「急いで準備しよう」

 話によると結婚式は明日。
 想像以上に時間がなく、こうなれば穏便に済ませるわけにはいかなくなった。

 よく周りに耳を傾けてみると結婚話は至る所で噂になっていた。
 つまりこの結婚話はどこからか漏れ出たのではなく意図的に広められているのだとリュードは思った。
 
 もっと情報が欲しいと思い話を聞いてみるけれど、どこもこれから結婚式が行われるという話だけで経緯とか細かな詳細は誰も知らないでいる。
 ただ式場となる教会の場所や結婚式が始まる時間なんかはなんとなく分かった。

 宿に戻ってルフォンと作戦会議をする。
 リュードもそうだったが、ルフォンは相当お怒りで今にもキンミッコを殺しに行きそうな顔をしていた。

 この世界でも結婚や結婚式というのは大切なものなので勝手にそんなことをしようとしてるのは許せないのである。
 時間がないので複雑な昨年を練られはしない。

 この際この国に一生入ることができなくてもいいとリュードもルフォンも考えて作戦を練った。
 なりふり構っていられない。
 
 もう隠密にことを済ませられないから逆に人前で襲ってしまって混乱に乗じてしまおうと思った。
 暴れてやるつもりだ。

 ーーーーー

 次の日、リュードは結婚式の会場となる教会の周辺を散策していた。
 教会の周辺は噂を聞きつけた物見客とそんな物見客を規制するための兵士とでごった返している。

 教会の中に入ることができるのはキンミッコ派閥の偉い人のみ。
 今日は一般の人は一切入ることが許されていない。

 教会は思いの外大きく、ぐるりと周りを塀で囲まれている。
 塀は侵入者防止のためなのか魔法がかけられていて、それなりに強い魔力を感じる。

 出入り口は正面の正門と裏にある小さいドアだけ。
 どちらも兵士で固められていて簡単に入れそうにはない。

 特に正門前は物々しい雰囲気の兵士が待ち構えている。
 正面突破はめんどくさそうだなとリュードは見物客に紛れながら観察していた。

 分かっていたことだが、こっそりエミナだけ連れ出してくるのは不可能と言わざるを得ない。
 派手にやるつもりではあるけれどエミナを見つける前に派手にやり過ぎてエミナを隠されてはたまらない。

 時間がないのに正面突破以外の侵入方法が見つからないと少し焦る。
 最悪それでもいいけれど見物客も多いのでケガ人なんかが出てしまうかもしれないことは危惧していた。

「人がいっぱいいるねー」

「そだねー」

 入るなら裏口からだろうか、そんなことを考えていると頭の上から声が聞こえてきた。
 見上げてみると数人の子供たちが窓から教会前の様子を見ていた。

「ねえ、君たち!」

 リュードは子供たちに声をかけてみた。
 教会前には大きな建物があって、これがなんなのか気になっていた。

「なーにー、お兄さん?」

「ここはなんの建物なんだ?」

「ここー? ここは学校だよー!」

「学校?」

「そうだよー!」

 なるほどと思った。
 教会の正面にある大きな建物は教会が運営管理する学校であった。

 子供たちがいる場所を見て、リュードの頭にある考えが浮かぶ。

「なあ、教会をよく見てみたいんだけど俺もそっちに行っていいか?」

「えー!」

 リュードのお願いに子供たちが窓から顔を引っ込めてどうするか話し始めた。

「いいんじゃない?」

「ダメだよ! 勝手に知らない人を入れたら怒られるんだよ!」

「せんせーもいないんだしバレないって」

 こそこそとしているつもりなのかもしれないけれど意外と声が大きくて会話が聞こえてくる。
 意見が対立しているようで時間がかかり、リュードもずっと見上げていて首が疲れてきていた。

「いいよー!」

 子供たちの間で議論はあったみたいだけど最終的には中に入れてもらえることになった。
 子どもの1人が降りてきてくれてこっそりとドアを開けて中に招き入れてくれた。

 そのまま子供に付いていくと先ほどまで見上げていた教室に着いた。

「あれがね、生命の女神様のケラフィール様のステンドグラスだよ」

 教室はちょうど教会の正面に位置していた。
 窓からは教会の入り口の上にある女神を象ったステンドグラスが見える。

 高さは教室の窓よりも少し下ぐらい。

「静かにしろ!」

 下に見える兵士たちが教会前の喧騒を鎮めようとしている。
 兵士が動き出したということは、どうやら結婚式が始まるようである。

 もう時間もないなとリュードは覚悟を決めた。
 学校から教会までは門前の道を挟み、塀があり、そして門の内側に間があって教会。

 リュードはこの学校の窓から教会に向かって飛び込んでやろうと思っていた。
 どれほど跳べる変わらないけれど最低でも塀までは跳び越えられるぐらいはできる自信はあった。

 正門前の兵士さえ越えられれば教会にそのまま突入することはできる。

「……君たちにお願いがあるんだ」

「なーに?」

 子供たちが顔を見合わせる。

「俺はこれから大切な友達を助けなきゃいけないんだ。だからこれからやること、秘密にしてほしいんだ」

「友達?」

「誰か困ってるの?」

「そう。すごく困っている友達がいてそれを助けるためにちょっと悪いことしなきゃいけないんだ」

 子供たちがざわつく。
 少し難しい話だったかもしれない。

「悪いことはダメだよ」

「でも友達を助けるためなんでしょ? じゃあしょうがないじゃない?」

 子供たちの間で議論が始まり、意見が2つに割れる。
 状況を見ると男の子が友達を助けるためなら派で、女の子が何であれ悪いことはダメ派である。

 平行線の議論が続いていたのだが男の子の代表が女の子の代表にとんでもない一言を言い放った。

「でも僕はリノシンが困ってたら悪いことをしてでも助けるよ!」

「な、何変なこと言ってんのよ!」

 まんざらでもなさそうなリノシン。
 議論は止まり、少し気まずいような、甘いような空気が流れる。

 あんなことを言われてはダメだなんて言い返せなくなった。

「そ、その! 大切な友達って女の人ですか?」

 返す言葉を失ったリノシンがモジモジとしてリュードに尋ねる。

「ああ、女の子の友達だ」

「……じゃ、じゃあ今回だけ、今回だけは今日のこと、見なかったことにしたげる! 別にアコウィに言われたからとかそんなじゃないから! み、みんなも分かった?」

 みんながうんうんとうなずく。
 純粋で、良い子たちだなとリュードは微笑む

 約束は取り付けた。
 あとは怖がらなきゃいいけどと思う。