優しい声と顔で言う詩。

慈愛の表情はこういうものか、と琴理は思った。

琴理が両親からひどい扱いを受けたとか、差別されていたとか、そういうことはない。

だが、琴理は本当に小さい頃に婚約が決まって、そのための勉強を優先されていたので、あまり親子らしい関係でもなかった。

愛理が病弱なこととその理由もあって、両親の目は、淡々と嫁ぐ勉強をする琴理に向くことは少なかったと思う。

父も母も、出来うる全力で自分を愛してくれたことはわかっているつもりだ。

それでも、こんな眼差しで見られたかった……そう、心の隅で思ってしまった。

……罪悪感のようなものが琴理に宿った。

「このお部屋は、いつ琴理様をお迎えすることになってもいいようにと、若君が準備していたのです。本当に、この子はどうして普段あんなに完璧な跡取りをやれているんだろうと不思議になるくらい、ああでもないこうでもないと、迷いながら」

頬に手を当ててため息をついたあと、ふふっと笑う詩。

若月夫妻は、心護にとっては育ての親的な立ち位置のようだ。

可愛らしいお母さん、そんな感じがした。

「そうなのですか……。お礼を言わないといけませんね」

もしかしたら心護は、琴理の父に借りでもあるのかもしれない。

そのために、許嫁であり娘でもある琴理によくしようとしてくれているのかもしれない。

自分へのこの扱いを見て、琴理はそう思った。

そのとき、金色の光を纏った真っ白な蝶が詩の肩にとまった。

「……若君が、少し話したいことがあるから部屋を訪ねて良いか、と来ていますが、どうされますか? お疲れでしたらこのままお休みになっていただいても……」

心護の式だったようだ。

詩は申し訳なさそうに言って来るが、琴理に拒否する選択肢はなかった。

「いえ、来てくださって大丈夫です。わたしがお伺いする形でも構いません」

「わかりました。では、若君のお部屋にご案内致します。そちらの方が早いでしょう。琴理様の睡眠時間の確保です。女性は夜、しっかり寝ないといけません。琴理様のお肌が荒れてしまったら若君に文句を言わねば」

詩が若干怒り気味で先を歩く。

だがその怒りは琴理に向けられているものではなく、心護に対してらしい。

(……先ほどといい、皆さんすんなりわたしを受け入れてくださりましたが……なんで?)

純粋な疑問だった。

夜更けにいきなりやってきたというのに、誰一人不快な様子を見せない。

それどころか丁重な扱いを受けてびっくりだ。

琴理が使うよう言われたのは二階の部屋で、やってきたのは一階の部屋だった。

「若君、こちらの方が早いですから、琴理様をお連れしました」

「なんでだよ」