コルトンはダンジョンから出るなり次の大人の試練を確認するために付近に繋いでいた馬に乗ってさっさと先に行ってしまった。
「プジャンお兄様は狡猾な方よ」
戻るにしても次に行くにしても町までは遠く、その日のうちにはたどり着かない。
多少の疲れもあるのでダンジョンから少し離れたところでリュードたちは野営を始めた。
もうテントを張ったりとか野営作業にも慣れてきたラストはぶつくさと文句を言うこともなくなった。
作業そのものの手際も良くなり、むしろ率先してやるようにすらなった。
夜の準備を終えて焚き火を囲んでいるとラストがおもむろに口を開いた。
こういう時の焚き火には不思議な魔力があるとリュードは思う。
何人かで話すこともなく黙って焚き火を見てると、誰かしらが口を開いて話し出すのだ。
話をしようと思っていた思っていないに関わらず何故か誰かが何かを語り始める。
誰かの目を気にすることなく、風に揺られる焚き火の炎を眺めていながらだからこそ話せることもあるのかもしれない。
「プジャンお兄様は3番目のお母様の子供で4つある大領地の1つを持つ大領主の1人なの」
「そもそも何で大領地なんてめんどくさい分け方をしてるんだ?」
ある種大領地という制度があるから後継者候補が浮き彫りになって争いが起きる。
大領主となった後継者候補は力を持つことにもなって争いの内容が激化していく。
それなら子供たちに平等に領地でも与えて経営手腕でも見たほうがいいのにとリュードは思う。
「大領地っていうのはティアローザができた頃からあるんだ」
ティアローザは今や魔人族の国として認識されているけれど元々は血人族が支配する国である。
さらにティアローザの歴史を遡っていくとこの国は血人族のものではなかった。
血人族はこの地域に住んでいた一種族であり、いくつかの氏族に分かれてそれぞれ真人族の国の中で黙認された小領地を持っているにすぎなかった。
真魔大戦が始まると魔人族への弾圧が始まり、血人族は真人族に追い詰められた。
追われて逃げて、分かれていた血人族は共通の敵を持って1つになった。
血人族は頭の良いものが多く、魔人族の中でも強い方に入る種族であった。
一丸となった血人族は逃げるでもなく戦うことを選んだ。
どっちにしろ魔人族側のところまで行くには遠すぎたのだ。
真人族の国の中から1つターゲットにする国を選んで反撃に打って出ることにした。
選んだ国は生存戦略の1つとして他国からお金をもらい、代わりに魔人族を収容するという刑務所のような役割を果たして財貨を得ていた。
まず血人族は仲間を増やした。
収容所を襲い、魔人族を解放し、着々と力を蓄えた。
他の国に助けを求めるか、あるいは他の国が助けを送るか。
国同士の付き合いとは厄介なもので迅速さが求められるのに互いに顔色を伺い、外交問題がなんて言っている間に血人族の戦力は膨れ上がっていった。
個としての戦力は魔人族の方が強い。
さらに噂を聞き、収容所の魔人族だけでなく周辺に隠れていた魔人族も集まってきて血人族をリーダーとする魔人族の軍は真人族の軍に数で劣りながらも強い団結を見せた。
プライドを捨てて助けてほしいなどと他国に要請した時にはもう遅かった。
国の首都を落とし、王の首を取った血人族が国を支配することになった。
他の国も黙ってみているはずもなく軍を送ったのだが血人族を中心に必死に抵抗を続け、やがて真魔大戦が終わり、血人族の戦争も終わった。
真人族と魔人族は一定の和解をみることになり、互いに無用な戦いをすることは禁じられた。
血人族たちは国を守り抜き、勝利したのである。
血人族が中心であったので当然血人族が国の支配者となり、1番最初の王は血人族の中でも最も強くて戦争でも戦いやリーダーとして活躍した者がなった。
「でもそう単純な話でもなかったの」
血人族は元々いくつかの氏族に分かれていた。
戦争でも活躍した氏族は他にもあって国になる上で権力を求めた。
なので王は国を5つに分けて王国の直轄地と4つの大領地とした。
当時有力だった氏族の長それぞれを4つの大領地を治める4人の大領主とし、大きな権力を認めたのである。
そして王はそれぞれ大領主が属する氏族から妻を娶り子を残した。
「はぁ……なるほどな」
今でも有力氏族から妻を娶る習慣は残っており、王には多くの妻と子供がいた。
プジャンは二つ前の大領主の妹であり大領主になれる有力氏族出身の女性と王との子供である。
「プジャンお兄様は卑怯な手で大領主になったんです」
しかし大領主は血筋だけでは継ぐことができない。
ラストが悔しそうな顔をする。
プジャンが今納めている大領地の前大領主はラストの兄だった。
直接の兄妹ではなく腹違いの兄なのであるのだが、ラストにも好意的で領主としての手腕もある良い人だった。
けれどプジャンは卑怯な手を使って前大領主を引きずりおろして自分がその座に収まった。
嫌いで関わりたくもない相手である。
「そんな人だから何してくるか分からないんだ……」
実はラストの父親、つまりこの国の王様は兄弟姉妹で争うことを望んではない。
バレれば逆鱗に触れることになるので大々的に襲ってくることは可能性が低いと思っている。
ただ争いが起きていることは本当であるし、大領地は大領地で権限が大きいために監視もしきれない。
事実上黙認状態であるのだ。
事故に見せかけて何かをしてきたことはあってもプジャンが切り掛かってきたことなんてないのである。
それでも誰かを雇って何かしてくるぐらいのことはするかもしれないという予感めいた嫌な感じがラストにはしていた。
「でも俺たちにできることなんてないだろう。なるようにしかならないんだからそんな思い詰めた顔するなよ」
いくら警戒しても事前に相手の動きを知ることはできない。
起こった出来事に対処していくしかリュードたちに方法はないのである。
やるならさっさと手を出して諦めてくれた方が楽になるぐらいにリュードは考えていた。
「そうだけど…………」
ただラストはプジャンが卑怯な手を考える人物であると知っているだけに不安は拭えない。
「話は変わるけどさ、1つ聞いていいか?」
「なに?」
空気が重たくなったので話題を変えてみる。
プジャン云々はまだラストの領地にいるし心配しすぎてもしょうがない。
