「ただ今回は危険も予想されます」
偵察の話ではスケルトンの上位種であるスケルトンメイジやスケルトンナイトもいて、その後ろにはダンジョンのボスであるデュラハンもいたらしい。
今回現れたデュラハンは大きな剣を持ち、黒い鎧でできたような馬に乗っていた。
黒いオーラにも見える魔力をまとい、通常のデュラハンよりも強そうであったとのことだった。
「単純なスケルトンといかないのもな……」
野良で発生するスケルトンは武器を持っていないこともある。
近くに武器があると使うようだけど何もないもただ素手で殴りかかってくるモンスターになるのだ。
だが今回のスケルトンたちはダンジョン産であり、武器を持っている個体も多い。
なぜかダンジョンで生まれるスケルトンは最初から武器を与えられているのである。
良い武器ではなくボロボロのものだがあるのとないのでは大きく差が生まれる。
危険度は普通のスケルトンを相手するよりも上になってしまう。
進行の速度から見てスケルトンが到着するのは夜が明けた頃になると予想された。
「……ラストのせいじゃない」
こうなったのは大人の試練のせいだ。
大人の試練として使うためにダンジョンが閉鎖されたのでダンジョンブレイクが起きた。
閉鎖したために町に滞在している冒険者も少なく最悪の状況。
ラストの顔を見れば何を考えているのかリュードには分かった。
「でも……」
「少し封鎖したからってダンジョンがブレイクはない。ラストの責任じゃなく何かあるんだ」
勝手に責任を感じて暗い顔をしているラストの肩に手を置く。
これはラストのせいではないというのはただの慰めではない。
ダンジョンを国やギルドで管理していることの意味はこういった事態を起こさないようにするためである。
仮に封鎖しているとしても中の魔物を狩ったりしてダンジョンの維持は行う。
それに全く放置していたとしても何十年と放置されているわけでなければダンジョンブレイクなんて簡単に起こるものではない。
町の様子を見るにそんなに長いこと封鎖していたものではないようだし、大人の試練で短期間放置したからダンジョンブレイクが起きたと考えるのは無理がある。
何かダンジョンブレイクを短期間で引き起こした原因があるとリュードは考えていた。
ダンジョンに何かをしようとした、あるいは何かをしていた。
「何をしたのかは分からないけれど多分失敗したんだろうな」
まさかラスト憎さに自分の領地でベギーオがダンジョンブレイクを起こさせることも考えにくい。
ダンジョンに手を加えようとして失敗したのではないかなんてことを思っている。
理由はダンジョンは人がそう簡単にコントロールできるものではないからだ。
ただ多少の手心は加えることができるのでどこかの段階でやりすぎた可能性があった。
「くっ……」
報告を受けてジグーズは考えた。
防衛し切るのは難しいかもしれない。
外はまだ暗いけれど手遅れになる前に町の人を避難させ、戦力は減るけどいくらか冒険者を道中に置いて町の人を警護させて近くの町まで引かせることを決断した。
たとえ逃げるのが難しくてもこのまま町に留め置いたら甚大な被害が出てしまうと感じたのである。
逃げるようにとアナウンスし始めて、町の人が一斉に動き出した。
事前に準備をしていて、最初のアナウンスから多少の時間が経っていたせいか町の人たちはそれほどパニックにもならなかった。
冷静にではなかったけれど大きな問題もなく持てる荷物を持ってスケルトンたちが迫る方とは逆の門から続々と出ていった。
ただ避難できない人や避難をしないと残る人もいる。
町を捨てて逃げるわけにもいかないし、みんながしっかりと逃げるまでの時間を稼ぐ必要がある。
冒険者や衛兵たちは覚悟を決めた。
見込みは少なくとも様々なもののためにチッパに籠城することを。
空が明るんできた頃、城壁の上からでも真っ白の軍隊が見え始めた。
「閉門せよ! 何があっても我々の方から門を開けることはない!」
同じくその頃ようやく最後の町を離れる人が門から出発して、チッパの町の門は固く閉ざされた。
死者の軍隊と誰かが形容した。
一体一体大したことのないスケルトンでも地面が白く見えるほどに集まってみせるとバカにできない。
「デュラハンの姿はありません!」
見えるスケルトンの中にデュラハンはいない。
相当後方にいるのか、まだダンジョン付近にでも留まっているのか。
ただデュラハンがいなくて少しだけ負担は軽くなった。
しかしチッパの防衛力は高くないので厳しいことに変わりはない。
城壁に囲まれて一見して防御力が高そうな町に見えるのだけれど、言い換えれば城壁があるだけである。
かつてはダンジョンが近くにあるからとしっかりと城壁を管理維持していたのだが、過去に一度もダンジョンブレイクなんて起きたことはなくお飾りの城壁になってしまった。
その役割を果たしたことのない城壁は劣化が進んでおり、見た目ほどの耐久性はない。
またそうした城壁を生かせるだけの備蓄や装備もチッパにはなかった。
ただ耐え抜くだけというのはいうのは簡単でも実際にはとても難しいことである。
「頼むぞ……」
城壁を頼りにただ耐え抜くだけでは厳しいのでチッパの方から攻撃することも考えていた。
先頭を歩くスケルトンが生ける人の存在に気がついた。
偵察にも出てくれた足に自信のある獣人族の冒険者の男性だった。
一人チッパの城壁の外でスケルトンの大群の前に立ちはだかっていた。
無謀な単独行動でも英雄気取りでも何でもない。
誰も男を止めようともしない。
1体、また1体とスケルトンが男に向かって走り出す。
男は剣を抜いて詰めてきたスケルトンを2体ほど切り倒すとすぐさま体を反転させて走り出す。
「恐怖の光景だな……」
人の全力疾走に比べれば遅いスケルトンだけれど一斉に走り出す光景には圧力を感じる。
逃げる男は真っ直ぐチッパの方に向かうのではなく、かつ全力疾走でもなく斜めに走る。
不自然な軌道を描いて逃げた男は一度立ち止まる。
男の方に真っ直ぐに向かってきていたスケルトンたちは男に手が届きそうなところまできた瞬間落ちた。
それは土魔法で作った即席の落とし穴だった。
上に乗ったスケルトンの重さによって地面が抜けた。
