「琴理さん、背筋が曲がっています」

「は、はいっ」

「いかなる時も気を抜いてはいけません。あなたは宮旭日家に嫁ぐのですから」

「……はい」

勉強、勉強、勉強の毎日だった。

花園琴理、十七歳。

都内の女子高に通う、本人自身は普通の高校生だが、幼い頃とんでもないお方の許嫁に決まってしまったため、その瞬間から自分の時間など一切なかった。

嫁として相応しくないなどと思われないように、淑女となれるように、学ぶべきことはたくさんあった。

許嫁相手である宮旭日心護とは何度か逢ったことがあるが、たぶん、きっと、十割嫌われている。

心護は美形という話ばかり聞くが、琴理はまともに顔を見たことがなかった。

目が合ってほほ笑もうとすれば、すっと逸らされるからだ。

それが逢うたびに繰り返されれば……いくら鈍感な琴理でも、嫌われていることくらいわかる。

だが、それもそうだ。物心つくかつかないかくらいの頃に決められた許嫁など、疎ましいだけだろう。

ましてや心護は実力を認められた、『最強』と呼ばれる退鬼師。

本来なら花嫁など選び放題なくらいのはず。

それを――おそらく家の都合で、花嫁を決められてしまったのだ。

可哀そうだな、と同情してもいいかもしれない。

(疲れました……推しに逢ってきましょう)
 
学校から帰っての習い事が終わった。

夕飯までの少しの時間だけ、琴理はその場所へ行くことが出来た。

コンコン、とドアをノックする。

「琴理です。入ってもいい?」

「どうぞっ」

部屋の中からは気色ばんだ、跳ねるような返事があった。