「今回は……強くて知恵のある魔物って意味だろうな」

「なるほどぉ」

 ただ食料の交換条件を出してきているので前者的な人の言葉を話せる魔物だけの意味でも間違いではないだろうが、化け物とまで言っているので強い魔物という意味合いが強い。
 そんなものが山にいるというのでラストはやや渋ったような態度だったのだ。
 
「巨大な魔物で過去に討伐しようとしたこともあったらしいのですが失敗したようです。逃げられて向こうから休戦と条件を出してきたと昔聞いたことがあります。
 それ以降はこちら側から食料を提供し、向こうはこちらに手を出してきていないそうです」
 
 それほどの魔物ならきっと国をあげて討伐しようとしたはず。
 それなのに逃げおおせてしまうなんてとんでもない魔物である。

 その上そんな状況を利用した交換条件まで出すなんて賢さも高い。

「普段は大人しく手を出さないのですがなんせ気性の荒い魔物で、時に調子に乗って山を登ったものが降りてこない、なんて話もあります。新しく渓谷を通る道ができてからはそちらの方が近いですし安全なので、そんな心配もしなくなっていたのですが」

「ま、まあでもただ通り過ぎるだけなら問題もないから!」

 そんな化け物逆に見てみたいものだ、などというよからぬことを考えながらリュードたちは山を登っていく。
 昔は通り道だったというだけあってまだうっすらと道は残っている。
 
 植物も生えていない土地なので草木に道が隠れることがなくてまだ残っているだ。
 色白で手足が細く、いかにもお嬢様に見えるラストだけどこっそりと体も鍛えていたので思いの外体力もあった。
 
 山道も普通に進んでいき、息が上がる様子もない。
 これがエミナだったらもう疲労困憊だったかもしれない。

「道は悪いな……」

 道は残っているが割と急で長らく人が通っていないためにガタガタになっていた。
 時々『通行するなら静かに!』とかいうペラフィランとかいう賢種の魔物を警戒するような看板も残っていた。

 その看板も古くなって朽ちかけていた。
 ペラフィランば出てこないけれど他の魔物にも全く遭遇しない。
 
 その理由は賢種の魔物ペラフィランのおかげである。
 ペラフィランの縄張りには他の魔物は近寄らないらしく、ペラフィランさえ気をつければ他の魔物を警戒する必要がないのだ。

 もう少しヴィッツに話を聞いてみたところペラフィランは山の頂上にある平らなところに住んでいるらしかった。
 リュードたちが進んでいる山道は山の渓谷とは逆側をグルリと回っていくようなルートである。

 ペラフィランがいる頂上に向かう道もあるのだけれど、自殺でもしたいのではない限りそんな道に行くことはない。
 渓谷を避けたのは崩落をする危険があるからなのに、今歩いている道も上から岩でも落ちてきそうな雰囲気があった。

「噂のペラフィラン……だっけ。2人は見たことがあるのか?」

 最初は急だった坂道も少し緩やかになってきた。
 リュードは山に棲むという化け物ペラフィランのことが気になってまた質問してみた。

 よほどのことがなければ強い魔物というのは絶対討伐対象になる。
 生かしておけば後々危険であることが目に見えているから何としてでも討伐しようとする。

 例え交換条件を出して一時的に引いたとしてもまた戦力を整えて魔物を倒そうとするのが常である。
 なので強い方の賢種の魔物は滅多にお目にかかることができない。

 おそらく名声や国からの褒賞目当てに挑みに行った冒険者だって数え切れないはずである。
 それでもまだ生きているのだからどのような魔物であるのかリュードは知りたくなったのだ。

「私は話に聞いたことがあるだけで見たことないよ」

「私もです。見たものは皆死ぬとまで言われておりますから。最初にペラフィランと戦ったのもかなり前ですので直接見たことがある人はもうおりません」

「そっか……」

 一体どれほど前に戦ったのかは知らないが今ではペラフィランの名前しか伝わっていないのかと残念がる。

「ですが噂はありますよ」

「噂?」

「はい。ペラフィランは今では姿を見せないのですが話の端々にその姿が想像できるものが残っています。あるお話では黒い影のような存在。またあるお話では……確か大きなイタチ、のような姿をしているとか。
 子供の教訓話や夜ふかしているとペラフィランが来るなんてところでも話されることがあるのですが大抵黒い生き物なのは間違いないです」

「黒い大きなイタチ……?」

 意外と可愛いのでは? と頭の中でイメージを膨らませる。

「あとは鋭い爪を持つとか雷を操るとかそんな話もありますがどれもおとぎ話のような、噂の域は出ません。
 時間が経って一般的な魔物にも当てはまるような特徴しか伝えられなくなってしまったのでしょう」

 黒くてデカくてイタチみたいな魔物。
 絶対そんなんじゃないはずだけどリュードの中ではややファンシーなペラフィラン像がイメージされていた。

 イメージ通りなら厄介だ。
 可愛すぎて攻撃することも非常に困難な相手になる。

「黒くて可愛いのなら、ここにいるよ?」

 リュードの頭の中を悟ったようにルフォンがスススとリュードに近づく。
 体を傾けるように頭を差し出すルフォンの顔は見えないけど首筋まで赤くなっているのが見える。

 ルフォンはリュードが可愛いものが好きなのを知っている。
 魔物相手であっても、アレ可愛いな、なんて言うこともあった。