いつからは分からない。
 でもいつ頃からかラストの様子がおかしいことにルフォンは気づいていた。

 いつかそんなことになるのではないかと思っていた。
 リュードは気づいてなさそうだけど側から見ていたルフォンには分かってしまったのだ。

 2人きりでのダンジョン攻略。
 互いに助け合い、危機を乗り越える。

 しかもその相手がリュードである。
 そんなの惚れない方がおかしいのだとルフォンも思ってしまう。
 
 でも一応ちゃんと確かめておく必要がある。
 だから夜の散歩に誘った。

「……私、恋とか愛とかそんなの分からないんだ。だからこの気持ちが何なのかはっきりと言えない。……でも、この胸が苦しくて、リュードのことを考えると、もっと苦しくなるこの気持ちが……この気持ちが恋だって言うなら…………私はリュードに恋してる」

 色恋沙汰で友情が崩壊する話はラストも聞いたことがある。
 恋はわからなくてもメイドさんなどからそんな話を聞くことはあった。

 せっかくできた友達。
 その1人に恋をしてしまった。

 もう1人の友達はそのパートナーである。 
 両思いであることは聞いているし、2人が互いを大切に思っているのは見ていて分かっている。

 ここまで積み上げてきた友情が終わる。
 もしかしたら大人の試練を手伝ってくれることもクゼナを助けてくれることも辞めてしまうかもしれない。

 世界が暗くなった思いがする。
 ルフォンの顔が見られなくてラストはルフォンの足元を見ていた。

 色々な考えとか感情とかが湧き上がって、頭がカーッとなる。
 胸の中にある感情が涙となって出てきそうになって、ラストは服の裾を強く握りしめて堪えた。

 口を開いたら泣いてしまう。
 もう自分から言葉を発することができない。

 ルフォンの足が動いた。
 ラストの方に向かってきて、目の前で止まる。

 何をされても何を言われても受け入れるつもりだったけど、街灯に映し出されるルフォンの影が動いてラストはビクッと体を震わせた。

「えいっ」

 ペチンと軽い音がした。
 ルフォンが優しくラストの額をデコピンで弾いた。

「怒ってないよ」

「うぇ?」

「私は怒ってないよ。分かってるから」

 思うことがないわけでもないが怒ってはいない。
 むしろウソをついたり誤魔化したりしないラストに好感も持っている。

 悪いのはリュードだ。
 隠しても隠しきれないリュードの魅力が溢れているせいだ。

 でもリュードの魅力を止めることなんでできないし、ルフォンはそんなところも好きなのだ。
 ラストは先祖返りで本能の部分でも魔人的な要素が強い。

 強い男に惹かれてしまうことも仕方のないことなのである。
 ルフォンが聞きたかったことは最初に出会った時のように無理矢理リュードを夫にしようとするような意思があるかどうかである。
 
 好きになることはしょうがないので構わない。
 でも奪うつもりなら容赦はしないと考えていた。

 あの時の言葉はまだ好きでも何でもなかったから言えた言葉だった。
 今のラストの様子に権力を傘にきて無理矢理リュードを夫に迎えるつもりがなさそうなことは見て分かる。

 それに自分の中にあるまだ得体の知れない感情に怯えるようなラストにルフォンも一発言ってやろうなんて気持ちが失せてしまった。
 恋心への向き合い方を知らないでいるラストに対してルフォンはちょっぴりお姉さん気分になっていた。

「リューちゃんのことを好きになるのは当然のことだから怒るなんてことはないよ。ラストちゃんが無理矢理リューちゃんを奪おうって言うなら話は別だけど」

「そ、そんなこと……ない」

 ルフォンに言われてラストは自分の発言を思い出した。
 軽率な発言だったな顔が熱くなる。

 あの時は強くてどこの派閥にも所属していない人が味方になってくれるならそれぐらいでもいいぐらいのつもりで言った言葉だった。
 思い返してみると顔から火が出そうになる。

「あ、あれは……!」

「分かってるよ」

 顔を上げると近くにいたルフォンの顔はとても優しかった。

「分かってるよ、だからそんな顔しないで?」

「うぇ……うっ……ルフォーン!」

 嫌われると思ったのに。
 ルフォンが強いことは分かっているから掴み合いの喧嘩にすらならなくて叩かれることぐらいは覚悟もしていたのに。

 優しくてそっと微笑むルフォンはとてもお姉さんに見えて、とても安心した。
 ラストの感情は限界を迎えてルフォンに抱きついてわんわんと泣く。

 リュードが好きになった人なのだ。
 言葉じゃ表現できない良い人であることがそこからも分かる。

 ラストもこんな人になりたいと思った。

「……なに?」

 そんなラストの涙を引っ込めてしまうような鐘を叩く音が響き渡った。