「ラストは先祖返りって言ってたよな? その、なんかそれが分かる特徴とかあるのか?」
リュードは自分とルフォン以外の先祖返りを知らない。
今のところリュードもルフォンも先祖返りの影響で魔人化した姿の特徴が残ってしまっている。
血人族のことはリュードも良く知らない。
竜人族や人狼族のように魔人化した姿があるのかも知らないのである。
もし魔人化した姿があって、先祖返りの影響があるならそうした特徴があるのかどうか気になったのである。
血人族って言うし魔人化した姿が血が吸いやすくなるように犬歯がニョキッと伸びるとかだったら可愛いなとか思ったり、なんの特徴や兆候もなく先祖返りがあるのかとか本には載ってないので聞けるなら聞きたい。
「えっと、それは……」
ラストがチラリとヴィッツを見る。
「領主様がよろしいのでしたらお教えしてもよろしいと思いますよ」
先祖返りであることをリュードたちに打ち明けはしたけれど、一応他には隠している話となる。
先祖返りかどうか判断できてしまうことを教えてもいいものかラストは迷った。
ダメそうならヴィッツが止めたり咎めるはずだけどむしろ好きに話して良いとお墨付きをもらった。
「うん、血人族は魔人化しても全く別の姿になることはないんだ。でも魔人化はあって、私たち血人族は翼が生えてくるの」
「翼?」
「天使とかそんな綺麗なものじゃないだけどね。それで私なんだけど、先祖返りのせいなのか魔人化しなくても背中にちっさい翼があるんだ」
秘密だから、そして少しだけ恥ずかしいからと声をひそめてラストは秘密を打ち明けた。
「は、恥ずかしいから見せらんないけど、こう背中にちょこんってあるんだ」
ラストの耳がみるみると赤くなっていく。
人に言ったことのない秘密を打ち明けることがこんなに恥ずかしいことだとは思わなかった。
血人族はつまりは吸血鬼的なものである。
吸血鬼的な翼のイメージといったらコウモリ的な翼。
そのコウモリ的な翼の小さいのが背中に生えている。
想像してみると可愛いかもしれない。
「……リューちゃんのエッチ」
「えっ!?」
想像したとしても背中だし、可愛らしいと思っただけ。
ジトっとした目でルフォンが想像を膨らませていたリュードを見ていた。
確かに想像はしたけどとちょっと焦る。
でも言われてみれば背中に翼が生えた想像をするということは一瞬でも上半身が裸の想像をしたということになる。
エッチと言われたらエッチなのかもしれない。
「それはそれはキュートな翼でございますぞ」
「じ、じい!」
「ほっほ、小さい頃なんて『ほら見て! ほら!』と小さい翼を動かして私に見せてくださったものです」
「いつの話してるの!」
ヴィッツが穏やかな笑みを浮かべてラストの恥ずかしい話を披露して怪しくなりかけた空気を変えてくれた。
ラストは恥ずかしそうだけどほっこりエピソードでいいものである。
ルフォンも想像したのかクスクスと笑い、エッチ疑惑は消えてしまった。
リュードは一瞬ヴィッツと目があったような気がした。
「そ、そういえばリュードはなんの魔人族なの?」
話題を変えようとラストが切り出す。
ラストは前々から気になっていた。
角が生えた魔人族は存在する。
しかしリュードのような角の生え方をした魔人族は聞いたことがなかった。
魔人族と言っても幅広く色々な人が存在するのでラストも全てを把握しているわけではない。
いつか聞こうと思っていた質問を勢いでぶつけてみた。
「私も気になっておりました」
「そういえば言ってなかったな」
人生経験がラストよりもはるかに豊富なヴィッツでさえもリュードの種族が分からないでいた。
常に角があるので獣人族の1種族かと思ったけど、当てはまるような種族もない。
それに身体能力は高くても魔力は強くないことが多い獣人族にしては魔力も強い。
なんの種族だろうともう信頼は置いているが気になるものは気になるのだ。
「俺たちはそんなにひた隠しにするほどのことじゃないけど吹聴して回るつもりもないからな。言っていいか、ルフォン?」
「もっちろん。私はむしろ知ってもらいたいかな」
ルフォンはきっと獣人族だと思われていると分かっていた。
だから獣人族ではないことを知ってもらいたい気持ちがあった。
「そっか、じゃあ。俺の種族は竜人族だ。そしてルフォンが」
「人狼族だよ」
「竜人族と人狼族……? でも…………」
「これだろ?」
リュードが頭の角を軽く触る。
リュードの頭には立派な角がある。
意外と滑らかな表面をした角は撫でると気持ちがいい。
ラストもヴィッツも竜人族や人狼族という種族のことは知っていた。
詳しくはないけれど人の姿をしている時に角やケモミミがあるイメージがなくてラストは困惑した。
「そうだな……そっちが秘密を明かしてくれたし、俺たちも秘密を教えるよ」
ちょっとだけもったいぶってみる。
話の流れとリュードの能力からヴィッツは秘密がなんなのかすでに予想していた。
けれどラストはまだ秘密がなんなのか分からず秘密の教え合いってなんだかすごい友達みたいだ、なんて考えていた。
ラストはドキドキした表情でリュードの言葉を待つ。
リュードが体を前屈みに倒すとラストも体をリュードに近づけて言葉を聞き漏らすまいとする。
「俺たちも先祖返りだ」
少しだけ声のボリュームを下げて、秘密っぽくラストに教えてやる。
「えええー!」
打てば響くリアクション。
ありがたい限りだ。
でも同年代、同時代、同じ場所に別々の種族の3人の先祖返りが集まっている。
あっさりとラストには教えてしまったけれど実はとてもすごいことなのではないかと今更思えてきた。
体を変化させる魔人化のできる種族の先祖返りはその魔人化の特徴の一部が体に出てしまう。
リュードが以前から考えていた仮説がより現実味を帯びてきた。
「だから俺は角が、ルフォンはケモミミや尻尾があるんだよ」
リュードがポンとルフォンの頭に手を乗せて撫でてやるとルフォンは嬉しそうに尻尾を振っている。
「は、はぇー……なんだかスゴいね」
ビックリしすぎて言葉を失うラスト。
「先祖返りのお二人とは、またすごい方をお味方にしましたな」
「ふふ、ラストちゃん変な顔ー」
「だ、だって2人も先祖返りってそんなことある!?」
「ふふん、あるだなーこれが」
「そーだけどさ!」
ラストは運がいい。
