「きゅ、休憩終わり! また泳ぐ練習するから手伝って!」

 バシャバシャと川に入って顔を水につける。
 水に慣れることからやっていけばいいなんて軽く誰かが言ったけれど水に慣れてないわけじゃない。

 今だって顔の赤みを取るために水に顔をつけている。

「ほら」

「う、うん……」

 リュードに手を引いてもらい、ルフォンは体をまっすぐに水に浮かして足を上下にバタつかせる。
 人に支えてもらっていると浮いていられる。

 そういえば手を握っている。
 気づいちゃったルフォンは途端に手が熱く感じられた。

 リュードの手が熱いのか、自分の手が熱いのかわからない。
 ひんやりとした川の水がかかっているはずなのに触れ合っているところが妙に熱く感じられた。

 その日も結構長いこと練習したけれどルフォンはリュードが手を離すと沈んでいってしまい、泳げるようにはならなかった。

「泳げるようにならなきゃ……」
 
 次の日も練習することになっていたのだけどリュードが用事で遅れることになった。
 1人で川に入っちゃいけない。

 大人しく待っていたルフォンだったけど欲が出た。

「リューちゃんがくる前に泳げたら……」

 きっと驚いて、喜んでくれる。
 浅くて流れの緩やかなところなら大丈夫だろう。
 
 そう思ったルフォンは思い切って少しだけ1人で練習することにした。
 誰もいない川、泳げないルフォン。
 
 いつもは心地よく感じられる川の冷たさがなんだか怖く感じられる。

「不安になっちゃダメ!」

 ふるふると頭を振って不安を追いやってルフォンもう少し深いところで顔を水につけてみようと思った。

「痛っ……ちょ、あっ!」

 何か硬くて鋭いものを踏んで足に痛みが走った。
 咄嗟に足を上げてしまったルフォンは川の流れと川底の苔に足を取られてひっくり返ってしまった。

 流れが緩やかなために故に川底が滑りやすくなっていたのだ。

 グルリと回転するようにしながら流されるルフォン。

 (柵があるから……)

 区切ったところは柵がしてあって流されても引っかかるようになっている。
 だから安心だと思った。

 背中がドンとぶつかり、柵の端までたどり着いたのだと柵に手をかけて顔を水から出した。

「あっ、えっ!」

 柵を作ったのはいつで、最後に点検をしたのもいつのことだろうか。
 ルフォンの体重がかかった柵はバキリと壊れて、ルフォンは柵の外に投げ出されてしまった。

 グルグルと水中で回り、上がどちらかも分からなくなる。
 まだろくに息も整えられていなかったのですぐに苦しくなってきて、恐怖心で体が動かなくなる。

(こんなところで死んじゃうのかな……)

 流されて死んだなんて知ったらリュードはショックを受けるだろうし、責任を感じてしまうかもしれない。
 リュードのせいじゃなくて自分が勝手したせいなのだからどうか責任に思わないでほしいな、なんて考えていた。

「しっ……!」

 何かがルフォンの尻尾を掴んだ。
 敏感で他の誰にも触らせたことない尻尾を誰かが鷲掴みにしてルフォンを引き上げる。

「プハッ!」

 ルフォンの尻尾を鷲掴みにしたのはリュードであった。
 リュードはルフォンが柵を伝って顔を出した一瞬を見ていた。

 柵が壊れてルフォンが川に投げ出されてリュードは慌てて川に飛び込んだ。
 目一杯腕を伸ばして掴んだらそれがたまたま尻尾なのであった。

「ルフォンの馬鹿野郎!」

 珍しくリュードがルフォンに怒った。
 一歩間違えれば、どころかリュードが来なかったら、あとほんの少しでも遅れていたらルフォンは死んでしまっていた。

「ごめんなさい……」

「あれほど1人で入るなって……」

 ボロボロと泣き出すルフォンは震えていた。
 そんなに怖くないと思っていた水が少し怖くなってしまった。

 リュードが来なかったらと考えると恐ろしく、リュードが説教するまでもなくルフォンは反省していた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「分かった……分かったからさ」

 泣かれると弱い。
 ルフォンだって溺れたくてこんなことをやったのではない。

 滑って転び、柵が脆くなっていたという不幸が重なった。

「ほら、泣くなよ……」

 そっとリュードの上着をかけてやるとルフォンはそれに顔を押し当てて嗚咽して泣いてしまった。
 もう怒るに怒れない。

 リュードはそっとルフォンの背中をさすって泣き止むのを待った。

「ごめんね、リューちゃん」

 ひとしきり泣いたルフォンは目が真っ赤になっていた。

「もういいって、だけど1人で川に入るなんてこと2度としちゃダメだ。それだけはわかってくれよ?」

「うん……」

「……いや、もうさ、そんなに練習しなくてもいいんじゃないか?」

「えっ?」

 見捨てられた。
 ルフォンはそう思った。

 止まったと思った涙がまた溢れ出しそうになって視線を下げて堪えようとする。

「ルフォンは……料理もできるし誰よりも優しいし…………可愛いし、なんでも出来るだろ? 1つぐらいできないことがあったって不思議じゃないし、それがまた可愛いっていうとあれだけど、こう完璧でいるよりも隙があった方がいいっていうか」

 慰めようとして言葉をつなぐリュード。
 でも上手くまとまらない。

「……言ってて訳わかんなくなってきたな。その、つまりアレだ。ルフォンが溺れたら俺がさ、絶対に、何度でも助けるからさ。あんまり無理はするなよな」

「リュー……ちゃん?」

「多少泳げて損はないけどさ、泳げなくたって俺がいるから」

「リューちゃぁん!」

「なんだよ、もう泣くなって……」

 1つぐらい弱点があってもいい。
 それをリュードが疎ましく思わず可愛いとまで思ってくれるなら。

 もう何回か練習してみたけどルフォンは泳げるようにならなかったから、もう泳ぐ練習をするのはやめた。
 出来ないことに時間をかけるよりリュードが喜んでくれるような、例えば料理の腕を上げることなんかに時間を使おうと思ったのである。

「絶対に、何度でも……」

「ああ、絶対に、何度でもだ」

 だからルフォンは分かっていた、リュードが助けに来てくれるって。