ムチなら矢よりも聖水の効果も乗る。
ほとんど1人でやらなきゃいけないような状態から2人で戦える希望が見えてきてリュードのテンションも高くなった。
欲を言うなら聖水に頼らないで戦うのが1番良い。
安ければ聖水に頼りたいんだけどなにぶん高い。
「リューちゃんは神聖力使えないの?」
「さすがの俺も神聖力は使えないな」
リュードは神様とも親しく、加護を受けてまでいるけれど神聖力は使えない。
そもそも神聖力とは信仰の力である。
心から神を信仰し祈りを捧げるものに神が与える力が神聖力なのである。
生まれ持って神に寵愛されし者は生まれ持って神聖力を持つことがあるし、祈りを捧げていなくても神聖力を与えられるケースはある。
けれど基本的にはちゃんと信仰しなきゃ神聖力はもらえない。
リュードは会ったことがあるから神様がいると信じているのであって別に祈りを捧げたりしない。
感謝はしているけれど心の底から祈るほどの感謝かと言われるとちょっと疑問符がつく。
教会や神殿に身を捧げて祈る聖職者に比べてしまうと神聖力を得られるほどの信仰心は持ち合わせていないのであった。
むしろ普段のラフな神様に会ったことがあるからこそ信仰心とは無縁なのかもしれない。
ラストも祈らないわけじゃないけど熱心な方ではない。
リュードとの出会いは非常に感謝しているのでそれなりに種族の神であるサキュルディオーネには信仰心はある。
しかし種族の神は大体種族限定の神様で力もそんなにないことが多く、熱心に信仰を捧げても神聖力を得られることが少ないのである。
今から信仰して神聖力くださいといっても神聖力なんて使えるようにはならない。
「ほんとに無理だよな?」
今から信仰しても無理、とは思うけど誰か神聖力くださいってリュードが祈ればどっかの神様くれそうな気がしないでもない。
「まあ不確定なことに頼っちゃダメだよな」
試してみる価値はあるかもしれないと思いつつ、祈ることはしないので結局のところ聖水に頼るしかない。
ひとまず弓矢よりも殲滅力が高いムチの使用を念頭に置きつつ、高くても聖水を買って試しにダンジョンにでも潜ってみるしかない。
弓矢の腕もかなり良いのでムチの腕前でも期待はしている。
この際攻略できりゃいいんだから金に糸目をつけないでさっさと攻略してしまってもいいと最後には思った。
「いざとなれば引けるしな」
これまでのダンジョンと違う点がある。
ボーンフィールドダンジョンはフィールド型でボス部屋がないのである。
つまりは撤退して再チャレンジも出来るのだ。
一度チャレンジしてみて作戦を立て直すことができる。
だから聖水の効果やラストのムチの具合を見ながら作戦を練ってもいい。
「まあ行けなくもなさそうかな」
最終的には力押しみたいな考えにたどり着いたけれど、いつの時代も頼れるのは己の実力なのだ。
聖水があろうとなかろうとやはり最後は自分が戦ってなんとかするしかない。
多少教会とも聖水の価格について交渉するつもりで作戦会議はお開きとなり宿に戻った。
ーーーーー
どうやって攻略していくのか情報を元に考える作戦会議を終えてルフォンたちは男性組が泊まる部屋から出た。
「ラストちゃん、ちょっと外歩かない?」
空き部屋の都合でルフォンたちの部屋は別階になった。
宿の階段を下りているとルフォンが珍しい誘いをラストに持ちかけた。
「外? うん、いいよ」
何だろうと思うけれど監視も付いていないし夜の散歩も悪くなさそうとラストは快諾する。
少し夜風に当たると宿の人に伝えて外に出る。
真魔大戦で直接失われたものも多いのだけど、そこからの復興の過程で必要なもの以外のもので失われてしまったものも多かった。
ヴィッツは時折こう漏らすことがあった。
『私が小さい頃は夜は本当に真っ暗でした。 暗闇が怖かったものですが今は明るくていいですな』
これは町の外の話ではない。
町中の話である。
失われたものをなんとか復活させようとする人も時間が経って増えてきた。
その復活した技術の一つが街灯なのである。
魔石に魔法を刻んで光らせるというこの技術も単純に火を灯したり魔法で一時的に明かりを確保することができたために忘れられた技術となってしまった。
魔石に魔法を刻むことよりも魔法そのものの復興の方が優先されたのでこうした技術は大きく衰退したのである。
書物などに書いてあるものは残ってもいたので失われたとまで言えないけれど、技術を教えてくれる人もいなくなってしまったので己で手探りするしかなかった。
戦争の傷が癒えて、魔物との戦いも乗り越えて、ようやく世界が復興して、好奇心のある若い世代が出てきて、普通の魔法が安定してきて、それからこうした技術に手が回ってきた。
「ヴェルデガーさんなら簡単なのにな」
ヴェルデガーは本人にその自覚がないのだけれど偶然貴重な書物を手に入れて、それを再現できる才能がある天才だった。
魔石に魔法を刻む技術は今の世界ではトップクラスであり、その方面で生きようと思ったら今ごろ大富豪になっていたことだろう。
リュードも魔石に魔法を刻むことはヴェルデガーに及ばずともできるので世間から見ると天才に入る。
ただ今こうして街灯があるのは地道に技術を追い求めた人々の努力の粋なのである。
そんな明るい道をなんとなく会話もないままゆっくりと歩く。
そよそよと風が頬を撫でて心地の良い夜なのに、誘ってきたルフォンがあまり口を開かないのでラストはなんだか緊張してきてしまった。
メインの通りは街灯のために明るくて歩くことに苦労しない。
歩くことに集中しなくていいので考える方に頭がいってしまう。
夜という独特な雰囲気、周りに出歩いている人はおらず不思議な感じすらする。
友達とこんな風に夜抜け出して外を歩くなんてこともなかったのでそんな興奮もラストにはあった。
「ねえ、ラストちゃん」
「なぁに?」
「ラストちゃん、リューちゃんのこと、好きでしょ?」
並びあって歩く中で発されたルフォンの言葉に驚いてラストは歩みを止めた。
少し前を行くルフォンも立ち止まってクルリと体をラストの方に向ける。
「えっ! あ、お、それは……」
そんなことないよ。