見舞われた境遇だけ見ると不幸なのであるが、これまでそれを上手く乗り越えてきた。
これまてまどんな時でも明るく努力を重ねてきた。
兄姉の嫌がらせにもめげずに立ち向かって、ダメになりそうな時はどこからか救いの手が差し伸べられる。
それだけでなく乗り越えた暁にはラストはちゃんと利益も手に入れてきた。
死にそうな目にあった時もそれをなんとか乗り越えて、結果として大領主になったのである。
できれば大きな幸運はもういいので、幸せが小さくとも穏やかな人生がラストに訪れればいいのにとルフォンと笑い合うラストを見てヴィッツは思っていた。
「ダメです。通せません」
「どーしてさ!」
「この先で崩落事故があったのです。原因究明や復旧作業のためにしばらくは通行止めとなっております。ですので誰であれ危険なので通すことができないのです」
二つ目の試練に向けて旅を続けてプジャンの領地に入った。
早速ダンジョンに向かってさっさと終わらせるといきたいところなのだがそうもいかなかった。
まずは大領主であるプジャンに挨拶をしてからじゃないといけないのである。
一般の大人の試練を受ける人ならわざわざそんなとこしなくてもいいのだけどラストは大領主である。
面倒ではあっても大領主としての作法というか体面のために必要な行為がある。
だからプジャンのいる町に向かっていたのだけれどその途中で足止めを食らった。
「なんだか雲行きが怪しいな」
「そうだね」
これまでは自然が豊かな草原を歩いてきたのだけど、草が減り始め、赤っぽい地面が露出してきた山岳地帯に入ってきた。
次の町に行くのには大きな渓谷を抜けていくのがよかったのだけれど、渓谷に続く道を兵士が塞いでいた。
話を聞いてみると渓谷の一部が崩れてしまい、岩が道を塞いでいるらしく通行止めになっていると言うのだ。
他の崩落の危険性もあるし岩をどかすのにも時間がかかるからしばらく通行することができないと言われてラストは怒り心頭である。
「じゃーどうしろってのさ?」
「この先に行きたければ戻って迂回するか、あちらにある道を通って山を越えていってもらうしかありません」
兵士が教えてくれた道は2つだった。
一度戻って渓谷を大きく迂回していく道、もしくは渓谷の横にある山を越えていく道である。
「復旧すんのにどれぐらいかかるの?」
「まだ見込みは不明です」
「ムーッ!」
都合が良すぎる崩落のタイミングに怪しい気配もする。
兵士は自分の仕事をしているだけだろうから関係ないだろうが、本当に崩落があったのかも疑わしく思えてくる。
「どうする?」
ただ兵士を押し退けて無理矢理進めない。
通行止めになっている以上兵士の言うような道を行くしかない。
この旅はラストの大人の試練のためのものなのでラストの判断に任せる。
どちらのルートにも一長一短がある。
迂回ルート。
これはまず平坦な道を行けることがメリットである。
さらに迂回ルートはラストの領地にも近いところを行くことになるので安全を考えると迂回ルートの方が高いと思われる。
デメリットは遠いこと。
一度戻ることになるし迂回するために本来のルートよりもかなり時間を要してしまうことになる。
距離だけ考えると面倒ではある。
続いて山越えルート。
これのメリットは迂回ルートよりも早いことである。
距離的には迂回ルートよりも早く、渓谷よりは遅いけど大きく時間的に取られることはない。
デメリットは山登りなこと。
道としては平坦な迂回ルートよりも体力を使う山登りになってしまうことが挙げられる。
「うぅー、いいパートナーを探してたからあんまり時間がないんだよね」
安全な遠回りルートがいいのではないかと思うのだけど事情もある。
それなりに長期間の期限のある大人の試練なのであるが無制限に時間があるわけでもない。
いつでもいつまででも試練ができるものではなく、この期間にやってくれと言われ、その期間に大人の試練を終わらせないと失敗となってしまう。
ラストは1人選べる同行者が中々見つからずにずっと探していた。
ようやくリュードが手伝ってくれることになって出発したのであるが残りの期限はあまり余裕のあるものではなかった。
ラストが取れる選択肢なんてあるようでなかったのである。
遠回りルートは時間的に厳しいものがあるのだ。
「……俺たちは山登りでも構わないけど何か問題でもあるのか?」
なのにラストはあまり山登りに乗り気でないようにリュードには見えた。
時間がない中で別のルートがあるだけありがたいと思っているのだけどラストは複雑そうな顔をしていて理由が気になった。
しかしもう遠回りルートを選んでいられる時間がないので、一度渓谷の手前にある町に戻って山越えの準備を整えたリュードたちは山に登り始めた。
渓谷よりも過酷だし、時間もかかるので食料など万全の備えはしてきた。
歩きながらリュードはラストが渋っていた理由を聞いてみる。
「この山には化け物が住んでいる、と言われているの」
リュードの疑問にラストは答える。
化け物と聞いてリュードが眉を寄せた。
「化け物?」
「いつからいるのかは知らないけどこの山には賢種の魔物がいて、この国にとっては頭痛の種になっているの」
「ペラフィランという魔物でして、この山を根城にしているそうです。元々何の魔物だったのか分からないぐらいに強いそうですが手を出さない限りはあちらからも手を出してはきません。向こうは大量の食料を要求し、こちらがそれに応えている限りは、らしいですが」
ラストの説明をヴィッツが引き継ぐ。
「賢種の魔物か」
「賢種ってなに?」
「賢種ってのは文字通り頭のいい魔物のことだよ」
人の言語を話すことができる魔物のことを賢種と呼ぶ。
賢種の魔物の中には人と交流があるものもいて、魔人もどきなんて言われる魔物もいる。
「一般的には人の言葉を話せるような知恵がある魔物のことなんだけど一部ではまたちょっと違う意味もあるんだ」
賢種という魔物の括りの中には2つの種類がある。
1つは長年生きて強さと知恵を持ち、人の言葉を話すことができるようになった魔物。
もう1つは弱くても単に人の言葉を話すことができる知恵のある魔物。
そのために賢種の魔物というと人と話すことができて交流のある魔物という意味と強い魔物という意味の2つの意味がある。
「今回は……強くて知恵のある魔物って意味だろうな」
