「え……あ、はい?」

心護とはそんなに物騒な人なのだろうか。

今まで会うことがあっても、仲が深まるような話をしたことがないので、よくわからない。

「それで、琴理。花園殿に言わないことと引き換えに、二つ聞いてもらいたい」

「二つは多くないですか?」

「公一さんちょっと黙ってて。まず――宮旭日様って呼び方をやめてほしい。……許嫁と言っても、距離感があるだろう」

「え? あ……言われてみればそうですね……。では、なんとお呼びすれば?」

「名前で。心護、と」

「心護……様」

「様いらないよ」

そう言った心護は、ずっと怖い顔をしていたのに、急に少年らしいはにかんだ笑みを見せた。少年と青年の中間の、照れたような。

それに琴理はまた驚いた。

「同い年だ、呼び捨てでいい」

そう言ってそっと、琴理の手に重ねているのとは反対の手を、琴理の頬に伸ばした。

指先が琴理の頬に触れたか触れないかくらいのところで――どきっと、心臓が大きく跳ねた。

「……すまない。俺はまた琴理の了解もなく……」

心護は慌てて自分の両手を引っ込め、琴理の頬に触れかけた手を自分でばしっと叩いた。

いや、本当は触れていたかもしれない。

琴理のばくばくと跳ねる心臓が、目の前を幻想のようにとらえてしまう。

「あ、あの、さすがに宗家の跡取り様を呼び捨てには……」

琴理がなんとか返すと、心護は眉根を寄せた。

「琴理はそこに女主人になるんだが?」

「そうかもしれませんが――」

(え、そうなのですか?)

許嫁というのは、やがては結婚する相手。

その相手は、琴理は心護と決まっていて、そして心護は宗家の跡取り。

理屈ではわかっているつもりだったが、感情はついていっていなかったようだ。

(そういえばそうでした……)

さっきまで顔を赤くしていた琴理が、蒼白になっていく。心護がぎょっとした。

「琴理? そんなに嫌だったかっ?」

自分の提案が受け入れらないほど嫌だったと思った心護の声は焦っている。

「いえ、そうではなく……」