「そうか……。まあ、涙子から聞いてるだろうけど、本当に、本っっっ当に、淋里兄さんには気を付けてほしい」
「は、はいっ」
心護があまりに強く鬼気迫った様子で言うので、琴理は背筋を正して返事をした。
「あの……心護様と淋里様は、仲はおよろしくないのですか……?」
突っ込んだ問いかけだとわかっていたが、心護と淋里はどういう関係なのか、心護から聞いておきたかった。
心護は肘をつき組んだ指に顎を載せた。
「淋里兄さんは俺の事可愛がってくれているよ。淋里『兄さん』って呼び方が定着するくらいにはな」
「は、はい……」
心護の言葉がトゲトゲしていて、琴理の返事は引きつった。
可愛がってもらっていたらそんな声では話さないだろうと感じるくらいの棘だ。
「でも、使用人が次々辞めるなんて問題だ。何があって辞めるのかは証拠がつかめていないけど、使い捨て扱いしているようで、見ていて気持ち悪い」
心護が毒を吐いた。こんなきつい言葉を放つ心護を初めて見たので、琴理はすぐに言葉を返すことが出来なかった。少し考える間が必要だった。
「……心護様からしたら、ウマが合わない……でしょうか」
「ウマが合わないと言うよりは、俺には認められない生き方をしている人、だな」
認められない生き方。
琴理だけに心を向けてくれていた(と知ったばかりだが)心護からしたら、女性との付き合いを『飽きる』と言った淋里は遠い世界なのだろう。
(……やっぱり、清廉な生き方をしているのは心護様です……)
自分を見つけてくれたのが心護でよかった……ふと、そんな思いが琴理の胸をよぎった。
「でも、立場は俺と同じくらいの位置にいるから、堂々とは批難出来ない。淋里兄さんもまだ、跡取り候補だ」
「ご当主様が、後継は心護様だと指名されてもなお……ですよね」
心護の父当主、新里はそう名言している。
「そう。もともと、父と淋里兄さんの跡目争いのときの淋里兄さんに、存在感があり過ぎた。今は衰えたとはいえ、淋里兄さんは実力のある人だ。一度淋里兄さん派になった人は、簡単には見捨てられない頭(トップ)なんだろう」
「……衰えた、のですか?」
琴理が驚きの声をあげる。それは知らなかった情報だ。
心護は「うん」と軽く顎を引いた。