「なるほどぉ」
ただ食料の交換条件を出してきているので前者的な人の言葉を話せる魔物だけの意味でも間違いではないだろうが、化け物とまで言っているので強い魔物という意味合いが強い。
そんなものが山にいるというのでラストはやや渋ったような態度だったのだ。
「巨大な魔物で過去に討伐しようとしたこともあったらしいのですが失敗したようです。逃げられて向こうから休戦と条件を出してきたと昔聞いたことがあります。
それ以降はこちら側から食料を提供し、向こうはこちらに手を出してきていないそうです」
それほどの魔物ならきっと国をあげて討伐しようとしたはず。
それなのに逃げおおせてしまうなんてとんでもない魔物である。
その上そんな状況を利用した交換条件まで出すなんて賢さも高い。
「普段は大人しく手を出さないのですがなんせ気性の荒い魔物で、時に調子に乗って山を登ったものが降りてこない、なんて話もあります。新しく渓谷を通る道ができてからはそちらの方が近いですし安全なので、そんな心配もしなくなっていたのですが」
「ま、まあでもただ通り過ぎるだけなら問題もないから!」
そんな化け物逆に見てみたいものだ、などというよからぬことを考えながらリュードたちは山を登っていく。
昔は通り道だったというだけあってまだうっすらと道は残っている。
植物も生えていない土地なので草木に道が隠れることがなくてまだ残っているだ。
色白で手足が細く、いかにもお嬢様に見えるラストだけどこっそりと体も鍛えていたので思いの外体力もあった。
山道も普通に進んでいき、息が上がる様子もない。
これがエミナだったらもう疲労困憊だったかもしれない。
「道は悪いな……」
道は残っているが割と急で長らく人が通っていないためにガタガタになっていた。
時々『通行するなら静かに!』とかいうペラフィランとかいう賢種の魔物を警戒するような看板も残っていた。
その看板も古くなって朽ちかけていた。
ペラフィランば出てこないけれど他の魔物にも全く遭遇しない。
その理由は賢種の魔物ペラフィランのおかげである。
ペラフィランの縄張りには他の魔物は近寄らないらしく、ペラフィランさえ気をつければ他の魔物を警戒する必要がないのだ。
もう少しヴィッツに話を聞いてみたところペラフィランは山の頂上にある平らなところに住んでいるらしかった。
リュードたちが進んでいる山道は山の渓谷とは逆側をグルリと回っていくようなルートである。
ペラフィランがいる頂上に向かう道もあるのだけれど、自殺でもしたいのではない限りそんな道に行くことはない。
渓谷を避けたのは崩落をする危険があるからなのに、今歩いている道も上から岩でも落ちてきそうな雰囲気があった。
「噂のペラフィラン……だっけ。2人は見たことがあるのか?」
最初は急だった坂道も少し緩やかになってきた。
リュードは山に棲むという化け物ペラフィランのことが気になってまた質問してみた。
よほどのことがなければ強い魔物というのは絶対討伐対象になる。
生かしておけば後々危険であることが目に見えているから何としてでも討伐しようとする。
例え交換条件を出して一時的に引いたとしてもまた戦力を整えて魔物を倒そうとするのが常である。
なので強い方の賢種の魔物は滅多にお目にかかることができない。
おそらく名声や国からの褒賞目当てに挑みに行った冒険者だって数え切れないはずである。
それでもまだ生きているのだからどのような魔物であるのかリュードは知りたくなったのだ。
「私は話に聞いたことがあるだけで見たことないよ」
「私もです。見たものは皆死ぬとまで言われておりますから。最初にペラフィランと戦ったのもかなり前ですので直接見たことがある人はもうおりません」
「そっか……」
一体どれほど前に戦ったのかは知らないが今ではペラフィランの名前しか伝わっていないのかと残念がる。
「ですが噂はありますよ」
「噂?」
「はい。ペラフィランは今では姿を見せないのですが話の端々にその姿が想像できるものが残っています。あるお話では黒い影のような存在。またあるお話では……確か大きなイタチ、のような姿をしているとか。
子供の教訓話や夜ふかしているとペラフィランが来るなんてところでも話されることがあるのですが大抵黒い生き物なのは間違いないです」
「黒い大きなイタチ……?」
意外と可愛いのでは? と頭の中でイメージを膨らませる。
「あとは鋭い爪を持つとか雷を操るとかそんな話もありますがどれもおとぎ話のような、噂の域は出ません。
時間が経って一般的な魔物にも当てはまるような特徴しか伝えられなくなってしまったのでしょう」
黒くてデカくてイタチみたいな魔物。
絶対そんなんじゃないはずだけどリュードの中ではややファンシーなペラフィラン像がイメージされていた。
イメージ通りなら厄介だ。
可愛すぎて攻撃することも非常に困難な相手になる。
「黒くて可愛いのなら、ここにいるよ?」
リュードの頭の中を悟ったようにルフォンがスススとリュードに近づく。
体を傾けるように頭を差し出すルフォンの顔は見えないけど首筋まで赤くなっているのが見える。
ルフォンはリュードが可愛いものが好きなのを知っている。
魔物相手であっても、アレ可愛いな、なんて言うこともあった。
そんな風にルフォンは魔物を見たことはないのだけれどリュードはそんな風に魔物を見ている。
これも前世の影響、転生したことが関わっている。
生まれた時から魔物は敵で恐ろしい存在であるとこの世界の人は認識を持っている。
脅威になりうるし倒すことが必要になるのでどんな姿であれあまり良い印象で見ることがない。
リュードは前の記憶があるので魔物相手であってもどこか動物的な感覚でも魔物を見ていた。
そもそも世界が違っていても生き物のフォルムはそんなに大きく変わらず、向こうの世界での動物チックな見た目をした魔物も非常に多かった。
イタチと聞いてリュードは地球でのイタチをふわりとイメージした。
割とデカい生き物が好きだったリュードはデカいイタチは可愛いのではないかと思っているのだ。
リュードがそんな、この世界では変な思考を持っていることはルフォンは承知している。
真面目な顔して何を考えているのかお見通しである。
魔物になんか嫉妬しない。