底には使わない槍を立ててあり、落ちたスケルトンが槍にぶつかり砕ける。
続々と後ろからくる他のスケルトンに押されて穴に面白いようにスケルトンが落ちていく。
変な軌道を描いていたのは男は落とし穴を避けつつ、スケルトンたちを落とし穴に誘導していたためであった。
今度は逆の方に男が斜めに走り出す。
「行こう」
城壁の上からその様子を見ていたリュードは移動を開始した。
用意した落とし穴は3つある。
あれなら3つ全てで成功するだろうと思ったので最後まで見届ける必要はない。
リュードがいるべき場所は城壁の上ではない。
魔法も使えるのでいてもいいのだけどもっとやるべきことがある。
リュードの予想通り落とし穴は3つとも成功した。
スケルトンが落ち、槍で砕けていき、またさらにスケルトンが落ちてその衝撃で下のスケルトンは砕けていく。
穴に詰まったスケルトンはスケルトンに踏みつけられて砕けてしまう。
だいぶ数が落ちたのだけれども、スケルトンの大群が減っているようには見えなかった。
落とし穴にスケルトンを誘導した男は城壁から下ろしたロープに掴まる。
上の人たちが一気に引き上げて男を回収して無事を確認した。
スケルトンたちは城壁まで迫って本格的に籠城戦が始まった。
「放て!」
城壁の上から弓矢や火の魔法が放たれる。
スケルトンは一面を覆い尽くしているので特に狙いを定めなくても面白いように攻撃が当たる。
より接近されたら今度は上から岩を落とす。
落とし穴を作るのに掘った土も魔法で固めて上から投げ落とす。
スケルトンが砕けて動かなくなり、後ろから来た他のスケルトンに踏み潰されていく。
「門を開けろ!」
ゆっくりと門が開いてスケルトンがなだれ込んでくる。
「神よ、魔を払う力を与え給え!」
神官がみんなに神聖力を付与する。
神官たちも町を見捨てるようなことをしないで共に残ってくれた。
各々の武器が淡く光り、神聖力が宿る。
「閉じろ!」
ある程度のスケルトンを招き入れると門を閉じる。
あえて門を開けてスケルトンを中に入れた。
門を閉じて籠城に徹したところで波のように打ち寄せるスケルトンたちを防ぎ切ることはできない。
少しでもスケルトンを減らしていかなきゃいけない。
本当なら完全に籠城をして援軍を待つのがいい。
けれど仲間を踏みつけることも厭わないスケルトンは押し寄せれば押し寄せるほど城壁に圧力を与え、縦に積み重なって最後には城壁を乗り越えてしまう。
門を開けることでスケルトンの動きの流れを変えて、引き込んだスケルトンを倒すことで数を減らし、少しでも時間を長く稼ごうというのである。
焼け石に水のような作戦だけど、スケルトンが他に散ることも防げるしやらないよりはやるしかないのだ。
「俺に任せとけ!」
ボーンフィールドダンジョンの方向にある北門をリュードたちは担当することになった。
神聖力をまとった剣は容易くスケルトンを切り裂き、あっという間に倒していく。
そうして戦う冒険者の中で一際目立つ赤い男がいた。
大剣を振り回し先頭に立ってスケルトンと戦っていたのはレヴィアンであった。
チッパで広報活動していたレヴィアンはなんと避難しなかった。
他国の町のことで関係がないはずなのに、この町には獣人族が多く住んでおり、獣人族の故郷であるならばと自ら町に残って共に戦うことを選んだのであった。
意外な男気にリュードもレヴィアンを見直した。
声を出してスケルトンの注目を集めながら戦うレヴィアンは獅子らしい力を遺憾なく発揮している。
レヴィアンの持つ大剣なら神聖力の効果がなくても容易くスケルトンを砕き倒してくれる。
そこに神聖力の支援があるので簡単にスケルトンが小枝のように倒されていく。
「はっ!」
リュードたちも負けてはいられないと戦う。
ラストがムチをふるってスケルトンの頭を砕いた。
ムチだからと侮るなかれ。
実際ムチで攻撃されるとバカにならない威力がある。
魔力を込めて威力と操作性を高めたムチは神聖力の効果も相まって軽々とスケルトンを破壊していく。
ムチで十分な戦力的役割をラストは果たしている。
ラストに負けてはいられないなとリュードもスケルトンを倒す。
最初なので少なめに入れられたスケルトンはあっという間に動かぬ骨にされてしまった。
のんびりとしている時間はない。
すぐさま次のスケルトンが入れられる。
そんなことを何回か繰り返してスケルトンを倒していくけれど、門の向こうに見えるスケルトンは隙間がなく減っているように感じない。
スケルトンそのものは弱くても終わりが見えない戦いというのは精神を消耗させていた。
「一度休憩だ!」
何度目かのスケルトンを倒し終えて休憩となった。
倒したスケルトンの骨が地面に散乱していて一面白くなっている。
骨のせいで足場も悪くなってきているので若手や戦えない支援の人たちがザッと骨をほうきで片付けていく。
普通ダンジョンの魔物は魔力となって消えてしまうのだけど、ダンジョンブレイクで出てきた魔物はダンジョン産でありながら消えてしまわないのだ。
他の魔物なら片付けるのも大変だし血で剣などの切れ味管理も大変だっただろう。
そこらへんはスケルトンでよかったといえる。
軽く集めただけでも骨が山になる。
骨とはいうがダンジョン産のスケルトンだから骨のように見える何か、あるいはダンジョンに作り出された元は人じゃない人骨である。
仮にこの世界にDNA鑑定とかがあってあの骨を調べたらどうなるのかちょっと気になる。
人の骨なのだろうか、それとも違うのか。
人の骨と同じものでできてるけどDNAとかはないものなのだろうか。
現実的なのか、あるいは幻想的なのか分からない考えがぼんやり休憩していると頭に浮かぶ。
「みんなは大丈夫か?」
「まだまだ大丈夫だよ」
「骨ばっか相手にしてると飽きて疲れてきちゃうかな」
「老体には堪えますな」
リュードが声をかけると三者三様の答えが返ってくる。
みんな若干の疲れはありそうだけれどもまだ戦えそうだ。
気が滅入るような骨がぶつかる音を城壁の外に聞きながらリュードは渡された水を飲む。
「やばいぞ、西門が破られそうだ!」
時間はこのまま稼げそう。
スケルトンも弱くて敵ではないのでこのまま頑張って数を減らしていけば希望も見える。
