて!」
「退きなさい!」
ルフォンとラストで攻勢を強めてスケルトンを一気に倒す。
そうして空いた所を通ってリュードがスケルトンメイジを切り倒した。
「この調子でいくぞ!」
モノランが敵の数を減らしてくれると戦場の様子が見えるようになって、スケルトンの上位種であるスケルトンナイトやスケルトンメイジといった存在がいることも把握できてきた。
これからの戦闘の時に上位種が残っていると厄介であるので見つけたら先に倒してしまってうことにした。
特にスケルトンメイジのような遠距離から攻撃してくる敵は優先して倒しておくのが事故を防ぐためである。
冒険者たちは防御魔法の中に出入りを繰り返してスケルトンと戦い続け、モノランはそんな冒険者たちに力を見せつけるようにスケルトンを殲滅していった。
前足の一振りでも何体ものスケルトンが吹き飛んでいき、逆にスケルトンの攻撃ごときではモノランは傷付けられなかった。
みんなの必死の戦いによって目に見えてスケルトンの数は減ってきていた。
変わらないように見えても諦めずに戦い続けて着実に減らしてきた結果が出てきたのだ。
まだ軍勢と言ってもいいほどの数は残っているのだけれど、一面隙間なくいたスケルトンたちの補充が遅れてきて空白ができ始めていた。
冒険者とモノランが前に出て戦ってくれたので防御魔法にかかってくるスケルトンの圧力も減って、神聖力の消費が抑えられて想定していたよりも長く防御魔法を展開していられそうだった。
「昼飯にポーションか……」
「でもいつものマズイ店よりは確実に高いぞ」
「そうだな」
戦い続けて日が昇り、いつしか昼時になっていた。
酒場が併設されているので料理ができないこともないが今はみんな疲労していた。
お昼代わりというおかしいけれどギルドが貯めている非常用の高級ポーションがみんなに配られた。
ケガや体力を回復させるポーションと魔力を回復させるポーションがあってみんな少しずつ飲んでいる。
正直に言ってポーションは美味しいものじゃない。
けど最後の晩餐にはふさわしいぐらい高価なものではあった。
「美味しいじゃん!」
「あんがと」
「さすがリューちゃん」
「非常に飲みやすいですね。リュードさんのお店があったら遠くても買いに行くぐらいです」
リュードたちはリュード手製のポーションを飲んで体力回復を図る。
効果として大きく変わらないのに普通のポーションのような不味さはない。
多少作り方は込み入っているけれど作って売ればヴィッツの言うように欲しい人はいるぐらいのものである。
だってポーションって基本的にクソ不味いから。
「ジグーズさん、俺たちそろそろ行こうと思っています」
「分かりました。……ご武運をお祈りしてます」
「勝って帰ってきますよ」
もう安心とまで言えないが、デュラハンと戦うなら今を置いて他にない。
アンデッド系の魔物は昼になると能力が落ちる。
日が高い今が1番デュラハンも弱いタイミングなのである。
「モノラン、背中に乗せてくれないか?」
「どうぞ」
だいぶ魔法を使ってスケルトンを殲滅していたモノランも魔力節約モードになって前足薙ぎ払いで戦っていた。
序盤にスケルトンナイトやスケルトンメイジを片付けて脅威を取り除いておいたのでモノランは気兼ねなく魔法なしでも戦えていた。
まだスケルトンは多いがかなりスカスカになっている。
残った人で倒し切るのも難しいかもしれないが、聖職者たちの負担も相当軽くなったので今しばらく保てるぐらいになっていた。
「みんなも乗せていいか?」
「う? ……それはリュードのお願いですか?」
「うん、頼むよ」
「……しょうがないですね、リュード以外は乗せないのですが特別です」
「助かるよ。みんな、乗るんだ!」
「しっかり掴まっていてくださいね。リュード以外は落ちても知りませんから」
モノランが跳び上がる。
建物の上に着地する。
次々と建物の上をジャンプして町中を移動していき、北門のある城壁の上を飛び越える。
町の外にいるスケルトンはすっかりまばらになっている。
ダンジョンから向かってくるスケルトンもそれほど多くはない。
いくらなんでも工場のようにスケルトンが無限に生み出され続けているのではなかった。
もうそんなにスケルトンもいないのかもしれないとリュードは思った。
少しだけ希望を大きくしたリュードたちを乗せてモノランは走る。
勢いのあるモノランにぶつかるだけでもスケルトンは砕けていく。
北門からまっすぐ北上していくとそこにダンジョンがある。
ダンジョン手前にある小高い丘の上、そこにデュラハンがいた。
「まだあんなにスケルトンが……」
「その上いるのはスケルトンナイトとスケルトンメイジか……」
チッパの町に来ていたスケルトンが全てではなかった。
2体のスケルトンナイトと2体のスケルトンメイジがデュラハンの前に待機している。
そしてその周りを囲むようにスケルトンがいる。
他のスケルトンは生み出されたそばから送り出していたようでデュラハンの護衛のスケルトンナイトとスケルトンメイジ、一部のスケルトンはそばに留めおいたみたいだった。
「いいか、ルフォンとヴィッツはモノランと周りにいるスケルトンとスケルトンナイト、スケルトンメイジを相手してくれ。俺とラストはデュラハンを倒すぞ」
「まさか……リュード」
「ここはダンジョンの外だからな、ボス以外をルフォンたちが相手しても大丈夫だろ。ただここでデュラハンを倒してダンジョン攻略となるのかも分からないけど」
