リュードがサキュルディオーネに呼ばれた次の日からサキュルラストはすっかり大人しくなってしまった。
 リュードに近づかなくなり、たまに目が合えばすぐに逸らされてしまう。

 何か悪いことでもしたのだろうかと自分の行動を思い返してみたけれど、朝になってこうなっていたから思い返すほどの行動もない。
 生まれた時からお仕えしているヴィッツにもその原因はわからないと言われてしまった。

 しかしリュードには思い当たる節はあった。
 夜に起きた出来事といえばサキュルディオーネに呼び出された。

 サキュルラストの祈りはちゃんとサキュルディオーネに届いていて、見守っていることが会話から分かった
 それだけ熱心に祈っているのだから神託の1つぐらい下してもおかしくない。

「何か言いやがったな?」

 サキュルディオーネがサキュルラストに何かを言ったのだとリュードは思った。
 サキュルラストの変化にみな戸惑いを覚えるけれど何があったか聞いても何も答えない。

「大丈夫か?」

「あ、うん、だ、大丈夫だよ!」

 そんなんで最初は距離も取っていたサキュルラストだったけれど旅を続けていると徐々に落ち着いてきた。
 まだ若干照れたような素振りは残っていても前のように戻ってきてリュードの問いかけにもドギマギしながら答えてくれるようになった。

 無理に聞き出すよりも時間が解決してくれるのを待った方が良いとサキュルラストのよそよそしい態度には誰も触れなくなった。

「ここか?」

「地図ではこちらになっていますね」
 
 大きな問題もなく旅を続けてきてトロルのダンジョンと書かれた看板がある洞窟の前にたどり着いた。
 洞窟は看板に書いてある通りダンジョンである。

 サキュルラストの領地内にはあるのだが管理は国が行っていて普段は冒険者に開放されている。
 ここを攻略することが最初の試練であった。
 
 サキュルラストの領地内ということもありここで何かをしてくる可能性は低いとヴィッツは話していた。

「ただこの分ならもう裏で手は回しているかもしれませんね」

 このダンジョンに出てくる魔物は名前の通りトロルである。
 愚鈍で知能が高くない魔物であるが再生力が高く分厚い体で攻撃も通りにくい。

 普通に切り付けただけではすぐに回復してしまって戦いが終わらない。
 高めの火力で弱点を速攻で狙っていく必要がある。

 つまり初心者向けの簡単な方なダンジョンではなく、大人の試練として出してくるには高難度なものになるのだ。
 もっと他にもダンジョンはあるのにトロルのダンジョンを大人の試練にしてくるのはおそらく誰かしらの恣意的な操作があるのだとヴィッツは言った。

「王国行政官のコルトンです。私がダンジョンに同行させていただきます」

 ダンジョンの入り口に留まって時間を潰し、はいクリアしました、なんて許されるわけもない。
 ちゃんとやり遂げたことを確認する必要がある。

 ダンジョンであればボスを倒したと証明するための立会人が王国から派遣されていた。
 手は出さないがダンジョンの中に同行してきて戦いぶりを見届けるお役人がコルトンである。

 そのつもりは本人にないのだが少し眉を寄せたようにムスッとした不機嫌そうな顔をしている中年の男性で、いかにも小さな不正も見逃しませんって気合でも入っているかのようにも見える。

「いってらっしゃい、リューちゃん」

「お気をつけてください、領主様」

 ダンジョンの中は大人の試練なのでここまで同行してきたルフォンとヴィッツもダンジョンの外で留守番となる。
 2人に見送られながらコルトンも含めたリュードたちはダンジョンの中に入っていく。

 ダンジョンの中は洞窟になっていて空気がヒンヤリと感じられる。
 不思議なものでダンジョンの中には魔光石という光る石があって、外の明るさと中の明るさは大きく変わらない。

 道の広さは広い。
 ダンジョンに出てくる魔物が体の大きいトロルであるのでそれに合わせて広くなっている。

 このダンジョンについては領地内でもあるし、ヴィッツが事前に情報を調べてきてくれていた。
 ダンジョンはシンプルな一本道になっていて出てくるトロルの数もほとんど変動がないと聞いていたのであまり警戒することなくズンズンと進んでいく。

「見えてきたな、トロルだ」

 道の先に一際大きい空間とトロルの姿が見えた。
 一体のトロルが座り込んでぼーっと地面を眺めている。

 聞いていた通りのゴブリンがデカく成長したようにも思えような醜悪な見た目をしている。
 ただゴブリンは知能がありその他の能力が低く、トロルは再生力とそれに任せた力に特化しているので全く違う魔物である。

 行動でも観察しようと思ったけどあまり見ていたくもないのでさっさと攻撃することにした。

「私が視界を奪うからあとはお願いするね」

 サキュルラストの武器は身の丈ほどもある弓であった。
 一度弓を引かせてもらったことがあるけれど、細腕のどこにそんな力があるのか疑問に思うほど強く弦が張られていた。

 リュードがトロルにバレないギリギリまで近づいて、サキュルラストが後ろから強弓に矢を番えて目一杯引き絞る。

「行って!」