そんな雰囲気をぶち壊す緊迫した報告が飛び込んできた。
「誰か西門の援護に回ってくれないか?」
息を切らせる冒険者が走ってきた。
慌ててこちらに来たのだろう、渡された水を一気に飲み干してその場にいる冒険者たちを見回す。
「何があってやられそうなんだ?」
1人2人の支援でいいのか、それとももっと人数が必要か。
話を聞かないことには状況がわからない。
どこもギリギリでやっているのでおいそれと人を回すこともできない。
「スケルトンナイトとスケルトンメイジが西門の方に回ってきやがった。スケルトンそのものは多くないんだが上級種がいきなり混じってきて油断してしまったんだ」
「西門は無事なのか?」
「とりあえず引き入れた分は倒したがケガ人もいる。それにまだ西門の方にはスケルトンナイトが何体か外にいるようなんだ」
「ならば俺が行こう!」
話を聞いていたレヴィアンが立ち上がる。
レヴィアンの実力ならスケルトンナイトに遅れをとることもない。
護衛たち一緒に行くので人がごっそり抜けてしまうのは痛手だけど、北門も無理をしなきゃ今の所問題はなさそうだし早めの対処が後々の安全につながる。
「助かる!」
「この町には詳しくないから案内してくれ」
「分かった。こっちだ!」
レヴィアンと護衛たちはすぐさま西門の方に向かっていった。
ああして真面目にしていると強いし気も使える良い男である。
リュードはこっそりと普段の軽い態度とは違うレヴィアンの無事を願っておく。
「よし、こっちも再開するぞ」
いつの間にか地面に転がった骨も全て退けられていた。
砕けた骨の粉で門の前はいまだにうっすらと白くなっているけれどそこまで掃除はしない。
西門の負担軽減のためにも長く休んではいられない。
「門を開けろ!」
「……あ、あれは!」
「デュラハンだ、デュラハンがいるぞ!」
門を開けるとスケルトンの大群の奥にデュラハンが見えた。
白い中に黒いデュラハンはとても目立って見えていて誰もがその存在に気がついた。
「何かしようとしているぞ!門を閉じるんだ!」
戦場を見守るようにも見えるデュラハンは持っていた剣を逆手に持って腕を振り上げた。
その様子に全員が嫌な予感がした。
「違う……ダメだ、門を閉じるな!」
リーダーとなっている冒険者の指示の下、何かをしようとしているデュラハンに対して門を閉じて防ごうとした。
しかしリュードはそれではダメだと直感が叫んでいた。
門を閉じてはいけないと叫ぶリュードに従うものは誰もいなかった。
「ヤバい……!」
門の向こうでデュラハンは目一杯腕を引き、門に向かって一直線に剣を投擲した。
デュラハンの黒い魔力をまとった剣が真っ直ぐに門に向かって飛んでいく。
門が閉じてしまった。
「リューちゃん!」
リュードは危険を察知して、門の中に流れ込んできたスケルトンをかき分けて前に出る。
重たい衝撃音がして、厚い木の大きな門が真ん中からへしゃげて折れていく。
デュラハンの一撃に門は耐えられなかった。
完全に門が叩き折られてデュラハンの剣が飛び込んでくる。
「させるか!」
剣を振り上げるリュード。
デュラハンの黒い剣とリュードの黒い剣とがぶつかり、黒い魔力と神聖力もぶつかり合い、重たい反発力がリュードの手にかかる。
「ナメるな……よ!」
門を破壊して威力を減じ、主人のいない剣に負けるわけにいかない。
全身に力を込めたリュードはデュラハンの剣に打ち勝ち、上空へと弾き上げることに成功した。
勢いよく空中に飛んでいったデュラハンの剣は落ちてくることはなく、空中でボロボロと崩れるように消えていく。
門を破壊してなお凄い力であった。
他の冒険者や聖職者の方に飛んでいってしまったら死者が出ていたかもしれないとんでもない破壊力がある一撃だった。
「も、門が!」
ただ人の命は守れたが門は守れなかった。
やはり門を閉じてはダメだったのだ。
デュラハンの一撃によって門は破壊され、スケルトンがドンドンと流れ込んでくる。
もうすでにデュラハンの姿は見えず、これが目的であったのだなとリュードは苦い顔をした。
「くそっ、時間を稼ぐんだ! 土魔法で門を塞いでしまえ!」
デュラハンの黒い魔力と相打ちになって剣にかかっていた神聖力が消えてしまった。
リュードは聖水を取り出すと剣に振りかける。
神官にかけてもらったよりは弱い光を放つ神聖力を剣がまとう。
まずは前に出たためにスケルトンに囲まれてしまっているので下がらなきゃいけない。
周り全部ではなく下がるのに邪魔になるスケルトンだけを相手取って倒していく。
切り倒して道を開きたいけれどスケルトンはドンドンと増えていく。
「リュード、大丈夫?」
「ああ、助かったよ!」
押し寄せるスケルトンに焦りを感じていたら急に前が開けた。
ルフォンやラストがリュードのために道を切り開いていてくれていたのである。
「みんな、下がるんだ!」
「ファイアストーム!」
冒険者の何人かが協力して魔法を使う。
渦を巻く炎がスケルトンを巻き込んで門までの間を一掃する。
門が燃えてしまうが壊れてしまった門はもう門としての役割を果たしていないので気にすることもない。
「アースウォール!」
続いて別の冒険者たちが土属性の魔法を使う。
地面がせり上がり、門の内側が土でピタリと覆われてしまう。
これでひとまずスケルトンの侵入を防ぐことはできた。
魔法を発動させて塞ぐまでの間に入ってきたスケルトンをみんなで片付ける。
「くっ……してやられたな」
完全に塞いでしまったのでスケルトンを引き込んで数を減らす作戦はもう使えない。
「助かったぜ、兄ちゃん」
イカツイ顔をした冒険者が汗を拭いながらリュードに近づく。
「すまなかったな、言うこと聞かんで」
「いえ、しょうがないですよ」
リュードがいなかったらデュラハンの剣で死傷者が出ていた。
それにリュードの声に従っていれば門は壊れずに済んでいたかもしれない。
ただしその時はデュラハンの剣を防げたかは分からない。
「まさかあんな力技を壊してくるとはな……よくあれを防げたもんだ。若いのにやるな」
誰もリュードの声に耳を傾けず結果的には門を破壊されてしまうという誤った判断になってしまった。