喉まで出かかった言葉が出てこない。
2人にウソはつかない。
なぜなのか最初に交わした約束が頭の中に浮かんできた。
ウソはつけないから言葉が見つからない。
好きじゃないと言ってしまえば楽なのに、好きじゃないと言えてしまえばこの場は何もなく終わるはずなのに、好きじゃないと言いたくない自分がいた。
しかしこんな風に言い淀んでしまっては答えたも同然である。
早く否定しなきゃいけないのに、否定の言葉を口に出そうとするたびに胸が痛くなる。
街灯に照らされたラストの顔が赤くなる。
リュードの顔がチラついて、否定の言葉を考えることもできなくなっていく。
いつからは分からない。
でもいつ頃からかラストの様子がおかしいことにルフォンは気づいていた。
いつかそんなことになるのではないかと思っていた。
リュードは気づいてなさそうだけど側から見ていたルフォンには分かってしまったのだ。
2人きりでのダンジョン攻略。
互いに助け合い、危機を乗り越える。
しかもその相手がリュードである。
そんなの惚れない方がおかしいのだとルフォンも思ってしまう。
でも一応ちゃんと確かめておく必要がある。
だから夜の散歩に誘った。
「……私、恋とか愛とかそんなの分からないんだ。だからこの気持ちが何なのかはっきりと言えない。……でも、この胸が苦しくて、リュードのことを考えると、もっと苦しくなるこの気持ちが……この気持ちが恋だって言うなら…………私はリュードに恋してる」
色恋沙汰で友情が崩壊する話はラストも聞いたことがある。
恋はわからなくてもメイドさんなどからそんな話を聞くことはあった。
せっかくできた友達。
その1人に恋をしてしまった。
もう1人の友達はそのパートナーである。
両思いであることは聞いているし、2人が互いを大切に思っているのは見ていて分かっている。
ここまで積み上げてきた友情が終わる。
もしかしたら大人の試練を手伝ってくれることもクゼナを助けてくれることも辞めてしまうかもしれない。
世界が暗くなった思いがする。
ルフォンの顔が見られなくてラストはルフォンの足元を見ていた。
色々な考えとか感情とかが湧き上がって、頭がカーッとなる。
胸の中にある感情が涙となって出てきそうになって、ラストは服の裾を強く握りしめて堪えた。
口を開いたら泣いてしまう。
もう自分から言葉を発することができない。
ルフォンの足が動いた。
ラストの方に向かってきて、目の前で止まる。
何をされても何を言われても受け入れるつもりだったけど、街灯に映し出されるルフォンの影が動いてラストはビクッと体を震わせた。
「えいっ」
ペチンと軽い音がした。
ルフォンが優しくラストの額をデコピンで弾いた。
「怒ってないよ」
「うぇ?」
「私は怒ってないよ。分かってるから」
思うことがないわけでもないが怒ってはいない。
むしろウソをついたり誤魔化したりしないラストに好感も持っている。
悪いのはリュードだ。
隠しても隠しきれないリュードの魅力が溢れているせいだ。
でもリュードの魅力を止めることなんでできないし、ルフォンはそんなところも好きなのだ。
ラストは先祖返りで本能の部分でも魔人的な要素が強い。
強い男に惹かれてしまうことも仕方のないことなのである。
ルフォンが聞きたかったことは最初に出会った時のように無理矢理リュードを夫にしようとするような意思があるかどうかである。
好きになることはしょうがないので構わない。
でも奪うつもりなら容赦はしないと考えていた。
あの時の言葉はまだ好きでも何でもなかったから言えた言葉だった。
今のラストの様子に権力を傘にきて無理矢理リュードを夫に迎えるつもりがなさそうなことは見て分かる。
それに自分の中にあるまだ得体の知れない感情に怯えるようなラストにルフォンも一発言ってやろうなんて気持ちが失せてしまった。
恋心への向き合い方を知らないでいるラストに対してルフォンはちょっぴりお姉さん気分になっていた。
「リューちゃんのことを好きになるのは当然のことだから怒るなんてことはないよ。ラストちゃんが無理矢理リューちゃんを奪おうって言うなら話は別だけど」
「そ、そんなこと……ない」
ルフォンに言われてラストは自分の発言を思い出した。
軽率な発言だったな顔が熱くなる。
あの時は強くてどこの派閥にも所属していない人が味方になってくれるならそれぐらいでもいいぐらいのつもりで言った言葉だった。
思い返してみると顔から火が出そうになる。
「あ、あれは……!」
「分かってるよ」
顔を上げると近くにいたルフォンの顔はとても優しかった。
「分かってるよ、だからそんな顔しないで?」
「うぇ……うっ……ルフォーン!」
嫌われると思ったのに。
ルフォンが強いことは分かっているから掴み合いの喧嘩にすらならなくて叩かれることぐらいは覚悟もしていたのに。
優しくてそっと微笑むルフォンはとてもお姉さんに見えて、とても安心した。
ラストの感情は限界を迎えてルフォンに抱きついてわんわんと泣く。
リュードが好きになった人なのだ。
言葉じゃ表現できない良い人であることがそこからも分かる。
ラストもこんな人になりたいと思った。
「……なに?」
そんなラストの涙を引っ込めてしまうような鐘を叩く音が響き渡った。
振り返らずただ馬を走らせる。
今にも後ろから手が伸びてくるのではないかと不安を振り払うように全速力でチッパに向かう。
「うわっ!」
暗い中で走らせたものだから地面から出ていた木の根っこに馬が足を引っ掛けてしまい、体が空中に投げ出される。
「うぐ……」
左肩を地面に打ち付けた。
ひどく痛んで肩が動かない。
肩を脱臼してしまった。
歩くとその衝撃で肩に激痛が走るけれど休んでいる暇はない。
右手で肩を押さえて歯を食いしばって走り出す。
「おーい……」
「誰だ!」
巡回中の衛兵が弱々しく聞こえてくる声に反応した。
チッパの町を囲む城壁の上から松明を投げて声の主を探す。
松明の明かりに照らされてようやくその姿が見えた。
肩を押さえて青い顔で走ってきた男に衛兵は見覚えがあった。
「おい、大丈夫か! 門はあっちだ!」
衛兵は走っていって門を開ける。