ラストはイタズラっぽく笑うリュードを見て驚いていた。
リュードはなんとこの期に及んでラストの大人の試練のことまで考えてデュラハンと戦おうとしていたのであった。
今大人の試練なんて考えている場合ではないのだけど、ここにきてこの先で難癖付けられることも絶対に嫌だった。
だからリュードはラストとデュラハンを倒そうとしていた。
一応ダンジョンを攻略しろということはダンジョンのボスを倒せということと意味はほとんど同じである。
つまりデュラハンを倒せばダンジョンを攻略したことになる。
ダンジョンブレイクを起こした時どうなのかとか、外にいるデュラハンを倒したらどうなのかとかイレギュラーな状況ではある。
本来コルトンがいれば聞けて安心なのにと思うけれど、そういえばコルトンはどこにいるのか。
これまではリュードたちに先回りしてダンジョン付近にいたのに今回はコルトンの姿は見ていない。
バカ真面目に待っていたのだからダンジョン周りにいてもおかしくないはずなのにチッパの町にもいなかった。
「またやるだけやってみよう」
リュードとラストだけで倒せるならそれでいい。
危険そうならルフォンたちに助けてもらったって別にいい。
やるだけやってみようとリュードは笑ってみせる。
リュードたちに気づいたスケルトンが動き出す。
「私はもうあまり魔力はありませんので助けにはなれないかも知れませんよ」
「いてくれるだけでも心強いさ」
「リュードは口がうまいですね。道は私が開けて差し上げましょう」
モノランが大きな雷を落とす。
スケルトンの集団の真ん中が雷にやられて穴になる。
モノランはスケルトンの集団に突っ込むと前足でスケルトンを薙ぎ倒していく。
魔力がなくたって十分な戦力である。
「スケルトンは私に任せてください! みなさんは早く行って下さい!」
「ありがとうモノラン!」
モノランの背中から飛び出してリュードたちはスケルトンの集団を飛び越えて行く。
「はっ!」
しっかりとフルアーマーの鎧を身につけたスケルトンナイトが通さないと言わんばかりに立ち塞がった。
スケルトンナイトに対して前に出たのはルフォン。
スケルトンナイトの剣をかわして思い切り蹴りを入れて無理矢理前から退かせた。
「リュード様、ご領主様を……ラスト様をお頼み申し上げますよ」
スケルトンメイジがルフォンに向かって氷の塊を発射する。
それをヴィッツが炎をまとった剣で切り裂いて防ぎ、ルフォンとヴィッツの二人は足を止めた。
そのままリュードとラストは走り抜けていく。
「また2人で戦うことになりましたな」
「ヴィッツさんなら強いから大歓迎だよ」
「お褒めにあずかり光栄でございます。さっさと終わらせてペリアリーフの使い方でも話し合いましょうか」
ペリアリーフとはルフォンがもらってきた香辛料の1つの名前である。
「そうだね。お昼もちゃんと食べてないしお腹が空いちゃう前に終わらせたいね」
少しだけこれまでのスケルトンナイトやスケルトンメイジとは違う雰囲気がある4体が二人に迫る。
しっかりと鎧を着ていて錆び付いてもいない綺麗な剣や槍を持ったスケルトンナイト。
厚めの生地で作られたローブに身を包み魔法補助具として作られた杖を持っているスケルトンメイジ。
錆びてボロボロの鎧を着て、切れ味の悪そうな剣を持ったスケルトンナイトや薄い破れかけのローブを着たスケルトンメイジとは明らかに異なっていた。
「お気をつけください。これまでのスケルトンとは違うようです」
スケルトンナイト同士の装備はどこか似ていて、スケルトンメイジの装備も互いに似ている。
そして4体1まとまりになっていることが見てとれる。
ルフォン達を見てすぐに襲い掛かってもこない。
何か他のスケルトンとは異なっていることが感じ取れる。
「私が前に出ますのでサポートをお願いします」
相手は4体。
数も多いしこうした違和感を感じた時はその正体を見極めなければ痛い目を見ることがある。
「行きますよ!」
ヴィッツが槍のスケルトンナイトに切りかかる。
普通のスケルトンなら防ぐこともしないしできないような一撃だった。
スケルトンナイトであっても大体防御も間に合わないものなのだけどこの槍のスケルトンナイトはヴィッツの剣を受け止めた。
受け止めるだけの速さと力がある。
すぐさま剣のスケルトンナイトとスケルトンメイジの攻撃を警戒したヴィッツは驚いた。
剣のスケルトンナイトはヴィッツを無視してルフォンの方に向かった。
そしてさらにヴィッツの横を魔法が飛んでいく。
スケルトンメイジもルフォンの方を狙っているのだ。
ヴィッツとルフォンがどちらが弱そうか。
老人と女性であり、なかなか判断が難しいところではあるが剣を持った老人とナイフを持った女性なら女性の方が弱そうだとみるものももちろんいるだろう。
前に出ているヴィッツではなくルフォンを集中的に狙った。
弱そうな相手を優先して狙うという戦略を考えるだけの若干の知恵がある。
ただし見た目ほどルフォンもか弱くはない。
飛んでくる黒い魔力の矢をルフォンは回避する。
避けられないものはナイフで叩き落として、服にすら魔法が掠ることもさせない。
それでいながら迫り来る剣のスケルトンナイトのこともちゃんと見ている。
突き出された剣のスケルトンナイトの剣をルフォンは体を回転させながらナイフを当てて逸らす。
そのまま回転の勢いを利用して剣のスケルトンナイトの頭に目がけてナイフを振る。