それを誤った判断だったと言い切ることはリュードにもできない。
あの状況、あの場面では門を閉じてしまうことはリュードの頭にも浮かんだ考えだった。
デュラハンの動きを見て嫌な予感がして、直感的に叫んだにすぎない。
結果的に悪手になっただけで誰もが下す当然の判断だったので批判することなどできない。
「他の門に向かおう! ここで戦うことはできない!」
リュードたちがいるのは北側にある北門である。
門を塞いでしまったので他の門を助けに行くことになった。
スケルトンが登ってくることを防ぐための城壁の上の戦力を残してリュードたちは別の門にそれぞれ向かうことになった。
「レヴィアン、何があった!」
「済まない、スケルトンメイジにやられた!」
リュードたちはレヴィアンが向かった西門に支援に行くことにしたのだが状況は最悪であった。
門は破壊され、冒険者たちが必死にスケルトンを食い止めていた。
スケルトンメイジも一体だけならさして脅威でもない。
けれど何体も集まれば、そして集まったスケルトンメイジが協力して魔法を使えば門も耐えられなかった。
デュラハンの攻撃のように派手に壊れたわけではないが門の下側に大きな穴が開き、そこからわらわらとスケルトンたちが入ってきている。
それだけではなくスケルトンの上位種であるスケルトンナイトも何体がいる。
そしてスケルトンたちの後ろからはスケルトンメイジが魔法で攻撃までしてきていて、徐々に押されてしまっていた。
先ほどのように門を土魔法で塞ごうにもスケルトンに押されてしまって距離ができてしまって魔法が届かない。
敵が多すぎて近づくこともできないとかなり状況が悪くなっていたのである。
「東側の一部で城壁が崩壊した!」
刻一刻と状況が悪くなる。
このままでは援軍が来る前にリュードたちはやられてチッパは廃墟と化してしまう。
「もう! モノランみたいな化け物に襲われたり、スケルトンに囲まれたり、どうして私ばっかりこんな目にあわなきゃいけないの!」
八つ当たりするようにラストがムチでスケルトンを破壊する。
ずっと我慢してきた不満がとうとう爆発したのだ。
大人の試練という文化がある血人族には、乗り越えられない試練はないという言葉がある。
その意味内容は前後の文脈によって異なってくるのであるが大体の場合なんとかなるさぐらいの意味合いが大きい。
けれどもなんともならない場面、少なくともラストではどうしようないことが多すぎる。
「……それだ!」
追い詰められつつあるこの状況を乗り切るには何か手を打つ必要がある。
それも状況を一変させるような起死回生の一手がいる。
戦いながら頭をフル回転させて方法を考えていたリュードは閃いた。
「どうしたの、リューちゃん?」
「ルフォン、ラスト、俺は少し物を取ってくるからここは頼むぞ」
「分かった!」
「えっ、どこ行くの……はやぁ〜」
ラストがどこへいくのか聞く暇もなくリュードは走り出してしまった。
まだ希望を捨てるには早すぎる、そうリュードは思った。
数で圧倒されているので崩れ始めてしまうと止められなかった。
スケルトンたちはドンドンと町の中に雪崩れ込んでいき、無理して戦っても勝機はないと撤退を余儀なくされてしまった。
全員が全員逃げ切れたかは分からない。
何人かいないような気がするけれど、誰もいないような気がする人のことには触れなかった。
今は皆冒険者ギルドの建物の中にいる。
聖職者たちによる防御魔法によってなんとかスケルトンの侵入を防いでいた。
冒険者ギルド内の空気は重い。
二階部分には町に残っていて動けた人が避難していて冒険者ギルドが最後の砦となっている。
スケルトンに囲まれて、風前の灯となった頼りない砦ではある。
「ね、ねえ、リュードいないよ!」
ラストの顔が青ざめる。
ルフォンやラストはしんがりでスケルトンと戦いつつ撤退していたので最後に冒険者ギルドに逃げ込んだ。
冒険者ギルドの中を探してみたけれどリュードの姿はそこになかった。
どこかへ行くと言って戦場を離れてから戻ってきていない。
「……リューちゃんなら大丈夫だよ」
そんな顔で言われても説得力がないとラストは思った。
ラストのほど動揺はしていなくてもルフォンはすごく心配そうな顔をしている。
大丈夫と言いつつも胸中でリュードの安否を案じている。
周りに人のいないところにいたなら撤退して冒険者ギルドに退いていることを知らないのかもしれない。
まさかリュードがスケルトンに囲まれてやられしまったなんて考えられないけれど不安は尽きない。
探しに行きたくても神聖力の防御魔法から1歩でも外に出るとスケルトンに埋め尽くされていて出ることはできない。
援軍が来るまで持つのか。
聖職者たちの神聖力が尽きてしまえばスケルトンたちはギルドに押し寄せてくる。
重たい空気の中、全員が少しずつ死の覚悟をし始めていた。
「リューちゃん……」
「リュード……」
こんな時ならリュードはどうするか。
粘り強く最後まで諦めないリュードなら何をする。
ルフォンは考えた。
きっと最後の最後まで抵抗してみせるはずだ。
情けなく死んだなんてリュードはしないだろうし、ルフォンもそんな終わりにはしない。
すっかり明るくなった窓から空を眺めているとルフォンは何かを見た。
「ルフォン?」
急にペタリとミミを畳んで尻尾を激しく振り始めるルフォンの様子にラストは驚いた。
ルフォンは冒険者ギルドの入り口に向かう。
なんだろうと窓の外をラストが覗き込んだ。
「目があぁぁあ!」
閃光。
強い光が轟音と共にラストの目を襲撃した。
固く閉ざされた冒険者ギルドのドアを開けるとルフォンの尻尾はちぎれそうなほど振られていた。
「ごめん、待たせたな!」
「リューちゃん!」
「な、なんだあれ……」
「今のは一体なんだ!」
「みんなよく聞け! こちらは雷の神様オーディアウスの使いである神獣だ!」
ギルドの前に降り立ったのはモノランに騎乗したリュードであった。
閃光と轟音はモノランが放った雷の魔法。
リュードがモノランから飛び降りてギルドから出てくる人に少し演技がかったようにモノランのことを紹介する。
人の視線なんて浴びたくはないのだけど今は仕方ない。
恥ずかしいけど大袈裟に、印象付けるように説明する。
