ドランダラスが来た次の日、ギルドからクラーケン討伐の依頼が大々的に発表された。
 クラーケン討伐のための船や船に乗っている間の食糧までもが国持ちであるなど破格の条件で、冒険者たちも使い捨てのコマ扱いではなくちゃんとした戦力として見られていた。

 さらには冒険者だけが戦うのではなく第3、第4騎士団との合同作戦でもあった。
 当然この国で活動する冒険者はこの国の者も多い。
 
 漁に関わる家のものや海での討伐依頼の経験者も他の国とは比べ物にならない。
 海戦に強い冒険者たちと言えるのだ。

 直接クラーケンと戦ったことのある者などいないが、この国にとってのクラーケンは厄災と同じ。
 代々色んな人がクラーケンに対する恨みつらみを口にして、それをみな聞いて育ってきている。

 今こそその恨み晴らさんと志願する冒険者が続々と集まった。
 直接対決だけでなく船での作業手伝いなんかも募集していたが、クラーケンは強力な魔物であるので最低ランクはブロンズに設定されている。

 リュードとルフォンはドランダラスの直接スカウトなのでアイアン+にも関わらず参加を許された。
 エミナもリュードとルフォンの仲間として参加することになり、まだアイアンになったばかりで実力不足のヤノチとダカンはお留守番。

 まさかエミナまで行きたいというとは思わなかったけれど、船から攻撃できる魔法使いのエミナなら危険は少ないと判断して連れて行くことになった。
 クラーケンが今わかっている移動を開始する前に戦いたかった。

 なので募集は短い期間しか出されなかったのだが思っていたよりも人が集まった。
 屈強な海の男たちといった冒険者が多い中、見知った顔もあった。

「バーナード、エリザ!」

 スナハマバトルで決勝を争ったライバルペアの2人である。

「おっ、チャンピオンじゃないか。君たちも依頼に参加するのか?」

「はい、バーナードさんたちもですか?」

 確かリュードはバーナードたちは冒険者を引退しているものだと聞いていた。
 だからここにいることに少し驚いた。

「この町の危機に黙っていられるわけがないだろ? 君たちの実力はスナハマバトルの時に見させてもらったからな。この依頼はうまく行きそうだな!」

 バーナードは白い歯を見せて笑う。
 大きな杖を持ち、軽めの鎧を身につけた出立ちのバーナード。
 
 知らなかったらどう戦うのか見た目で判断することが難しい格好をしている。

「お二人がいればこちらも心強いです」

「やめてくれ。引退して久しいし私はゴールド−だ。魔のゴールド−、壁を越えられなかったのさ」

 ほんの少し悲しそうな目をするバーナード。
 実力は十分にあったのにそれでも越えられなかった壁がある。

 いつまで経っても消せない−にバーナードは冒険者をやめてしまったのだ。

「それでも誰かのため、何かのためにまた武器を取られる勇気は凄いと思いますよ」

 一度最前線から退いていたというのにクラーケンという強大な魔物と戦うために再び武器を手に取る。
 中々出来ることではない。

「ありがとう」

 リュードの素直な褒め言葉にバーナードが照れ臭そうにする。

「船が来たぞー!」

 いつか来たりしクラーケン、この時のためにヘランド王国は準備をしてきた。
 国を挙げて着々と用意をしてきて、いつでもクラーケンと戦えるようにしてきたのだ。

 その中の1つがクラーケンに耐えうる巨大戦闘船の造船である。
 クラーケンは大きな商船ですら簡単に壊してしまう。

 足場や移動の方法となる船がやられてしまえばどれほど人を揃えたところで戦えない。
 従来の帆船ではクラーケンを相手取るには小さすぎるし人を搭載するのにも限度がある。

 そこでヘランド王国ではとにかくデカく、より頑丈な巨大な戦闘船を時間をかけて研究して作り上げた。
 いろいろな国から物が集まる特性を利用して様々な木材を試したり他国の技術を学んだりした。

「はぁー……デカいな」

 そんな技術の粋を集めた巨大戦闘船。
 しかもそれが3隻もあるのだからリュードも圧倒される。

 金属で補強された巨大な船体は甲板が広く戦いやすいようになっている。
 大きいということは水に沈んでいる部分もそれだけ深い。
 
 大干潮の影響も出始めているのだが、そもそも港はそこまで大きな船を停泊されられるように作られていない。
 巨大戦闘船を港に近づけると船底が座礁してしまい港に着く前に乗り上げてしまう。
 
 そこで巨大戦闘船には直接乗り込むのではなく港から普通の船に乗り、それに乗って巨大戦闘船まで行って乗り換えることになっていた。
 どこかに戦争でも仕掛けるのかという物々しい戦闘船に乗ってみると大きいだけあって安定していた。

「リュード!」

 ほとほと縁があると思う。
 第3騎士団がいると聞いていたからいるとは思っていた。

 そんな予感もしていたし、もしかしたら向こう側の気遣いがあった可能性もある。
 船を乗り換えたリュードたち冒険者を迎えてくれたのはアリアセンを始めとする第3騎士団だった。
 
 アリアセンは副団長であるしこうした雑務の指揮も現場でこなしていた。
 リュードたちを見つけて嬉しそうに手を振るアリアセン。
 
 ルフォンとエミナも同じく手を振りかえすが、リュードだけは複雑な気分であった。

「おい、あの2人って……」

「バカ、こんなところでそれに触れんじゃねえよ」

 そんな様子を見て何かに感づいた冒険者の一部が未だに根強く蔓延るよからぬ噂を思い出してしまう。
 変な噂をする奴らをコッソリと海から捨てる妄想を自分の中で繰り広げて気分を落ち着かせる。