剣のスケルトンナイトはすぐさま体を逸らしてルフォンのナイフを回避すると後ろに飛び退いた。
「これは驚きですね」
やはりただのスケルトンたちではなかった。
戦い方に知性があるとヴィッツはわずかに目を細めてスケルトンナイトたちに視線を向ける。
魔法を使うタイミングも連携も取っていて戦い方を知っている戦いをしている。
「……私のことなめてるのかな?」
けれどスケルトンナイトが連携していることなんてどうでもよく、弱いと思われたことにルフォンはムッとしていた。
スケルトンたちが優先してルフォンを狙った理由はそれしかない。
リュードといるなら仕方ないけどヴィッツと一緒にいて見比べた時にサッと倒せる相手にでも見えたのだろうか。
見た目で軽んじられるのはルフォンも許せない。
「いいよ、じゃあ少しだけ本気、見せたげる」
「これは……」
人狼族だと聞いてはいたがヴィッツが目の前でルフォンの魔人化した姿は見たことがなかった。
弱そうならば力を見せてやるとルフォンが魔人化して人狼の姿になる。
真っ黒な毛に覆われた猛き姿を見てまだ弱そうなどと思えるだろうか。
「ヴィッツさんサポートお願いね」
魔人化した姿でも声は同じく可愛らしいということに不思議さを感じずにはいられない。
「速い……!」
ルフォンは地面を蹴るとルフォンに切りかかってきた剣のスケルトンナイトと距離を詰める。
体ごと叩きつけるようにナイフを振り下ろすと剣のスケルトンナイトはギリギリ反応してナイフに剣を当てた。
しかしルフォンの力が強くて剣のスケルトンナイトは押し切られて地面に転がる。
スケルトンメイジが魔法を使ってルフォンを拘束しようと試みる。
地面から黒い触手が何本もルフォンの体に伸びていく。
「させません!」
それをヴィッツが炎をまとった剣で切り裂く。
「流石ヴィッツさん!」
魔法を使った直後で動けないスケルトンメイジにルフォンが飛びかかる。
ルフォンの魔力と聖水による神聖力がこもったナイフが額に当たり、そのまま頭蓋骨を2つに叩き割る。
スケルトンメイジの体が魔力を失ってバラバラと崩れる。
1体倒した。
すぐさま槍のスケルトンナイトがルフォンに襲いかかる。
分かっていたかのようにルフォンは飛び上がり、槍のスケルトンナイトの上を飛び越えながら体を反転させる。
着地してすぐさま反撃を繰り出す。
ナイフが鎧を切り裂くが槍のスケルトンナイトに変化はない。
中に体が詰まっているのではないので鎧が傷付けられただけに終わったからだ。
「私に背を向けるとはいい度胸ですね」
槍のスケルトンナイトがスケルトンメイジを助けようとしたのかは分からない。
もしかしたらまだルフォンの方が弱そうで先に攻撃しにきたのかもしれない。
槍のスケルトンナイトはヴィッツに背を向けてルフォンの方に向かっていった。
当然ヴィッツがその隙を見逃すはずがない。
後ろからヴィッツが槍のスケルトンナイトを斜めに両断する。
炎をまとった剣は鎧ごと槍のスケルトンナイトを真っ二つに切った。
「残るは2体ですね」
「ヴィッツさんはメイジをお願い」
ルフォンは剣のスケルトンナイトに向かう。
立ち上がった剣のスケルトンナイトはルフォンのナイフを防ぎ、段々と後退していく。
実力は悪くはないと思った。
剣のスケルトンナイトは剣を操り、押されながらも何とかルフォンの猛攻に耐えている。
スケルトンナイトにしては相当できる方。
ルフォンが片手しか使っていないとしても相当なスピードなので対応できるのは純粋にすごいと思った。
もしこのスケルトンナイトにゼムトやガイデンのような自我があったならもっと強かったのだろう。
もしかしたらこのスケルトンナイトはそんな感じの強い人のスケルトンナイトだったのかもしれないとすら感じる。
防ぐことも限界に達した時を見計らってルフォンは使っていなかった左手のナイフも使った。
もうギリギリのところで防いでいた剣のスケルトンナイトはルフォンの左手に反応することができなくて、首を切り落とされた。
頭蓋骨が地面を転がっていてもまだ動く気配があったが、ルフォンがナイフを投げて頭蓋骨にトドメを刺すとスケルトンナイトの体が倒れて動かなくなった。
「危ない戦いでございました」
危なげなんてなかった。
前衛がいなきゃスケルトンメイジなんて相手ではないので、ヴィッツはもうすでにスケルトンメイジを片付けていた。
「どちらに向かいますか?」
どちらというのはデュラハンと戦うリュードの方か、スケルトンたちと戦うモノランの方かである。
「……モノランの方に行こう」
「分かりました」
リュードたちなら心配ない。
きっとデュラハンも倒してくれるはず。
今は余裕がなさそうなモノランの方を助けてあげることにした。
もうモノランはあまり魔力がなくてスケルトンたちにチクチクと攻撃されながら少しずつ後退している。
そちらの方が助けが必要そう。
ルフォンはまずモノランを助けに行くことに決めた。
ーーーーー
「最初から本気で行くぞ!」
デュラハンを相手に余裕をかましている暇はない。
リュードはクロークを脱ぎ捨てて魔人化する。
こんなこともあろうかと魔人化することを見越した緩めの服を着てきていた。
中には戦闘衣も身につけているし、魔人化する準備も万端だった。
尻尾がある以上ズボンのお尻の部分だけはどうにもならないので破けてしまうけど必要な破損だからしょうがない。
(……美しい)
戦闘の最中だというのにラストはそう思ってしまった。