でも最近めっきりと頭を撫でてもらう機会が減って気がしていたと考えていた。
以前はもっと気軽に撫でてくれていたけどルフォンもなんだか少し照れ臭く思えてきて、前ほど積極的にいけなくなってしまった。
嫉妬じゃないけど黒くて可愛いのならここにいる。
思いつきに身を任せて頭を差し出してみたはいいものの、なんだかとても恥ずかしかった。
「……確かにそうだな」
流石に可愛くても魔物では撫でられない。
チャンスがあれば試してみたい気もするけどケガのリスクを負ってまで試す気はない。
それに身近にこんな風に撫でて欲しがる可愛い子がいるのだ、十分ではないか。
リュードはルフォンの気持ちを察して頭を撫でる。
そういえば最近こんな風にはしていなかったなと思う。
歩幅を合わせて歩きながらケモミミを巻き込むようにゆっくりと撫でる。
髪の部分とケモミミの部分では手触りが違う。
どちらも撫でていて心地が良く、2つの感触があって飽きがこない。
「…………」
「私が撫でて差し上げましょうか」
「なんでよ!」
「昔はよくそうしておりましたではありませんか」
「ちっちゃい頃の話でしょ!」
「そうでございますが、今お撫でしてもおかしくはありません。なんならリュード様にお頼み申してはいかがですか?」
「な、何言ってるのよ!」
そんなリュードとルフォンの様子をじっと見つめるラスト。
その視線の感情がなんなのかはラスト自身にはわかっていないがヴィッツには分かった。
ヴィッツから見ればリュードはだいぶ小慣れているように見える。
言えばさらりと撫でてくれるのではないか、なんてことも思う。
仲睦まじい2人を見ているとヴィッツも愛しい人に会いたい感情が湧いてくるような気分だった。
「ここに焚き火の跡があるな。もういい時間だしここにするか」
変わり映えのしない景色だが日だけはどうしても移動して落ちてくるものだ。
そろそろ野宿するための場所を考えなきゃいけないところだった。
ただずっと緩やかに坂になっていてために寝るにはあまりふさわしくなく、どこかいいところでもないかと探していた。
まず目に入ったのは黒く焼けた地面だった。
過去に誰かが焚き火をした跡。
他の人も同じようにそうしてきたのではっきりと跡が残っていた。
そこだけ狭いけど平らになっていて、みんなおそらくこの場所で一夜を過ごしてきたのだろう。
少しばかり早い時間ではあるがこの先に平らな場所があるとは限らない。
無理をして進むよりも確実なところで判断を下すことも旅には必要である。
「山の上だからか少し冷えるね」
昼間は暖かいし動いているのでそれほどでもなかったが
、夜になって気温が下がってきて動かなくなると寒さを感じ始めた。
ラストが膝を寄せて焚き火に手をかざす。
「リューちゃん大丈夫?」
「まだこれぐらいなら平気だよ」
リュードは寒さに弱い。
竜人族全体が寒さに強くない種族なのである。
もちろんそのことも知っているルフォンはピタリとリュードにくっつく。
昔は寒い時にルフォンは良くリュードにくっついていた。
人狼族は体温が高めで寒さに強い。
逆に暑さに弱いのだけど魔人化した姿の影響が普段の姿にも多少表れているのだ。
ルフォンはリュードに近づきたい。
リュードは寒いので温かいルフォンがそばにいるとありがたい。
ウィンウィンなのである。
見ているとまたヴィッツに冷やかされそうなのでラストはリュードたちの方を見ないで焚き火を見つめていた。
「危ない!」
ヴィッツがラストの前に手を伸ばした。
その指の間にはナイフ。
暗くなってきたどこからかラストに向けてナイフが飛んできた。
それをヴィッツがいち早く察してキャッチしていたのだ。
敵襲。
各々が武器を取り、焚き火を背にするように周りを警戒する。
「敵は3人、散らばっております」
血人族も人狼族と同じく闇に強い一族。
リュードは暗くなった周りの様子があまり分かっていないがリュード以外の3人には周りの様子が見えていた。
敵の気配は感じるが黒い格好をしている敵の姿は闇に溶け込んでいてリュードの目には映らない。
「来ます、気をつけてください!」
奇襲は失敗した。
てっきり逃げていくものだと思ったら刺客たちは襲いかかってきた。
「リュード、右だよ!」
ラストの武器は弓である。
なので前に出て戦うのではなく夜目の効かないリュードのサポートをすることにした。
ラストの言葉に従って敵がいる方向を警戒する。
焚き火の光にわずかに照らされて黒い影が見える。
わざわざ闇の中に飛び込んで戦う理由などなく、リュードは手を出さずに相手を根気強く待つ。
相手が痺れを切らしてリュードに接近してくると焚き火によってその姿が分かるようになる。
だがリュードは防御に徹し、相手を深追いはしない。
「うっ……」
「ふふん、ちゃんと見えてるんだな!」
そうするとラストがしっかりと矢を相手にお見舞いしてくれる。
闇に飛び込んで逃げようとした刺客の腕に矢が刺さり大きく怯む。
その隙をついてリュードが刺客を切り捨てる。
ダンジョンでも共に戦ったし、ラストが信頼のおける射手であることは分かっていた。
「よくやった、ラスト」
「ふふ、これぐらい任せて!」
リュードとラストは男が動かなくなったことを確認するとルフォンたちの援護に向かう。
苦戦しているようにはとても見えなかったけれど戦いにおいて大丈夫だろうなんて軽く見ている暇なんてない。
「はっ!」
刺客は横から切り付けてきたリュードにも対応して防いでみせた。
かなり良い反応、優秀である。
ただしリュードに反応してみせていたのは刺客だけではなかった。
ルフォンもまたリュードが来ていることをわかっていて、さらに一手先の攻撃を仕掛けていた。
そこまでは対応しきれなかった。
胸にナイフが突き刺さった刺客は目を大きく見開いて力なく倒れた。
まさかこんなに若くみえるルフォンがためらいもなく人を倒してしまうことに驚きながら。
「ヴィッツさんは……心配いらなかったようだな」
刺客の確認をルフォンに任せてヴィッツの方を向くとすでにヴィッツは1人で刺客を片付けていた。
剣の血を拭き、涼しい顔をしている。
暗闇から飛んできたナイフへの反応といい、やはり相当な実力者でただの執事ではない。
サキュルディオーネの言葉を疑っていたのではないが行動の端々に優秀さが滲み出ている。