「雷の神様オーディアウスがこの危機的状況を見かねて助けをつかわせてくれた! みんな、まだ希望を捨てるには早いぞ!」
ーーーーー
「あれぇ……どこにしまったけ?」
マジックボックスの袋はいくつもある。
普段の状況ならどこに何をしまっているのかちゃんとすぐに分かるのだけれど、こうして焦っているとなぜなのか分からなくなってしまう。
「あったあった、これだ!」
戦いから離れたリュードは泊まっていた宿に来ていた。
そして袋から探して取り出したのはモノランからもらった毛であった。
これはモノランから渡された呼び出す時に使えと言われた毛である。
リュードが魔法でモノランの毛を燃やすとポワッとモノランの毛が一瞬発光してみせた。
「……これでいいのか?」
どうなれば正解なのか知らない。
とりあえずリュードは待ってみることにした。
早くみんなのところに行きたいけど多分毛を燃やしたところ目がけてくるはずだから移動できない。
状況でも分からないかと窓から覗いていると町の中をスケルトンが歩いているのが見え始めた。
すり抜けたスケルトンかと思ったけど1体や2体じゃなく続々とスケルトンがやってくる。
リュードはなんとなく状況を察する
防衛線が崩壊した。
冒険者たちまでがやられてしまったとは考えにくいので撤退したのだろうことは予想できた。
ルフォンたちが無事なのか焦燥に駆られる。
落ち着かなくて、リュードは宿の屋上に上がった。
周りの様子もよく見えるし、モノランが来たらすぐに分かる。
「おっ、来た」
「なんだなんだ? これは一体どういう状況だ?」
建物の屋根の上を跳ねてモノランがリュードのところまで来た。
モノランがいたところからチッパの町まで相当な距離があるはずなのにとんでもない速さである。
「意外と遠いからと全速力で来てみれば約束を果たしたわけじゃなさそうだな」
「そうなんだ。ちょっと困ったことになって助けてほしいんだ」
「……リュードの頼みなら断れないけど私にとって頼みを聞く利益はなんだ?」
善意だけで人を助けることはない。
冷たいようだけどモノランは人ではないのであって、人を助ける義務なんてないのだ。
なんなら危なそうだしリュードだけここから連れ出してもいいと思った。
ただリュードはもちろん町を救うつもりでいた。
「…………今ここで困っている人も多くいる」
だからどうすればモノランを説得できるか思案した。
何も助けないとは言っておらず、やるからには利益が欲しいようだ。
ここでモノランが動く利益はなんだろうかと考えを巡らせる。
「だからなんだ?」
「そんな人たちの目の前で雷属性の魔法を使って敵を倒して、みんなを助け出すんだ。するとどうなると思う?」
「どうなる?」
モノランが今最も欲しいものはなにか。
それはきっと雷の神様に対する信仰だろう。
「みんな雷の力に感謝するだろう。上手くやれば中には雷の力だったり雷の神様を崇める人が出るかもしれない。つまり信奉者を増やすいい機会にもなるわけだ!」
「なるほど!」
「雷の神様の神殿を建てるのにも理由は必要だ。危機に陥っている町を一つ救ったのが神獣で、それが雷の神様の神獣なら神殿を建てる理由にもなるだろう?」
「なんとなんと、リュードは頭がいいですね!」
咄嗟に考えたモノランの利益だけど悪くはない。
ここでモノランが人を助ければ絶好のアピールになる。
加えてモノランが悪い魔物ではないという印象も人々に与えておく必要があるとリュードは考えた。
「私の利益もありますしこれは喜んでリュードの頼みを聞きましょう」
すっかり乗り気になったモノランの鼻息は荒い。
信仰を高められるとあってはモノランとしては断るわけにいかない。
モノラン1体で戦況をひっくり返せるかは分からないけれど、神獣でなくなってしまった今でも強大な力を持っているのでだいぶ希望も見えてくる。
最悪モノランと協力して退路だけでも切り開くことはできるかもしれない。
「私は何をすればいいですか?」
「まずはみんなと合流しよう」
「それは……あちらですね。神聖力が感じられます」
神獣であったモノランは離れた神聖力をも感じられた。
ただそれは門の方角ではなく、やはり撤退を余儀なくされたかとリュードは苦々しい表情を浮かべる。
「乗ってください。その方が早く移動できます」
「分かった、ありがとう」
「背中に乗せるのはリュードだけですからね。痛くはないのでしっかりと毛を掴んでください。落としちゃうかもしれないので」
実は乗ってみたかったんだ、なんて思いを顔には出さずにリュードはモノランの背中に乗った。
リュードはモノランの背中にまたがるとモノランの毛を掴む。
魔力を込めていないモノランの毛は柔らかく意外と手触りが良い。
意外と毛がもふもふしていて足でモノランの胴体を挟み込もうとすると毛の中に足が埋まっていく。
気持ちがいいなとリュードは思った。
リュードが乗ったことを確認してモノランは跳び上がる。
家の屋根から家の屋根へと飛び移っていき、すごい速さで移動していく。
これならあっという間に着きそうだ。
「モノラン、登場は派手に行こう! 強めの1発を頼むよ」
「任せなさい!」
元とはいえ神獣の子孫の力は凄かった。
冒険者ギルドを囲むスケルトンたちに何本もの太い落雷が落ちる。
高い威力にスケルトンたちが消滅し、地面が焦げたようなスケルトンの空白地帯がいくつも出来上がっていた。
火や神聖力だけでなく威力があればあのようにスケルトンを倒すことも出来るのだ。
そしてスケルトンの集団を乗り越えてモノランは冒険者ギルドの前に着地した。
「みんなよく聞け! こちらは雷の神様オーディアウスの使いである神獣だ! 雷の神様オーディアウスがこの危機的状況を見かねて助けをつかわせてくれた! みんな、まだ希望を捨てるには早いぞ!」
多少大袈裟で演技くさいかもしれないけど、ここで1つ大きく言っておくことでモノランが味方であり神獣であることが印象付けられる。
チラリと視線を向けるとリュードの考えを察したモノランがスケルトンに雷を落とす。
感嘆の声が漏れ聞こえる。
圧倒的な強さの魔物に見えるモノランだが背中にはリュードが堂々と乗っている。