血人族は竜人族や人狼族のように完全に見た目が変わってしまう魔人化ではない。
なので竜人族や人狼族のように真人族の姿と魔人化した姿の両方でそれぞれ好みがしっかりあるとは言い難い。
真人族よりは理解があって見た目に多少の好みはあるけれど、基本は真人族の姿が見た目の好みを語る上で基準とされる。
けれども血人族の魔人化には翼がある。
そのために血人族には翼の美しさという好みの価値観が存在している。
個人の好みなのでどのような翼が好きなのかは個人の感覚でしかないがラストの好みは美しくて力強い翼だった。
リュードは竜人族であり、竜ではない。
なので背中に翼は生えていないのだけれど、ラストは確かに見たのだ。
リュードの背中に翼が生えていたらこのようなのではないかという翼が。
ドラゴンのような分厚く力強い大きな翼が背中に生えていたのだ。
もしもリュードに翼があったならという完全にラストの妄想なのだけれど、本当に翼があったら戦闘中にも関わらず完全に見惚れてしまっていたかもしれない。
「ラスト、行くぞ!」
「あっ、うん!」
かもしれないじゃなく、妄想ですら見惚れていた。
リュードが本気を出したからとラストも本気を出して魔人化をする。
体の中の力に集中して、一気に爆発させるように解放する。
背中がムズムズとする感覚があってラストの背中に生えていた翼が大きくなった。
コウモリのような黒っぽい大きな翼が服を突き破りラストの背中から伸びて、ラストの瞳がより赤く鮮やかになる。
牙が伸びてチラリと唇の隙間から見える。
見た目の変化としては竜人族のリュードに比べると遥かに小さいがこれも立派な魔人化である。
ヴィッツが魔人化しても背中の翼と牙が伸びるぐらいでラストのように瞳までより鮮紅に染まるのは先祖返りであるからである。
「思ってたよりいいじゃないか」
「そ、そう? ならよかったかな」
血人族という名前にふさわしい魔人化であるとリュードは思う。
見た目の変化以上にラストから感じられる魔力もしっかりと強くなっている。
「さて……」
対峙するデュラハンは剣を持っていた。
投げて門を破壊したはずの剣である。
スケルトンなどと違ってデュラハンに関しては野生であっても生まれ持った時から武器を所持している。
拾った物であったりダンジョンから与えられた物ではない。
デュラハンから生み出された剣であってデュラハンの体の一部と言ってもいい。
生み出したのはデュラハンであるので何度でも剣を蘇らせることができる。
なので門に投げた剣は消滅させて新たな剣を作り出していたのである。
「改めて対峙すると強そうだな……」
大きな門を破壊するだけはあって圧力のような魔力を感じる。
出し惜しみなんてしていられないとリュードは持ってきた最上級の聖水を惜しげもなく剣に振りかける。
聖水の神聖力を受けて黒い刃が白い光を放ち出す。
ラストはムチを巻いて腰につけ、使い慣れた弓を手に取る。
矢と弓に聖水をふりかけてラストも準備する。
敵がデュラハンだけとなったのでムチよりも弓矢の方がいいと判断したのだ。
「こいよ、この戦い終わらせようぜ!」
リュードの声に反応してなのかデュラハンが乗っている鎧の馬の腹を蹴って走らせる。
デュラハンは馬の勢いを乗せた切り上げ攻撃でリュードを狙った。
ほんの一瞬正面から受けてみようかと思ったけれど危険だと瞬時に判断してリュードはデュラハンの切り上げを受け流す。
受け流したはずなのに手が痺れるほどの衝撃にデュラハンの強さを思い知る。
「クッ、ラスト、まずは馬からやるぞ!」
リュードに一撃加えたデュラハンはあっという間にリュードから距離を空けている。
馬に騎乗しての攻撃なので攻撃と移動が一体で反撃に出る隙もない。
一撃離脱が強すぎる。
馬の勢いも剣に乗ってくるし反撃ができない。
将を射んと欲すればまず馬を射よなんて言葉もある。
本当にその通りにする言葉でなく例え話なのだけど実際の場面でもそうするのが良さそうである。
「ラスト避けろ!」
しかしデュラハンもバカではない。
再び駆け出したデュラハンが狙ったのはリュードではなくラストだった。
まずは厄介な弓の使い手から倒してしまおうとデュラハンも戦略を考えていた。
「やぁっ!」
デュラハンの攻撃をラストが横に転がって回避する。
剣は空を切るがデュラハンは馬の足を止めない。
グルリと回ってきて再びラストを狙う。
「させるか!」
馬が急に反転して走るわけにもいかない。
弧を描くように走っているデュラハンの馬の軌道をリュードは読んでデュラハンに切り掛かる。
デュラハンもリュードを忘れていたわけがない。
けれどリュードは初めての状況なのに適切に対応をしていて馬の前に先回りするように剣を振り下ろしていた。
馬の足が止まり、立ち上がった馬の前足がリュードの頬を掠める。
多少無理矢理だったけれど上手くいった。
リュードとデュラハンの切り合いになる。
とりあえず馬の足は止められたけれど馬上から振り下ろされるデュラハンの剣は重たくて受け流すのも精一杯だった。
反撃もしっかりと防がれていて中々攻めきれない。
むしろリュードが押されている。
アンデッドであるデュラハンには腕の痛みという概念もない。
無理なストップアンドゴーも構わず、常に全力で剣を振り、想定していない角度からも剣が飛んでくる。
リュードも負けじと反撃をするけど様々な条件がデュラハンに有利であって攻めきれない。