「思っていたよりも直接的な行動を取ってきましたな」
死体を引きずってきて一か所に集める。
他に野営できそうな場所があるとは思えないので夜が明けるまではこの野営地に留まるしかない。
仕方ないので死体を少し離れたところに運んで処理することにした。
魔物の気配が周りにないので寄ってくることはないと思うのであるが、ペラフィランなる魔物が血の臭いを嗅ぎつけてくるかもしれない。
魔力はもったいないけど魔法で一気に燃やしてしまう。
「しかし、こいつ何を背負っているんだ?」
奇襲してきた刺客の1人は背中に大きな荷物を背負っていた。
動くにも邪魔そうだし中身も入っていて重そうであった。
わざわざ野営道具を持って奇襲に来たとは考えにくいし、中身がなんとなく気になった。
「それになんだかこいつじゃなくて、この袋からも血が出ているような……」
「貴様らァァァ!」
不思議な声が響いてきた。
男でもなく女でもないような、それでいて腹の奥底に響くような、そんな声。
山の上から降りてきたそれはリュードたちの前に降り立った。
「デカい、イタチ……」
遠からずも、そのまんまイタチでもなかった。
どこかゲームに出てくるモンスターのようなイタチを大きくデフォルメしたような出立ちをしたモンスターがリュードたちの前に現れた。
これがペラフィランなのだとその場にいたみんなが察した。
こんなに巨大で力強さを感じさせる魔物が他にいるはずがない。
「全員殺してやる!」
「な、避けろ!」
リュードだから分かった。
全身の毛が引き寄せられるような感覚に襲われ、雷属性の魔法の兆候だと瞬時に察した。
ヴィッツとルフォンはリュードの声に反応して飛び退いた。
けれどラストはペラフィランの雰囲気に飲まれてしまった。
経験の差がここで表れたのだ。
「リューちゃん!」
「ぐああっ!」
リュードは逃げ遅れたラストの体を強く押した。
その瞬間にリュードはラストを狙って落ちてきた雷に打たれてしまった。
「リュ、リュード!」
「……なぜこんなことをなさるのですか!」
ヴィッツはペラフィランと対話を試みる。
言葉が通じる以上試してみる価値はある。
ペラフィランがヴィッツの方を向き、その間にルフォンがリュードに駆け寄る。
「なぜだと? 貴様らがやったことを見てみろ! 貴様ら……いや、この国の連中全員殺してやる!」
ペラフィランは完全に頭に血が上っている。
会話に要領を得ず今にも襲いかかってきそうな勢いである。
なぜ怒っているのか理由を予想することもできない。
なぜペラフィランが怒っているのかヒントすらなくヴィッツも剣を構えたまま冷や汗を流す。
リュードたちにペラフィランを怒らせるような原因は思いつかないので、襲撃してきた刺客が何かをしたことは間違いない。
何かをしたのだろうけど何をしたのか全く分からない。
「領主様、ルフォン様、お逃げください。私が時間を稼ぎますので」
これ以上会話を引き伸ばそうにも少し声をかけるだけでも攻撃を加えてきそうな雰囲気がある。
もはや残された道はなく、倒れたリュードがどうなのかを気にかける余裕もヴィッツにはなかった。
命をかければ少しぐらい時間を稼げる。
2人が山を逃げるためにペラフィランの注意を引こうとヴィッツは覚悟を決めた。
「ラストちゃんは逃げて」
「ルフォン!」
「私はリューちゃんを置いていかない」
ルフォンが庇うようにして倒れるリュードを背にペラフィランを睨みつける。
例えリュードが死んでいたとしてもルフォンはリュードのことを見捨てはしない。
「え、でも……」
ラストはどうしたらいいのかわからなくなった。
ペラフィランに立ち向かうほどの勇気もなく、みんなを見捨てて逃げられるほどの非情さもラストにはなかった。
ルフォンは寝るために身につけていたフード付きのマントを脱ぎ捨てた。
どうしても野宿しなければいけなさそうなのでいつ魔人化してもいいようにと戦闘衣を着ていてよかったとルフォンは思った。
流石に戦闘衣の上に着ている服を敵の目の前で脱ぐことはできないので破けてしまうことになるがそれぐらいは仕方ない。
リュードと違って毛が多いので魔人化した時の膨張率でいったらルフォンの方が高いために緩めの服でも耐えられるものは少なかった。
今日の服は前にリュードが褒めてくれたから気に入っていたけど大事なのは服じゃなくリュードだ。
目の前で魔人化するルフォンを見て、ラストは本当に人狼族なんだと現実から目を逸らしたことを考えた。
「リューちゃんを……許さない!」
「それはこちらのセリフだ!」
遠吠えのように一度吠えて先に仕掛けたのはルフォンだった。
地面を蹴りペラフィランに接近する。
ペラフィランは近づくルフォンを前足を振り下ろし迎撃するがかすりもしない。
ルフォンは振り下ろされた前足をナイフで切り付けながらペラフィランの懐に入り込む。
「グアッ!」
ペラフィランの胸が浅く切り裂かれる。
もっと深く切るつもりだったのだがペラフィランの毛が思っていたよりも固くて刃が入っていかなかった。
久方ぶりの痛みにペラフィランは思わず声を出した。
「クッ……私から離れろ!」
集中力の高まったルフォンの思考は早く、行動は速い。
ペラフィランが何かをしようとしている気配を感じ取ったルフォンは素早く距離を取った。
次の瞬間ペラフィランが全身から電気を放つ。
ルフォンはすでに当たらない位置にまでいたけれど、まだペラフィランに近ければ痺れて手痛い反撃を食らっていたかもしれない。
「卑怯で、矮小な人如きがナメるなよ!」
ペラフィランが魔法を使う。
空中がわずかに光り、雷が落ちてくる。
次々と落ちてくる雷をルフォンはペラフィランに接近しながら回避していく。
「食らえ!」
その時を狙っていたペラフィランは再び体から電気を発する。
「なに!」
そのまま接近してくるかと思われたルフォンは急ブレーキをかけてすぐに飛び退いた。
ペラフィランの電撃はルフォンまで届かず驚きに目を見開く。
怒りに身を任せているように見えてルフォンはちゃんと冷静さも持ち合わせていた。
雷を放つほんのわずかな変化を見逃さずに瞬時に回避行動を取ったのだ。
「こちらですよ」
すぐ近くで声がしてペラフィランはヴィッツに接近されていることにようやく気づいた。