こんな時間にあんな様子で走ってくるなんて只事ではないとざわつくような不安を覚える。
「み、水……」
「水だな、待ってろ! おーい、誰か手伝ってくれ!」
衛兵が酒を飲む大きなジョッキに水を入れて戻ってくると男は他の衛兵によって治療を受けていた。
「ほら、水だ」
「あ……」
グッと一気にジョッキの水を飲み干してしまう。
「何があった。お前ダンジョンの見張り担当のやつだろ?」
ダンジョンの見張りは暇だけど、ダンジョンの側での担当だから危険手当てもついて割がいい。
基本的には危険なこともないし面倒な上司も滅多にこないからやりたがる奴も意外に多い配属先で羨ましがられる。
直接知り合いでなくとも多少羨ましい相手として顔を知っている奴も多く、男が少し後輩の見張り番だったことを衛兵は覚えていた。
「す、すぐに上に伝えてほしい……!」
「だから、何をだ?」
「ダンジョンブレイクが起きた!」
「なんだと!?」
見張り番から飛び出してきた驚きの言葉に衛兵は思わず固まってしまった。
冗談かと思ったけどこんなタチの悪い冗談を言う人はいない。
「早く隊長に知らせろ!」
衛兵は部下に指示を飛ばしてすぐに城壁の上に上る。
幸いにしてまだ周りに変化は見えていない。
けれどこう暗くては先まで見通せないので、もしかして見えていないほんの少し先では異変が起きているかもしれないと思うと背中が寒くなる。
程なくして衛兵隊長が飛んできた。
事情を見張り番の男から聞くとボーンフィールドダンジョンがいきなりダンジョンブレイクを起こしてスケルトンが中から溢れ出してきたらしい。
見張り番の男は他の見張りがスケルトンを抑えている間に1人報告のためにダンジョンからチッパに急いできたそうだった。
報告を受けて衛兵隊長の顔からも血の気がひく。
ボーンフィールドダンジョンがダンジョンブレイクを起こしたことなど過去に一度もない。
ボーンフィールドダンジョンは普通のダンジョンよりも魔物の数が多くて簡単にはいかないダンジョンである。
これはまずいと思った。
ここでチッパがわずかに運が良かったのはこの衛兵隊長が正義感のある真面目な人物であったことである。
町を見捨てて1人逃げ出すクズではなく、多くの人の命を救うためにはどうしたらよいかを考えた。
「異常事態を知らせる鐘を鳴らせ、町の全員が起きるまで鳴らし続けるんだ。こうした事態は冒険者の方が詳しいから冒険者ギルドに人をやって協力を仰ぐんだ!」
パニックが起きる可能性も十分にある。
けれどボーンフィールドダンジョンはチッパの町からそう離れておらず対策を十分に練ってから町の人に行動を促していては間に合わないと考えた。
「ダンジョンブレイクが起きたことと荷物をまとめることを町中に触れて回れ! 全ての責任は私が取る!」
逃げ出そうとした人でケガ人やなんかが発生することはもはや仕方ない。
備蓄や武器の確認、他の町への支援要請など思いつく限り必要な指示をする。
「こんなことになるとはな……」
上司に歯向かったがために割と田舎のチッパに追いやられた。
衛兵隊長はまだここに赴任したばかりであった。
ーーーーー
「な、何この音?」
「わかんない。でもとりあえず宿に帰ろう!」
「うん!」
ラストは一瞬だけ夜道で号泣したせいで怒られたのかと思った。
慌てたルフォンたちだけど、どうやらそんなこととは関係なく町中に鐘の音が響いていた。
家々に明かりが灯り始め、みな窓を開けて何事かと確認しようとしている。
宿に戻るとリュードたちも起きてルフォンたちの部屋の前にいた。
部屋にいなくて心配だったけれど無事でいて一安心した。
「2人とも無事か?」
「うん、大丈夫だよ。この音なぁに?」
うるさくてミミが痛いとルフォンは顔をしかめる。
「みなさん落ち着いて聞いてください! 近くのダンジョンにてダンジョンブレイクが起きたと思われます。まだ状況は確認中ではありますが逃げられるよう、お荷物をまとめておいてください」
開け放たれた窓から声が聞こえてきた。
大きな声で何度も同じ内容が繰り返されていて、宿の中でもざわつきが一旦静かになってみんな外から聞こえる声に耳を傾けていた。
「お客さん、すまないね。ダンジョンブレイクが起きたみたいだ。お客さんは冒険者かい? ならきっとギルドの方でも人を集めているはずだからよければ行って手伝ってやくれないか?」
ずっと響き渡っている鐘の音は異常事態を知らせるものであった。
今回の異常事態とはダンジョンブレイク、つまりダンジョンから魔物が外に出てきてしまう事態が発生していたことを示している。
本来ダンジョンの中にいる魔物はダンジョンから外には出てこない。
しかし何かしらの事情や異常、例えば長期間人が入らず放置されたりとかするとダンジョンの中の魔物が外に出てきてしまったりすることがある。
このチッパの町の近くにあるのはスケルトンが多く出てくるボーンフィールドダンジョンのみ。
リュードたちが攻略する予定であったダンジョンである。
聞いたところ他に近くにダンジョンはないようだしダンジョンブレイクが起きたというならボーンフィールドダンジョンがブレイクを起こしたと見るべきである。
「冒険者ギルドに行ってみよう」
チッパの町の一大事にリュードとルフォンは顔を見合わせる。
リュードたちもサッと着替えて必要な荷物を持って冒険者ギルドに向かおうとした。
「2人は避難を」
「私たちも手伝うよ!」
「でも……」
「2人が行くなら私も行く。困った時に助け合うのが友達だって言ってたじゃん!」
「そうだけど……」
「私は冒険者の資格も持っておりますので、もちろんご協力させていただきます」
リュードとルフォンは冒険者だからこういう時に手伝う義務があるし責任感もある。
けれどラストとヴィッツはそうではない。
危険な事態なので2人には避難してもらおうと思ったが、ラストは大人しく逃げるつもりがないようだ。
ラストが行くのなら当然ヴィッツも行くのである。
「よし、行こうか」
ここで言い争いをしている暇はない。
ラストの真剣な眼差しにリュードはうなずいた。
避難といってもまだ何も情報はないし、今の段階では部屋でおとなしくしているしかない。