最上級の聖水を使った神聖力を付与しているので当たりさえすればデュラハンにもダメージがある。
デュラハンはそれをわかっているのか巧みに防御してくる。
巧みというか防御もリュードなら無茶な腕の角度もデュラハンには難しくないので防いでくるのだ。
騎乗しているので高くてやりにくいということもあるけどデュラハンには頭がない。
デュラハンは左手に剣を持ち、右手に頭を持って戦っている。
手に持った頭をリュードから遠ざけるようにしているために頭を狙うことができない。
フルフェイスの兜っぽい頭は中身がわからないがどう動いてもリュードの攻撃が当たらない位置にある。
これもまた厄介ポイントの一つだ。
リュードが足を止めた激しい切り合いでデュラハンの意識を引きつける。
「くらえー!」
しかし目がどこにあるかも分からない馬はラストが馬に向かって矢を放ったのを見ていた。
前に出てかわしてしまうとデュラハンが背中をリュードに晒すことになる。
馬は自分で考えて後ろにステップするようにラストの矢をかわした。
けれどデュラハンの馬は続けざまに放たれた2本目の矢までは気づくことができなかった。
いきなり動いたのでデュラハンは僅かにバランスを崩しており、これ以上動くとデュラハンを振り落とすことになってしまう。
見た目は不思議でも中身は知能が低めの馬。
判断し切ることができないでいたデュラハンの馬に矢が刺さり爆発する。
馬が倒れて、デュラハンが投げ出される。
鎧っぽい馬には爆発はあまりダメージがなかった。
ほとんど驚いて倒れただけのようなデュラハンの馬にリュードは剣を振り下ろした。
神聖力の助けもあったリュードは馬の首を切り落とし、デュラハンが立ち上がった時には馬はしっかりとトドメを刺されて動かなくなっていた。
「リュード後ろ!」
「おっと!」
痛みを感じないデュラハンは馬から落ちて地面に叩きつけられたとしても怯むこともない。
すぐさま切りかかってきたのをリュードはサッと回避する。
もしかしたら馬を倒された怒りなんてものもあるのかもしれない。
そのままデュラハンは攻勢を強めてリュードに切りかかり続ける。
「くっ、重たい!」
デュラハンの持つ剣は大きい。
質量だけならリュードの剣よりもさらに重そうに見える剣をデュラハンはコンパクトに振り回す。
リュードが同じような速度で剣を振ろうと思ったら絶対に腕のどこかを痛めてしまうだろうがデュラハンにはそれが出来る。
剣の技量も高く素早く攻撃は油断すると一気にやられてしまうほど破壊力がある。
一度立て直したくてもデュラハンがしつこくリュードに切りかかり、リュードはデュラハンの剣を防ぐのでいっぱいいっぱいになっていた。
反撃する隙もなく、重たいデュラハンの剣をなんとか受け流していた。
リュードは疲れを知らないスケルトンともここまで戦い通してきて体力的にも万全ではない。
このまま疲れを知らないデュラハンを前に防戦を続けてしまうと結果は目に見えている。
けれどリュードの顔にはまだ余裕が見えていた。
なぜならリュードは1人で戦っているのではないから。
「こっちもいるよ!」
デュラハンの斜め後ろに回り込んだラストが矢を放つ。
頭は手に持っているし目が見えているのかもアンデッドにしか分からない。
ただデュラハンはラストの矢に反応してみせた。
やはりこのデュラハンは剣士としても卓越しているとリュードは舌を巻く。
振り向きざまにデュラハンはラストの矢を縦に切り捨てようとした。
デュラハンの剣の刃が矢の先端に当たった瞬間、込められた魔力が爆発した。
「忘れてもらっちゃ困るよ!」
この戦いはラストとリュードの戦いで、1人じゃない。
「いいぞ!」
リュードもすぐさまラストに続く。
狙いたいのは弱点だけどデュラハンの弱点はわからない。
首を切り落としたいところだけどデュラハンの首はすでに落ちている。
怪しいのは頭だけど手に抱えた頭を狙うことは難しい。
とりあえずラストの方に振り向いて背中をさらすデュラハンを切りつける。
最上級の聖水は効果も高い。
アンデッドの中でも強敵であるデュラハン相手にもしっかりと効果を発揮して、デュラハンの背中が大きく切り裂かれた。
鎧が切り裂かれて中が露出する。
チラリと見える鎧の中は闇が広がっていてどうなっているのか分からない。
爆発で怯んだのも一瞬でデュラハンはすぐさまリュードに反撃を繰り出す。
「うっ……なんだこれ」
頭が痛くなるようなキーンとした音がした。
何かの鳴き声のようにも聞こえたそれと同時にデュラハンが黒い魔力に包まれる。
「うわっ、ヤバっ!」
「リュード!」
黒い魔力に包まれた剣がリュードに迫った。
振り下ろされた剣をリュードが間一髪でかわしてデュラハンが地面を叩きつけて衝撃で土煙が上がる。
ラストからはリュードは無事なのか土埃のせいで見えない。
デュラハンが出てくるかもしれないと身構えるラストの耳に金属音が聞こえてきた。
土埃の中で戦っている。
「うっ!」
呼吸もできないような土埃の中で黒い影が動き剣が目の前に現れる。
デュラハンにはリュードの場所が見えているらしく正確にリュードのことを追撃してきていた。
「チッ……ずるいな」
むやみに手を出すとやられてしまうので反撃は諦めて完全に防御に徹することにした。
受け流しを主体に回避しながら視界が晴れるまで必死に耐える。
デュラハンの姿がぼんやりとしか見えないために直前に来た剣に対応するしかない。
むしろリュードの集中力は最大限に高まって攻撃を防ぎ続けていた。