先に動き出したルフォンに呆気に取られていたヴィッツだったがすぐに正気を取り戻して動き出していた。
ルフォンは機を伺うヴィッツのことを分かっていた。
ヴィッツもヴィッツでペラフィランの意識から完全に忘れられていたので、ルフォンの視界に入るようにしながら回り込んでいた。
短いアイコンタクトを交わしたルフォンはそのまま攻撃したい気持ちを抑えて隙を作るように動いた。
ルフォンが引いたことに驚いたペラフィランは無防備にヴィッツに足を切り付けられた。
見た目よりも固い。
ペラフィランからすれば取るにたらないぐらいの浅い傷しか付けられなかった。
少し顔をしかめたヴィッツは反撃される前に距離を取る。
「殺してやる!」
それでも痛みは伴うし、翻弄するようなルフォンやヴィッツの動きにイライラが募る。
ペラフィランの怒りが強くなり、全身の毛が逆立つ。
何としても、絶対に殺してやると強い意志を持ってルフォンたちを睨みつける。
「ルフォン!」
ペラフィランが飛び上がり前足を振り下ろしながらルフォンに襲いかかる。
あの巨大にしてとんでもない速さであった。
距離なんて関係なく一瞬で詰め寄ってきたペラフィランの攻撃をルフォンは間一髪かわした。
怒りを込めた眼差し同士がぶつかり、ルフォンは本能的にヤバいと思った。
ルフォンの方を向いたペラフィランは口を開けて雷を放った。
そうして防げるものでもなかったがルフォンはナイフをクロスして雷を防御しようとした。
多少の威力は減じれたのかもしれない。
けれどナイフを電撃が伝わり、全身を駆け抜ける痛みと共にルフォンは吹き飛ばされた。
「きゃああああっ!」
魔人化が解けて地面を転がっていったルフォンはグッタリと動かない。
逃げることを忘れたラストが我慢できずルフォンに駆け出す。
ほんの数秒の出来事でヴィッツがフォローに入る隙もない。
「おい」
このままではラストも巻き添えを食う。
頭をフル回転させて次の一手を考えるヴィッツに背筋が凍るほど低くてドスの効いた声が聞こえてきた。
闇に溶け込むように黒いためにヴィッツにも一瞬その存在が分からなかった。
「何してんだ!」
ペラフィランの頭が衝撃に弾かれて後ろに転がる。
全身黒い何かが見えて、それが何なのか分からなかったヴィッツだが頭の角を見てそれがリュードなのだと理解した。
「テメェ!」
リュードも自分で雷属性の魔法を食らったのは初めてだった。
強い衝撃と全身に痺れがあり動くことができなかった。
しかしリュードは雷の神様から加護も受けていた。
使うだけでなく受けることに関しても加護は働き、大きくダメージを受けずに済んでいた。
ようやく体の痺れが取れて起き上がるとルフォンが電撃にやられるところであった。
何かを考えて動いたと言うよりも体が勝手に動いた。
怒りが頭を突き抜けて、魔人化したリュードは思い切りペラフィランを殴りつけた。
「ルフォンに何してんだ!」
あれぐらいで死ぬルフォンではない。
まずペラフィランの注意をルフォンから逸らしてルフォンから遠ざけなきゃいけないとリュードは思った。
剣を抜くことも忘れたリュードはお返しとばかりに右手に込めた魔力は雷属性の魔力に変えながら殴ってやったのだ。
雷属性を扱えるなら効果は薄いかもしれないけど意外と自分でやられると雷属性の魔法の効果に驚いたので少しは効くだろう。
「ラスト、ルフォンは大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫!」
ラストがルフォンに近寄ってみると気は失っていたがまだ息はしている。
「俺の荷物にポーションがあるから飲ませてやってくれ!」
「分かった!」
死んでいなけりゃどうにかなる。
ひとまず安心だけどこの目の前の化け物をどうにかしなきゃいけない。
「貴様いったい何者だ!」
ゆっくりと立ち上がったペラフィランはリュードのことをゆっくりと睨みつける。
ダメージがないことはなさそうだが、見た目からどれほどのダメージがあったのか押しはかることができない。
ペラフィラン自身も他から雷属性の魔法を食らったのは初めてだった。
こんなことになるのかと全身の痺れを持って自分が使っている魔法のことを改めて思い知った。
それよりも大切なことにペラフィランは気づいた。
「なぜ貴様があのお方の加護を受けている!」
ペラフィランはリュードの攻撃を受けて分かった。
ずっと感じていた謎の違和感の正体に。
「あのお方って誰だよ」
「ゼウラス様だ」
「ゼウラス……?」
「雷を司る偉大な神様だ!」
雷の神様そんな名前だったのかとちょっと驚く。
声しか聞いたこともなかったので名前も全く知らなかった。
感謝はしていたけど雷の神様の神殿とかもないし名前を調べようと思いながらも忘れてしまっていた。
神様の名前も知らず声しか知らないなんてレアケースもすぎるけれどリュードは特殊な事情を抱えているので仕方ない。
「確かに雷の神様の加護はもらっているがそれがどうした!」
実際加護があると言われても目に見えるものでもないので本当にあるのかどうか分からない。
雷属性の魔法を使いやすくはなったけれど自分で使っていて慣れてきたのだと思えばそうも思えてしまう。
加護の効果かどうかはハッキリと言えないのである。
「なぜ雷の神様の加護を受けながらこんなことをした!」
「だから俺たちは何もしていない! こんなこと、の内容もわからなければいきなり襲いかかってきたのはお前の方だろ!」
相手に押されず、なおかつ対等に意見をしっかり伝えるためにリュードは声にも魔力を乗せる。
「先に手を出したのは貴様らの方だ! まだ力の弱い子を殺しておいて何をほざいている!」
「なんだと? 俺たちは何も殺してなんかいないぞ!」
なんとなくだけど話の内容が見えてきた気がした。
「…………本当に殺していないのか」
「本当に殺していない。俺たちは今日山を登ってきたばかりだ」
「神の加護に誓って本当に何も知らないのだな?」
「は? 加護に誓うってのがなんなのか知らないけど誓っても全く構わない」
神の加護に誓う。
このことの意味をリュードは知らない。
おそらく知っている人の方が少ない。
神の加護に誓うとは単に神様に誓うのとは違って、約束を破れば加護を失っても構わないと約束することである。