誰もそれが巷ではペラフィランと呼ばれる凶獣だとは気づいていない。
神様が送ってくれた支援の神獣であるとみな信じていた。
「まだ諦めるには早いぞ! 武器を手に取り、今一度戦うんだ!」
「……俺はやるぞ!」
一番に声を上げたのはレヴィアンであった。
レヴィアンも護衛も無事に撤退していた。
スケルトンナイトも倒したレヴィアンだが.まだまだ体力には余裕があったし全く希望は捨てていなかった。
なんとしても生きて国に帰ってみせると強い意思を持っていた。
自分よりも強いリュードが神獣を連れてきてくれたので戦える、勝てると剣を振り上げた。
レヴィアンを皮切りにして暗かった冒険者ギルドの中が盛り上がってくる。
「俺たちはまだ負けていない!」
「そ、そうだ……まだ諦められない」
「やるぞ、俺はまだやるぞ!」
希望を取り戻した冒険者たちが武器を手に取る。
「ルフォン、ラスト……え、えっ?」
再びやる気を取り戻した冒険者たちにジグーズが指示を出している。
聖職者たちに負担はかけられないので聖水を出してみんなに配っていく。
その間にリュードは心配をかけたことを謝ろうとルフォンたちに駆け寄った。
やっぱり心配なものは心配だった。
ルフォンはリュードの首に手を回して抱きつき、右手の袖をラストが掴んで、左手をヴィッツが取った。
おい、1人おかしいのがいるぞとツッコミかけるけどルフォンとラストの様子を見て言うのはとどまった。
「心配、したよ」
口ではああ言っていたけどいざ無事なリュードを見て安心した。
胸に顔を押し当てるルフォンの尻尾は振られていて、怒ってはいないと分かる。
「私もいなくて心配していたんだぞ!」
これぐらいならいいだろうと最大級の勇気を出してラストはリュードの袖を掴んでいた。
腕に抱きつくことも、手を握ることもできず、出来た最大の行為が袖に手を伸ばすことだった。
「私も心配しておりましたぞ!」
ヴィッツのはただの悪ふざけである。
リュードの左手を両手で包み込むように取ってニッコリ笑う。
心配していないわけじゃないけど思わず手を取るほどに心配してはいないだろうとリュードは目を細めた。
「心配かけてごめん。みんなありがとう」
とりあえずヴィッツの手を振り払いたいのにがっしり掴まれている。
1名の悪ふざけは置いといてルフォンとラストは本気で心配してくれていた。
まずは二人を優先することにして、ヴィッツの方は気にしない。
ヴィッツ完全無視で二人に笑顔を向ける。
「でもまだ終わりじゃない。みんなで無事にこれを乗り切るんだ。ダンジョンブレイクを終わらせて、平和を取り戻して、それでようやく終わりだ」
「そうだね。でももう1人で無茶しちゃダメだよ?」
「ごめんごめん。だって俺がいなくなってからこんなことになるなんて思わなかったんだよ」
まさかリュードが少し離れている間に門から撤退しているだなんて思いもしない。
確かに戦場を離れたリュードも悪いけど戦況が大きく変わってしまったのでリュードが全て悪いとは言い切れない。
「ラストの言葉でモノランのことを思い出してな。助けを借りるためにモノランを呼んだんだ」
「さっすがリューちゃん!」
「私の言葉のおかげってこと?」
「ま、そうだな」
「さっすが私!」
ラストのふとした嘆きがリュードに閃きをもたらした。
およそ賭けに近いものであったけれどモノランを呼ぶことができたし、協力を取り付けることもできた。
ラストのボヤきがなかったらモノランのことを思い出すことはなかっただろう。
「そうだな、ラストのおかげだな」
「ふへへっ」
褒められてラストも嬉しそうに笑う。
「んで、いつまで手を握ってるんですか?」
「放せと言われておりませんので」
「放してください」
「かしこまりました」
ヴィッツの茶目っ気はなかなかリュードには理解し難い。
どのような意図があるのか不明だけど時折ぶっ飛んだ冗談を言う。
雰囲気を和ませようとしているのだと好意的に考えておくことにした。
「シューナリュードさんですね?」
「あっ、はい。何でしょうか?」
声をかけられてルフォンとラストもリュードから離れる。
振り返るとリュードに声をかけたのはジグーズだった。
一瞬こんな時にイチャイチャしていたことを怒られるのかと思った。
「私たちがどうすればいいのか指示をくださいませんか?」
「俺が……ですか?」
なぜいきなりそんな話をしてくるのか、理解ができない。
「はい。あの神獣様をお連れになられたのはシューナリュードさんですから。私たちが神獣様にご命令をしてよいものかも分かりません。ですのでシューナリュードさんが神獣様と私たちがうまく立ち回れるように指示くださればと思いました」
外の様子を確認していたジグーズはリュードがモノランの背中に乗ってきたのをしっかりと見ていた。
モノランに助けられてきたような様子ではなく対等な関係に見えて何かしらの関係があるとジグーズは考えた。
雷を操る神獣の周りでうろちょろと戦えば神獣も冒険者も互いに力を出し切ることができない可能性がある。
どちらの側にも理解がありそうなリュードが指示を出すことが1番良いと判断を下した。
少なくとも神獣の邪魔にならないようにどうしたらいいのか相談ぐらいはしたかった。
それに北門での出来事について報告も受けていた。
1人正しい判断をして、咄嗟にデュラハンの剣も防いだ。
こんな緊急事態だからこそ正しく動けて実力もある人物を年齢や立場でなく考えて事態に当たるべきなのだ。
ジグーズは自分の判断のために主要な者をさっと説得してリュードの指示を仰ぐことにした。
「……そうですね、この状況を終わらせるためには結局ダンジョンブレイクを終わらせる必要があると思います。そしてそのためにデュラハンを倒すことが必要です」
偉そうに指示なんて出すことはできない。
あくまでも対等な立場での意見だと思ってリュードは口を開いた。
ダンジョンブレイクは自然に終わるものじゃない。
放っておいたとしても延々と魔物が中から出てくるだけである。
ダンジョンブレイクを終わらせるにはダンジョンのボスを倒すことが必要である。
今回ならデュラハンで、もうダンジョンの外に出てきていることも確認済みだ。