「うぐっ……!」
上手く防御できていたもののリュードの方も全くの無傷ではなかった。
デュラハンの魔力をまとった一撃はとんでもなく重たく、受け流した剣を持つ手が痺れていた。
圧倒的なパワーを完全に受け流すだけでもかなり難しいことだったのである。
魔人化しているのにも関わらずパワーで押されるのだから反省や焦りがリュードの頭の中に浮かんで剣の腕を鈍らせかける。
もっと力があれば、もっと技術があって完璧に受け流せたらと思わずにいられない。
デュラハンの剣をかわし切れなくて頬の鱗が弾け飛んで血が滲んでくる。
痛みに怯んでいる暇もない。
事前に聞いていたデュラハンよりもずっと強く、ダンジョンブレイクのためにこうなった異常な個体である可能性が頭をよぎった。
「う……」
受け流し切れなくて剣先が腕を掠めた。
効くかわからないけど雷属性の魔法を試してみようかとも考えた。
「やっと見えた!」
けれどもリュードが魔法を試す前にラストが土埃の向こうにうっすらと姿の見えたデュラハンに向かって矢を放った。
リュードに集中し、視界の悪い土埃の中でデュラハンは飛んでくる矢に気づくことが遅れた。
間に合わないので回避ではなく防御しようと剣の腹でラストの矢を叩き落とそうとした瞬間に矢は爆発した。
何か触れた瞬間に爆発してしまうので切ろうが叩き落とそうが関係ない。
「離れろ!」
またデュラハンにほんのわずかな隙ができる。
リュードは素早くデュラハンの懐に入り、デュラハンの脇腹を力いっぱい殴り飛ばした。
デュラハンが吹っ飛び、土埃の中から飛び出してきて地面を転がる。
ちょうど舞い上がった土埃も落ち着いてリュードの姿も見えるようになった。
リュードの体には防ぎきれなくて何箇所かに傷があった。
これぐらいで済んだのなら運良くて軽い方なのだけど、竜人化した姿でケガをしたことなんてルフォンでも見たことがなかった。
「リュード、大丈夫?」
「もちろんだ。むしろ……」
むしろ楽しいとすら思ってしまっている。
こんな風に実力の拮抗した相手と戦うことは滅多にない。
自分の未熟さに気づき、全力で防御させてもらえることでより改善点も見えてくる。
不謹慎だという輩もいるかもしれないけれど戦い1つ1つが自分を伸ばす糧となるのだ。
戦いの中に喜びを見出す。
転生前までの自分ならあり得ないことだけど今の竜人族のリュードはもう骨の髄まで魔人族である。
戦いに生きる一族の考えがリュードの中にも染み付いていた。
あれだけ激しく動いたけれど、動いたことで体を魔力が巡り疲労感もそんなにない。
今なら反撃まで及ばなくてもデュラハンの攻撃を受ける気はしないとすら思えるほどに気分が高揚している。
リュードは戦闘中にも関わらずまた1つ成長をしていっているのである。
「いいぜ、まだ戦おうか」
ベッコリと脇腹の鎧を凹ませたデュラハンが立ち上がる。
黒い魔力は相変わらずデュラハンを覆っていて、見ているだけで威圧感がある。
リュードとデュラハンが同時に駆け出して剣が交わる。
正直まだ反撃まで手は回らないけれど防御に徹すれば負ける気はしない。
手にかかっていた衝撃がだいぶ小さくなった。
デュラハンが弱くなったのではない。
リュードがより効率的にデュラハンの攻撃を受け流して防いでいるのである。
「チャージショット!」
射線がリュードに被らないように回り込んだラストが弓を射る。
「おっと……」
なんだ、とリュードは疑問に思った。
これまでリュードを殺す気でしっかりと狙ってきたのに今の一撃はなんというか、狙いがちょっと外れていたように感じられた。
リュードが迷いなく回避することを選ぶような位置に剣を振り下ろされて違和感を覚えた。
まさか疲れてきたなんてことあり得るはずがない。
意図があると思ったのだけど戦いの最中思考にふけるわけにはいかず気づくのが遅れた。
「なっ!」
「危ない!」
ラストが矢を放っていたことはわかっていたデュラハンも3度目の射撃となると馬鹿でもないので対策を練ってきた。
爆発する矢は防御してはならなくてかわさなくてはいけないと学習している。
リュードは力ではデュラハンに敵わないので受け流すか回避を防御行動として取っている。
かわせそうならかわした方がいいのは当然のこと。
デュラハンはリュードがかわすだろうことを予想して少しズレた軌道で剣を振り下ろした。
これまであまり体をうごしてこなかったデュラハンがサッと横に動いた。
デュラハンの後ろからはラストの矢が飛んできていた。
なんとデュラハンは巧みにリュードのことをラストの矢の前に誘導してみせたのだ。
「うぅっ!」
触れれば魔力が爆発するので矢に触れて防御してはいけない。
咄嗟の判断でリュードは体を捻って矢を回避した。
けれども矢をかわしたリュードに間髪入れずにデュラハンが切りかかる。
下から切り上げるデュラハンの剣をリュードは受け流すことができずにまともに防御してしまった。
リュードとデュラハンの剣がぶつかって力勝負になる。
しかし保たれた均衡は一瞬だった。
デュラハンの力はリュードの力よりも強いので当然である。
ミノタウロスの時もケガをしていて奇襲でなければ力で勝つことなんてできやしなかった。
疲れもケガも関係のないデュラハンは普通にフルパワーでリュードとの勝負に挑んできた。
後ろに大きく吹き飛ばされたリュードはあえてその勢いを受け入れた。
空中で姿勢を整えて着地でもう一度後ろに飛び上がって下がりデュラハンと距離を取る。
