「………」

(あれ? なんか、先手を取られた……?)

「いえ……婚約のことは別に……」

最愛の愛理の命を前にすれば、どうでもいいことだ。

「別に? 婚約以外のところが問題か? 俺のどこが嫌とか、そういうことか?」

「………」

(いえ、悪魔を呼んだことに宮旭日様は関係ないのですが……)
 
んだかそれは言ってはいけない気がして、琴理は黙って再び言葉を探した。

「おい、退鬼師の子ども。嫌味でひとつ教えてやるが、この娘にはお前なんかより愛している者がいるぞ」

「………はあ!?」

(……それって愛理のことですよね……)

にやにやしながら言った悪魔を、心護の方が悪鬼のような形相で睨み、腑に落ちてしまった琴理は特に反応することもなかった。

悪魔を睨んでから、ばっと琴理を見た心護の顔はひたすら驚きに満ちていた。

あ、なんだかこれは誤解を解いておいた方がいい気がする。そう思った琴理は、「あの……」と遠慮がちに声をかけたが――

「帰るぞ、琴理」

ぐいっと、再び腕を掴まれ引っ張られた。

「え、あの、宮旭日様……?」

「………」

心護は無言で突き進む。

その背中が恐ろしく怒っているので、琴理は委縮してしまった。

背後の、悪魔を名乗る男が愉快そうな顔をしていることなんて気づく余裕もない。

(悪いのはもちろんわたしです。退鬼師の娘でありながら悪魔と契約しようだなんて、言語道断だとわかっています。……わかっています、が……)

そんな道理を侵してでも、助けたい人がいる。

物心ついた頃には『普通の生活』から遠ざかるを得なかった琴理が、今まで頑張って来られたのは妹の愛理がいたからだ。

病弱ながらも琴理を支え、笑顔を見せ、励ます言葉をたくさんくれた。

琴理が選んだ方法が間違っていることは、琴理もわかっている。だが、ほかに叶えられる方法は考えつかなかった。

自分の命を、愛理にあげる。

考えとして間違っていることはわかっていた。でも、感情として琴理はそれを叶えたかった。

「若君、おられましたか?」