「まずはみんなで協力して周りにいる魔物から減らしましょう。そしたら俺たちがモノランとデュラハンのところまで行って倒してきます」
ダンジョンブレイクを終わらせて町を救うために、最終的には打って出るしかない。
「しかし、それでは……」
「やるしか生き延びる道はないんです。モノランは多分他の人じゃ言うこと聞いてくれないと思うので俺が行かなきゃいけないんです」
「うぅむ……」
モノランのことを考えると他の人を連れて行くことはできてもリュードが同行することは必須になる。
乗せて運んでいってと言ってもモノランは拒否するだろう。
ジグーズはリュードの提案に難色を示す。
リュードの実力は分からないし任せるには不安が大きい。
けれどだからといって今ここでデュラハンを相手できる冒険者もいない。
神獣と繋がりがあるということは、神様とも何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
グルグルと頭の中で迷ったジグーズは最後は自分の勘を信じることにした。
「……分かった、君たちに任せたいと思います」
どの道他に方法はない。
最後の希望をリュードに任せてみようと思った。
「ではまず魔物の数を減らしましょう。モノラン……神獣と俺たちはギルド裏側をやりますので冒険者たちで表側の方を頼みます」
「承知した。みんな、スケルトンを片付けるぞ!」
「モノラン、この建物の裏側の魔物を頼む」
「わかりました」
冒険者たちがギルドから飛び出してスケルトンと戦い始めて、モノランはギルド裏に回る。
リュードたちはモノランと一緒に遊撃部隊として戦う。
モノランが大雑把に敵の数を減らしていき、リュードたちが討ち漏らしたスケルトンを倒すというざっくりとした作戦で戦う。
「行きますよ!」
派手に音を立てるようにモノランが雷を落とす。
冒険者たちは表側で戦ってみるので見えないが音でモノランが暴れていると分かる。
それに戦えない組の人たちは冒険者ギルドの窓から活躍を見ていてくれる。
派手に印象に残るように活躍すればきっとモノランのことは話としても広まるだろう。
「ルフォン、ラスト、道を切り開いてくれ」
「任せて!」
「退きなさい!」
ルフォンとラストで攻勢を強めてスケルトンを一気に倒す。
そうして空いた所を通ってリュードがスケルトンメイジを切り倒した。
「この調子でいくぞ!」
モノランが敵の数を減らしてくれると戦場の様子が見えるようになって、スケルトンの上位種であるスケルトンナイトやスケルトンメイジといった存在がいることも把握できてきた。
これからの戦闘の時に上位種が残っていると厄介であるので見つけたら先に倒してしまってうことにした。
特にスケルトンメイジのような遠距離から攻撃してくる敵は優先して倒しておくのが事故を防ぐためである。
冒険者たちは防御魔法の中に出入りを繰り返してスケルトンと戦い続け、モノランはそんな冒険者たちに力を見せつけるようにスケルトンを殲滅していった。
前足の一振りでも何体ものスケルトンが吹き飛んでいき、逆にスケルトンの攻撃ごときではモノランは傷付けられなかった。
みんなの必死の戦いによって目に見えてスケルトンの数は減ってきていた。
変わらないように見えても諦めずに戦い続けて着実に減らしてきた結果が出てきたのだ。
まだ軍勢と言ってもいいほどの数は残っているのだけれど、一面隙間なくいたスケルトンたちの補充が遅れてきて空白ができ始めていた。
冒険者とモノランが前に出て戦ってくれたので防御魔法にかかってくるスケルトンの圧力も減って、神聖力の消費が抑えられて想定していたよりも長く防御魔法を展開していられそうだった。
「昼飯にポーションか……」
「でもいつものマズイ店よりは確実に高いぞ」
「そうだな」
戦い続けて日が昇り、いつしか昼時になっていた。
酒場が併設されているので料理ができないこともないが今はみんな疲労していた。
お昼代わりというおかしいけれどギルドが貯めている非常用の高級ポーションがみんなに配られた。
ケガや体力を回復させるポーションと魔力を回復させるポーションがあってみんな少しずつ飲んでいる。
正直に言ってポーションは美味しいものじゃない。
けど最後の晩餐にはふさわしいぐらい高価なものではあった。
「美味しいじゃん!」
「あんがと」
「さすがリューちゃん」
「非常に飲みやすいですね。リュードさんのお店があったら遠くても買いに行くぐらいです」
リュードたちはリュード手製のポーションを飲んで体力回復を図る。
効果として大きく変わらないのに普通のポーションのような不味さはない。
多少作り方は込み入っているけれど作って売ればヴィッツの言うように欲しい人はいるぐらいのものである。
だってポーションって基本的にクソ不味いから。
「ジグーズさん、俺たちそろそろ行こうと思っています」
「分かりました。……ご武運をお祈りしてます」
「勝って帰ってきますよ」
もう安心とまで言えないが、デュラハンと戦うなら今を置いて他にない。
アンデッド系の魔物は昼になると能力が落ちる。
日が高い今が1番デュラハンも弱いタイミングなのである。
「モノラン、背中に乗せてくれないか?」
「どうぞ」
だいぶ魔法を使ってスケルトンを殲滅していたモノランも魔力節約モードになって前足薙ぎ払いで戦っていた。
序盤にスケルトンナイトやスケルトンメイジを片付けて脅威を取り除いておいたのでモノランは気兼ねなく魔法なしでも戦えていた。
まだスケルトンは多いがかなりスカスカになっている。
残った人で倒し切るのも難しいかもしれないが、聖職者たちの負担も相当軽くなったので今しばらく保てるぐらいになっていた。
「みんなも乗せていいか?」
「う? ……それはリュードのお願いですか?」
「うん、頼むよ」
「……しょうがないですね、リュード以外は乗せないのですが特別です」
「助かるよ。みんな、乗るんだ!」
「しっかり掴まっていてくださいね。リュード以外は落ちても知りませんから」
モノランが跳び上がる。
建物の上に着地する。
次々と建物の上をジャンプして町中を移動していき、北門のある城壁の上を飛び越える。
町の外にいるスケルトンはすっかりまばらになっている。
