心護の鋭い言葉に、琴理は唇を噛んで小さくうなずいた。

呪う力を手に入れるために、人殺しまでした男。

それほどまでに母が憎かったのだろうか。

琴理に笑顔で挨拶をしてきた裏で、どす黒い感情を抱えていたのだろうか。

「琴理、あなたが気に病むことは一切ない」

斜め向かいのソファに座る心護が、そう言い切った。

ふっと琴理が顔をあげると、真剣な眼差しとぶつかる。

「男とか女とかそういうことを抜きにして、成就するばかりはあり得ないことだ。確かに犯人の男の想いの成就は難しかっただろうが、ならば異性同士なら叶っていた、というものでもない。琴理の父君が愛したのは琴理の母君という現実にぶつかっていただけだ。そうして、たとえ性別が違っていたとしても、罪を犯していたかもしれない。かもしれない論は実を結ぶことはない。だから、思い悩むのは琴理の大切な時間を無駄に食い尽くすだけ。妹君の解毒の方法を探しに古書店巡りでもしていた方が有益とも言えるくらいだ。何より、琴理と琴理の大事な家族を傷つけた男への恨みで思い悩む琴理を、見ているのはつらい」

そう言って、心護は苦しそうに顔をゆがめた。

ぽつり、と琴理は心に何かが落ちた気がした。

降り始めの雪のように優しく、音もなく。

「……はい」

恨むのを終わりにしたいと、何度も思った。

その思念から、いずれ自分が鬼を生み出してしまうのではないかと不安だった。

でも、思い切れず、思いを捨てられず……。

「はい……」

思わずうつむく。ぽたぽたと、涙がこぼれているのがわかったから。

すっと、誰かが隣に座る気配がした。

「今までひとりで抱え込ませて悪かった。話のひとつもする気にさせなかった非は俺にある。だから……これからは、俺に話してみないか? 琴理や花園殿とは持っている情報も使える道も違うだろうから、何か力になれることもあるかもしれない。もちろん、秘されていたことを知ってしまったからといって、何かを要求するつもりもない。ただ……琴理の力になりたいと思っている」

真正面からの言葉に、琴理は息を詰まらせた。

本当にどうして、この人はここまで自分に気を遣ってくれるのだろう――。

「……二人とも、何だよ」

琴理が思案していると、心護がソファの傍らに立つ二人に不服そうな声を向けた。

「いえ、若君が琴理様とちゃんとお話出来ていて何よりです」

「や、やっぱり心護様、わたしのこと嫌いだったんですねっ?」

詩の言葉に焦った琴理が言うと、

「「「は?」」」

と、三人の声がそろって、三人ともぽかんとしている。