「ラスト!」
追撃を警戒していたリュードの方にデュラハンは来なかった。
「あっ、こっち?」
リュードを吹き飛ばしたデュラハンはすぐさまラストの方に走り出した。
先ほどから周りを回って弓を射てくるラストのことを厄介だとデュラハンは判断した。
先に倒すべき相手はリュードの支援をしているラスト。
デュラハンは恐ろしい速さでラストとの距離を詰めてきた。
「ラスト!」
「私だって戦えないわけじゃないんだからね!」
ラストも後ろに下がりながら腰につけていたムチを取ってデュラハンに攻撃する。
神聖力で淡く光るムチが迫ってもデュラハンは止まらない。
ムチを切り裂きながらさらにラストと距離を詰めて目の前まで近づいた。
黒い魔力をまとう剣がラストに振り下ろされる。
「舐めるなぁ!」
ラストは実戦経験に乏しい。
剣などの主だった武器はあえて距離を取ってきたし戦う必要もほとんどなかった。
大人の試練ではリュードが前に立ってラストは弓で戦っていたし接近戦闘おける経験はあまりなかった。
それでも持ち前の身体能力でラストはデュラハンの剣を回避した。
ただラストの回避はリュードと違って動きが大きく何回も回避を続けられるものじゃなかった。
段々と回避がギリギリになっていくのはラストが慣れてきたからではなくデュラハンがラストを捉えつつあったから。
「こっち……がっ!」
もうラストの回避も限界。
そのタイミングでリュードがデュラハンの後ろに迫った。
完全にリュードのことを見ていない隙をついてリュードは剣を振り下ろす。
体の向きからリュードのことなど見えていないと思い込んでいた。
実際デュラハンにはリュードが見えていない。
だってデュラハンには目がないからである。
ではスケルトンなどの目がない魔物はどうやって周りを知覚しているのか。
それは魔力を感じ取っているのである。
魔力は生きているものが必ず発している。
実際スケルトンは大雑把にしか魔力を感じられず視界と同じように見えているような範囲にないと感じられない。
けれどデュラハンにまでなると違う。
例え真後ろであっても隠れていてもデュラハンには見えているのである。
剣を上げてリュードの攻撃を防御したデュラハンは振り返りながら後ろのリュードの腹に回し蹴りを決めた。
「リュード!」
モロに食らってしまったリュードはぶっ飛んでいく。
大きな剣を振り回すデュラハンの力は強く、たかが蹴りであっても油断できない威力がある。
しかしラストが心配する暇もなくデュラハンはラストの方へと攻撃を再開した。
「甘いよ!」
ラストもやられっぱなしではいかない。
回避は難しいと判断して大きく飛び上がったラストは翼を羽ばたかせた
背中の翼は飾りではない。
魔力を込めて羽ばたかせると空を飛ぶことができる正真正銘の翼なのである。
ただし長時間飛んでいるとすごく疲れるし魔力も結構使う。
有翼種の人たちのように自在に飛んでいられるってことではない。
ラストはというか血人族はあんまり空を飛ぶ人たちでもないので飛行はできるけど、飛ぶのもあまり上手くない。
ただ今は不慣れな飛行でも十分でデュラハンの攻撃圏から離れることができた。
「うへっ!?」
追撃の手はないと思っていたらデュラハンはまだ諦めていなかった。
デュラハンは剣を逆手に持って腕を上に引く。
上半身も逸らして力を溜めて、魔力が剣を持つ左腕を中心に渦巻く。
ラストの背中にぞくりとした感覚が走り嫌な予感がする。
「ヤバっ……!」
門を破壊した時と同じく剣を投擲するつもりだとすぐに察した。
飛ぶことに慣れていないラストはようやく飛行体勢が安定したところでどこかに飛んで回避するまで動くことができない。
やるならこのまま飛ぶのをやめて落ちるぐらいだけどそうなると今度はデュラハンも飛ぶことを想定しながら戦ってくる。
もう一度飛んで逃げることなんて許してはくれないだろう。
「……私も、出来る。私なら倒せるとでも思った?」
守られているだけが自分じゃない。
こんな時にもちょっとリュードが何とかしてくれるんじゃないかと考えている自分がいることに気づいた。
ほとんどリュードに頼りっぱなしのような気がしてきて自分に苛立った。
もう子供じゃない。
大人の試練を乗り越えて大人になる。
ただ誰かの後ろで守ってもらってばかりの自分から脱するんだと覚悟を決めた。
門が壊された時リュードは多くの冒険者がいる中で1人前に出てデュラハンの剣を防ぎ切った。
何かに立ち向かう勇気。
リュードの背中からラストはそれを感じていた。
「負けない!」
デュラハンが腕を振り、剣を投げた。
黒い軌跡を残して真っ直ぐラストに向かって剣が飛んでいく。
どうしてそんなことをしてしまったのかラストには分からない。
多分リュードみたいにって考えたからリュードみたいにしようとしたんだと思う。
ラストは持てる魔力を可能な限り弓に込めた。
両腕を振り上げて、力一杯振り下ろす。
何とラストはデュラハンの剣に対して弓をぶつけにいったのである。
かなり丈夫に作られた弓ではあるが、そんな用途を想定はしていない。
先祖返りの膨大な魔力を込めてデュラハンの剣と衝突した弓は悲鳴を上げた。
剣との衝突、そして膨大な魔力によってラストの弓は粉々に砕け散った。
代わりにその効果はあった。
ラストはデュラハンの剣を弾き返すことに成功した。
それもデュラハンの方に向かって剣は飛んでいった。
「リュード……あとは任せたよ」