ダンジョンから向かってくるスケルトンもそれほど多くはない。
いくらなんでも工場のようにスケルトンが無限に生み出され続けているのではなかった。
もうそんなにスケルトンもいないのかもしれないとリュードは思った。
少しだけ希望を大きくしたリュードたちを乗せてモノランは走る。
勢いのあるモノランにぶつかるだけでもスケルトンは砕けていく。
北門からまっすぐ北上していくとそこにダンジョンがある。
ダンジョン手前にある小高い丘の上、そこにデュラハンがいた。
「まだあんなにスケルトンが……」
「その上いるのはスケルトンナイトとスケルトンメイジか……」
チッパの町に来ていたスケルトンが全てではなかった。
2体のスケルトンナイトと2体のスケルトンメイジがデュラハンの前に待機している。
そしてその周りを囲むようにスケルトンがいる。
他のスケルトンは生み出されたそばから送り出していたようでデュラハンの護衛のスケルトンナイトとスケルトンメイジ、一部のスケルトンはそばに留めおいたみたいだった。
「いいか、ルフォンとヴィッツはモノランと周りにいるスケルトンとスケルトンナイト、スケルトンメイジを相手してくれ。俺とラストはデュラハンを倒すぞ」
「まさか……リュード」
「ここはダンジョンの外だからな、ボス以外をルフォンたちが相手しても大丈夫だろ。ただここでデュラハンを倒してダンジョン攻略となるのかも分からないけど」
ラストはイタズラっぽく笑うリュードを見て驚いていた。
リュードはなんとこの期に及んでラストの大人の試練のことまで考えてデュラハンと戦おうとしていたのであった。
今大人の試練なんて考えている場合ではないのだけど、ここにきてこの先で難癖付けられることも絶対に嫌だった。
だからリュードはラストとデュラハンを倒そうとしていた。
一応ダンジョンを攻略しろということはダンジョンのボスを倒せということと意味はほとんど同じである。
つまりデュラハンを倒せばダンジョンを攻略したことになる。
ダンジョンブレイクを起こした時どうなのかとか、外にいるデュラハンを倒したらどうなのかとかイレギュラーな状況ではある。
本来コルトンがいれば聞けて安心なのにと思うけれど、そういえばコルトンはどこにいるのか。
これまではリュードたちに先回りしてダンジョン付近にいたのに今回はコルトンの姿は見ていない。
バカ真面目に待っていたのだからダンジョン周りにいてもおかしくないはずなのにチッパの町にもいなかった。
「またやるだけやってみよう」
リュードとラストだけで倒せるならそれでいい。
危険そうならルフォンたちに助けてもらったって別にいい。
やるだけやってみようとリュードは笑ってみせる。
リュードたちに気づいたスケルトンが動き出す。
「私はもうあまり魔力はありませんので助けにはなれないかも知れませんよ」
「いてくれるだけでも心強いさ」
「リュードは口がうまいですね。道は私が開けて差し上げましょう」
モノランが大きな雷を落とす。
スケルトンの集団の真ん中が雷にやられて穴になる。
モノランはスケルトンの集団に突っ込むと前足でスケルトンを薙ぎ倒していく。
魔力がなくたって十分な戦力である。
「スケルトンは私に任せてください! みなさんは早く行って下さい!」
「ありがとうモノラン!」
モノランの背中から飛び出してリュードたちはスケルトンの集団を飛び越えて行く。
「はっ!」
しっかりとフルアーマーの鎧を身につけたスケルトンナイトが通さないと言わんばかりに立ち塞がった。
スケルトンナイトに対して前に出たのはルフォン。
スケルトンナイトの剣をかわして思い切り蹴りを入れて無理矢理前から退かせた。
「リュード様、ご領主様を……ラスト様をお頼み申し上げますよ」
スケルトンメイジがルフォンに向かって氷の塊を発射する。
それをヴィッツが炎をまとった剣で切り裂いて防ぎ、ルフォンとヴィッツの二人は足を止めた。
そのままリュードとラストは走り抜けていく。
「また2人で戦うことになりましたな」
「ヴィッツさんなら強いから大歓迎だよ」
「お褒めにあずかり光栄でございます。さっさと終わらせてペリアリーフの使い方でも話し合いましょうか」
ペリアリーフとはルフォンがもらってきた香辛料の1つの名前である。
「そうだね。お昼もちゃんと食べてないしお腹が空いちゃう前に終わらせたいね」
少しだけこれまでのスケルトンナイトやスケルトンメイジとは違う雰囲気がある4体が二人に迫る。
しっかりと鎧を着ていて錆び付いてもいない綺麗な剣や槍を持ったスケルトンナイト。
厚めの生地で作られたローブに身を包み魔法補助具として作られた杖を持っているスケルトンメイジ。
錆びてボロボロの鎧を着て、切れ味の悪そうな剣を持ったスケルトンナイトや薄い破れかけのローブを着たスケルトンメイジとは明らかに異なっていた。
「お気をつけください。これまでのスケルトンとは違うようです」
スケルトンナイト同士の装備はどこか似ていて、スケルトンメイジの装備も互いに似ている。
そして4体1まとまりになっていることが見てとれる。
ルフォン達を見てすぐに襲い掛かってもこない。
何か他のスケルトンとは異なっていることが感じ取れる。
「私が前に出ますのでサポートをお願いします」
相手は4体。
数も多いしこうした違和感を感じた時はその正体を見極めなければ痛い目を見ることがある。
「行きますよ!」
ヴィッツが槍のスケルトンナイトに切りかかる。
普通のスケルトンなら防ぐこともしないしできないような一撃だった。
スケルトンナイトであっても大体防御も間に合わないものなのだけどこの槍のスケルトンナイトはヴィッツの剣を受け止めた。
受け止めるだけの速さと力がある。
すぐさま剣のスケルトンナイトとスケルトンメイジの攻撃を警戒したヴィッツは驚いた。
剣のスケルトンナイトはヴィッツを無視してルフォンの方に向かった。
そしてさらにヴィッツの横を魔法が飛んでいく。
スケルトンメイジもルフォンの方を狙っているのだ。
ヴィッツとルフォンがどちらが弱そうか。
老人と女性であり、なかなか判断が難しいところではあるが剣を持った老人とナイフを持った女性なら女性の方が弱そうだとみるものももちろんいるだろう。