そんなヤキモキする状態に置かれるなら一緒に行った方が何倍もマシである。
ギルドに行ってみるともうすでに人が多く集まっていた。
冒険者だけでなくこの状況の情報を欲しい人も集まっていた。
「みなさん聞こえますか?」
冒険者ギルドの前に置かれた大きな箱の上に人が上がり、魔法で声を増幅してみんなに聞こえるようしていた。
「私はチッパの冒険者ギルドのギルド長をしております、ジグーズです」
箱の上に乗ったのはガタイのいい中年の男性だった。
騒がしかったギルド前の広場がピタッと静寂に包まれ、いまだに鳴り響く鐘の音をバックにしてみんなジグーズの声に耳を傾ける。
「現在チッパの町の近くにありますボーンフィールドダンジョンがダンジョンブレイクを起こして、中のスケルトンがダンジョンの外に出てこちらの町に向かってきております」
やはりダンジョンブレイクを起こしているのはいきなり現れたようなダンジョンではなく、ボーンフィールドダンジョンであった。
「出てくる魔物はアンデッドなので歩みが遅く、到着するのは朝になるようですがその時までに援軍が到着する見込みはありません。この町を守るためにどうかお力を貸してください!」
ジグーズは協力を願い頭を下げた。
今ここに集まっている冒険者は元より力を貸そうと集まった連中なので貸してくれと言われなくても勝手にスケルトンと戦っていただろう。
ダンジョンの管理については大領主や国が管轄しているものなのであるが、魔物の対処などは冒険者の方が心得がある。
冒険者の方が衛兵よりも多いし指揮系統が二つあるのは望ましくないので冒険者ギルドが今回について主導することになった。
必要なことは状況の把握と適切な準備である。
備蓄や武器の倉庫、町の武器屋などを回って何がどれほどあるのかを確かめて必要なところに運ぶ。
足の速い冒険者を選んでダンジョンの方に偵察に向かわせている間にギルト前では炊き出しが行われていた。
絶対にこんなこと口に出しちゃいけないのだけど月明かりの元大鍋で大量に作った汁物は意外と美味しく、乙なものであった。
そうしていると教会の方でも話がまとまったらしく大量の聖水が運ばれてきた。
この町においては聖水は高級なものとなるのだが瓶詰めの液体なんて持っては逃げられない。
町がモンスターの手に落ちれば作った聖水なんか無駄になってしまうのだから出し惜しみなんてしていられない。
「ただあまり良い感じではなさそうだな……」
リュードは周りを見ながらため息をついた。
冒険者の数は多いけれど状況は良くないと感じたからである。
強そうな冒険者が少ないのだ。
これには理由があった。
ラストのためにダンジョンが封鎖されることが決まっていた。
そのために高ランクの冒険者はこの町にあまり残っていないというのが大きな理由である。
ただそれだけじゃなくボーンフィールドダンジョンに出てくるスケルトンは強い魔物だとは言い切れず、だから難易度が高めなダンジョンではあるものの挑む人のレベルはそんなに高くないのだ。
なのでスケルトンに手慣れている人は多いけれどみな中程度のランクの冒険者が多かった。
「まあなるようにしかならないか……」
武器の手入れやなんかをして過ごしていると偵察に出た冒険者たちが戻ってきた。
顔は険しく、話の中身を聞かなくても良くないことが分かってしまう。
偵察してきた話では正確な数も把握できないほどのスケルトンの大群が町の方に迫ってきていた。
ただ数は多いもののアンデッド系の魔物で足も速くないスケルトンの歩みは遅くてまだ若干の余裕はあるようだった。
「ただ今回は危険も予想されます」
偵察の話ではスケルトンの上位種であるスケルトンメイジやスケルトンナイトもいて、その後ろにはダンジョンのボスであるデュラハンもいたらしい。
今回現れたデュラハンは大きな剣を持ち、黒い鎧でできたような馬に乗っていた。
黒いオーラにも見える魔力をまとい、通常のデュラハンよりも強そうであったとのことだった。
「単純なスケルトンといかないのもな……」
野良で発生するスケルトンは武器を持っていないこともある。
近くに武器があると使うようだけど何もないもただ素手で殴りかかってくるモンスターになるのだ。
だが今回のスケルトンたちはダンジョン産であり、武器を持っている個体も多い。
なぜかダンジョンで生まれるスケルトンは最初から武器を与えられているのである。
良い武器ではなくボロボロのものだがあるのとないのでは大きく差が生まれる。
危険度は普通のスケルトンを相手するよりも上になってしまう。
進行の速度から見てスケルトンが到着するのは夜が明けた頃になると予想された。
「……ラストのせいじゃない」
こうなったのは大人の試練のせいだ。
大人の試練として使うためにダンジョンが閉鎖されたのでダンジョンブレイクが起きた。
閉鎖したために町に滞在している冒険者も少なく最悪の状況。
ラストの顔を見れば何を考えているのかリュードには分かった。
「でも……」
「少し封鎖したからってダンジョンがブレイクはない。ラストの責任じゃなく何かあるんだ」
勝手に責任を感じて暗い顔をしているラストの肩に手を置く。
これはラストのせいではないというのはただの慰めではない。
ダンジョンを国やギルドで管理していることの意味はこういった事態を起こさないようにするためである。
仮に封鎖しているとしても中の魔物を狩ったりしてダンジョンの維持は行う。
それに全く放置していたとしても何十年と放置されているわけでなければダンジョンブレイクなんて簡単に起こるものではない。
町の様子を見るにそんなに長いこと封鎖していたものではないようだし、大人の試練で短期間放置したからダンジョンブレイクが起きたと考えるのは無理がある。
何かダンジョンブレイクを短期間で引き起こした原因があるとリュードは考えていた。
ダンジョンに何かをしようとした、あるいは何かをしていた。
「何をしたのかは分からないけれど多分失敗したんだろうな」
まさかラスト憎さに自分の領地でベギーオがダンジョンブレイクを起こさせることも考えにくい。