魔力が無くなって背中の翼がシュルシュルと小さくなる。
砕けた弓で両手も傷ついているし、ゆっくりとラストは空中から落ちていった。
「よくもやってくれたな!」
激しく魔力同士がぶつかった結果に弾き返したデュラハンの剣はすごい勢いで飛んでいき、デュラハンの左腕を切り落とした。
デュラハンも避けようとはしていたけれど間に合わなかった。
さらにそこにリュードが迫る。
左腕を切り落とされたデュラハンは完全に隙だらけで防御方法となる剣も持っていない。
ラストが命懸けで作ってくれた大きなチャンスを逃してはならない。
時間が経ってリュードの剣に込められた神聖力は失われているけれどリュードの力まで失われたわけじゃない。
「おりゃああああっ!」
切られることに抵抗する魔力の反発を押し切ってデュラハンの体を袈裟斬りに真っ二つにする。
神聖力がないと非常に手応えが重たかったがリュードの魔力と力はデュラハンの抵抗を跳ね除けた。
胴体が真っ二つにされてデュラハンの重たい鎧の体がガシャリと音を立てて地面に倒れる。
「まだ死なないのか」
アンデットに対して死なないのかという言葉は不適切かもしれないが、デュラハンは真っ二つにされてもまだ動いていた。
デュラハンの体がくっついても嫌なので足を切り、2つになった胴体を離しておく。
思い切り剣を振り下ろさなければ足も切れず、聖水をかけてからやればよかったと後悔した。
「どうやったら倒せるんだ、これ? まあいい。ラスト、大丈夫か?」
とりあえずデュラハンは無害化された。
動いていると言っても腕でゆっくりと地面を這いずっているだけで脅威ではない。
倒すのは後回しにして、ラストに駆け寄る。
飛べたことも驚きだったけど剣を弾き返すなんてことも驚きだった。
ラストは地面に落ちたけど大きなケガはなく、お尻をさすっていた。
ラストの翼による飛行は翼による補助をしながら魔法で飛ぶ行為になる。
魔力が無くなって落下したラストだったけれども飛行は魔法であって魔力がなくなった瞬間に解けるものではなく落ちる速度は意外とゆっくりだった。
ふわりと落ちていって最後あと少しのところでドスンと落ちたのでお尻は痛んでもケガはなかったのである。
「立てるか?」
「うぅ〜気持ち悪い〜」
「魔力不足だな」
デュラハンの剣を弾き返すのに魔力をほとんど使ってしまった。
ラストは魔力が多いので経験したことがなかったが、魔力が無くなるとほとんどの人には異常が出る。
全くのゼロになると気も失ってしまうこともあるし、ラストのように魔力がギリギリまで少なくなると気分が悪くなってしまうこともある。
気分が悪いだけならまだ軽い方なので問題はない。
リュードが手を差し出すとラストは遠慮なく手に体重をかけて立ち上がる。
「デュラハンはもう倒したも同然だ」
ラストの無事を確認してリュードは笑顔を浮かべる。
まだデュラハンは倒していないのでトドメを刺しにいこうとラストの手を引く。
「うん、気持ち悪いな」
デュラハンはまだ動いている
上半身は真っ二つになって足もどうにか破壊したし左腕もラストによって切り離されている。
なのにデュラハンは倒されていない。
腕のついた上半身は這いずって動いているし、足や腕のない上半身部分も動こうとしているのかカタカタと震えている。
「もうちょい分断してみるか」
どうしたら倒せるのか分からなくてリュードは聖水をかけた剣でデュラハンをさらに切ってみる。
気味が悪い光景でどれだけ細かくしてもデュラハンが倒せそうな気がしない。
「うーん……」
「何か気づいたか?」
ただ倒せない不死の魔物であると聞いたこともない。
方法がきっとあるはずだ。
「んと、多分だけどデュラハン、あれに向かってない?」
「あれ? あれは……頭か」
デュラハンはリュードたちが近くにいても目もくれていない。
目的に向かって移動しているようにラストには見えていた。
デュラハンが向かっている先には転がっている黒いデュラハンの頭があった。
近くにいる敵よりも頭の方に向かうことを優先しているとラストは感じていたのだ。
ラストの言葉でようやくリュードもデュラハンが頭に向かっていることに気づいた。
そう言われてみると戦闘中もリュードの攻撃に対してやや頭を庇うようにしていた気がしないでもないと思った。
戦闘中は難しくて頭を狙ってみようと考えもしなかったが、大して必要もないものなら側に置かずに両手で剣を振った方が強そうなものである。
常に頭を持っているには理由がある。
「つまりあれがデュラハンの弱点なのか?」
リュードが頭の方に近づいていくとデュラハンの動きがわずかに早くなる。
デュラハンにとってこの頭が大切なものであることは間違いないと予感させる珍しい変化だった。
大丈夫か不安だけど頭を手に取ってみる。
見た目はフルフェイスの兜だけど首のところから中を見ようとしても真っ暗で見えない。
どうなってるのか疑問には思うけれど、触って確かめる勇気も出ないので秘密は秘密のままにしておく。
「リュード来てるよ!」
「あぶね!」
まじまじと頭を見ているといつの間にかデュラハンがリュードの後ろまで来ていた。
剣を出して腕だけでブンブンと振って襲いかかってきたので距離を取る。
ちょっと距離を取れば簡単に危険では無くなる。
慌ててまたリュードに接近しようと腕で這うが、リュードもデュラハンの上半身から距離を取る。
腕力が強いので這いずる速度も意外とバカにできない。