ムチなら矢よりも聖水の効果も乗る。
 ほとんど1人でやらなきゃいけないような状態から2人で戦える希望が見えてきてリュードのテンションも高くなった。
 
 欲を言うなら聖水に頼らないで戦うのが1番良い。
 安ければ聖水に頼りたいんだけどなにぶん高い。

「リューちゃんは神聖力使えないの?」

「さすがの俺も神聖力は使えないな」

 リュードは神様とも親しく、加護を受けてまでいるけれど神聖力は使えない。
 そもそも神聖力とは信仰の力である。

 心から神を信仰し祈りを捧げるものに神が与える力が神聖力なのである。
 生まれ持って神に寵愛されし者は生まれ持って神聖力を持つことがあるし、祈りを捧げていなくても神聖力を与えられるケースはある。

 けれど基本的にはちゃんと信仰しなきゃ神聖力はもらえない。
 リュードは会ったことがあるから神様がいると信じているのであって別に祈りを捧げたりしない。
 
 感謝はしているけれど心の底から祈るほどの感謝かと言われるとちょっと疑問符がつく。
 教会や神殿に身を捧げて祈る聖職者に比べてしまうと神聖力を得られるほどの信仰心は持ち合わせていないのであった。
 
 むしろ普段のラフな神様に会ったことがあるからこそ信仰心とは無縁なのかもしれない。
 ラストも祈らないわけじゃないけど熱心な方ではない。
 
 リュードとの出会いは非常に感謝しているのでそれなりに種族の神であるサキュルディオーネには信仰心はある。
 しかし種族の神は大体種族限定の神様で力もそんなにないことが多く、熱心に信仰を捧げても神聖力を得られることが少ないのである。
 
 今から信仰して神聖力くださいといっても神聖力なんて使えるようにはならない。

「ほんとに無理だよな?」
 
 今から信仰しても無理、とは思うけど誰か神聖力くださいってリュードが祈ればどっかの神様くれそうな気がしないでもない。

「まあ不確定なことに頼っちゃダメだよな」

 試してみる価値はあるかもしれないと思いつつ、祈ることはしないので結局のところ聖水に頼るしかない。
 ひとまず弓矢よりも殲滅力が高いムチの使用を念頭に置きつつ、高くても聖水を買って試しにダンジョンにでも潜ってみるしかない。

 弓矢の腕もかなり良いのでムチの腕前でも期待はしている。
 この際攻略できりゃいいんだから金に糸目をつけないでさっさと攻略してしまってもいいと最後には思った。

「いざとなれば引けるしな」

 これまでのダンジョンと違う点がある。
 ボーンフィールドダンジョンはフィールド型でボス部屋がないのである。
 
 つまりは撤退して再チャレンジも出来るのだ。
 一度チャレンジしてみて作戦を立て直すことができる。
 
 だから聖水の効果やラストのムチの具合を見ながら作戦を練ってもいい。

「まあ行けなくもなさそうかな」

 最終的には力押しみたいな考えにたどり着いたけれど、いつの時代も頼れるのは己の実力なのだ。
 聖水があろうとなかろうとやはり最後は自分が戦ってなんとかするしかない。

 多少教会とも聖水の価格について交渉するつもりで作戦会議はお開きとなり宿に戻った。

 ーーーーー
 
 どうやって攻略していくのか情報を元に考える作戦会議を終えてルフォンたちは男性組が泊まる部屋から出た。

「ラストちゃん、ちょっと外歩かない?」

 空き部屋の都合でルフォンたちの部屋は別階になった。
 宿の階段を下りているとルフォンが珍しい誘いをラストに持ちかけた。

「外? うん、いいよ」

 何だろうと思うけれど監視も付いていないし夜の散歩も悪くなさそうとラストは快諾する。
 少し夜風に当たると宿の人に伝えて外に出る。

 真魔大戦で直接失われたものも多いのだけど、そこからの復興の過程で必要なもの以外のもので失われてしまったものも多かった。
 ヴィッツは時折こう漏らすことがあった。

『私が小さい頃は夜は本当に真っ暗でした。 暗闇が怖かったものですが今は明るくていいですな』

 これは町の外の話ではない。
 町中の話である。

 失われたものをなんとか復活させようとする人も時間が経って増えてきた。
 その復活した技術の一つが街灯なのである。

 魔石に魔法を刻んで光らせるというこの技術も単純に火を灯したり魔法で一時的に明かりを確保することができたために忘れられた技術となってしまった。
 魔石に魔法を刻むことよりも魔法そのものの復興の方が優先されたのでこうした技術は大きく衰退したのである。

 書物などに書いてあるものは残ってもいたので失われたとまで言えないけれど、技術を教えてくれる人もいなくなってしまったので己で手探りするしかなかった。
 戦争の傷が癒えて、魔物との戦いも乗り越えて、ようやく世界が復興して、好奇心のある若い世代が出てきて、普通の魔法が安定してきて、それからこうした技術に手が回ってきた。

「ヴェルデガーさんなら簡単なのにな」

 ヴェルデガーは本人にその自覚がないのだけれど偶然貴重な書物を手に入れて、それを再現できる才能がある天才だった。
 魔石に魔法を刻む技術は今の世界ではトップクラスであり、その方面で生きようと思ったら今ごろ大富豪になっていたことだろう。

 リュードも魔石に魔法を刻むことはヴェルデガーに及ばずともできるので世間から見ると天才に入る。
 ただ今こうして街灯があるのは地道に技術を追い求めた人々の努力の粋なのである。

 そんな明るい道をなんとなく会話もないままゆっくりと歩く。
 そよそよと風が頬を撫でて心地の良い夜なのに、誘ってきたルフォンがあまり口を開かないのでラストはなんだか緊張してきてしまった。

 メインの通りは街灯のために明るくて歩くことに苦労しない。
 歩くことに集中しなくていいので考える方に頭がいってしまう。

 夜という独特な雰囲気、周りに出歩いている人はおらず不思議な感じすらする。
 友達とこんな風に夜抜け出して外を歩くなんてこともなかったのでそんな興奮もラストにはあった。

「ねえ、ラストちゃん」

「なぁに?」

「ラストちゃん、リューちゃんのこと、好きでしょ?」

 並びあって歩く中で発されたルフォンの言葉に驚いてラストは歩みを止めた。
 少し前を行くルフォンも立ち止まってクルリと体をラストの方に向ける。

「えっ! あ、お、それは……」

 そんなことないよ。
 喉まで出かかった言葉が出てこない。

 2人にウソはつかない。
 なぜなのか最初に交わした約束が頭の中に浮かんできた。

 ウソはつけないから言葉が見つからない。
 好きじゃないと言ってしまえば楽なのに、好きじゃないと言えてしまえばこの場は何もなく終わるはずなのに、好きじゃないと言いたくない自分がいた。

 しかしこんな風に言い淀んでしまっては答えたも同然である。
 早く否定しなきゃいけないのに、否定の言葉を口に出そうとするたびに胸が痛くなる。

 街灯に照らされたラストの顔が赤くなる。
 リュードの顔がチラついて、否定の言葉を考えることもできなくなっていく。