ダンジョンに手を加えようとして失敗したのではないかなんてことを思っている。
理由はダンジョンは人がそう簡単にコントロールできるものではないからだ。
ただ多少の手心は加えることができるのでどこかの段階でやりすぎた可能性があった。
「くっ……」
報告を受けてジグーズは考えた。
防衛し切るのは難しいかもしれない。
外はまだ暗いけれど手遅れになる前に町の人を避難させ、戦力は減るけどいくらか冒険者を道中に置いて町の人を警護させて近くの町まで引かせることを決断した。
たとえ逃げるのが難しくてもこのまま町に留め置いたら甚大な被害が出てしまうと感じたのである。
逃げるようにとアナウンスし始めて、町の人が一斉に動き出した。
事前に準備をしていて、最初のアナウンスから多少の時間が経っていたせいか町の人たちはそれほどパニックにもならなかった。
冷静にではなかったけれど大きな問題もなく持てる荷物を持ってスケルトンたちが迫る方とは逆の門から続々と出ていった。
ただ避難できない人や避難をしないと残る人もいる。
町を捨てて逃げるわけにもいかないし、みんながしっかりと逃げるまでの時間を稼ぐ必要がある。
冒険者や衛兵たちは覚悟を決めた。
見込みは少なくとも様々なもののためにチッパに籠城することを。
空が明るんできた頃、城壁の上からでも真っ白の軍隊が見え始めた。
「閉門せよ! 何があっても我々の方から門を開けることはない!」
同じくその頃ようやく最後の町を離れる人が門から出発して、チッパの町の門は固く閉ざされた。
死者の軍隊と誰かが形容した。
一体一体大したことのないスケルトンでも地面が白く見えるほどに集まってみせるとバカにできない。
「デュラハンの姿はありません!」
見えるスケルトンの中にデュラハンはいない。
相当後方にいるのか、まだダンジョン付近にでも留まっているのか。
ただデュラハンがいなくて少しだけ負担は軽くなった。
しかしチッパの防衛力は高くないので厳しいことに変わりはない。
城壁に囲まれて一見して防御力が高そうな町に見えるのだけれど、言い換えれば城壁があるだけである。
かつてはダンジョンが近くにあるからとしっかりと城壁を管理維持していたのだが、過去に一度もダンジョンブレイクなんて起きたことはなくお飾りの城壁になってしまった。
その役割を果たしたことのない城壁は劣化が進んでおり、見た目ほどの耐久性はない。
またそうした城壁を生かせるだけの備蓄や装備もチッパにはなかった。
ただ耐え抜くだけというのはいうのは簡単でも実際にはとても難しいことである。
「頼むぞ……」
城壁を頼りにただ耐え抜くだけでは厳しいのでチッパの方から攻撃することも考えていた。
先頭を歩くスケルトンが生ける人の存在に気がついた。
偵察にも出てくれた足に自信のある獣人族の冒険者の男性だった。
一人チッパの城壁の外でスケルトンの大群の前に立ちはだかっていた。
無謀な単独行動でも英雄気取りでも何でもない。
誰も男を止めようともしない。
1体、また1体とスケルトンが男に向かって走り出す。
男は剣を抜いて詰めてきたスケルトンを2体ほど切り倒すとすぐさま体を反転させて走り出す。
「恐怖の光景だな……」
人の全力疾走に比べれば遅いスケルトンだけれど一斉に走り出す光景には圧力を感じる。
逃げる男は真っ直ぐチッパの方に向かうのではなく、かつ全力疾走でもなく斜めに走る。
不自然な軌道を描いて逃げた男は一度立ち止まる。
男の方に真っ直ぐに向かってきていたスケルトンたちは男に手が届きそうなところまできた瞬間落ちた。
それは土魔法で作った即席の落とし穴だった。
上に乗ったスケルトンの重さによって地面が抜けた。
底には使わない槍を立ててあり、落ちたスケルトンが槍にぶつかり砕ける。
続々と後ろからくる他のスケルトンに押されて穴に面白いようにスケルトンが落ちていく。
変な軌道を描いていたのは男は落とし穴を避けつつ、スケルトンたちを落とし穴に誘導していたためであった。
今度は逆の方に男が斜めに走り出す。
「行こう」
城壁の上からその様子を見ていたリュードは移動を開始した。
用意した落とし穴は3つある。
あれなら3つ全てで成功するだろうと思ったので最後まで見届ける必要はない。
リュードがいるべき場所は城壁の上ではない。
魔法も使えるのでいてもいいのだけどもっとやるべきことがある。
リュードの予想通り落とし穴は3つとも成功した。
スケルトンが落ち、槍で砕けていき、またさらにスケルトンが落ちてその衝撃で下のスケルトンは砕けていく。
穴に詰まったスケルトンはスケルトンに踏みつけられて砕けてしまう。
だいぶ数が落ちたのだけれども、スケルトンの大群が減っているようには見えなかった。
落とし穴にスケルトンを誘導した男は城壁から下ろしたロープに掴まる。
上の人たちが一気に引き上げて男を回収して無事を確認した。
スケルトンたちは城壁まで迫って本格的に籠城戦が始まった。
「放て!」
城壁の上から弓矢や火の魔法が放たれる。
スケルトンは一面を覆い尽くしているので特に狙いを定めなくても面白いように攻撃が当たる。
より接近されたら今度は上から岩を落とす。
落とし穴を作るのに掘った土も魔法で固めて上から投げ落とす。
スケルトンが砕けて動かなくなり、後ろから来た他のスケルトンに踏み潰されていく。
「門を開けろ!」
ゆっくりと門が開いてスケルトンがなだれ込んでくる。
「神よ、魔を払う力を与え給え!」
神官がみんなに神聖力を付与する。
神官たちも町を見捨てるようなことをしないで共に残ってくれた。
各々の武器が淡く光り、神聖力が宿る。
「閉じろ!」
ある程度のスケルトンを招き入れると門を閉じる。
あえて門を開けてスケルトンを中に入れた。
門を閉じて籠城に徹したところで波のように打ち寄せるスケルトンたちを防ぎ切ることはできない。
少しでもスケルトンを減らしていかなきゃいけない。
本当なら完全に籠城をして援軍を待つのがいい。
けれど仲間を踏みつけることも厭わないスケルトンは押し寄せれば押し寄せるほど城壁に圧力を与え、縦に積み重なって最後には城壁を乗り越えてしまう。
