そっとドアを開けた琴理は、ベッドの上に座ったその姿を見るなり相好をくずした。
「姉様!」
「愛理ぃいいい! 今日も美し可愛いぃいいい!」
むぎゅう、と、最愛の妹を抱きしめる琴理。
「ふふ、姉様、くすぐったいです」
「姉様は愛理のおかげで生きていられます。わたしの推し」
――そう、疲れ切った琴理を癒してくれるのは、顔すら合わせない許嫁ではなく、妹の愛理。
幼い頃からその愛らしさと聡明さが評判だが、身体が弱いため表に出ることも少なかった、噂の妹である。
今も、ベッドにパジャマ姿でちょこんと座っている。
今日も学校へは行けなかった。
小柄で、もともと茶色が勝っている髪はなにもせずともふわっとしていて、ぱちっと大きな目に小さな唇――は病弱なこともあって少し血色はよくないが、姉の来訪を心待ちにしていた嬉しさで頬は紅潮している。
反対に琴理は、すらっとしているが背は高く、釣り目なこともあってその性格はきつくとられがちだ。
今は推しとまで言える妹に逢えた嬉しさで、でれでれと目じりが垂れているが。
「わたくしの推しは姉様ですわ。こんなに美しくお優しい姉様を……あの許嫁の奴は……!」
愛らしい表情から一転、憎悪の顔になる愛理。
琴理は慣れたもので、ベッドの端に腰をかけて愛理の頭を撫でる。
「仕方ないです、愛理。宮旭日様も知らぬ間に決まっていた縁談だもの。それにわたしは美しくも優しくもないですし」
「お美しくお優しいです! そこは譲りませんわ。――でも、知らぬ間に決まっていたとはいえ姉様への態度は許せません! うちや宮旭日様のような家で許嫁が勝手に置かれるのはまあ納得するしかありませんが、勝手に決められたのは姉様も同じです。なのにいつも一方的に姉様を無視しやがって……!」
「愛理、言葉が悪い。わたしももうあきらめてるから、気にしてないですよ」
「ですが……。姉様、今流行りの婚約破棄という未来があるかもしれませんわ」
愛理が、いいことを思いついたとばかりにこそっと琴理にささやいた。
「え、世間様ではそんなことが流行ってるの? 皆さま大丈夫? そんな仲の方と婚約されているのですか?」
「姉様、これは現実世界ではなく小説の中での流行りですわ」
「え? あ、ああ、そういう……びっくりしました……」
「それと姉様の婚約相手もそういう仲じゃないですか」
「……ひと様のことを言えないですね……」