口に出して加護に誓うと言っただけでもその約束は有効で加護を受けるほど神を信奉して、神に寵愛されている人にとってはとんでもなく重たい約束になるのだ。
「知らないのだな?」
「だから知らないって!」
しつこいぐらいに聞いてくるペラフィランにリュードもイラつく。
加護に誓っているがリュードはその加護を失った気配がしないことをペラフィランは感じていた
つまりリュードがウソをついていないということになる。
ペラフィランから感じられる圧力が一気に無くなり大きく頭を下げて項垂れた。
「……その者の背中を見てみろ」
ペラフィランは刺客たちの方に視線を向けた。
「そう言えば変な袋を背負っていると思ったところだったな……」
なんだか刺客が持つにしてはおかしい物だと確認しようとしたところだった。
嫌な予感がしてリュードの背中にゾワリとした冷たいものが走った。
ペラフィランの言葉から中に何が入っているのか分かってしまったのである。
魔人化を解いたリュードが刺客の死体に近づく。
剣で袋の紐を切って刺客から外す。
袋に手を伸ばすとずっしりとした重みがある。
袋の口を開けて中身を優しく外に出す。
「あぁ……」
泣きそうな声がペラフィランから漏れる。
分かっていてもそうであってほしくなかった。
ペラフィランをかなり小さくしたような魔物の死体が中から出てきてリュードは思わず目を逸らした。
黒いために分かりにくいが、血にまみれていて全身がひどく切り付けられている。
魔物相手でもこれはひどいとリュードは吐き気がする思いがしている。
見ていられなくて顔を背けたのはペラフィランだけでなくラストもだった。
魔物に同情をしないルフォンやヴィッツでさえもむごたらしく思える姿だった。
「どうしてこんなことを……」
「雷の加護を受けしものよ」
「……リュードでいいですよ」
「リュード、どうしてあなたたちがここにいるのか聞いてもいいですか」
「ああ、もちろん」
リュードはペラフィランにここに来ることになった経緯を話した。
ペラフィランはこの状況、子が殺されてさらわれて、リュードたちがその場にいたことが偶然ではないと思った。
リュードも話しながらこんなことになった原因が、直接的でないにしろ、自分たちにもいくらか関係があることに気づいて正直に話した。
ペラフィランは先ほどまでの態度がウソのように穏やかにリュードの話を聞いていた。
加護をかける必要もない。
リュードが嘘偽りなく話し、わざわざ原因の一端は自分たちにもあると言い切った。
「いいえ、これはあなたたちのせいではありません。長いこと人が来ることもなく警戒を怠りました。あの子たちにもっと警戒するように教えませんでした。
よく確認もせずにあなたたちを襲ってしまったのは私の早とちりでした」
怒りに我を忘れなきゃペラフィランはちゃんと会話が通じた。
「そのプジャンとかいう者としっかりと話す必要がありそうですね」
「ま、待ってください!」
殺気立つペラフィランの体からバチバチと電撃がほとばしる。
話すだけじゃどうにも留まらなそうな気配がしているペラフィランに待ったをかけたのはラストだった。
「何ですか? 私はリュード以外に会話を許した覚えはありませんよ」
ペラフィランの鋭い殺気が向けられてラストがたじろぐ。
けれどラストもグッと勇気を出して一歩前に出る。
「プジャン兄さんを殺さないでください!」
「何故ですか? 兄というからには兄妹愛ですか? 理解しなくもないですがそんなもので私は止められませんよ。邪魔をするならあなたも許しません……」
プジャンという兄のこと、ラストも良く思っていなかったのに一体どうしたのかとリュードは眉をひそめた。
「待ってください、ペラフィラン。せめて話だけでも聞いてください」
何かしらの事情がある。
それを察したリュードは双方の間に入る。
「……分かりました。リュードの頼みなら話だけは聞きましょう。それに私はペラフィランではありません。それは私の祖母の名前で、私はモノランです」
「あっ、はい」
ペラフィランじゃなかったのかと驚く。
ずいぶんと長命な魔物だと思っていたのだが誰も知らないうちに代替わりしていた。
祖母ということはモノランにはペラフィランという祖母がいて、モノランの母がいて、モノランがいる。
さらに子がいてもう4代目まできていることになる。
何百年も生きているような伝説級の魔物ではなかったのだ。
「聞いてやるから早く言いなさい」
「プジャン兄さんは殺してもいいというか、殺してほしいぐらいなんです。でもプジャン兄さんが死んでしまうとクゼナが死んでしまうんです!」
「クゼナ?」
「私の大切な友達で腹違いの姉です」
「だから?」
「えっ?」
「だからそのクゼナが私に何の関係があるというのですか?」
知らん友達を出されてもそれで説得するのは無理だろうとリュードも思う。
子を殺された恨みを止めるだけの理由が必要になる。
事情は分からないけれど自分の姉が死んでしまうから殺さないでくれというのは本人にとっては大事でもモノランにとっては他人事でしかない。
関係のない話でプジャンを殺すのをやめてくれと言われてもモノランには受け入れられない話であった。
「そ、それにクゼナが死んでしまうと今後ここで生活することは出来なくなってしまうと思いますよ!」
「ほう? 今度は言うに事欠いて私を脅すというのか?」
「あっ、いえ……そんなつもりじゃ……」
リュードの耳にも手を出せばただじゃおかないぞっていう脅し文句にも聞こえた。
だがラストは必死に説得を試みようとしていて結果的に脅しのようになっているだけなのだ。
「クゼナを助けてくれたら今後は静かに暮らせますよ……?」
言い方を変えただけじゃないかとため息が出そうになる。
「ま、待て待て待て! どうしてそのクゼナを殺してしまったらモノランが困ることになる。それにどうしてプジャンを殺すとそのクゼナって子まで殺すことになってしまうんだ?」
モノランが面倒だからコイツもやってしまおうかみたいな目でラストをみているので慌ててリュードが助け舟を出す。
このままでは説明も何も足りていない。
ラストがクゼナという子のためにモノランを止めようとしていることはとりあえず伝わったのでもう少し細かな説明をするように促す。
「えっと、それは、プジャン兄さんを倒すと……」
ラストが必死に説明する。