門を開けることでスケルトンの動きの流れを変えて、引き込んだスケルトンを倒すことで数を減らし、少しでも時間を長く稼ごうというのである。
焼け石に水のような作戦だけど、スケルトンが他に散ることも防げるしやらないよりはやるしかないのだ。
「俺に任せとけ!」
ボーンフィールドダンジョンの方向にある北門をリュードたちは担当することになった。
神聖力をまとった剣は容易くスケルトンを切り裂き、あっという間に倒していく。
そうして戦う冒険者の中で一際目立つ赤い男がいた。
大剣を振り回し先頭に立ってスケルトンと戦っていたのはレヴィアンであった。
チッパで広報活動していたレヴィアンはなんと避難しなかった。
他国の町のことで関係がないはずなのに、この町には獣人族が多く住んでおり、獣人族の故郷であるならばと自ら町に残って共に戦うことを選んだのであった。
意外な男気にリュードもレヴィアンを見直した。
声を出してスケルトンの注目を集めながら戦うレヴィアンは獅子らしい力を遺憾なく発揮している。
レヴィアンの持つ大剣なら神聖力の効果がなくても容易くスケルトンを砕き倒してくれる。
そこに神聖力の支援があるので簡単にスケルトンが小枝のように倒されていく。
「はっ!」
リュードたちも負けてはいられないと戦う。
ラストがムチをふるってスケルトンの頭を砕いた。
ムチだからと侮るなかれ。
実際ムチで攻撃されるとバカにならない威力がある。
魔力を込めて威力と操作性を高めたムチは神聖力の効果も相まって軽々とスケルトンを破壊していく。
ムチで十分な戦力的役割をラストは果たしている。
ラストに負けてはいられないなとリュードもスケルトンを倒す。
最初なので少なめに入れられたスケルトンはあっという間に動かぬ骨にされてしまった。
のんびりとしている時間はない。
すぐさま次のスケルトンが入れられる。
そんなことを何回か繰り返してスケルトンを倒していくけれど、門の向こうに見えるスケルトンは隙間がなく減っているように感じない。
スケルトンそのものは弱くても終わりが見えない戦いというのは精神を消耗させていた。
「一度休憩だ!」
何度目かのスケルトンを倒し終えて休憩となった。
倒したスケルトンの骨が地面に散乱していて一面白くなっている。
骨のせいで足場も悪くなってきているので若手や戦えない支援の人たちがザッと骨をほうきで片付けていく。
普通ダンジョンの魔物は魔力となって消えてしまうのだけど、ダンジョンブレイクで出てきた魔物はダンジョン産でありながら消えてしまわないのだ。
他の魔物なら片付けるのも大変だし血で剣などの切れ味管理も大変だっただろう。
そこらへんはスケルトンでよかったといえる。
軽く集めただけでも骨が山になる。
骨とはいうがダンジョン産のスケルトンだから骨のように見える何か、あるいはダンジョンに作り出された元は人じゃない人骨である。
仮にこの世界にDNA鑑定とかがあってあの骨を調べたらどうなるのかちょっと気になる。
人の骨なのだろうか、それとも違うのか。
人の骨と同じものでできてるけどDNAとかはないものなのだろうか。
現実的なのか、あるいは幻想的なのか分からない考えがぼんやり休憩していると頭に浮かぶ。
「みんなは大丈夫か?」
「まだまだ大丈夫だよ」
「骨ばっか相手にしてると飽きて疲れてきちゃうかな」
「老体には堪えますな」
リュードが声をかけると三者三様の答えが返ってくる。
みんな若干の疲れはありそうだけれどもまだ戦えそうだ。
気が滅入るような骨がぶつかる音を城壁の外に聞きながらリュードは渡された水を飲む。
「やばいぞ、西門が破られそうだ!」
時間はこのまま稼げそう。
スケルトンも弱くて敵ではないのでこのまま頑張って数を減らしていけば希望も見える。
そんな雰囲気をぶち壊す緊迫した報告が飛び込んできた。
「誰か西門の援護に回ってくれないか?」
息を切らせる冒険者が走ってきた。
慌ててこちらに来たのだろう、渡された水を一気に飲み干してその場にいる冒険者たちを見回す。
「何があってやられそうなんだ?」
1人2人の支援でいいのか、それとももっと人数が必要か。
話を聞かないことには状況がわからない。
どこもギリギリでやっているのでおいそれと人を回すこともできない。
「スケルトンナイトとスケルトンメイジが西門の方に回ってきやがった。スケルトンそのものは多くないんだが上級種がいきなり混じってきて油断してしまったんだ」
「西門は無事なのか?」
「とりあえず引き入れた分は倒したがケガ人もいる。それにまだ西門の方にはスケルトンナイトが何体か外にいるようなんだ」
「ならば俺が行こう!」
話を聞いていたレヴィアンが立ち上がる。
レヴィアンの実力ならスケルトンナイトに遅れをとることもない。
護衛たち一緒に行くので人がごっそり抜けてしまうのは痛手だけど、北門も無理をしなきゃ今の所問題はなさそうだし早めの対処が後々の安全につながる。
「助かる!」
「この町には詳しくないから案内してくれ」
「分かった。こっちだ!」
レヴィアンと護衛たちはすぐさま西門の方に向かっていった。
ああして真面目にしていると強いし気も使える良い男である。
リュードはこっそりと普段の軽い態度とは違うレヴィアンの無事を願っておく。
「よし、こっちも再開するぞ」
いつの間にか地面に転がった骨も全て退けられていた。
砕けた骨の粉で門の前はいまだにうっすらと白くなっているけれどそこまで掃除はしない。
西門の負担軽減のためにも長く休んではいられない。
「門を開けろ!」
「……あ、あれは!」
「デュラハンだ、デュラハンがいるぞ!」
門を開けるとスケルトンの大群の奥にデュラハンが見えた。
白い中に黒いデュラハンはとても目立って見えていて誰もがその存在に気がついた。
「何かしようとしているぞ!門を閉じるんだ!」
戦場を見守るようにも見えるデュラハンは持っていた剣を逆手に持って腕を振り上げた。
その様子に全員が嫌な予感がした。
「違う……ダメだ、門を閉じるな!」
リーダーとなっている冒険者の指示の下、何かをしようとしているデュラハンに対して門を閉じて防ごうとした。
しかしリュードはそれではダメだと直感が叫んでいた。
