悪態をつくそれは若い男で、黒い髪に黒い目、口元は牙がのぞいていて、見た目だけなら整っている方だろう。
恰好は洋装。普段から着物に慣れている琴理からしたら、和服でない人の姿のあやかしは珍しかった。
「……悪魔?」
こてん、と首を傾げると、男はちっと舌打ちをした。
「なんだよ見えてんじゃねーか。もったいつけずに願いを言え。そんで魂寄越せ」
「……あなたは代償が魂のタイプの悪魔なのですか?」
「そーですよ」
吐き捨てるように言う悪魔。相変わらず空中に浮いている。
「………」
琴理はうつむき考えた。それをどう取ったのか、男は「ああ?」とイラついた声を出す。
「なんだよ、誰かを呪い殺してほしいとかか?」
物騒な方向に勘違いされていた。だが、かかるのが命であることは琴理も同じだった。
「いえ……私の願いを叶えて、かつあなたに私の魂という形で支払うにはどうすればいいのかと……」
「あ? どういう意味だ。てめえの望みはなんだ?」
再度問われて、琴理は伝えることにした。こんな真似をした理由を。
「わたしの……わたしの命を、妹にあげてほしいのです」
「……あ?」
悪魔には不可思議な言葉だったのか、その声は「どういう意味だ」と言っているように聞こえた。琴理は続ける。
「妹は……美しく、心も綺麗で、とてもいい子なのです。ですが生まれつき身体が弱くて……このままでは……だから、わたしの命を妹にあげたいのです」
琴理の願いに、男はふんと鼻をならす。
「寿命の贈与か。いいのか? 命は金で買えるモンじゃねえ。お前が死んだあとで後悔しても元には戻らねえんだぞ?」
「構いません。もとよりわたしは、生きてることに執着できなかったので……」
「ふうん? 自分は今すぐ死んでもいいから、妹は生かしてやりたい、ってか?」
にやっと笑う男に、琴理は口元を引き結んだ。
「は――」
「琴理!!!」
叩きつけるような怒鳴り声が耳を割いた。
驚いて振り返ると、荒々しく腕を引かれた。
「え――」
「貴様俺の琴理に何をしている!」