門を閉じてはいけないと叫ぶリュードに従うものは誰もいなかった。
「ヤバい……!」
門の向こうでデュラハンは目一杯腕を引き、門に向かって一直線に剣を投擲した。
デュラハンの黒い魔力をまとった剣が真っ直ぐに門に向かって飛んでいく。
門が閉じてしまった。
「リューちゃん!」
リュードは危険を察知して、門の中に流れ込んできたスケルトンをかき分けて前に出る。
重たい衝撃音がして、厚い木の大きな門が真ん中からへしゃげて折れていく。
デュラハンの一撃に門は耐えられなかった。
完全に門が叩き折られてデュラハンの剣が飛び込んでくる。
「させるか!」
剣を振り上げるリュード。
デュラハンの黒い剣とリュードの黒い剣とがぶつかり、黒い魔力と神聖力もぶつかり合い、重たい反発力がリュードの手にかかる。
「ナメるな……よ!」
門を破壊して威力を減じ、主人のいない剣に負けるわけにいかない。
全身に力を込めたリュードはデュラハンの剣に打ち勝ち、上空へと弾き上げることに成功した。
勢いよく空中に飛んでいったデュラハンの剣は落ちてくることはなく、空中でボロボロと崩れるように消えていく。
門を破壊してなお凄い力であった。
他の冒険者や聖職者の方に飛んでいってしまったら死者が出ていたかもしれないとんでもない破壊力がある一撃だった。
「も、門が!」
ただ人の命は守れたが門は守れなかった。
やはり門を閉じてはダメだったのだ。
デュラハンの一撃によって門は破壊され、スケルトンがドンドンと流れ込んでくる。
もうすでにデュラハンの姿は見えず、これが目的であったのだなとリュードは苦い顔をした。
「くそっ、時間を稼ぐんだ! 土魔法で門を塞いでしまえ!」
デュラハンの黒い魔力と相打ちになって剣にかかっていた神聖力が消えてしまった。
リュードは聖水を取り出すと剣に振りかける。
神官にかけてもらったよりは弱い光を放つ神聖力を剣がまとう。
まずは前に出たためにスケルトンに囲まれてしまっているので下がらなきゃいけない。
周り全部ではなく下がるのに邪魔になるスケルトンだけを相手取って倒していく。
切り倒して道を開きたいけれどスケルトンはドンドンと増えていく。
「リュード、大丈夫?」
「ああ、助かったよ!」
押し寄せるスケルトンに焦りを感じていたら急に前が開けた。
ルフォンやラストがリュードのために道を切り開いていてくれていたのである。
「みんな、下がるんだ!」
「ファイアストーム!」
冒険者の何人かが協力して魔法を使う。
渦を巻く炎がスケルトンを巻き込んで門までの間を一掃する。
門が燃えてしまうが壊れてしまった門はもう門としての役割を果たしていないので気にすることもない。
「アースウォール!」
続いて別の冒険者たちが土属性の魔法を使う。
地面がせり上がり、門の内側が土でピタリと覆われてしまう。
これでひとまずスケルトンの侵入を防ぐことはできた。
魔法を発動させて塞ぐまでの間に入ってきたスケルトンをみんなで片付ける。
「くっ……してやられたな」
完全に塞いでしまったのでスケルトンを引き込んで数を減らす作戦はもう使えない。
「助かったぜ、兄ちゃん」
イカツイ顔をした冒険者が汗を拭いながらリュードに近づく。
「すまなかったな、言うこと聞かんで」
「いえ、しょうがないですよ」
リュードがいなかったらデュラハンの剣で死傷者が出ていた。
それにリュードの声に従っていれば門は壊れずに済んでいたかもしれない。
ただしその時はデュラハンの剣を防げたかは分からない。
「まさかあんな力技を壊してくるとはな……よくあれを防げたもんだ。若いのにやるな」
誰もリュードの声に耳を傾けず結果的には門を破壊されてしまうという誤った判断になってしまった。
それを誤った判断だったと言い切ることはリュードにもできない。
あの状況、あの場面では門を閉じてしまうことはリュードの頭にも浮かんだ考えだった。
デュラハンの動きを見て嫌な予感がして、直感的に叫んだにすぎない。
結果的に悪手になっただけで誰もが下す当然の判断だったので批判することなどできない。
「他の門に向かおう! ここで戦うことはできない!」
リュードたちがいるのは北側にある北門である。
門を塞いでしまったので他の門を助けに行くことになった。
スケルトンが登ってくることを防ぐための城壁の上の戦力を残してリュードたちは別の門にそれぞれ向かうことになった。
「レヴィアン、何があった!」
「済まない、スケルトンメイジにやられた!」
リュードたちはレヴィアンが向かった西門に支援に行くことにしたのだが状況は最悪であった。
門は破壊され、冒険者たちが必死にスケルトンを食い止めていた。
スケルトンメイジも一体だけならさして脅威でもない。
けれど何体も集まれば、そして集まったスケルトンメイジが協力して魔法を使えば門も耐えられなかった。
デュラハンの攻撃のように派手に壊れたわけではないが門の下側に大きな穴が開き、そこからわらわらとスケルトンたちが入ってきている。
それだけではなくスケルトンの上位種であるスケルトンナイトも何体がいる。
そしてスケルトンたちの後ろからはスケルトンメイジが魔法で攻撃までしてきていて、徐々に押されてしまっていた。
先ほどのように門を土魔法で塞ごうにもスケルトンに押されてしまって距離ができてしまって魔法が届かない。
敵が多すぎて近づくこともできないとかなり状況が悪くなっていたのである。
「東側の一部で城壁が崩壊した!」
刻一刻と状況が悪くなる。
このままでは援軍が来る前にリュードたちはやられてチッパは廃墟と化してしまう。
「もう! モノランみたいな化け物に襲われたり、スケルトンに囲まれたり、どうして私ばっかりこんな目にあわなきゃいけないの!」
八つ当たりするようにラストがムチでスケルトンを破壊する。
ずっと我慢してきた不満がとうとう爆発したのだ。
大人の試練という文化がある血人族には、乗り越えられない試練はないという言葉がある。
その意味内容は前後の文脈によって異なってくるのであるが大体の場合なんとかなるさぐらいの意味合いが大きい。
けれどもなんともならない場面、少なくともラストではどうしようないことが多すぎる。
「……それだ!」
追い詰められつつあるこの状況を乗り切るには何か手を打つ必要がある。
それも状況を一変させるような起死回生の一手がいる。
戦いながら頭をフル回転させて方法を考えていたリュードは閃いた。
「どうしたの、リューちゃん?」
「ルフォン、ラスト、俺は少し物を取ってくるからここは頼むぞ」
「分かった!」
「えっ、どこ行くの……はやぁ〜」
ラストがどこへいくのか聞く暇もなくリュードは走り出してしまった。
まだ希望を捨てるには早すぎる、そうリュードは思った。
数で圧倒されているので崩れ始めてしまうと止められなかった。
スケルトンたちはドンドンと町の中に雪崩れ込んでいき、無理して戦っても勝機はないと撤退を余儀なくされてしまった。
全員が全員逃げ切れたかは分からない。
何人かいないような気がするけれど、誰もいないような気がする人のことには触れなかった。
今は皆冒険者ギルドの建物の中にいる。
聖職者たちによる防御魔法によってなんとかスケルトンの侵入を防いでいた。
冒険者ギルド内の空気は重い。
二階部分には町に残っていて動けた人が避難していて冒険者ギルドが最後の砦となっている。
スケルトンに囲まれて、風前の灯となった頼りない砦ではある。
「ね、ねえ、リュードいないよ!」
ラストの顔が青ざめる。
ルフォンやラストはしんがりでスケルトンと戦いつつ撤退していたので最後に冒険者ギルドに逃げ込んだ。
冒険者ギルドの中を探してみたけれどリュードの姿はそこになかった。
どこかへ行くと言って戦場を離れてから戻ってきていない。
「……リューちゃんなら大丈夫だよ」
そんな顔で言われても説得力がないとラストは思った。
ラストのほど動揺はしていなくてもルフォンはすごく心配そうな顔をしている。
大丈夫と言いつつも胸中でリュードの安否を案じている。
周りに人のいないところにいたなら撤退して冒険者ギルドに退いていることを知らないのかもしれない。
まさかリュードがスケルトンに囲まれてやられしまったなんて考えられないけれど不安は尽きない。
探しに行きたくても神聖力の防御魔法から1歩でも外に出るとスケルトンに埋め尽くされていて出ることはできない。
援軍が来るまで持つのか。
聖職者たちの神聖力が尽きてしまえばスケルトンたちはギルドに押し寄せてくる。
重たい空気の中、全員が少しずつ死の覚悟をし始めていた。
「リューちゃん……」
「リュード……」
こんな時ならリュードはどうするか。
粘り強く最後まで諦めないリュードなら何をする。
ルフォンは考えた。
きっと最後の最後まで抵抗してみせるはずだ。
情けなく死んだなんてリュードはしないだろうし、ルフォンもそんな終わりにはしない。
すっかり明るくなった窓から空を眺めているとルフォンは何かを見た。
「ルフォン?」
急にペタリとミミを畳んで尻尾を激しく振り始めるルフォンの様子にラストは驚いた。
ルフォンは冒険者ギルドの入り口に向かう。
なんだろうと窓の外をラストが覗き込んだ。
「目があぁぁあ!」
閃光。
強い光が轟音と共にラストの目を襲撃した。
固く閉ざされた冒険者ギルドのドアを開けるとルフォンの尻尾はちぎれそうなほど振られていた。
「ごめん、待たせたな!」
「リューちゃん!」
「な、なんだあれ……」
「今のは一体なんだ!」
「みんなよく聞け! こちらは雷の神様オーディアウスの使いである神獣だ!」
ギルドの前に降り立ったのはモノランに騎乗したリュードであった。
閃光と轟音はモノランが放った雷の魔法。
リュードがモノランから飛び降りてギルドから出てくる人に少し演技がかったようにモノランのことを紹介する。
人の視線なんて浴びたくはないのだけど今は仕方ない。
恥ずかしいけど大袈裟に、印象付けるように説明する。
「雷の神様オーディアウスがこの危機的状況を見かねて助けをつかわせてくれた! みんな、まだ希望を捨てるには早いぞ!」
ーーーーー
「あれぇ……どこにしまったけ?」
マジックボックスの袋はいくつもある。
普段の状況ならどこに何をしまっているのかちゃんとすぐに分かるのだけれど、こうして焦っているとなぜなのか分からなくなってしまう。
「あったあった、これだ!」
戦いから離れたリュードは泊まっていた宿に来ていた。
そして袋から探して取り出したのはモノランからもらった毛であった。
これはモノランから渡された呼び出す時に使えと言われた毛である。
リュードが魔法でモノランの毛を燃やすとポワッとモノランの毛が一瞬発光してみせた。
「……これでいいのか?」
どうなれば正解なのか知らない。
とりあえずリュードは待ってみることにした。
早くみんなのところに行きたいけど多分毛を燃やしたところ目がけてくるはずだから移動できない。
状況でも分からないかと窓から覗いていると町の中をスケルトンが歩いているのが見え始めた。
すり抜けたスケルトンかと思ったけど1体や2体じゃなく続々とスケルトンがやってくる。
リュードはなんとなく状況を察する
防衛線が崩壊した。
冒険者たちまでがやられてしまったとは考えにくいので撤退したのだろうことは予想できた。
ルフォンたちが無事なのか焦燥に駆られる。
落ち着かなくて、リュードは宿の屋上に上がった。
周りの様子もよく見えるし、モノランが来たらすぐに分かる。
「おっ、来た」
「なんだなんだ? これは一体どういう状況だ?」
建物の屋根の上を跳ねてモノランがリュードのところまで来た。
モノランがいたところからチッパの町まで相当な距離があるはずなのにとんでもない速さである。
「意外と遠いからと全速力で来てみれば約束を果たしたわけじゃなさそうだな」
「そうなんだ。ちょっと困ったことになって助けてほしいんだ」
「……リュードの頼みなら断れないけど私にとって頼みを聞く利益はなんだ?」
善意だけで人を助けることはない。
冷たいようだけどモノランは人ではないのであって、人を助ける義務なんてないのだ。
なんなら危なそうだしリュードだけここから連れ出してもいいと思った。
ただリュードはもちろん町を救うつもりでいた。